命を守るための「まごころ地蔵からのメッセージ」

あなたの人生を「守る」「支える」「応援する」商品群紹介

地蔵の一言・・・・この世の中、いいことばかりではありません。むしろマイナスの出来事の方が多いのです(中には何もない方もおります)。そんなマイナスの出来事に遭遇したりした時(または遭遇する前から)、それなりのプラスの「考え方」があなたを守ってくれます。下記の内容が少しでも参考になれば幸いです。この世はあなたの「考え方」によって「地獄」にもなり「極楽」にもなるのです。地獄と極楽は正に紙一重なのです。ましてや今の世の中、何がおきるか分からない時代です。少なくとも「プラスの考え方」というバリアで自分を守りましょう。

人生は何回でもやり直せます!!
もし変なことを考えているようでしたら、
考え直してみませんか。
GFIT法を実践してみませんか

心の病を患っている方々へ

人生には最悪の状況に陥(おちい)る場合があります。そうなった時、心が不調になる場合があります。最悪主にうつ病、神経症になります。治療しますが(中には専門医に行かない人もいます)、短時間ではなかなか治りません。そのため段々と不安だけが大きくなり最後に絶望する方もおられます。しかし、ここで考えてください。治療には時間がかかるということを(必ず治ります)。心の病に使用される薬は、消化不良の胃の薬と違います。薬物療法には時間が必要なのです。今あなたに最も必要なものは時間です。時間がすべて解決します。だから短気を出して自殺しないでください。今、おそっている大きな嵐は時間がたてば去っていきます。今、実行する作戦は「時間引き延ばし作戦」です。人生は闘いですから、それぞれの局面にはそれぞれに有効な作戦が必要なのです。※ 今、治療していない方は評判の良いメンタルクリニック等の専門医へ行って治療しましょう。心の病にはためらわずに治療作戦実行です。
今、死にたい___死にたい___死にたい・・・→そのうち嵐は去っていく 時間→

あなたは死んではいけない

人生、挫折してもいいんです。
人生、失敗してもいいんです。
人生、いっぱい悩んでもいいんです。
人生、いっぱい苦しんでもいいんです。
人生、いっぱい悲しんでもいいんです。
その時は、いっぱい泣いてもいいんです。
だって人間ですから。
しかし、あなたはそんな理由で死んではいけません。
あなたは人が苦しんでいる気持ちを理解できる人です。
あなたは人が悲しんでいる気持ちを理解できる人です。
あなたは人が悩んでいる気持ちを理解できる人です。
あなたは人が挫折や失敗をしたとき、その気持ちを理解できるひとです。

そんなあなたは人間の本当のやさしさを持っている人なのです。
だから死んではならないのです。もし、死んでしまったらこの世の中は冷たい人間だらけになってしまいます。

長く生きて多くの人の相談相手になってください。いろいろな問題で苦しんでいる人の力になってください。あなたにはその資格があります。そんな資格を持った人間は絶対に死んではならないのです。

・・・ 命を大切に!

人生は何回でもやり直せます!!
もし変なことを考えているようでしたら、
考え直してみませんか。
GFIT法を実践してみませんか

「若者よ、そんなに早く死ぬ結論を出すな!」

生きる意味が分からない、自分の存在価値が分からない、命の実感がない、生きるがわからない、生きていることが空しい、などと考えている若者よ、こんなことで死を急ぐなよ。

提案したい。死ぬ根性があるならば、せめて死ぬ前に肉体労働を徹底的に一年間やってみよ。汗をかいて肉体がくたくたになるまで働いてみよ。それからでも結論を出すのは遅くないはずだ。今まで分からなかったなにかが分かるかもしれない。いままで見えなかったものが見えてくるかもしれない。

今与えられている仕事を徹底的にやってみよ。問題意識をもって取り組んでみよ。何も考えずに、「今」だけを大切にして仕事に集中してみよ。一生懸命やれば汗が出てくるかもしれない。仕事の改善点があったら積極的に提案してみよ。しばらくの間、口にチャックをして、とにかく行動してみよ。何かが分かるかもしれない。今まで気づかなかったことを発見できるかもしれない。

