参考メッセージⒶ

本気になれば・・・人間、なぜなかなか本気になれなのか?それは面倒くさいからだ。エネルギーも使い、疲れる。何もしないでいたほうが楽だ。本気になることは何も使っていない、寝ている脳細胞を叩(たた)き起こして、こき使うことなので大変なのだ。しかし、それでは抱えている問題はいつまでたっても解決しない。本気になればほとんどの問題は何とかなる。本気になればいままで考えられなかったアイデアも出てくる。本気になれば何から先にしていったらいいのかが、はっきり分かってくる。本気になればどこが要(かなめ)なのかも分かってくる。本気になれば何を勉強したらいいのかも分かってくる。本気になれば問題解決するまでの順番もはっきり見えてきて、しっかりとした段取りができるようになる。さぁー、きょうから本気で生きて行こう!! 人生は待ったなしだ。ゴロゴロ寝転んでいたって死ぬ。毎日遊んでいたって死ぬ。そのまま、何もしないで椅子に座っていたって死ぬ。ならば時間を有効に使い、悔いのない人生を歩もう。本気になればどんな時代が来ようとも恐れることがなくなるのだ。

※ 燃え尽き症候群には注意。この病はストレス解消が不完全の人に多いのです。生活にメリハリをつけ、「休む時は休む」を徹底することがこの病にかからないコツです。

なぜ人生に明確な目標が必要か(晩年になって「俺(私)の人生は一体何だったんだろう」と思わない為に)

学校や会社へ毎日通っています。これは「明確な目標」がちゃんと頭脳に設定されているから間違わないで、学校や会社にたどりつくことができるのです。
「富士山に登る」という「明確な目標」を設定したとします。そうするといろいろ準備を始めます。食料をどれ位もっていったらいいのとか。安全確保のためには、どんな装備が必要なのかとか。富士山を登るコースとか。いろいろ調べたり、緻密な計画を立てて目標を達成しようとします。これは「明確な目標」を設定したからこそできるわけです。

仮に目標を設定しなかった場合、学校や会社、富士山には行けません。「明確な目標」がなければ私達はただ立ち止まっているか、迷子になるだけなのです。まずこのことをよく考えてみて下さい。当たり前のことなのですが、この当たり前のことがよくわからないのが私達なのです。それ位、私達は日常生活の中でほとんど「明確な目標」をもつということを意識していないのです。
家を出て、どこにいくか「明確な目標」がなかった場合、どこにもたどりつくことができないことをよくわかったと思います。
私達の人生もまったくこのようなことが多いのです。
ほとんどの人達は「明確な目標」のないまま生活に追われて流されているのが現実です。この状態というのは、無限でない私達の人生にとって「もったいない」ことなのです。年齢時刻のところでもおわかりのように、私達の人生は以外と短いのです。このことをもう一度じっくり考えて下さい。
「明確な目標」は大小ではありません。大事なことは、いかに充実した時間を奇跡的に人間として生まれてきた「命」で燃焼させるかということなのです。

「人」として生まれてきたことを何も感じないで、当たり前だと思う人は、図書館に行って、この地球の「人」以外のすべての(陸上、水中、空中)生物(細菌、ウィルス、微生物等含)、植物(呼吸しているので生命として入れる)の名前をノートに書いてみて下さい。記入しきれなくなって悲鳴をあげることでしょう。「人」以外の生命体がいかに多いかがはっきりわかります。
そのことがわかったとき「人」として生まれてきたことのすごさがわかります。そしてそのことに気付いたらまず両親に感謝しましょう。

次に、こんなことを言う人がいるかもしれません。
「いや、私は食べることが精一杯で、そんな余裕はない。」「仕事が忙しくて、そんな時間はない」。しかし余裕や時間のあるなしの問題ではないのです。あなたの生き方の問題なのです。
ある女性画家が結婚して、絵を描く時間がなくなりました。家事等で独身の時よりもいそがしくなってしまったのです。子供も生まれ、多忙になってしまいました。しかしその女性画家はその多忙の中にあっても、少しの時間を見つけては、絵を少しずつ描いたそうです。その結果、時間がたくさんあった独身時代よりもかえってすばらしい作品をたくさん残されたそうです。
この女性画家は絵を必ず「描く」という「明確な目標」があった
人間は「明確な目標」を設定したとき、時間がないほどその目標に対して、時間を大切にし、生活全体の時間をも大切にするようになるのです。(そんな経験は過去にありませんか?)
さあ、あなたも、今、生きているこの瞬間から、どんな小さな目標でもいいですから「考えてみて下さい」。すべては考えることから始まるのです。そしてどうすれば、この考えた目標を達成できるのかを、自分でノートなどに書いて整理してみましょう。そして実行して下さい。
そこから、あなたの新しい人生のはじまりです。私達はいつか天国へいく日が必ずやってきます。すべての人に平等にやってくるのです。その時「あの時こうしておけばよかったとか」「こういう生き方をしておけばよかったとか」と思わないためにも「今」を大切にしてください。そして、しっかりした※③「明確な目標」を考えて実行していきましょう。
※ スーパーやコンビニ店などの白線のラインのある駐車場で、まずはどこのラインの枠内に駐車するかを決めなければ、車を絶対に駐車出来ません。人生の目標も同じなのです。まず、目標を心に決めなければそこへは到達出来ません。駐車出来ないのと同じなのです。

