世の中を損得でしか考えないお竜さんは、はたして心を入れ替えることが出来るのでしょうか。

昔々、下野の国(今の栃木県)の塩原温泉の「もみじ屋」という小さな温泉宿に「お竜」という跡取り娘が住んでいました。なかなかの美人で、姿かたちは申しぶんありませんでした。このお竜の親はそろそろ婿をとって安心したかったのですが、その婿さんがなかなか決まりませんでした。美人で姿かたちすべてよし、とくればすぐにでも決まりそうですが、そう簡単ではなかったのでした。お竜はこのもみじ屋の一人娘でした。

そんなもみじ屋にある秋の日、紅葉狩と湯治を目的に、江戸から一組の中年夫婦が泊まりに来ました。お竜の父親の「仙吉」と母親の「お里」はすぐに玄関で「いらっしゃいませ。ようこそおいでなさいました。さあさあ、お疲れでしょう、足を洗いましたらすぐにお部屋にご案内いたします」と言いました。そこへちょうどお竜がやってきました。お竜はこのお客様に何の挨拶もしません。お客の中年夫婦は間が悪かったのか、自分たちのほうから「お世話になります」と言ったのです。するとお竜はやっと口を開き「いらっしゃいませ。ごゆっくりしていってください」と言ったのです。仙吉とお里は心の中で「またか!」と思いました。夜になり、お竜の親はお客様の夕食の用意などをすべて終了させて、お竜を自分たちの部屋に呼びました。仙吉はすぐに口を開き「お竜、何でお前はいつも自分から先にお客様にご挨拶しないのだ。お客様に失礼だんべ」と言いました。するとお竜は「だって自分からしたら損だべぇー」と言いました。仙吉はそれ以上のことは言いませんでした。いつもこんな調子で親は返す言葉がありませんでした。

翌日お竜は散歩がてら温泉街を歩いていました。するとすれ違う温泉街の地元の人々は口々に「おっ! 損だべぇー娘のお竜だ」と言って、誰一人自分から挨拶をする人はいませんでした。お竜はこの塩原温泉では「損だべぇー娘のお竜」として有名だったのです。金持ちの親戚の人にはいい顔し、貧乏の親戚の人には無愛想で、にこりともしないほどでした。この美人のお竜に婿がなかなか決まらないのは、ものごとを損得だけで見てしまう性格が原因だったのです。

お竜さん、お見合い失敗する

あるとき、父親の親戚筋からお竜に20回目のお見合い話が持ち上がりました。お竜は会ってもいいと返事をしました。親は早速段取りを取りました。そして10日後に塩原温泉のある料理屋でお見合いすることが決まりました。相手は板室温泉の、ある大きな温泉宿の次男坊でした。なかなかいい男でした。お竜の親は「お似合いの二人だ」と思い、今回はうまくいくのではないかと感じていました。いよいよそのお見合いの時がきました。話もよく合い、雰囲気も良くなってきました。そして最後にお竜が「ところでご飯を食べ終わったら茶碗などを毎日洗ってくれるんだべ?」と相手の次男坊に聞きました。すると次男坊は「いやいやそれは女のやることだべ。お竜さんからやってもらわなければならない」と言ったのです。するとお竜は「それはできねべぇー!」ときっぱりと言いました。それを聞いた次男坊は「どうしてだべ?」と逆に聞いてきたのです。お竜はすかさず「だって私だけ食べ終わったあとに難儀するのは損だべぇー!!」といつもの口癖が出てしまいました。この一言で今回うまくいきそうな見合いも一発で失敗してしまいました。お竜の親は「またか!!」とがっくり肩を落としてしまいました。仙吉とお里の苦悩は益々深くなっていくばかりでした。仙吉とお里は何とかお竜の性格が変わってくれないかと思い、近くの稲荷神社に行ってはお参りしていました。当のお竜はそんな親の苦悩は眼中にありません。お竜の頭の中は万事「損だべぇー」という考えが支配していました。お竜の人生がなかなか前に進まない元凶が「損だべぇー」でした。

