ひとの悪口ばっかり言っていた百姓の田吾作の運命はいかに? そして全国を旅している修行僧の「聖心」が田吾作に伝授したこととは?

 昔々、関東のある田舎の村に、人の悪口を言っては喜んでいる田吾作という百姓がいました。朝おきれば、朝ごはんを食べながら自分の女房のおクマに「どこ、どこの親父は、どうのこうの、どこ、どこの、せがれがどうのこうの」と、その人の悪いところばかりを探しては悪口を、つばをはきながらしゃべっていました。村の集まりがあれば、これまた人の悪口ばかりを言っていました。また、親戚の祝言や葬式があったときでも、酒を飲めば、人の悪口を酒の肴にして、いい気持ちになっていました。このように人が集まるところすべて、人の悪口で酒の肴にしているのでした。村の人達は「こういう人だ、こういう性格だ」と思ってあきらめていました。一部には一緒になって、お互いに人の悪口を言い合って、その場を盛り上げ、いい気持ちになっている人もいました。とにかく人の悪口を言わないと酒が進まないのです。田吾作は人と会話する内容はすべて人の悪口でした。

 そんな生活を送っていた田吾作でしたが、田植えも終わり、やれやれと思っていた、ある初夏の夜、自分の家に遊びに来ていた友達と、いつものように人の悪口を酒の肴にして、酒を飲んでいました。そして友達も帰り、田吾作は疲れていたので、すぐに寝間へいって寝ました。そして朝起きて、いつものように田んぼの様子を見に行こうとしたとき、女房のおクマが田吾作の顔を見てびっくりしました。「あ、あんた、くくくく、口が、みみみ、右に、へへへ、へん曲がっているよ!! くくく、唇も腫れ上がって、いい、いるよ!!」と、あまりにも驚いたので、どもって言ってしまいました。そして「いい、急いで鏡でみてごらん!」と言いました。田吾作もびっくりして、すぐに鏡で自分の顔を見ました。そして鏡を見た瞬間、腰を抜かし、一瞬気を失いそうになりました。何ということでしょう。自分の口が右の方へ大きくへん曲がって唇も大きく腫れ上がってしまったのです。まるで化け物でした。田吾作の子供も起きてきて「ちゃんが、お化けになった! ちゃんが、お化けになった!」と叫んでいました。田吾作は「なんと言うことだ!!」と大きく落ち込んでしまいました。今まで、いい男だと思い込んでいたのが、一晩でお化けみたいな醜い男になってしまったのです。

それ以来、田吾作はすっかり元気がなくなり、とうとう寝込んでしまいました。女房のおクマは心配で、心配でなりません。村の人達は「田吾作さんはどうしたの。」と聞いてきます。しかし、あまりにも格好悪いので、おクマは本当のことが言えませんでした。しかし、ある日、たまたま田吾作の家の前を通った、近くに住んでいる百姓の与作が、口が、へん曲がって、唇も大きく腫れ上がっている田吾作を見てしまったのです。与作は「ど、どうしたのだ、そ、その口は!」と驚いて田吾作に聞きました。すると田吾作は「俺にもわからない。寝て起きてみたらこんな口になってしまったのだ。」と言いました。そしてこの話はまたたく間に村中にひろまりました。村の中では「きっとあれは病気だ。」とか、「何か厄病神がついたのだ。」とか、「何か疫病ではないか。」とかの、様々なうわさが広がりました。そして村の人達は、みんな気持ち悪がって、誰も田吾作の家に近づかなくなったのでした。

そんなことになってきたことを敏感に感じている田吾作は、どんどん落ち込んでいきました。食欲もなくなり、気力もなくなってきたのです。家族はいろいろなところから医者を呼んできたりして、診てもらいましたが、いっこうによくなりません。医者は「これはわたしの手に負えません。」と言うしまつです。家族は医者がだめなので祈祷師を呼んで祈祷をしてもらいましたが、いっこうによくなりません。そして噂で「あっちにはこういう神様がいる。」と聞いては出かけて、みてもらいましたが何らかわりません。また、近くの稲荷神社に「御百度参り」もしました。しかし、何の効果もありません。挙句の果てに田吾作の子供も村の子供たちに「やーい、やーい、お化けの子。お化けの子。」などといじめられる始末です。こんな状態ですので田吾作とおクマの苦悩は深まるばかりでした。そして何をしてもよくならないので「これは一生治らない」とあきらめてしまいました。