団塊世代のみなさんや、すでに定年退職されたみなさん、今まで家族のため、会社のために働いてこられたと思います。これからはほんとうに自分がやりたいことを目標に生きて下さい。本当の意味での自分のために生きてください。

※・・・・目標で大切なことは「自分らしさ」です。人のものまねではなく、あくまでも基本は「自分らしさ」なのです。目標が大きいとか小さいとか等ではありません。「自分らしさ」があれば「楽しさ」があります。この「楽しさ」も目標を達成するためには大切なことです。

脳細胞とお金を床の間に飾っておくな!!

この世の中で様々な問題を抱えて苦しんでいる方々が大勢います。中には最悪の境遇の中で苦しんでいる方々も現実おられます。しかし、この世の中、やり直しができない人間は一人もいないのです。ただその問題の解決の糸口となる種を発見していないだけなのです。そんな方々がこのホームページで解決の糸口となる種を見つけて、「※内なる意思(または内なる声)」という養分でその種を発芽させ、何らかの人生の方向性を見いだせれば幸いです。解決の糸口の種を見つけるキイワードは、どんな方法(GFIT法、信仰、更生施設、本等)を利用してでもいいので、何らかの「新境地を切り拓く」努力をすることです。人間の脳細胞の数は約2,000億個です。なぜ同じ数の脳細胞を持っているのになぜ人は差が生じるのか? それはその脳細胞を使っているか、使っていないかだけです。ちょうどそれはお金と同じなのです。あなたが2,000億円のお金を持っているとしましょう。そうするとそのお金をあなたが後生大事にため込んで何も使わなかったらただの紙切れです。お金は使って初めて価値が生まれ活性化するのです。脳細胞も同じです。使えば価値が生まれ活性化するのです。だから今重要なことは「脳細胞を使う何らかの行動を起こすこと」なのです。まずは0(ゼロ)から1(イチ)へ進むことなのです。努力とは脳細胞を使うことです。脳細胞とお金を床の間に飾っておかないということです。

※内なる意思(または内なる声)とは・・・外部(本やこのHP等)の情報や体験によって得た知識等が脳細胞に刷り込まれたことによって、「あなたの魂の奥底から湧き上がってくる考え又は思い」のことです。
※注意…「お金」はむやみやたらに使うものではありません。無駄使いしないことは言うまでもありません。お金は「管理」が決め手です。お金の管理は「精神の安定」をもたらします。

※脳細胞を使わないということは・・・・2,000人の従業員がいる会社で例えれば、その中で10人しか一生懸命働かない人がいるとします。あとの1,990人は怠けて使いものになりません。これでは会社としてのパワーが発揮されません。脳細胞もこれと同じということです。

引きこもり脱出のための参考メッセージ(No.1)

何らかの理由で引きこもっているすべての方々へ

人生はなかなか思い通りにいかないものです。これは生きている人間ならばみんなそうなのです。しかし、たいがいの人はそんな思い通りにいかない人生を何とかして生き抜いているのです。それではその思い通りにいかない人生の壁をどうやって打破しているのか、ということです。それは苦悩のどん底に落ちた時に何らかの「気づき」によって開眼するのです。それで新境地が開き、行く手を阻む壁が爆破され、新しい世界が開けるのです。もし人間にこの「気づき」がなければ人類はとっくに滅んでいたでしょう。この「気づき」こそ、今あなたに必要です。ここに掲載されている文章はほんのわずかです。この世の中には苦労した方々が書いた本が図書館に行けばたくさんあります。どんどん読んで何らかの「気づき」を発見して開眼してください。そうすればおのずと道は開けます。浄土真宗の開祖親鸞は苦悩のどん底でたった六文字の「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」で開眼したのです。「苦悩」は人には分かりません。だからこそ自分で必死になって「気づき」の言葉等を探さなければならないのです。探せば必ず見つかります。

この世の中に出てみたら

経済的な豊かさ追及と競争激化等(ただし経済発展、競争激化は悪ではない。世界との闘いの渦中に日本は今ある)や格差社会の拡大等で国民の不平不満、悩み等が増大次心が満たされないで抑圧された国民のストレスが爆発(ノルマ必達の重圧、仕事への締め付け等や国民の各々が抱える不平不満、悩み等による)。その爆発はパワハラ、いじめ、恫喝、叱責、誹謗中傷、嫌がらせ、暴言、暴力等となって現れる次その爆発の矛先(ほこさき)は立場の弱い方(特に心根の優しい方)へ。その結果、心はズタズタになる次引きこもりへ(もしかしたら精神疾患を発症している場合もあります。又発達障害が露呈する場合もあります。)