修行僧の「聖心」が塩原温泉に来る

そんなお見合い話が破談してから一年たった秋のある日、塩原温泉に全国を旅している「聖心」という名前の修行僧がやってきました。長い間全国を旅しているものですから顔は真っ黒、着ている袈裟はぼろぼろでした。普通の人が見ると乞食坊主に見えました。塩原温泉に来る途中何回か子供たちに「この乞食坊主!! この乞食坊主!! あっちへ行け!!」と言われては、石をぶつけられることもありました。聖心は石をぶつけられると「わしは正真正銘の風天の乞食坊主だ! 何か文句があるのか! こらぁー!!」と言っては子供たちを追っ払っていました。聖心の体のところどころは石をぶつけられて少し腫れ上がっているところもありました。そんな聖心はどこの温泉宿に泊まろうかと塩原温泉に来て迷っていました。そしてある温泉宿に行って「今晩一晩泊めてください」と言ったのです。しかし、そこの主人はあまりにもみすぼらしく汚い聖心の姿を見て「申し訳ないが、他のお客様の迷惑になるので他へ行っておくれ」と言って断りました。どこの温泉宿に行ってもこの調子で断られる始末です。聖心は困り果てて最後に「もみじ屋」にたどり着きました。玄関に入り「申し訳ないが、今晩とめていただけないですか?」と言いました。すると仙吉が出てきて「いらっしゃいませ。ようお越しくださいました。お疲れでしょう、足をまず洗ってすぐに温泉に入り、きれいに体を洗い、さっぱりしてください」と言ったのです。

すると聖心は「こんな私でも泊めてくれるのですか?」と、どこの温泉宿でも断られていたので半信半疑で仙吉に尋ねました。すると仙吉は「あたりまえです。うちは温泉宿ですよ。泊めるのが商売です。姿かたちでお客様を差別はしておりません。さあさあ、そんなへんなことはいわないで、ごゆっくりしていってください」と言いました。そしてすぐに「おーいお里! この旅のお坊さんをお部屋にご案内しておくれ!」と言いました。すると聖心は「お世話になります」と言って、すぐに飛んできたお里といっしょに部屋へ向かいました。途中、聖心は廊下でお竜に会いました。お竜はいつものように自分から挨拶はしません。間が悪かったのか聖心が先に「こんばんは」と挨拶しました。するとお竜は「いらっしゃいませ」と言ったのです。部屋についた聖心はお里に「今、廊下で会った人はお客様ですか?」と聞いてきました。お里は「いいえ、うちの一人娘のお竜です」と言いました。すると聖心は「そうでしたか。それでいらっしゃいませと言ったのですね」と言いました。するとお里は「まったく、うちの娘はお客様に自分から先に挨拶できない出来損ないですよ」と愚痴って、聖心から記帳してもらった宿帳を持ってすぐに部屋から出て行きました。

お里が出て行ってからしばらくして聖心は温泉にも入り、夕食も食べて部屋で休んでいると、仙吉とお里が部屋にやってきました。仙吉が「お客様は宿帳から推察しますと旅のお坊さんですね?」と言いました。すると聖心は「はい、私は全国を旅している未熟者の修行僧の聖心と申します」と言いました。すると仙吉が「いい人に出会うことができました。実は私どもの悩みの相談に乗ってもらえませんか。初対面でこんなことをお願いするのはあつかましいことと重々承知しているのですが、何とか話だけでも聞いてもらいたいのです」と立ったまま切羽詰った様子で聖心に言いました。聖心は少し間をおいて「いやぁご主人、いい湯でした。それにしても塩原の紅葉は最高ですねぇ。目の保養になります。お湯と紅葉のおかげで旅の疲れもすっかり取れました。人間の心も塩原の紅葉のようにみんなきれいだといいのですがねぇ。きょうは泊めていただき感謝しています」と言いました。

