昔々、ヨーロッパのある国の町に、ヨワキとツヨキという二人の青年が住んでいました。二人は幼馴染で小さいときから仲良くしていました。二人の違いと言えば、ヨワキの家庭は神様を信じない無信仰の家でした。しかし、ヨワキの家は大金持ちでした。ツヨキの家庭は神様を信じている信心深い家庭でした。しかし、ツヨキの家はヨワキの家とは違い、町でも評判の貧乏でした。二人はだいたい能力は同じくらいでした。

そんな二人がある日、居酒屋へいきました。二人とも程よく酔いがまわってきたころ、ヨワキが「ツヨキちゃん、俺たちもいい歳になった。そろそろ将来のことも考えないとならないなぁ。何か商売でもはじめないかぁ?」と、言ったのです。するとツヨキが「そうだなぁ、何かやらないとならないなぁ。しかし、僕には金もないし、いまのところ商売のアイデアもない。考えてみたら何にも無いよ。僕の家は貧乏だし、だれもお金を貸してくれる人もいないし。こんな、ないないづくしでは何もできない。」と、言いました。するとヨワキが「お前は、名前はツヨキだが、こころは弱気だなぁ。少しがっかりしたよ。」と、言いました。するとすかさずツヨキが「そんなこといったって、お前は僕と違って何でもあるじゃぁないか。その気になれば親がお金もだしてくれる。僕の家はそうはいかない。僕の家は家族みんなで神様を信仰しているので、一週間に一回、日曜日に教会へ行って、お祈りを捧げるだけが唯一の楽しみになっているだけだ。あとは何の楽しみもないよ。そんな家なのに何ができるというんだ。何にもできないよ。」と、言いました。するとヨワキが「俺の親父なんか、「神様を信じているやつは貧乏人が多いのだ。この世は金がすべてだ。よくもまぁ、目に見えない神様を本気で信じられるものだ。少し頭が、おかしいのではないか?」 などと、言っていたよ。俺も小さいときから、そんなことばかり言い聞かせられてきたので、お金がすべてだ、と思っている。はっきりいってツヨキちゃんが毎週教会に行って献金しているお金を貯めれば、年間かなりの金額になると思うよ。」と、言ったのです。

ツヨキはこのことを聞いて「ヨワキちゃんは、そんなことを考えていたのか。がっかりしたよ。うちの親父は「人間の幸せは、心の持ち方で決まるものだ。お金や財産ではないぞ。確かにお金は大切なもので、生活していくためにはなくてはならないものだ。しかし、あまりにもお金に執着すると、とんでもないことに遭遇する場合もあるのだ。そしてすべての財産を失うということもあるよ。人間、自分の食い扶ちを稼げば十分だ。それ以上はいらないぞ。お金や財産がすべてだ、という人は、お金や財産がなくなったとき、死ぬしかないんだよ。それ以外の生きていく術をしらないからねぇ。神様というのは、人間が行き詰ったとき、生きる道を自然と教えてくれるありがたいものだよ」 と、いつも言い聞かせられていたよ。だから僕はそのことを信じているよ。」と、言いました。するとヨワキは「ツヨキは馬鹿じゃないか。やっぱり金だよ。金がすべてさぁ。」と、言って、ツヨキを馬鹿にしました。ツヨキとヨワキは幼馴染ではありましたが家庭環境はまったく違ったものでした。そのため二人の考えはまったく違っていました。

