昔々、ある百姓の家に、かわいい牛の子が生まれたと。そこの主人はこの生まれた子牛の名前を「牛太郎」とつけたと。ところがこの百姓の家は貧乏だったので、すぐにこの「牛太郎」を売ったと。売り飛ばされた牛太郎は新しい百姓の家に落ち着いたと。そしてだんだんと成長して立派な牛になったと。

 ところが、そこの主人は牛使いが荒い人間だったと。牛太郎が働ける牛になったとたん、それは、それはきつい仕事をさせたと。田んぼの土起こしや、代かきを休まずにさせられたと。最初の頃は牛太郎もがんばったと。「なにくそ!!」と思ってがんばったと。ところがこの主人は、こんなにがんばった牛太郎に、満足においしい栄養ある食べ物を与えなかったと。自分は白いご飯を腹いっぱい食べていたと。牛太郎は「くそっ!! 俺がこんなにがんばっているのに満足な食べ物もくれずに!!」と心に思ったと。牛小屋の飼い馬桶の中は、いつも貧弱な栄養価がない粗末な食べ物ばっかりだったと。この主人は牛を畜生としか考えていなかったと。

 ある年の春に、田んぼの土起こしが始まったと。ところが牛太郎は使うだけ使われて、満足に食べ物も与えられなかったものだから、まったく力が出なかったと。これを見ていた主人は「この役立たずの馬鹿牛が!! 働け、働け!! 働きが悪いと殺して食っちまうぞ!!」と言ったと。それを聞いた牛太郎は「殺せるものなら殺せ!! 死んだほうがまだましだ!! お前ばっかりうまいもの食って、俺にはたいしたものもくれねぇで!!」と心に思ったと。そして毎日「何で俺は牛に生まれたのだ。牛に生まれなければ今こんなに苦しまなくてもいいのに」と思っていたと。牛太郎はこんなことが続いたせいで、とうとう心身ともに参ってしまったと。

 こんな牛太郎をそこの主人は「こんな役立たずの牛は売り飛ばすしかねぇ!!」と思ったと。牛太郎は満足に食べていなかったせいでやせていたと。そのために安く売り飛ばされたと。売られた牛太郎の落ち着き先は、又、百姓の家だったと。牛太郎は「又、百姓の家か。こき使われるに違いない。覚悟しておいたほうがいいかもしれない」と心に思ったと。そんなことを思っていたある日、牛小屋に新しい主人がやってきたと。そこの主人の名前は「文吉」と言ったと。文吉は牛太郎を見て「お前は確か牛太郎という名前の牛だそうだなぁ。こんなにやせてしまって。ろくに食べさせてもらえなかったんだなぁ、かわいそうに」と牛太郎に言ったと。それを聞いた牛太郎は耳を疑ったと。牛太郎は初めて人間から優しい言葉をかけてもらったと。文吉は最初、この牛太郎を働かせないで、十二分な栄養と休息を与えて元気な牛にしようと思ったと。そして牛太郎に接するごとに「牛太郎、うまいものをいっぱい食べて力をつけるんだぞ。そしてしっかり休んで体力を回復するんだぞ」と言葉をかけていたと。それを聞いていた牛太郎は「人間にも、こんな人間もいるんだ」と思って、時々涙を流していたと。文吉は牛太郎に言葉をかけてやると牛太郎が「モォー!!モォー!!」と涙を流して泣いて喜んでいるのを見て「俺のところに来た以上、もう大丈夫だ!!」と言葉をかけていたと。その言葉を聞くたびに牛太郎は「よし、こんど元気になったら働くぞ。そして文吉さんに恩を返すぞ!!」と思ったと。

 だんだんと牛太郎は元気になり、体に筋肉もついてきたと。それを見た文吉は「そろそろ働かせてもいいかな」と心に思ったと。そしてその年の田んぼの土起こしに牛太郎を使ったと。牛太郎があまりにもがんばるものだから文吉は「牛太郎、そんなにがんばらなくてもいいぞ。最初は体を慣らすんだ」と言ったと。それを聞いた牛太郎は自然と涙が出てきたと。そしてしばらくして一服することにしたと。牛太郎は初めて田んぼ仕事に一服があることを知ったと。前の主人は一服もしないで働かせていたと。

しばらくすると牛太郎は小便がしたくなり思い切って、ジャー、ジャーと、小便をしたと。するとその小便が太陽の光に反射してキラキラ、キラキラと宝石のように輝いたと。それを見ていた文吉は「牛太郎は何てきれいな小便をするんだ。生まれて初めてこんなきれいな小便を見させてもらった。牛太郎よ、こんなきれいなものを見せてくれてありがとう」と言ったと。これを聞いていた牛太郎は前の主人のことと、いつも思っていたことを思い出して一気に涙が出てきたと。それというのも、前の主人は小便をすると「こんなところに汚い小便をして!! 畜生は畜生だなぁ、まったく!!」と言って怒っていたことと、そんなことを言われるたびに「お前だってどこにでも小便をするくせに!!」と心の中でいつも叫んでいたことを思い出したせいだと。そんなことを思い出しながら牛太郎は「同じ人間なのにこの差は一体何だ?」と思ったと。

 文吉は牛太郎が、がんばろうとすると「牛太郎、抑えて、抑えて。そんなにがんばったのでは寿命が縮まるぞ」といつも言っていたと。又、牛太郎が病気になればちゃんと医者に見せて治療してやったと。文吉は「牛は百姓の宝だ。牛があっての百姓だ」といつも周りの村人に言っていたと。そんな文吉にかわいがられていた牛太郎も、何年か後に、とうとう最後の時がやってきたと。文吉は牛太郎の亡骸を、人間同様にちゃんと葬ってやったとさ。     おしまい