そしてすぐに「うーん、何かお困りのようですねぇ。そんな立ったままでは話もできません。ここに座ってこんな私でよかったらお話を聞かせてください。お二人の悩みを解決できるかどうか分かりませんが、一生懸命私なりに考えます。悩んでいる人を救うのが坊主の役目ですから」と言いました。すると仙吉とお里は聖心の前に座り、すぐに仙吉が「ありがとうございます。実は聖心さん、うちの一人娘のことなのです」と切り出しました。そして言葉を続けました。「うちの娘のお竜は決して自分から挨拶しないのです。何でしないんだべ、と問い詰めると、だって損だべぇー、と言う始末です。外で人に会っても自分からおはようとかこんばんわとかは決して自分から言いません。そして三度三度の食事の後片付けも「損だべぇー」と言って、決してやりません。こんな調子ですからどんな良い縁談も破談になってしまいます。こんなことが続けばもみじ屋は私の代で終わりです。こんな娘ですが心を変えるいい知恵はないものでしょうか」と言いました。それを聞いていた聖心は「そうだったのですか。それはご心配ですね。ところでいつごろからそんな娘さんになってしまったのですか」と仙吉とお里に聞いてきました。すると今度はお里が「小さいころはお客様が来たら大きな声で「いらっしゃいませ!!」と言っていました。お竜が大きな声で言うとお客様が何か言葉を返していました。ところが確か、12歳くらいの頃、あるお客様がきて、いつものように大きな声で「いらっしゃいませ!!」と言ったのです。

しかし、そのお客様は「むつー」としていてお竜に対して無視するかのような冷たい態度で接したのです。このことがあってからというものお竜は決して自分から挨拶しなくなったのです」と言いました。すると聖心は「そんなことがあったのですか。きっとそのお客様は何か考え事をしていたのでしょうねぇ。悪意はなかったのだと思いますが、結果的にお竜さんを傷つけてしまったのですねぇ」と言いました。それを聞いていた仙吉は「きっとそうだ。それで自分から挨拶しなくなったのだ」と言いました。そして聖心は「お話は分かりました。まぁ、世間では自分から先に挨拶しない人は大勢います。そんなに心配することでもないように思うのですが、このことが婿さんをもらうことと関係しているとなると大きな問題ですねぇ。ところでお竜さんはこの家から出て、他で働いたことはあるのですか?」と仙吉に聞きました。すると仙吉は「まったくありません。生まれてこのかた家を出たことはありません」と言いました。聖心はそれを聞いて「分かりました。一晩どうしたらいいか考えます。結論は明日の朝にお話します。それでいいですか?」と言ったのです。仙吉は「はい、分かりました。それでは今日はこのへんで失礼いたします」と言って、仙吉はお里と一緒に聖心の部屋から出て行きました。その後聖心は、そうは言ってみたものの、なかなかいい考えが浮かびませんでした。そしてそのまま旅の疲れも手伝って寝てしまいました。

夜が明け、朝になりました。聖心は顔を洗っているとき一つの考えがようやく浮かびました。そして朝ごはんを食べ終わって仙吉とお里を部屋に呼びました。聖心は「昨晩はどうも。いろいろ考えたのですが、どうでしょう、お竜さんにいろいろと説教じみた言葉で言い聞かせてもだめなような気がするのです。そこでどうでしょうか、これから私はここを出て鬼怒川温泉を通り日光のほうへ行く予定です。日光まで一緒に旅をさせてはどうでしょうか。いろいろと他の温泉宿の接待などを見せるのです。きっと言葉でいろいろ説教するよりこのほうが良く分かると思うのです」と言いました。すると仙吉は「それはいい考えです。なあ、お里」と言いました。お里は「でも帰りはどうするのです。私も一緒に行ってもいいですか?」と聖心に聞きました。聖心はすぐに「お里さんが一緒ならば尚いいですよ」と言いました。仙吉は「それでいきましょう。決まりです。聖心さんお願いします」と言ったのです。そしてすぐにお竜が呼ばれました。お里がお竜に「どうだろうお竜、お前も生まれて旅一つしたこともない。このお客様の聖心さんが日光までいくのだがご一緒しないかい」と言いました。お竜は突然の話で少し驚いた様子でしたが二つ返事で「まあ、うれしい。ところでおっ母さんも一緒だべ」と言いました。するとお里は「ああ、私も一緒に行くよ」と言いました。お竜はそれを聞いて急に明るくなり、うれしさがこみあげてきました。話はとんとん拍子に進み、三人の旅が始まりました。