※ 例えば、運輸業界が厳しくなれば、そのしわ寄せは中間管理職と末端の「運転手さん」にかかってきます。このようなことはすべての業界の労働者にいえることなのです。又、経済的に豊かになっているのに漠然とした不安をいだいて、心が満たされない状態の日本人は増え続けています。その結果、ストレスの爆発が起きるのです。

人間の生活

※ 真の優しさは「人間の生活」にとって「心の安定」という一番の土台を造ります。人間の生活の根本土台は「目には見えないモノ」なのです。

※「人間の生活」の土台は「目には見えない安心」が支えているのです。安心は人間の優しさから生まれます。「優しさ」は「目には見えないモノ」から醸成されます。ですから「目には見えないモノ」が書いてある宗教書、哲学書等は重要なのです。ここに「精神の価値」の重要性をご理解していただけたのではないかと思います。「精神」を食べても(=勉強しても)腹いっぱいにならない(=お金にならない)、とお考えの方も少しは分かっていただけたのではないかと思います。

強さと優しさを得る具体的な考え方

No1. 人間の生き方

「生き方」それは、はっきり言って「自由」です。「こんな生き方をしなければならない」「人間は働かなければならない」「学校へ行かなければならない」等々と「何々しなければならない」という呪縛に支配されているのが現代です。しかし、真実は「自由」です。日本国憲法第27条第一項においては勤労の義務を負うとなっていますが、これは一つの方針にすぎず、強制ではありません。無理やり働かなくてもいいのです。すべての日本国民はどんな生き方をしようとそれは個人の選択で決まります。選択肢の中には「働かない」というのも当然あります。日本国憲法では個人の考えが尊重されているわけですから当然「働かない」を選択することが出来ます。無理に働いてもいいことはありません。ですから「引きこもり」で働かなくなったといっても驚くことではありません。その人が何らかの理由でそれを選択しただけなのです。まずはそこを押さえておかなければなりません。

周りが「引きこもり」で騒ぎすぎると引きこもった本人はそれだけで罪悪感というプレッシャーがかかります。世の中も「引きこもり」が何か悪いことのように思わせている風潮にも問題があります。ただ引きこもった本人が選択肢の中の一つを選択しただけなのです。選択したというより、そこへ追い詰められたということです。社会全体の総ストレスの犠牲者なのです。もし、あなたが重労働して疲れればどうしますか。きっと多くの選択肢の中から「休む」を選択する可能性は大きいと思います。引きこもりも人生の中で「何らかのこと」があり「疲れた」のです。「引きこもる」とはすなわち社会活動を「休む」ということです。もしかしたら「何らかのこと」で心の病(何らかの精神疾患)を発症したかもしれません。又発達障害が露呈したかもしれません。そうなった場合、家族はまずは評判の良い「メンタルクリニック」なり「精神科」のドクターと相談しなければならないのです。確認しておきたいことは「引きこもりは悪いことではない」ということです。疲れたので「休む」という選択をしたということです。ここを分かってあげる必要があります。人によって疲れる度合いはみんな違います。例えば陸上競技で1,500mを全力疾走して「へとへと」に疲れる人もいれば、余裕のある人もいるのです。ちょっとした言葉一つで人によっては深く傷つく人もいれば、平気な人もいるのと同じなのです。人間はみんな違うということです。

No2. 人間は人間を攻撃する生き物です。だから避難場所等が必要であり、「心の傷のかさぶたが取れる」のを待ちましょう。「心の傷のかさぶたが取れる」とはどういうことか?

[現代は良いことより、嫌なことの方が多い世の中→超ストレス社会]
この世の人間界は実に様々な人間が必死になって生きています。そのため人間界は良い感情ばかりが支配する世界ではありません。何も悪いことをしていないのに急に怒鳴られたりします。また、簡単に傷つくような言葉をあびせられたりします。コンビニでアルバイトしていたらいきなりお客様に怒鳴られることもあります。複雑な人間関係に嫌気を起こすこともあります。人間関係が面倒くさくなったりします。客商売をしていてクレーマーにつかまり、徹底的に糾弾されたりします。自分は何の責任もないのに叱責されたりします。いじめにあう場合もあります。その他理不尽なことに遭遇して八つ当たり等される場合もあります。まだまだ、数え上げればきりがありません。実に嫌な世の中なのです。そのためこの世の中はしんどくなります。このようなしんどい世の中の何もかもが嫌になって「この世の中と関わらないようにしよう」と心に決意して家に入り、社会と関わりを絶つのを「引きこもり」と言います。ちょうど母親の子宮から世の中に出てきたけれども、あまりにも世の中がしんどいのでまた安心、安楽な母親の子宮に帰るようなものです。いったん切ったへその緒は、再度接続して生きる栄養素(食事等)を供給してもらいます。このようにまだ帰れるところがあり、面倒を見てもらえる人は幸せなのです。「引きこもった人」はまずはこの気持ちを持って親に感謝しましょう。引きこもりの原因は一つでありません。いろいろなストレスの多種多様な爆発によって引き起こされます。「引きこもり」は日本だけの問題ではありません。