そんなことをやり取りしているうちにすっかり酔いもまわり、二人とも帰ろうとしたときヨワキが「ツヨキちゃん、どうだろう、この世はお金か、神様か、どっちを信じれば商売が成功するか、二人で競争してみないか。」と、言ったのです。それにはツヨキもびっくりして「ヨワキちゃん、そんな馬鹿なことはしないほうがいいよ。ろくなことにならないよ。この世の中は両方大切だと思うよ。両方のバランス感覚が大事じゃぁないのかなぁ。どっちが大切だとは一概に言えないと思うのだが?・・・。」と、少し自信なさそうに言いました。するとヨワキは「そんな自信のないことではだめだなぁ。絶対お金がすべてだと思うよ。なんだか、面白くなってきたなぁ。どうだろう、うちの親父が言っていることが本当か、それともお前の親父が言っていることが本当か、試してみようじゃないか。」と、言ったのです。ツヨキはこのことを聞いて、心の中で「僕は小さいときから親父に、さんざん神様のことを言い聞かされてきた。ヨワキちゃんの親父さんの言っていることも、なんとなく分かるような気もする。この辺でうちの親父が言ってきたことが正しいかどうか、試すチャンスかもしれない。」と、思ったのです。そして「よっし。やってみよう。」と、思わず口にしてしまったのです。ヨワキはこれを聞いて「面白くなりそうだ。じゃあ、早速明日から準備にかかろう!」と、言ったのです。ヨワキは心の中で「俺が勝つに決まっている。あんな貧乏人のツヨキに何ができる。ツヨキも意外と馬鹿だなぁ。」と、思ったのです。そんなことを約束した二人は居酒屋を出て、お互いの家に帰っていきました。

そんなことで競争する羽目になったツヨキは、家に帰ってから、家族には、そんなことは口が裂けても言えませんでした。しかし、ヨワキは家に帰ってからすぐに親父に「この世はお金がすべてか、神様がすべてなのか、今まで親父が言っていることが本当か、それともツヨキの親父さんが言っていることが本当か、商売で競争をして試すことになった。」と、報告しました。それを聞いたヨワキの親父は「勝負は決まったと同じだ。お前が勝つに決まっている。お金ならいくらでも俺が出してやる。神様だけで何ができる。そんなことを信じているやつは甘い人間だ。成功するはずがない。」と、言ったのです。それを聞いたヨワキは「親父も力になってくれる。この勝負は俺の勝ちだなぁ。」と、まだ、何も始まっていないのに決め付けてしまったのです。そして金の力で、いい店を作り、早速商売をはじめました。

それとは反対にツヨキは、毎日毎日何をはじめたらいいか分からず、ただただ神様に祈るだけでした。時々、ツヨキの親父が「毎日毎日祈っているようだが、何を祈っているのだ。」と、聞いてきましたが、ツヨキは「親父が長生きできるように神様に祈っているだけだよ。」と、言って、親父の質問をかわしていました。そんなことをしている間に、ヨワキの店はどんどん繁盛してきました。そんなヨワキの店の評判を聞くたびに、ツヨキはあせってきました。しかし、どんなにあせっても、いい考えは浮かんできませんでした。ヨワキの方は、金の力で事業を拡大していきました。隣町にも店を作ることになりました。順調に伸びていっていました。

そんなことがつづいていたある日、ツヨキは、このままでは敗北は間違いないと感じたので、思い切って親父に相談したのです。これを聞いたツヨキの親父は「そうだったのか。そんなことを競争していたのか。うちはお金がないから、派手に商売することはできない。しかし、資本をかけずに人様のためになることはできないわけではない。」と、言ってくれたのです。ツヨキは「親父、いったい何ができるのですか?」と、聞いてきました。するとツヨキの親父は「毎週、日曜日にパン屋からパンを仕入れて、町の教会に来ている人に売ってはどうだ。」と、言ったのです。ツヨキは「それならば、そんなにお金はかからないから、できるかもしれない。早速、パン屋に行って、パンを卸してくれるか聞いてくるよ。もし卸してくれる、ということであれば、教会にも行って、牧師さんからも許可をもらってくるよ。」と、言って出かけて行きました。