お竜さん、生まれて初めての旅に出る。鬼怒川温泉で一泊する。

塩原を出発した三人は、まず鬼怒川温泉の「きぬ屋」という温泉宿に泊まりました。「きぬ屋」に着いたとき、その「きぬ屋」の人が元気よく「いらっしゃいませ!!」とお竜にまず言ってきたのです。お竜はすかさず「お世話になります」と言いました。それを見ていた聖心がお竜に「いらっしゃいませ、と最初に言われてどんな気持ちになりましたか」と尋ねました。するとお竜が「気持ちが良かった」と答えました。するとすぐに別なお客が「きぬ屋」に入ってきました。「きぬ屋」の別な人がそのお客に「いらっしゃいませ!!」と元気よく挨拶していました。しかし、そのお客は何の返答もなく、無愛想でした。はたから見ると無視しているように見えました。しかし、「きぬ屋」の人はそんなことは気にしないで愛想良くそのお客にいろいろと話しかけていました。それを見ていたお竜は心の中で「私とはずいぶん違う」と感じていました。そんなやりとりを見ていた三人は足を洗って部屋へと案内されました。そしてお茶を飲みながら聖心がお竜に言いました「初めての旅はどうかなぁ」と言いました。お竜はすぐに「歩くのは大変だけど楽しいです」と言いました。するとお里が「私はお竜を箱入り娘にしてしまいました。世間を知らない人間にしてしまったのです」と言いました。すると聖心が「お里さん、それは仕方がないところもあります。仕事が仕事ですもの。休む暇などありませんしねぇ。でも今回はお竜さんも楽しそうですから良かったです」と言いました。

そんなことを言い合っているとき、「きぬ屋」の人が宿帳を持ってきました。そしてお竜がその人に「あなたはさっき玄関で無愛想なお客様に愛想良く振舞っていましたねぇ。何でそんなことができるのですか? 自分だけ損していると思わないのですか?」といきなり聞いたのです。すると「きぬ屋」の人はびっくりした様子で「何でそんなことができるかって、そんなこと聞かれてもねぇ。そんなことあたりまえだべ。お客様の気分でこっちの対応が決まるものではないのですよ。こちらの気持ちが一番大切なのですよ。お客様はいろいろなことがあるのです。商売でうまくいかなかったとか。お店がつぶれたとか。夫婦喧嘩して機嫌が悪かったとか。体の具合が悪くて気分が落ち込んでいたとか。何かで悩んでいたとか。それはもう人間ですからいろいろあるのです。ちょうど人の心もお天気みたいなものですよ。雨の日もあれば雪の日もあり、突然ヒョウが降るときもあり、風が強い日もありますよ。時には嵐の日もあるでしょう。

しかしねぇ、お天道様(太陽)は変わらないで、毎日この世の中を平等に照らしているべ。貧乏人にも金持ちにもね。この世の中にはお天道様が必要なのですよ。お天道様がなかったらこの世の中どうなります。真っ暗闇でしょ。私たちの仕事はちょうどお天道様のようなものなのです。疲れている旅のお客様をお天道様のように明るく温かく接待し、一時でも旅の疲れや、いろいろな疲れを忘れてもらい、気分よく泊まっていただきたい。ただそれだけなのですよ。損得とかそんなことでお客様に対応していません。確かに商売は損得勘定ができなければやっていけません。しかしねぇ、損得勘定だけではこの世の中は渡っていけないのですよ。目には見えない大切なものもあるってことですよ。もし損得だけの世の中だったら、味気なくつまらない暗い世の中になりますよ」と、きっぱりと言いました。それにはお竜もびっくりしてしまいました。そんな話を聞いたのは初めてだったのです。そしてお里がその「きぬ屋」の人に「いいお話をしていただきありがとうございます」と言いました。聖心はお竜に「いい勉強になったねぇ」と言いました。そんなことを言い合っている間に、宿帳に記帳し終えたのを確認した「きぬ屋」の人は、別な部屋へと行ってしまいました。三人はすぐに温泉に入り、その後食事をしました。そして、旅の疲れもあり、すぐに寝てしまいました。

