愛情豊かに飼われていた犬の三郎が、ある日突然捨てられてしまいました。三郎は、はたしてどんな犬になっていくのでしょうか。

昔々、北国のある村にそれは、それは立派な庄屋がありました。この庄屋の主人は久兵衛といいました。久兵衛の奥さんはお夏といいました。この家には「三郎」という犬が飼われていました。三郎はこの夫婦の愛情を一身に受け、大事に飼われていました。三郎は何の苦労や心配もなく平穏な幸せな毎日を送っていました。

そんな幸せな日々を送っていたある日、久兵衛の奥さんのお夏が病気で死んでしまったのです。葬式が執り行われている様子を見ていた三郎は、自分をかわいがってくれたお夏が死んだということを察知したのでした。三郎は悲しみのあまり、毎日毎日悲しい泣き声で涙を流して吠えていました。そんな様子を見ていた久兵衛は三郎に「三郎、お前もお夏のことを悲しんでくれるのか、ありがとうよ。お夏は遠い、遠いところへ旅だっていったのだよ。もう帰ってくることはないのだよ。」と、やさしく語り掛けました。その言葉を聞いた三郎は益々悲しい泣き声で涙を流して吠えました。久兵衛は「なんと利口な犬だ。お夏が死んでも涙一つ流さない親戚もいるというのに、お前は心の底から悲しんでくれる。人間よりお前のほうがよっぽど偉いよ。」と、言いました。それを聞いた三郎は久兵衛に向かって悲しい泣き声で「ワンワンワン・・・・。」と吠えました。三郎は、何ヶ月間も悲しみにくれる日々を送らなければならなくなりました。

お夏が死んでから、約2年がたったある日、三郎は家の様子がいつもと違うことに気付きました。主人の久兵衛が後家さんをもらったのです。その日はその祝言だったのです。後家さんの名前はお春といいました。三郎は「こんどの人はどんな人だろう。僕をかわいがってくれる人だろうか。」と、心配していました。祝言が終わった翌日、久兵衛はお春に三郎を紹介しました。お春は「こんな犬がいたの、分からなかったわ。あたいも前からかわいがっている犬を連れてきたのよ。」と、言ったのです。これを聞いた三郎はなんとなく嫌な予感がしました。なんとお夏は実家から自分がかわいがっている犬の三太を連れてきたのでした。

それからというもの、三郎にとっては大変なことになりました。いつもおいしいものを食べていたのですが、おいしいものはすべて三太がいただくようになったのです。三郎はいつも味噌汁にご飯だけ、という粗末な食事になってしまいました。犬の世話はすべてお春がやっていました。散歩にはいつも連れて行ってもらえず、三太だけがすべての面で優遇されていました。三郎の予感は、当たりました。
そんな生活をつづけていた、ある秋の日に、お春は三郎を連れて少し遠い村に出かけました。三郎は散歩に連れて行ってもらえるとばっかり思って、喜んで付いていきました。ところがお春は、着いた村の神社に三郎を置いて一人で帰っていきました。三郎は捨てられたのでした。もちろんお春は、久兵衛にこっぴどく叱られたことは言うまでもありませんでした。三郎はしばらく何がおきたのか理解できませんでした。しかし、夕方になってお腹がすいてきたとき、初めて自分が捨てられたことに気付きました。三郎は久兵衛の家に帰ることも考えましたが、お春のいる家には帰る気持ちがおきませんでした。三郎はこの神社の床下を住処にすることに決めました。三郎は捨て犬の身分になってしまったのでした。捨てられたその日の夜は神社の床下で一晩中涙を流して泣いていました。そして夜が明けてきました。涙もかれてしまった三郎は、いつまでも泣いていられないことに気付きました。これからは一犬で生きていかなければならないことに気付いたのです。ここで泣き言を言っていては生きていけないことにも気付いたのでした。三郎はこのときから、犬生最大の試練に立たされたのでした。

三郎は生きていくために、まず食べ物を探さなければならなくなりました。村中の家々の残飯をあさって何とか食いつないでいました。しかし、残飯をあさっている最中に人間に見つかり「この野良犬野郎、あっちへ行け!!」と、石をぶつけられることもありました。食べ物を自分で確保することが、こんなにも大変だと言うことを、三郎は生まれてはじめて分かったのでした。そして三郎は夜になると、毎日神社の床下で寝ていました。三郎は毎日毎日、生きていくことがこんなにも厳しいものだということを、身をもって体験していたのでした。人間に飼われていれば、どんな粗末な食事でも、何の苦労や心配もなく食べられたのです。しかしそれに比べ、今は自分の力で食べなければなりません。三郎はお春を憎みました。そしてお夏のことを思い出していました。お夏の優しさをひしひしと感じていました。