しばらくすると、ツヨキが家に戻ってきました。そして親父に「パン屋さんが卸してくれるそうです。牧師さんもいいといってくれました。早速こんどの日曜日から教会に行って売ることにします。」と、元気よく言いました。親父は「それはよかった。お前の蓄えだけでやれる商売だ。やってみなさい。」と、言ってくれたのです。そんなには儲からない商売でしたが、しばらく続きました。しかし、パンもみんなは飽きてきて、だんだんと売れなくなってきたのです。ツヨキは「これではこの商売も先細りだなぁ。また、神様に祈って何をはじめたらいいのか聞いてみよう。」と、言ってパン売りの商売をやめてしまいました。また、前の祈りの生活に戻ったのです。パン売りの商売は自分の蓄えでやった商売でしたので、損失はほとんどありませんでした。一方、ヨワキの方は、親父の金でどんどん商売を拡大していき、その国の主要な町々にお店を作るまでになっていました。ヨワキとヨワキの親父は「ざまぁみろ。神様で成功するはずがない。金の力にはかなわないのだ。あのツヨキはやっぱり馬鹿な男だよ。」と、幼馴染にもかかわらず、とうとうツヨキを鼻で笑って、馬鹿にするようになりました。ツヨキの方は、そんなふうに、馬鹿にされているのは分かっていたのですが、気にもせず、ただ、神様にお祈りを捧げていました。世間も、だんだんとこの二人が「金の力か、神様の力か、」を試して競争していることに気付いてきました。世間もヨワキと同じく、ほとんどツヨキに勝ち目はないと思っていました。世間もやっぱり、この世は金だ、という人がほとんどでした。しかし、わずかながら、最後は金の力ではない、と考える人もいました。しかし、大勢はやっぱり金の力を支持していました。

そうこうしているうちに3年がたってしまいました。ツヨキは「神様は、きっと僕に何かをさせるために、今、苦しみを与えているのだ。これも神様のご慈悲に違いない。ここは踏ん張りどころだ。」と、プラス思考で生活していました。ヨワキの方は益々繁盛して、隣の国の町にも店を出すことに成功していました。

そんなある日に、ツヨキの耳に神様の声が聞こえました。「ツヨキよ、あせってはならない。お前には私が付いている。心配することは何もない。今のままで、ただ私に祈りを捧げてくれていればいい。」と、言う内容でした。ツヨキはびっくりしたのですが、この声を信じることにしました。そしてそのことをヨワキに話しました。そうするとヨワキは「まだ、そんなことを言っているのか。お前はよほどのお人よしだなぁ。神様なんかいるはずがない。どこにいるのだ。いたら、いるところを教えてくれ。」と、言いました。ツヨキはすぐに「神様は僕の心の中に住んでいるのだ。だからお前には見えないのさぁ。」と、言いました。するとヨワキは「ワッハァハァ・・・・心の中に住んでいる? そんな馬鹿なことがあるか!! 心のどのあたりに住んでいるんだい、ツヨキちゃん。この勝負は俺の勝ちだなぁ。俺の親父が言っていたことが正しいと証明されたと同じだよ。」と、声高らかに笑って、さも自分が勝ったようなことを言って、益々、ツヨキを馬鹿にしました。そんな笑いを聞きながらツヨキは「まだ、勝負はついたわけではないし、きっと今に分かるときが来るに違いない。お前も、お前の親父も、神様を鼻で笑っていると、今にとんでもないことがおきるような気がしてならないよ。ましてや、今の世の中、何が起きるかわからない時代だよ、気をつけたほうがいいぞ。」と、言いました。するとヨワキは「とんでもないことがおきる? 何がおきるか分からない? こんなに店の数も多くなって、儲かっているのに、そんなことがおきるわけがないだろう。本当にお前は馬鹿だなぁ。ワッハァハァ・・・。」と、また笑って馬鹿にしました。ツヨキは、金だけを信じている人間に、何を言っても分からないと思って、さっさと家へ帰りました。

家に帰ったツヨキは心の中で「あんなことを言ってみたが、さりとて、何のアイデアも浮かばない。この勝負は僕の負けかもしれない。」と、少し弱気な考えになりました。そしてまた、神様に祈りました。そうするとまた、神様の声が聞こえてきました。「ツヨキよ。弱気になる必要はない。このまま、私に祈りを捧げてくれればそれでいい。」という声でした。前と内容はまったく同じことでした。ツヨキは内心「本当にそうなのかなぁ? このまま、祈りだけ捧げても何のアイデアも浮かびそうもないし、何の変化もおきない気がする。」と、一瞬神様を疑いました。しかし、すぐに気を取り戻し「いやいや、神様がそう言っているのだから、間違いないはずだ。前と同じく信じていくしかない。」と、心に誓ったのでした。