[人間は人間を攻撃する]
昔、太平洋戦争中にアメリカのB29爆撃機で日本中のほとんどの都市が空襲攻撃を受けました。攻撃を受けたとき、人々はどこへ逃げたのでしょうか。それは「防空壕(ごう)」です。そういう避難場所があったのです。また、戦争で地上戦の場合、相手の攻撃から身を守るために「壕」を掘ります。ここも一つの避難場所です。人間は戦いの時、その攻撃から身を守るために「避難場所」をあらかじめ造っておくのです。それは負傷しないためであり、最終的に「命」を守るためです。

目を私たちの日常の生活の中に向けてみましょう。人間界では人間は人間を攻撃します。「いじめ」「パワハラ」「恫喝」「虐待」「誹謗中傷」「嫌がらせ」「怒り」「叱責」「暴力」「暴言」等々の爆発はすべて攻撃です。この世の中には攻撃的な人間は多いのです。特にその攻撃は立場の弱い方(特に心根の優しい方)に向けられます。攻撃型の人は決して強い人間を攻撃することはありません。立場の弱い方はたまったものではありません。普通はこのような攻撃を受けた場合、「憂(う)さ晴らし」として「酒を飲みに行く」「パチンコやその他の遊興」「趣味等」で嫌なことを忘れて心をリセットします。中には違法な薬物に逃避する人もいます。このような避難場所を確保してそこへ避難すればなんとか大きく傷つくことはそんなにありません。しかし、中にはその攻撃をまとめに受けてリセットできない場合があります。そうすると私たちの心は繊細でガラス細工のようにもろいために、少しのショックでもヒビが入るのです。要するに傷ついてしまうということです。人間は精神的に傷つきやすい生き物なのです。すべての人間がそのことを理解して人を思いやる優しい人ばかりで、この世の中が楽しいことばかりのパラダイスであれば傷つくことはありません。しかし、人間界はそうなっていません。人間は人間を攻撃してその人間を傷つけます。傷だけでなく最悪自殺に追い込む場合もあます。又、殺人に発展する場合もあるのです。中には傷を負わせていることに気が付かない人間もいます。なぜ人間は攻撃するのか。それはストレスの爆発によってもたらされます。そしてそのことによって少しでも自分が優位に立ちたいからです。より優位に立って支配したいからです。そして人間関係も複雑でなかなか良い関係を簡単には構築出来ません。まずはそのことを知っておく必要があります。人間界は複雑怪奇といっても過言ではありません。だまし合いあり。駆け引き有り。ポーカーフェイス有り。脅しや、ハッタリ等々何でも有りです。一筋縄ではいかないのが人間界です。そんな人間界の中であなたの職場に人間を攻撃する攻撃型の人間はいませんか。「攻撃」を受けたとき「何だ、この野郎!!」と言って、受けて立って反論等や、喧嘩したりして反撃すれば人間は傷つきません。要するに攻撃されたとき、我慢するのではなく、自分を出し切って自分の考えを最後まできっちり主張すれば傷つかないということです。我慢すると人間は傷つく可能性があります。しかし、なかなか立場の弱い方は自分を出し切る行動はとれません。そのために攻撃を受けたストレスをまともに抱え込むことになります。これで心は「ズタズタ」になります。
【経済の成長等によって生まれた抑圧されたストレスや各々が抱えている不平不満や悩み等の抑圧されたストレスの社会全体の総ストレスの爆発からどうやって身を守るか】

[引きこもりは一つの避難であり、自己防衛だ]
攻撃されたとき反撃できなかった場合、人によっては「引きこもり」が起きる可能性は大きいのです。社会と関わりを絶ちたいという気持ちになるのです。「引きこもり」は一つの心の避難です。そうすると戦争の時に避難した「防空壕」へ避難するようなものなのです。人間の何らかの攻撃によって傷ついた場合、心を癒す場所が必要なのです。要するに「避難場所」が必要ということです。引きこもりは「もうこれ以上傷つきたくない」という心の悲鳴であり、それは自己防衛本能が働いた結果です。