働きながら世界一周してみよ。今まで得られなかったなにかを体得できるかもしれない。世界観が変わるかもしれない。人間観も変わるかもしれない。本当の自分を発見することができるかもしれない。それからでも結論を出してもけっして遅くはないはずだ。

問いたい。なにか今まで、徹底的になにか目的を持ってやってみたことがありますか?あったら教えてください。徹底的にやってみた結果こういう結論になりました。というのであれば少しは分かる気がする。徹底的になにかをやったこともないのに、のうがきだけ、たれているのではないでしょうね。

若者よ。まず、なにかを徹底的にやってみよ。エネルギーはあるのだから。そこから結論を出そうではないか。

自分で死刑判決を下すな!

あなたは刑法の死刑を知っていますか?
あらゆる角度から審理され、極刑以外に考えられない場合に適用される刑罰です。

あなたは死刑にあたる悪いことをしたのですか。おそらくしていないでしょう。自殺は自分で自分を死刑にすることです。あなたは極悪人ではないので死ぬことはありません。あなたには死ぬ理由がないのです。死ぬ理由がない人は死ぬ必要はありません。死ぬ理由もない、死ぬ必要もないのに死ぬことはありません。そのことに気付いて下さい。死刑判決は極悪人でいいのです。あなたの判決は「やり直しなさい」なのです。

あなたは苦しいから「死んだ方が楽だ」という理由で死を考えていませんか?そんな短絡的な考えは即刻捨てて下さい。所詮人間、生きることは苦しいことなのです。苦しいことはあたり前なのです。あなただけではないのです。生きていれば様々な問題にぶつかる方が多いのです。しかし、この問題を解決していくところに人生のおもしろ味があり、人間的成長があるのです。逆に何の問題もなかったら何の成長もできません。問題点はあなたを磨いてくれる砥石みたいなものです。あなたを人間的に磨いてくれるものが他にありますか。だから、今、抱えている問題から逃げないで、 この問題をやっつけて下さい。自分でやっつける気力、体力がなければ人に相談して、人からやっつけてもらって下さい。「生きる方法」はたくさんあるはずです。一人で悩まないで人にすがって下さい。このことは恥ずかしいことでも何でもありません。何が何でも「生きる」決意をして下さい。最大の問題は今、あなたが抱えている問題より、あなたの心の中に住んでいる「もう一人の弱い自分」が最大の問題です。今、抱えている問題に勝つより先に「もう一人の弱い自分」に勝って下さい。「弱い自分」に勝つ方法は「今、抱えている問題と闘う!」ということを決断するだけで いいのです。このことを省略して短絡的に自分で自分を死刑判決にしないで下さい。

絶望に直面したら正しい信仰の門をたたく道がある】

科学が進歩すればするほど「神仏」を信仰することから遠ざかります。その理由として信仰は科学的でないからです。科学的に証明されていないものは信用出来ないのが現代の風潮です。一般的に「政治と宗教の話はするな」というのが常識になっています。それはなぜか? それは「嫌われるから」です。特に宗教の話はタブーとなっています。哲学的な話は「頭が痛い」とまで言う人もいます。これは自分が分からないものは「頭が痛くなるから」です。このように「神仏の世界」は一般的に嫌われています。要は、人間は哲学的なことは苦手(にがて)ということになります。一般的な教育課程では哲学的な学問はないので頭が慣れていないということも原因として考えられます。実は宗教を批判している方は人生の中で行き詰る、すなわち絶望というものに直面した経験がない方がほとんどではないでしょうか。まあ、こんなものに直面しないほうが本当は良いのですが、中にはどうしてもそういう絶望に遭遇する場合もあるのです。その時に「信仰」というのが未来を切り拓くということもあります。それはなぜなのか? をここで説明したいと思います。逆に宗教に批判的で嫌いな方は、今、幸せな方ということも言えます。