 そんな、何をやってもだめなので、あきらめていた、ある夏の夜「トントン、トントン」と玄関の戸をたたく音がしました。おクマは「どなた様ですか。」と聞きました。すると「日本中を歩いて修行している、修行僧の聖心と申します。実はきょう、宿が取れなかったものですから、一晩泊めていただけないでしょうか。」と言いました。するとおクマは「それは大変ですね。一人病気みたいな人がいますが、それでもよければお泊まりください。」と快諾して玄関を開けてやりました。修行僧の聖心は「それはありがたい。お言葉に甘えて、一晩ご厄介になります。」と言って、家に入ってきました。日本中を歩いて修行しているだけあって顔は黒く焼け、着ているものはボロボロでした。まるで、こじき坊主に見えました。しかし、目は慈悲深い優しい目をしていました。背丈は中くらいで、田吾作とあまり変わりませんでした。おクマは「お疲れでしょう。雑炊でも作りますから、今日はゆっくりとしていってください。」と言いました。すると修行僧の聖心は「ありがとうございます。」と言うと、すぐに「病気みたいな人とはどなた様のことですか。」と聞いてきました。おクマは「奥の寝間に寝ている私の亭主です。」と言いました。聖心は「そうでしたか。で、容態というのはどうなのですか。」と聞いてきました。おクマは「体はなんともないのですが、ただ、顔の口が変になってしまったのです。右にへん曲がり、唇は大きく腫れ上がって、お化けみたいな顔になってしまったのです。」と言いました。聖心は「そうですか。それは大変ですね。後でいいのですが、もしよろしければ一回見せていただけますか。」と聞いてきました。おクマは「はい。ぜひ一回見ていただけますか。」と言いました。そしておクマは雑炊を作り、簡単ではありましたが、修行僧の聖心をもてなしました。

お茶を飲み終わったころ聖心が「おクマさん。旦那様の顔を見せていただけますか。」と言うと、おクマは「亭主にいいか、どうか、と聞いてきますので、少しお待ちください。」と言って、奥の寝間へ行ってしまいました。しばらくして、おクマが戻ってきました。「今、自分から起きてくるそうです。」とおクマが言いました。聖心は「そうですか。」と言いました。おクマは聖心に「聖心さん、びっくりしないでください。」と言いました。聖心は「私は日本中を旅していますから、いろいろな人に会います。たいがいなことには、なれていますので、大丈夫です。」と言いました。そんなことを言っている間に、田吾作が聖心の休んでいる居間にやってきました。聖心は驚いた様子も見せずに「今晩、ご厄介になる修行僧の聖心と申します。お言葉に甘えておじゃましています。」と挨拶しました。すると田吾作は「きょうは、ゆっくりしていってください。たいした、おもてなしはできませんが。」と言いました。そして続けざまに「聖心さん、俺の口を見てびっくりしたでしょう。ある日突然、朝おきたらこんな口になってしまったのです。何で俺はこんな口になってしまったのでしょうか。どんな医者に診てもらっても分かりません。あなた様が修行している仏法で治せないものでしょうか。」と聞いてきたのです。聖心は「うーん。」と考え込んでしまいました。そして「この口は仏法をもってしても治すことはできない。」といきなり、きっぱりと言ったのです。このことに田吾作は驚きました。そしてがっくりきました。そして聖心はすかさず、過去の話しを始めたのです。「実は三年前に私が四国地方のある山里に、修行の途中に寄ったときのことです。やはり、田吾作さんのような口をした人を見ました。その人も大変悩んでいて深刻でした。そしていろいろと、その人と話しをしてみました。そして、その人も医者に診てもらったり、祈祷したり、とありとあらゆることをやっていました。しかし何の効果もなかったのです。そしてとうとう、いろいろと聞いていくうちに、そういう口になってしまった原因が分かったのです。それは人の悪口ばかりを言っていたためだったのです。」と言ったのです。

田吾作はびっくりしました。心の中で「俺もそういえば人の悪口ばっかり言っていた。おんなじだ。」と思ったのです。そして聖心は「田吾作さん、今まで人の悪口ばかりを言っていませんでしたか。」と聞いてきたのです。田吾作は「実は俺も人の悪口ばっかり言っていました。」と正直に話したのです。すると聖心は「やはりそうでしたか。最初に見たときにそうではないか、とすぐに思いました。それで驚かなかったのです。」と言ったのです。田吾作は「それで聖心さん、その四国の人は治ったのですか。」と聞きました。聖心は「治りました。私がその方法を伝授しました。そしてその人は一生懸命に努力して治ったのです。それは命がけでした。」と言いました。田吾作は「どんなことをしたのでしょうか。」と真剣に聞いてきました。すると聖心は「自分の性格を変えなければこの口は治らないのです。」ときっぱりと言いました。田吾作は「それで具体的にその人は何をしたのですか。」と聞いてきたので、聖心は「それは人の欠点を見つけて悪口を言わないで、反対にその人のいいところを見つけて、ほめること、なのです。」と言ったのです。つづけて聖心は「その四国の人は、今まで悪口を言っていた人のところへ、一軒一軒謝りに行きました。そして心を入れ替えて、今までのことを反省したのです。それ以来、その人は私の教えたとおり、人の長所を探して、ほめる、ということを実行しました。そうしているうちに、だんだんと口は元に戻っていきました。