[親や家族が攻撃型になってはいけない。逆に親や家族はこの世で一番の理解者にならなければならない]
どうしても親はいつまでも引きこもっていると「早く働きなさい!!」「こんな怠け者に育てたのではない!!」「いい年をして何をやっているんだ!!」「甘ったれるな!!」等々のことを言います。しかし、傷ついているのは引きこもっている本人です。一番苦しいのは引きこもっている本人なのです。単なる精神論では解決しないのです。引きこもっている本人の内面の分析が必要です。場合によっては精神科等のドクターと親は相談する必要があります。親は引きこもっている本人の苦しい心をこの世で一番に理解してやる必要があります。どうしても人間は自分の「物差し(価値観)」で相手を測ろうとします。しかし、人間の心は繊細で傷つきやすいガラス細工みたいなものだ、という思いに至らなければなりません。少しの乱暴な言葉等で傷ついてしまうのです。その思いを胸に秘めて対応する必要があります。親や家族でいろいろと愚痴等を引きこもりの方に言うということは引きこもりの方を攻撃していることにほかなりません。家族からそんな攻撃をされたのでは益々心の傷は深くなります。世の中の他人に攻撃され、家族にも攻撃されたのでは自分の居場所がなくなります。居場所がなくなるということは追い詰められるということです。

[心の傷は目には見えないために偏見や誤解を生む。心の傷のかさぶたが自然と取れるのを待たなければならない。焦ると摩擦や衝突が起きる]
人間の外的な傷は「かさぶた」が自然とはがれてその傷は治ります。内的な心の傷も何かの言葉や物語等を読んだり、修行場で「我に返ったり」「新境地に到達」したりして、自然と何が大切かに気付くときが来るのです。その時が「心の傷のかさぶた」が取れる時なのです。心の傷のかさぶたが取れる時とは、一つの悟り、すなわち「気付き」を得た時に取れます。

「引きこもり息子の甚五郎」の物語は何が大切なのかを要約した物語です。少し乱暴な筋書きにはなっていますが、一人一人の会話に注目していただきたいのです。もし引きこもっている方のご家庭があれば本人にぜひ一読させていただけないでしょうか。決して「こうしなさい」とか「あーしなさい」と命令してはいけません。あくまでも本人の気付きなのです。本人の「心の傷のかさぶた」が取れるのを待たなければなりません。人間の心の傷は目には見えません。骨折や何らかの大きなケガは痛々しさが一目瞭然で分かります。しかし、心の傷はまったく痛々しさを外部にアピールすることが出来ないのです。そのために周りの人々は「普通」に見えてしまうのです。そのため偏見や誤解が生じます。そして最悪不幸な事件も起きているのです。

このホームページの中に「心の傷のかさぶた」が取れる言葉や物語も多く掲載してあります。ぜひ参考にしていただければ幸いです。引きこもっているお子さんを信じてあげてください。その信じてあげるという気持ちは必ず通じるときが来ます。人間は「不信感」は「不信感」を生み、「信頼」は「信頼」を生むのです。

※ 親御さんのご心配は分かります。しかし、物事は「なるようにしかならない」という開き直りも大切です。そう思うことによって一つの救いがあります。そして「かわいそうだ」「かわいそうだ」という情は本人のためになりません。親の本当の愛情は少し距離を置いた客観的な考え方です。その代表は「本人が真に自立すること」を考えてあげることと「子供を信頼すること」です。そして親がその引きこもりの問題に振り回されるのではなく、しっかりとした生き方をすることです。子は親を観ているのです。又、各自治体には相談窓口があります。問題を親御さんだけで抱え込むのではなく、同じ問題を抱えている方々との連携も大切です。問題を共有していくことは力になります。「引きこもり」を恥ずかしい問題として位置付けないで、世の中にオープンにして対応することは、ストレスの蓄積を防止し衝突をも防ぎます。要は精神衛生上良いことなのです。この世の中、どんなご家庭でも一つや二つは何らかの問題があるものです。

[引きこもりの方は優れた人間性を持っている]
引きこもりの方はどちらかというと繊細でナイーブで感受性が特に強い傾向があります。この性格は人間的に非常に優れたものに入ります。どちらかというと芸術家タイプに多いのです。非常に優れた人間性を潜在的に持っているということです。これを生かさない手はありません。「引きこもりの方」はその能力を生かせばすばらしい人間になる可能性は大きいのです。本人はそのことに気付いていないかもしれませんが、筆者はそのように考えます。潜在能力を生かすも殺すも周りの人々のかかわり方一つなのです。