ここではっきりしているのは「神仏の世界」は科学的でないのは明白です。神仏の存在を科学的に証明した人物はいません。また、神仏を目撃した人や会った人もおりません。それなのに人間の世界には様々な宗教が存在しています。不思議だと思いませんか? それではこの神仏の世界は何の世界なのでしょうか。なぜ人間界に存在しているのでしょうか。そんなことを言うと「葬式のために必要だ」という方が必ずいます。それではなぜ葬式に必要なのでしょうか、ということになります。なぜ非科学的な神仏の世界が葬式に必要なのでしょうか。そうするとかならず「儀式に必要だから」と答える方もいます。ごもっともな答えだと思います。簡単に言うと答えは、人間は「あの世」の存在を肯定しているからです。なぜ肯定しているのか? それは「死」が一巻の終わりではなく、天国や極楽という「死後の素晴らしい世界」へと旅立つことが出来るという永遠の命へとつながる「希望」を見いだすことが出来るからなのです。

次に人間は「霊的な生き物」としての位置付けがあります。「霊的」というのは科学では証明できない世界です。この世界は一つのロマンの世界です。「霊的な世界」すなわち宗教は一つの未知のロマンの世界なのです。ここに人間が絶望したときに一つの救いというのがあるのです。一つの未知のロマンの世界は現実世界にいる人間の思考力の壁を超えた世界ということになります。

普通私たちは働いて給料をもらってそれで生活しています。しかし、何らかの問題が起きて悩んでしまって、その生活が普通にできなくなる場合があります。すなわちそれは大きな絶望という「壁」に直面して「苦」という感情に支配されてしまうのです。そうなった場合人間は自分の手持ちのアイデアでその「壁」を突破しようとします。中にはその手持ちのアイデアでその壁を破壊出来ることもあります。しかし、手持ちのアイデアではどうすることも出来なくて途方に暮れることもあるのです。中にはそのことによって心の病になり最悪自殺する方もいます。要は己の観念の世界で問題解決できなくなったその結果が最悪自殺ということなのです。ここで重要なことは「己の観念」ということです。己の観念というのは限界があります。その限界に行き詰り問題解決の答えを見つけることができなくなって最悪自殺ということになります。このところをしっかかりと押さえておいてください。

それでは先ほどのところで重要として記した「己の観念」の中の「己」を「一つの未知のロマン」すなわち「神仏」に置き換えてみてください。そうすると「神仏の観念」になります。ここで何を言いたいのかというと「己」ではどうすることも出来なくなったときに「神仏の観念」を自分の頭に注入すればいいということを言いたいのです。そうすると問題解決のアイデアが広がるのです。要は己の限界の壁を破れば救われるということです。

ところが冒頭に記したように現代は神仏を嫌う傾向が強いので思い切って神仏を信仰するということに抵抗を感じている方が多いのです。そのために信仰を見出すということができにくい環境です。しかし、本当に絶望した場合、そういうまわりの言動や一般的な考え方に支配されないで思い切って正しい信仰を見出しましょう。この道を見出すことが出来れば命はつながります。あなたを幸せにするのは絶望を経験したことがない世間の一般の方々ではありません。あなたを幸せにできるのは「あなた本人」しかいません。あなたが幸せになるには今の観念を打ち破り新しい観念を注入するしかないのです。古い自分は捨て去り、新しい自分に生まれ変わらなければならないのです。その一つの方法が正しい信仰の門をたたくことです。人類の歴史上には多くの偉大な先人が切り拓いた宗教が存在しています。その先人が汗と涙と血と命をかけて切り拓いた「神仏の観念」を勉強することがあなたの未来を切り拓く可能性を大きくします。「己の観念」を「神仏の観念」にチェンジして人生の行き詰まり、すなわち絶望を突破出来ます。人生の中で絶望を経験していない方がいろいろと言っていることに惑わされてはいけません。

※注意・・・ 宗教の中で、人の弱みに付け込んで多額のお金を要求するところはやめたほうがいいと思います。そういうところは「人助け」が目的でなく、お金が目的だからです。明らかに悪徳宗教です。健全なところは多額のお金を要求しません。

【自殺を防ぐ一つの方法】

(死への回避)・・・・絶望、即自殺をするな!! 0.0001ミリ進む勇気があなたを救います。

絶望に直面したら信仰のスイッチを入れろ!!