こんな厳しい生活をしていたある日、捨て犬の先輩が神社にやってきました。そして三郎に「おい、そこの野良犬、名前は分からないが、お前もあと3年間、この生活に耐えていけば、りっぱな犬になれるぞ。生きていくということがどういうことだか骨の髄まで分かるからだ。お前はおそらくりっぱな家に飼われていたのだろう。顔のつやをみればそれが分かるよ。育ちの良さの雰囲気もあるしな。あーあー、そうそう、俺の名前は八郎というんだ。よろしく。」と、言ってきたのです。それには三郎もびっくりしてしまいました。そして三郎は「僕は三郎といいます。八郎さん、よろしくお願いします。僕を飼っていた家は、みんな僕をかわいがっていたのに、ある日そこの奥さんが死んでしまったのです。そしてしばらくすると、その家に、後家様が来て、すっかり雰囲気が変わってしまったのです。なんと、その後家様は、実家から自分の犬を連れてきたのです。そしてこの僕が邪魔になり捨てられてしまいました。前の奥さんのお夏さんは優しいいい人でした。今は僕を捨てた後家のお春を憎んでいます。」と、言いました。それを聞いていた八郎は「そうだったのか。かわいそうになあ。でも三郎君、物事は考えようだぞ。捨てられる前の楽な生活を一生していたら、世の中のことなども含めて、何にも分からず死んでいくはめになっていたぞ。今は大変だが、すべて勉強だと思ってがんばるんだ。人間のこともいろいろと分かってくるぞ。今、憎んでいる後家様のお春さんという人も、後できっと憎しみは消えて、逆に感謝できるようになると思うよ。」と、言いました。

三郎はすぐには八郎が言ったことを理解できませんでした。そして八郎は「三郎君、俺は町や村の裕福な家の子供たちを大勢見てきた。みんな小さいときからかわいがられて何の苦労もなく育てられている。親は子供の言うとおりだ。親は子供のことだったら何でも聞いてくれる。親が子供の機嫌を気にして育てているのだよ。だからこんなことで育った子供は大きくなって自分の考えがまったくなく、自立できない人間になっているのが多いんだよ。ちょっとした問題にぶつかって神経症などになったりして自滅していく人間が最近多いよ。そのために、様々な問題が人間界には起こっているよ。とにかく、がまんということができなくなったよ。そんなひ弱に育てたのは親の責任が大きいのではないかと思っているのだ。子供のときから厳しさも教える必要があるのだよ。若いときの苦労は買ってでもしろ、ということだ。親が確固たる信念を持って子供を育てる必要があると思っているよ。子供に自分の頭で考えさせ、行動できる訓練が必要だということだよ。だから三郎君、今、生きるということを自分の頭で真剣に考えて行動して、いろいろなことを分かっていく絶好のチャンスだよ。こんなチャンスはめったにあることではないぞ。今、ふんばってがんばるんだぞ。」と、言いました。それを聞いた三郎は「なるほど。八郎さんご助言ありがとうございます。がんばります。」と、言いました。そして八郎はそんなことを言い残して、三郎のところから去っていきました。そして三郎は30日間八郎の言ったことを考えていました。

それからの三郎は意識がすっかり変わってしまいました。八郎が去ってから3年間というもの、雨の日も、風の日も、雪の日も、嵐の日にも、八郎が言ったことを忘れずにがんばったのです。三郎が変わったことは、今までがむしゃらに行動していたのが、考えて行動し、物事を客観的に観ることができるようになった、ということでした。そして、自然と神社に集まった野良犬の集団のリーダーとなっていったのです。リーダーとなったとき、三郎は自分を捨てたお春のことを考えていました。今、しっかりとしたリーダーの地位を築けたのはお春が捨ててくれたからだということがはっきりと分かったのです。前に八郎が言っていたことを今、はっきりと分かったのでした。そして、自然とお春に対する憎しみは消えていきました。むしろ三郎は苦しいことや悩みなどがあると、自分に冷たいしうちをした、お春のことを思うようになったのです。お春のことを思うと、自然とどうしたらいいのかという答えが出てきて、自分が抱える問題がどうしたわけか解決したのでした。このことは三郎も思ってもいないことでした。なんと自分を捨てたお春が、三郎の一生の心の支えとなっていったのでした。おしまい

※ 愛情には、優しい愛情と、厳しい愛情の両方が必要ではないでしょうか。優しい愛情が基本ですが、ときには厳しい愛情も必要であると考えるのです。ときには厳しい愛情がないと人間の精神の「心棒」が出来上がりません。