【引きこもりの方が本来持っている、蓮(はす)の花のようなきれいで美しい心の花は単独では咲かすことが出来ない。泥の中という世の中に根を下ろしてしっかりとはってこそ、その美しい心の花は咲いて光り輝く】
清流に住む魚ほど(鮎等)少しでも汚れた水の中では強く生きられません。しかし、魚の中には汚い泥の中でも力強く生きられる魚もいます。淡水魚の「フナ」「ナマズ」「雷魚」「ドジョウ」等は泥があって、濁っている水の中でも力強く生きられるのです。「引きこもりの方」は心が清くきれいで美しい心の持主と筆者は思っています。魚で言うと清流に生きる鮎ではないかと思うのです。心は純粋できれいなのです。この世の中は、はっきり言って清流ではありません。お釈迦様は「この世の中は多くのドロドロとした欲望の渦が巻いている汚くて恐ろしいところだ。まるでそれは泥の中のようだ」と言っています。そのために純粋で心がきれいな方がこの泥の中のような汚くて恐ろしい世の中で何らかの障害に遭って、何もかもが分からなくなり、すべてが混乱して思考がこんがらがってしまい人間不信に陥ってしまったと筆者は推測します。これはちょうど魚釣りの糸がからまってしまったという状態と似ていると思うのです。魚釣りをした人はお分かりかと思いますが、糸がからまるとそれを直すには時間がかかります。焦ると益々複雑にからまっていくのです。からまった糸を直すには時間と冷静さと根気が必要になります。ですから今「引きこもっている方」は魚釣りのからまった糸を直すような気持ちで対応しませんか。そしていろいろと現実の世の中のことも考えながら、冷静さと根気を失うことなくじっくりと自分と向き合いませんか。そして「清濁併せ呑(の)むことの出来る懐(ふところ)が深い強い人間になる」と最終的に決意しませんか。この決意があってこそ泥の中でも生きられるようになります。要は鮎から泥の中でも生きられる雷魚に生まれ変わってもらいたいのです。生まれ変わればきっと一つの悟り(気づき)を得ると確信しております。そうすればこんがらがった糸は必ずまっすぐになります。

※ なぜ雷魚なのか?・・・筆者が子供の頃、いとこと川で一緒に網で魚とりをしていた時、一匹の雷魚をある狭いところに追い込みました。そしていとこが手を入れて捕まえようとしたとき、いとこの親指を雷魚が噛(か)みついたのです。要するに攻撃してきたということです。その時、雷魚は強い魚と思いました。血が少々出ましたがうまく網に入り捕まえることが出来ました。フナやドジョウを捕まえるとき、手を入れて追い込むと、ただ逃げるだけです。攻撃はしません。そんな経験があるので人間も何かで問い詰められ等したとき、反論や、噛みつくぐらいの気概がないとこの世の中を強く生きられないと思ったのです。だから雷魚なのです。そんな気概を持って生きてほしいという願いがあるからです。

お釈迦様は心のありようを「泥の中に咲く蓮(はす)の花のように美しく」と説いています。蓮の花は泥と密接につながってこそ咲くのです。単独では咲くことが出来ません。「泥の中」すなわちこの世の中と密接につながってこそ蓮の花のような美しい心の花は光り輝くのです。引きこもりの方の美しい心を生かすには泥の中のような世の中にしっかりと根をはってこそ、その美しい心は生かされて光り輝くものとなるのです。ここにこの世の中と深く関わってこそ引きこもりの方のストロングポイント(長所)」が生かされるのです。泥の中に生きて多くの方々と関わってこそ美しい心の花は真に光り輝くのです。

(きれいな心、美しい心)

※「師」は人間だけではないのです。世の中を成立させている自然も師なのです。ですから朝起きたら「空気さん」「雲さん」「木さん」「太陽さん」「月さん」「宇宙さん」今日一日よろしくお願いします、と声を出して挨拶しましょう。そして寝るときに「空気さん、雲さん、木さん、太陽さん、月さん、宇宙さん、今日一日ありがとうございました」と感謝してから寝ましょう。このような訓練をすると心に変化が現れてくる可能性があります。まずは自然を敬う。ここから人生をスタートさせましょう。この訓練は一人で出来ます。この機会に人生を「礼に始まり礼に終わる」という考え方をモットーとして生きて行きませんか。

No3. 人間は「考え方の種」を創造することによって生きる方向が決まる。

何らかの病気以外で引きこもった場合は本人の意志に逆らって慌てて第三者が運営する支援施設等に入所させてはいけません。本人の意志が最重要です。本人が第三者の力を借りて「更生したい」という意志があれば何の問題もありません。要は本人が納得して「更生したい」という意志を持ったのかどうかが大切になります。ただし、その場合は信用ある支援施設等に限ります。事前に良く調査する必要があります。

人間にとって、最も大切なのは「考え方の種」です。「考え方の種」が人生の方向を決めます。このホームページでは「人間はどんな人も必ず死ぬ。それならばポジティブに生きたほうが充実した人生を送れる」という考え方の種に立脚して制作されています。この考え方の種がなければこのホームページは存在していません。しかし、こんな「ポジティブな考え方で生きろ」と主張したところで、ある人は「私は毎日パチンコしていた方が充実して楽しい」となればその人はそれでいいのです。中には「私は毎日酒を飲んでいた方が幸せだ」となればそれはそれでいいのです。みんな人間は「考え方の種」が違うのです。極端な話「私は引きこもっていた方が幸せだ」となればそれはそれでいいということです。何人(なんびと)もそれを否定できませんし、非難することはできません。こんなうまいステーキを何で食べないのだ、とステーキの嫌いな人に言ったところでどうにもなりません。しかし、引きこもりは「あなたはそれで本当にいいのですか?」という問いを突き付けることは出来ます。