信仰のスイッチ

スイッチオンまで、0.0001mm近づいてもスイッチは入らない。このわずかな距離を進むためには「信じる」決断をすることです。そうすると人生は前進のスイッチが入ります。
わずか0.0001mm進んでスイッチが入れば人生は大きく前進します。この決断が最悪の局面を変えます。

自殺を防ぐ一つの方法・・→信仰を見出すこと・・→なぜか・・→己の観念の壁を打ち破り、神仏の観念の世界へ(一つの未知のロマンの世界へ)= 人生を前進させてくれます・・→「考え方」によってどうにでもなる世界へ

己の観念の壁を打ち破る具体的な方法・・→信じることです(ただし、正しい教義等)

※なぜ信じれば救われるのか 信じたことによってあなたの観念の壁が打破されたことになるからです。すなわちあなたが正しい教義等を受け入れたことによってあなたが前向きな心の姿勢を獲得したからです。人間一年生になったつもりでこれから勉強していこうという心の姿勢になったのです。ですから「何を信じるか」ということによってあなたの人生は決まります。宗教を悪用したものに出会った場合、もし仮に邪悪な教義を信じてしまうと、とんでもない方向へ行ってしまいます。だから「何を信じるか」は最重要です。今、世界を混乱に陥れている「イスラム過激主義等」は神を悪用している典型的な考え方です。正しい信仰は人間の感情の「愛」の領域を拡大します。「憎悪」を拡大する教義は危険です。最終的に破壊をもたらします。くれぐれも何を選択するかは最大の注意を払わなければなりません。

【補足】・・・悩んだ末に己で新境地を切り拓ければ己の限界の壁は破れます。しかし、新境地に到達しないでいるとノイローゼ等になる場合があります。宗教を信じるということは何を意味するかというと、簡単に言うならば「先人が切り拓いた新境地の世界へシフトする」ということなのです。人生の中での「新境地」は、あなたの前に立ちはだかる壁を爆発して破壊する高性能爆弾なのです。そのために前進出来ます。

【簡単な己の観念の壁を破る図】

※ 人生で最大の強敵は己なり。己に勝つか負けるかは重大な意味を持ちます。

正しい信仰は「愛」の領域を拡大します。

◎ 「主張について」・・・人間には己の考えをしっかりと最後まで主張出来る方と、出来ない方がおられます。それは性格的なところからきている場合がほとんどです。特に日本人は波風を立たせたくないということで主張を控える方もおられます。このように己の本当の主張が出来ない場合、内にこもるという場合があります。特にトップから理不尽な悪いことを命令された場合、本当は「私はそんな悪いことは出来ません。そんな命令は拒否します。それはあなたがやってください。私は出世しなくてもいいです」とは主張できません。しぶしぶやってしまって後で「悩み」自殺してしまうというケースも時にはあります。ですから本当に己が言いたいことを主張すれば「己の観念の壁」は破れます。しかし、それが出来ないと「内にこもる」ということになるのです。「いじめによる自殺」も内にこもることから起きます。ですから人生は己の本当の主張が出来ることは大切なことなのです。

※ 上司や権力者等の力のある者から自分の信念に反することを命令されたりしたら「きっぱりと断る勇気」は大切なことです。自分の信念に反することを受け入れたりすると、後でろくなことになりかねません。それで喧嘩になった場合は仕方がありません。現代は喧嘩するぐらいの気概でいないと、いざというとき自分を守れないのです。

◎ 「未知のロマンの世界について」・・・物事の新発見や発明は順序があります。例えば縄文時代から弥生時代に変わるときにいきなり「今のような高性能な自動車」が発明されたわけではありません。順序良くいろいろな新発見や発明でやっとたどり着いたのが現在の高性能の自動車です。人間は「神仏の観念の世界」を認めたことによってまったく新しい新発見や発明に出会うという場合もあるのです。それには順序が必要です。これは「前に進んだ結果」ということです。「己の観念だけの有限の世界」ではその順序を構築出来ない場合があります。要は「前に進む」ということが出来ないということです。ですから、「神仏の観念の世界」は一つの未知のロマンの世界ということになります。科学で証明されていない「神仏の観念の世界」は世界の多くの科学者等が「神仏の世界」を信仰している例もあります。