それから数ヶ月がたったある日、ふと町を歩いていると、ヨワキの本店の前に人垣ができていました。ツヨキが人に尋ねてみると「何でもこの店の息子の親父が、隣の国のある金持ち風の、立派らしき男に、ものすごい豪邸に案内されて、すっかり信用し、大きな儲け話に乗ってしまったそうだ。しかし、それが詐欺だったそうだ。そして挙句の果てに、全財産を失って、息子とどこかへ逃げてしまったみたいだ。要するに立派らしき財産があるような男にだまされたのよ。人の外見だけ見て、話しに乗ってしまったというわけさ。」と、ある人が教えてくれました。ツヨキは腰を抜かすほどびっくりしてしまいました。ヨワキの本店の前の人垣は、借金とりやら、商品を卸した商人やら、多数の債権者の人達だったのです。本店の前は、てんやわんやの大騒ぎになっていました。当のヨワキや親父の姿はありませんでした。そしてその後、二人は山の中で首をつって死んでいるのが発見されました。

発見されて数日後、二人の葬儀が教会で執り行われました。特別に信仰していなかった二人でしたが、ツヨキの配慮によって、特別に葬儀ができることになったのでした。ツヨキは、棺桶の中の二人に「あなたがたの心の中に神様がいれば、そんな儲け話にはきっと乗らなかったのに違いありません。そして、いくら全財産を失っても、命さえつながればやり直しができることに気付いたろうに。もし、やり直すことができたならば、財産があるときよりも、ないほうが、逆に幸せになったかもしれないのに。」と、語り掛けました。ツヨキはそれらのことを語り終えて「どうか主よ、この二人を天国へと召してください。そして二人に永遠の命を与えてください。アーメン。」と、お祈りしました。

そして、その葬儀も終わり、徐々にツヨキのショックも落ち着いてきました。二人が死んでからというもの、ツヨキはいろいろな商売を始めたのですが、何もかもうまくいきませんでした。しかし、ツヨキは何回失敗しても「この商売は神様の御心ではない。」と、言って、くよくよせず、落ち込むこともなく、すべてプラスプラスに考えるプラス思考で乗り切っていきました。なんと、ツヨキは、最初の教会へのパン売りから数えて100回失敗しました。しかし、すべて失敗しても「この商売は神様が望んではいない。失敗は成功の基だ。」と、言っては、けろりとしていました。金がなくなれば「金は天下の回りものだ。」と公言していました。そして、金がなくなればどういうわけか、九死に一生を得るような大きな事故等に遭い、賠償金等が入ってきました。その事故等はツヨキが悪くて起こったものではなく、すべて相手が悪くて起こったものばかりでした。まさに、ツヨキの公言していた「金は天下の回りもの」が現実となっていました。世間の人は「最後にはツヨキがヨワキを破って競争に勝ったのだから、いつかはうまくいく商売が見つかるに違いない。」と、思うようになりました。結果的にツヨキの親父の言ったとおりになったのです。そしてとうとうツヨキは101回目に始めた「便利屋」で成功しました。この商売は人が困っていることを何でも替わってしてやる商売でした。サービス精神旺盛なツヨキにはぴったりの商売だったのです。ツヨキの人柄が受けて、益々繁盛していきました。

そしてツヨキはある日、ヨワキの墓前で「俺はやっと成功したよ。お前はたった1回の失敗で命まで落としてしまった。本当の馬鹿はお前のような人間をいうのだろうなぁ。失敗は人生につきものだよ。でもその失敗に負けて死んでしまうことは人間にとって本当にもったいないことだ。失敗して初めて、いままで分からなかったことが分かるんだから。失敗は学校みたいなものだよ。いろいろ教えてくれるからなぁ。先生と言ってもいい。失敗大学とでも命名しようかなぁ。今度また人間に生まれてきたら、目には見えない神様を信じて生きていってくれ。」と、優しく語りかけたのでした。   おしまい