人間は「心」という大地の土の中に「考え方の種」をまいてそれを芽生えさせて成長させなければちゃんとしたものになりません。ちょうど野菜を作るのと同じです。どんな種類の野菜を作るかによって種は違います。ナス、キュウリ、トマト、カボチャ等々と野菜の種類は多くあります。人間も「考え方の種」によってどんな人間になるか(どんな野菜になるか)の結果が違ってくるのです。どの種(考え方の種)を創造するかによってどんな人間になるかという方向が決まるということです。何の考え方の種もない状態では何をしても無駄です。心という大地に種をまけないのです。すなわち方向が決まらないということです。飛行機でもエンジン、胴体、主翼、操縦設備等々がそろっていてもたった一つの垂直尾翼の方向蛇がなければ飛ばせない(人間で言えば活動できない)のと同じなのです。ですから本人がいろいろなもの(本、このHP等)を参考にしてどんな考え方の種が心の中に誕生するのか待たなければなりません。No4以下は「考え方の種」を創造するのに参考にしてください。ちなみに、「考え方の種」が出来ると「言い訳」をしなくなります。「親がこんなことを言ったから」とか「先生や友達がこんなことを言ったから」私は引きこもったとかの御託を並べない人間になります。人生が主体性を持ったものになってくると外部のことなど気にしなくなります。要するに自分以外の外部等のせいで「私は引きこもっている」というたぐいの理屈を言わなくなります。そんな御託を並べる時間が無くなって来るのです。キイワードは人生丸の船長であるあなたの「主体性」です。

前向きに生きたくなることば(前編)

(次のことばから、あなたのミラー細胞にインプットしてみてください。新しい生き方が見えてくるかもしれません。まず、人間に生まれてきたことに感謝することからスタートしよう)

No1. 人間に生まれてきたことに感謝しよう・・・

魚に生まれればよかったのか?
ヘビに生まれればよかったのか?
ゴキブリに生まれればよかったのか?
焼き鳥になる「鳥」に生まれればよかったのか?・・・・・・

人間に生まれてきて正解だろう!
大幸運だろう! 奇跡だろう!
無数の生き物の中で人間として誕生させてくれた自然に感謝します。両親に感謝します。ご先祖様に感謝します。

今まで感謝の心がなかった。率直に反省します。
私はこれから前向きに生きていきます。人間はどんな生き方も自分で決められます。こんなすばらしい特権があります。どうせ生きるならば、後ろ向きではなく、前向きに生きていきます。

No2. 失敗しても、しなくても同じ人生ならば ・・・
それでは、どっちが多くのことを教えてくれて人間的に大きくなれるか? それはずばり、何かに挑戦して失敗するほうだ。そして、その失敗をバネに再び挑戦し続けることだ。人生は失敗してからが本当の勝負です。もし、失敗をして諸問題が残ったら法律などを使って正しい解決法を選択して処理すればいいのです。だから失敗したことをあれこれ悩んだり、苦にしたりする必要はないのです。夜逃げなどしないでください。人類は様々なことを過去に挑戦し、失敗してきたから今のような高度な文明があるのです。人類が様々なことに挑戦して失敗し、その挑戦することを途中で放棄していたら今の文明はありません。人類は失敗した中から多くのことを発見したり、学んだりして挑戦し続けてきたのです。その結果が今です。そして今も未来に向かって挑戦し続けています。

No3. 生まれてくるときは裸一貫、死んでいくときも裸一貫・・・
生きているときに金を使わなかったらいつ使いますか? 銀行やタンスなどに積んでおいてもただの紙切れ。金は使って初めて別な価値に転換できるのです(無駄遣いしろというのではありません)。金は生きた使い方をしてはじめて生かされるのです(ただし、落ち着いた生活をしていくためにはある程度の貯蓄は必要です)。人間生まれるとき、死んでいくとき、身一つです。今問題なのは金を生かしきっていない方が多いということなのです。この世に使い切らずにほとんど残して、あの世へ行ってしまっているのです。

No4. 先のことが分かる人がいますか? ・・・
そんな人だれもいないのです。明日、交通事故で、どこ、どこの誰と、誰が、ここと、ここで死ぬ、ということを分かる人がいますか? そんなことを分かる人は全世界で誰もいません。そうなのです。先のことは分からない、というのが正解なのです。分からないから生きられるのです。分かっていることは「今」を生きていることだけです。ならばその「今」を悔いのないように生きることです。いつ死んでもいいように生きることです。「今」の連続があなたの人生を創っていくのです。分からない先のことを心配するより、「今」というこの瞬間にあなたの持っているすべての能力を集中し、そして出し切ることです。それしか人生を充実させてくれる方法はないのです。運命は自分で創っていくものであり、開拓していくものなのです。先のこと(未来)への主導権はあなたがすべて握っているのです。あなたが何を考え、何をしようとしているのか、ということなのです。