◎ 参考・・・科学の世界では・・・物質・・・分子原子原子核陽子と中性子と電子素粒子なぜ空っぽの宇宙に素粒子が存在しているのか?ビッグバン以前の宇宙はどうなっていたのか?なぜこの宇宙空間は存在しているのか? 究極の問いかけ・・・なぜこの宇宙は「無」ではなく、何かが「ある」のでしょうか? そしてそれは、最初は何だったのでしょうか? そしてそれは何から誕生したのでしょうか? そしてそれはなぜ誕生したのでしょうか?・・・・分からないことだらけなのです。

※ 注意・・・信仰がすべての問題を解決するわけではありません。心の病等の病気になれば評判の良いメンタルクリニック等の専門医に診てもらいましょう。抱(かか)えている個別の問題は各々の専門家等に相談して問題解決を図りましょう。信仰は人生の道しるべとなり、精神的な支えとなります(人生が瓦解しないように、人生全体を統合してくれる)。信仰への「過度の固執」は「憎悪」の感情を醸成し、小競り合いになり、最悪殺人に発展する場合があります。それはなぜか。それは「寛容」が失われるからです。

※ 宗教を信仰する場合の注意点
●のみ込まれない ●溺れない ●偏りすぎない ●狂信的にならない ●理性と感性と霊性のバランス感覚を失わない、の5点です。何を信仰するかはもちろん自由です。しかし、現実は世間の評判がよくない宗教もあります。くれぐれも注意して選択してください。この世の中は、悪徳業者がいるように悪徳宗教も存在します。入信する場合は、事前によく調査してからにしてください。

※ 本物の信仰とは?・・本物の神仏はお金が欲しいのではありません。信者の「真(まこと)の心」が欲しいのです。聖書や仏教の経典には「お金が欲しいとか、お金を喜ぶ」とは一字も書いてありません。邪悪な教義の宗教は神仏を悪用して「金(かね)」があなたを救うという嘘をついて金集めをします。まず、「金」の話が出てきたら「ほら来たな!!」と思ってそんな信仰は即刻辞めた方がいいです。ろくなことになりません。本当の信仰とは「気持ち(心)」なのです。悪徳宗教は金、金、金・・・なのです。

真の心はお金ではなく真の心=純粋な信仰心です。

あなたの本当の救い等はこれっぽっちも頭にありません。あなたをさも心配しているようなふりをします。だまされてはいけません。悪徳宗教は人間の弱みに付け込んで「金儲け」をするのです。苦しい時は「わらをもつかみたい気持ち」は分かりますが一呼吸おいて、入信する前に世間の評判や、信用できる団体等(例えば弁護士会)に聞いたりしてからにしてください。心に傷を負うと人間は苦しくなります。その苦しみは現代科学ではほとんど神経症として診断されます。下記にその病名を記しました。

●忙しくストレス等が増大する現代人が発症しやすい神経症の種類
・不安神経症 ・解離性障害(ヒステリー性神経症) ・強迫神経症(強迫性障害) ・社会不安障害(恐怖症) ・抑うつ神経症(気分変調症) ・心気症(心配性)

◎心の変調は「霊」が原因ではなく、上記のなかの何らかの神経症という心の病が多いのです。これらの治療は薬物療法と精神療法が有効です。まずは評判の良いメンタルクリニックや精神科の専門医を受診しましょう。

●これらの症状があると神仏を頼ったりしますが、悪徳宗教はその心の傷に「塩をすり込むかのような不安におとし入れる作り話や、様々な脅し文句」で一層苦しみのどん底にわざと突き落とします。挙句の果てに、さんざん苦しめておいて、その救いに金(法外な金額を明示)が必要だと言って騙(だま)しとります。この時、瞬間的に信者は騙されていることに気付きません。宗教っぽい作り話(これが悪用の典型)なのでなんの疑いも持たないからです。大きな声や、自信に満ちて真実らしい姿等に騙されるのです。ですから悪徳宗教からすると苦しんでいる人や孤独等何らかの問題を抱えている人は「いいカモだ」ということになります。