そしてその人は二度と人の悪口は言わなくなりました。今は前より人の信頼も厚くなり、幸せに暮らしているそうです。」と言ったのです。これを聞いた田吾作は泣いていました。これを見た聖心は「田吾作さん、あなたもこれと同じ方法で自分の性格を変えて、努力すればきっと治りますよ。これも仏のお導きですよ。」とやさしく、田吾作に言いました。田吾作は「聖心さん、ありがとうございます。俺が間違っていました。今まで悪口を言った人に謝ります。そして聖心さんが言ったとおりのことを実行します。」と言ったのです。そしておクマも「聖心さん、ほんとうにありがとうございました。うちの亭主もほんとうに馬鹿だったのです。あなた様がきょう、うちに泊まらなかったら、一生この口で過ごさなければなりませんでした。」と言いました。聖心は「いやいや、おクマさん、あなたの優しさが仏様に通じたのです。私も長く修行していますが、宿がなくて人の家に泊めてもらおうと思って訪問しても、この格好ですから、門前払いされるほうが多いのですよ。中にはこの格好を見て塩をまく人もいるのです。それをあなたは快く泊めてくださった。あなたの力です。」と言ったのです。これを聞いたおクマは「もったいないお言葉です。」と言ってとうとう泣いてしまいました。そんなことをやり取りしているうちに夜もふけていき、みんなは床に就きました。

翌日、田吾作は修行僧の聖心に「わずかではありますが、旅の路銀にしてください。」と、言って、三両の小判をお礼に差し上げました。聖心は「泊めていただいて、こんなお金までもいただいてありがとうございます。」とお礼の言葉を返しました。本当は聖心の懐はさびしいものでした(実は聖心は田吾作のへん曲がった口を見たとき、これはお金になるな、と、助かったと思ったのでした。この口の治し方を教える代わりにいくらくれますか、と言いたかったのですが、おクマさんがあまりにも簡単に、何の条件も出さずに、優しく泊めてくれる、と言ったもので、そのことが言えなかったのでした。聖心は言わなくてよかった、と内心ほっとしていました)。その聖心はこの田吾作の心からのお礼に自然と涙が出てきたのでした。田吾作も「いやいや、あなた様にお会いできなければ俺は一生こんなお化けみたいな口で生きていかなければなりませんでした。ほんとうにありがとうございました。」と聖心の損得抜きの、昨夜の心からの行為を思い出し、田吾作も自然と涙が出てきたのです。そして聖心は、また旅へと出発したのでした。この三両は田吾作の家の蓄えのすべてでした。

そんなやり取りをして聖心を見送った田吾作は、きのうの夜に決意したことを、早速実行したのでした。人の長所を探しては人をほめる田吾作を見て、村の人はびっくりしました。今までの田吾作とは正反対の人間になったからでした。でも村の人はこんな田吾作を見て、心の中で「よかった、よかった」と喜んでいました。田吾作もどんどん明るくなっていきました。そして修行僧の聖心が言ったとおり、田吾作の口は元に戻っていきました。完全に口が戻ってからというもの田吾作は村の人が嫌がる仕事を率先してやるようになりました。また、百姓に嫁がなかなかこないことに、悩んでいる人がいれば、必ずどこかの村から嫁を探し出して、縁付けました。まったくの他人でも「田吾作さんの話しなら間違いはない。」と、言って信用してくれるようになったのです。そして村の青年も田吾作の影響を受けて、何でも積極的になり、米の収穫を増やす研究もするようになりました。村の子供たちも田吾作の子供も含めて、人をいじめるというのがなくなりました。このことがあってからというもの、子供が人の悪口を言っていると、大人が「口がへん曲がるぞ。口がへん曲がるぞ。」と、言っては注意していました。そんなこともあって、この村から人の悪口を言う人は一人もいなくなりました。村の雰囲気が一変したのでした。そしてみんな幸せになったとさ。  おしまい