No5. 地球上の人間はすべて同じ元素からできています ・・・
金持ちも、ホームレスの人も。白人も、黒人も・・・。キリスト教の人も、イスラム教の人も、ユダヤ教の人も。仏教の人も・・・。勉強ができる人も、できない人も。偉い人も、普通の人も・・・。元を追及していくとみんな兄弟姉妹です。愛せないはずはありません。みんな同じ仲間なのです。人間は酸素25%、炭素10.5%、水素60.3%、窒素2.4%、あと残りの1.8%の中に約25種類の元素でできています。これが人間の正体なのです。

No6. 「夢」は大きいほうがいいという、そんなことはありません・・・
小さな「夢」もりっぱな夢です。どんな夢でもその夢の実現に向かって生きていこうではありませんか。夢を持って生きていくことがあなたの人生を「前向き」にさせてくれるのです。

No7. 苦手なことを克服するより、自分の好きなことをやろう・・・
自分の好きなことを伸ばしたほうが健康にもなれるし、ストレスもあまり受けることなく、人生を楽しく送れます。苦手なことにエネルギーを費やすより、好きなことに費やしたほうがよりベストです。

No8. 人生に何も問題がない人はおそらくいないでしょう・・・
テレビやラジオなどのニュースで「本日は世界中のどこからもニュースがなく、みんな平和で暮らしていますのでこれで終了します」ということを聞いたことがありません。人間には問題がつきものです。トラブルや争いごともつきものです。このようなことは「あたりまえ」と考えていたほうが楽に生きて行けます。普通はやっかいな問題が出ると頭を悩ませますが、逆にそれを楽しんだほうが勝ちです。「苦」を「楽」に転換するのです。苦労を楽しむ境地になろう。

No9. 「自分は自分」、「人は人」と考えよう・・・
人生は人の評価を気にしないで生きていきましよう。人のことばかり気にしていると自分の本当のやりたいことができなくなってしまいます。自分を見失っていくのです。人があなたの人生の責任を負ってくれますか? 答えは「ノー」です。責任を負うのは誰ですか? 答えは「自分自身」です。あなたの考えたとおりに生きればいいのです。自分の納得のいく生き方なり、仕事をすればいいのです。私たちは小さいころから人の評価という環境にさらされて育っています。学校に入れば「通知表」というものがあり、会社や役所等に入れば「人事考課」があります。先生や上司等のおめがねにかなわなければ低く評価されます。そんな経験を小さいときなり、会社等に入ってからしているので、どうしても人の評価が気になることは分かります。しかし、人はその人の器量でしか人を評価できないのです。1リットルの器量の人が、10リットルの器量の人を評価できません。だから人の評価は気にしないでいいのです。自分が納得することをやっていれば、そのことを分かってくれる人が現れるものです。

No10. 過ぎたことをいつまでもクヨクヨしても何も始まらない・・・
クヨクヨして物事が好転した、ということを聞いたことがありません。順調に物事が進んでいる人ほど、一つの失敗などでつまずいたりしたとき、落ち込みは大きいようです。そんなときは「考え込まない」ことです。しかし、そうは言っても人間は執着心があるのでなかなか大変です。人間こんなときの対処法によって運命が決まるといっても過言ではありません。こんなときは大きく気分転換をして、失敗は失敗として素直に認め、割り切ることです。これができないでいつまでもグズグズして忘れられないでいると、すべてが悪い方、悪い方へと向かっていきます。そして私生活も含め、すべてがうまくいかなくなってくる可能性があります。これらのことが高じてくると、心の病なども発症してくることもあります。だからこんなときは、心の切り替えが一つのキイワードです。クヨクヨしない。スパッと割り切る。一時環境を変えて思い切って気分転換する(旅行などに行く)。こんなことを実行しよう。 人生好転™の極意

No11. 人間は志を立てるのに年齢は関係ないのです・・・
もう年だから、という人がいます。人間死ぬまでチャレンジ精神が大切です。このチャレンジ精神が衰退していくと免疫力も低下していくと言われています。人間にとって最も大切なものの一つに「生きがい」というものがあります。この「生きがい」は人が与えてくれるものではありません。自分自身が見出していくものです。何かにチャレンジすることによって、そこに「生きがい」を見出すことができます。この「生きがい」の基本は、一つは「好きなこと」、もう一つは「人のためになること」です。この二つの基本条件を満たしたものを見出していけば、きっと楽しく充実した人生を送れます。この「生きがい」はお金では買えないものなのです。そしてお金では得ることのできない満足感を与えてくれるのです。

No12. まず「できる」と考えよう・・・
なんでもすぐに「できない」という人がいます。人間「できない」と考えると、そこから前に進むことはできません。人間「もうダメだ」と思ったとき、そこで終わりです。人間の知恵は無限です。とにかく考えて、考えて、考え抜くのです。考えれば一筋の光は見えてきます。「できない」という前に、まず「できる」と考えてみましょう。