使用される言葉・・・因縁、先祖の霊、サターン、悪霊、因縁切り、不幸になる、病気や事故に遭う、最悪死ぬ等々。中には悪縁を切るためには信者を増やさなければならない等のようなことを吹き込みます。これらの言葉は弱っている心に入りますので、こんなことを言ったら即刻「ほら来たな!!」と思って即刻辞めましょう。これらはだましのテクニックなのです。霊、霊と霊を多用するところも要注意です。人間が霊に弱いことを知っていてそれを悪用します。

結論・・・あなたはいつもねらわれています。「いいカモ」にされない為にはあなたがしっかりしなければならないのです。悪徳宗教はあなたの「素直で純粋な信仰心」を逆手にとって「法外な高額の商品の購入を強要する霊感商法」と言われていることを実行する場合があります。商取引はどんな商品でも「売り手」と「買い手」が合意すれば取引は成立します。ですから、くれぐれも細心の注意が必要です。

人間が背負っているリュックサック

通称ブラックマンディー(暗黒の月曜日)と呼ばれている1987年10月19日の月曜日に、ニューヨーク証券取引所を発端に起こった史上最大規模の世界的株価大暴落で、アメリカ人の中に全財産を失って拳銃自殺した方がおられました。まずは本文に入る前にこの事件を頭に入れておいてください。

本文
人間誰しも背中に肉体とは別な荷物を背負っています。その荷物を一応ここではリュックサックの中に入れてあるモノとしました。ある人は莫大な財産、ある人は少額な現金、ある人は小金の現金、ある人は何も入っていないかもしれません。そんないろいろなモノを詰めて人間は生きているのです。全財産を失うとはこのリュックサックの中に入れていた財産がすべて無くなることです。そうすると背負っている荷物は軽くなります。リュックサックの中が空になったからです。上記にも記しましたが、ブラックマンディ(暗黒の月曜日)に全財産を失って拳銃自殺したアメリカ人は自分が背負っていたリュックサックの中が空になって、そのショックで自殺しました。しかし、ここでよく考えてください。リュックサックの中が空になったからといって自分の肉体が空になったわけではないのです。肉体はそのまま、生き続けているのです。ただ、背負っているリュックサックの中身のモノがなくなっただけです。このことに気付けば人間が肉体以外の何かを喪失したとき、大きなショックを和らげることが出来ます。「なんだ、肉体が残っているじゃないか」と残っている自分の命に気付くのです。そうすれば自殺を防げるのです。肉体を喪失したわけではないのです。ですから命さえあれば何とでもなるのです。空になったリュックサックの中に新たな価値あるモノ(目に見えないモノでもいい)を詰めて新たに生きて行けばいいのです。もしかしたら、目に見える価値あるモノも新たに詰めることも将来出来るかもしれません。それは努力次第ということになります。そこに生きる希望があるのです。ですから人生で大切なモノを喪失した時はこの「リュックサックの話」を思い出して命をつないでやり直しましょう。

参考文
「人生はたったの一回だ!!」

人生はたった一回しかありません。このことを心の底から解っていないと「今、生きていることの喜び」「今、呼吸できることの喜び」「毎日、三度三度のお飯(まんま)を食べられる喜び」「快便、快屁の喜び」「今、働くことが出来る喜び」等々の日常の当たり前のことが何の問題もなくスムーズに出来ることに感謝出来ません。人生は二回も三回もないのです。「たった一回」です。そのことを今から心に深く刻みましょう。そして今「存在していること」に感謝しましょう。
死ぬときに「私はやるだけのことはやった。後悔は何もない」という境地で死んでいきたいと思うのですが、皆さんはどう思いますか。親からもらった「命」をどのように燃焼させるのか。その燃焼法は誰も介入出来ない、あなたの独断選択事項です。今の時代生き方は自由です。ただし、魂が滅びる生き方だけはしないで、逆に魂が栄える生き方(=ポジティブな前向き、積極的な生き方)をしましょう。そうすれば今の世の中はやる気になれば何でも出来るということです。そんな良い時代に生きていることにも感謝しましょう。 人生を充実させて生きて行く方法として「死生観」を確立しておくということも大事です。この「死生観」が確立しているか、いないかは人生の最後には大きな差となって現れます。まだ、自分の「死生観が確立していない方は自分なりの「死生観を持つこと」をお勧めします。