今市の手前の茶屋で一服

翌日、鬼怒川温泉を出発した三人は、今市の手前の街道の茶屋に一服することにしました。そこの茶屋のおばあさんが出てきて「いらっしゃいませ。ご注文は何にしますか?」と言いました。するとお里が「それではお茶と、だんごを三人前頼みます」と言いました。するとおばあさんは「はい、分かりました。ありがとうございます」と言いました。するとお竜がそのおばあさんに「突然変なことをお聞きしますが、あそこの道端のごみを拾っている人や、草取りをしている人が何人かいますが、あれで日当はいくらになるんだべ」と質問したのです。するとおばあさんは「何を突然聞かれると思ったらそんなことですか。実はねぇ、あそこで働いている人たちはお金のために働いているのではありません。この街道を通る人達が気持ちよく旅ができるようにと、このへんの村人が協力して、ただで道のごみ拾いや草取りの作業をしているのですよ。奉仕の心を喜びとしている人達なのですよ」と優しくお竜に説明しました。お竜はびっくりして「えっ!! ただで!!」と言ったきり言葉が出てきませんでした。お竜はこの世の中でただで働く人達がいることを初めて知ってびっくりしてしまったのです。今まで損得でしか世の中を見ていなかったお竜にしてみれば、信じられない光景だったのです。その後おばあさんが持ってきた、だんごとお茶を三人はいただきました。そして一服した三人はおばあさんに茶代を支払い出発しました。

日光に向けて出発した三人はしばらく歩いて、街道の土手の下の川で、茶碗や鍋、野菜を洗っている女の人を発見しました。その人を見るなりお竜はその女の人のそばへ小走りで降りて、近づいていきました。旅に出て驚くことばかりのお竜にしてみたら、いても立ってもいられなくなったのでしょう。いきなりその女の人に「あなたは何でこんなにたくさんのものを一人で洗っているんだべ? これでいくらもらっているんだべ?」と質問したのです。突然見知らぬ人からこんな質問をされたものですから驚いたのはその女の人でした。しかし、すぐに平静を取り戻し、手を休め「何でって? 変なことを聞く娘だねぇ。あたしはこの土手の上の街道のすぐ前に住んでいるものだけどねぇ、亭主が外で一生懸命汗水流して働いているんだ。女がうちの仕事をするのはあたりまえだべ。亭主が疲れて帰ってきたとき夕飯の用意も何もしていなかったらどうするの。家事をするのはうちを守っている女の仕事と昔から決まっているのさ。あんたはそんなことも分からないのかい。もしあたしが外で働いていれば違ってはくるけどね。亭主が一日働いて帰ってきて、気持ちよく休んでもらいたいのだよ。男は外へ出れば七人の敵がいると言うじゃないか。外でその敵と闘って傷を負ってくるのさぁ。せめてうちにいるときぐらいはゆっくり休ませてあげたいよ。

あたしはねぇ、うちのお天道様になりたいんだよ。お天道様がなかったらうちの中はどうなる? 真っ暗闇だよ。それでは子供もだめになるしねぇ。お天道様というのは損得でこの世の中を照らしているのかい。そうではないでしょ。一日照らしてやったからいくら払え、などというお金の請求書があたしらにくるかい。そんなこと聞いたこともないよ」とお竜に言いました。お竜はお天道様の話が出てきたことにまた驚きました。鬼怒川温泉に泊まったときに話してくれた温泉宿の人と同じだったからです。お竜は何の反論もできませんでした。その場で考え込んでしまったのです。そしてすぐに我に返り、その女の人に「突然すいませんでした」と言って、お里と聖心が待っている街道へ歩いて土手を登っていきました。聖心が帰ってきたお竜に「あの女の人と何を話したの? 」と聞きました。お竜はすぐに言葉が出てきませんでした。しばらくして「ただの世間話よ」と言いました。お竜はその女の人が話した内容は二人には話しませんでした。自分の胸の中に収めたのでした。そしてまた三人は街道を歩いて日光へと急ぎました。

お百度参りに遭遇

日光へと急いでいる途中に、ある稲荷神社で一休みしていました。そしたら一人の中年の女の人がやってきて、お百度参りを始めたのです。お竜はびっくりして聖心に「聖心さん、あの女の人は何をしているんだべ?」と聞きました。すると聖心は「あれはお百度参りといって何かの問題が解決しますようにと、神様に百回の願をかけているのだよ」と言いました。お竜は初めてそんな光景を見たものですから驚いた様子で「そうなんですか。そんなものがこの世の中にあるのですか」と言いました。お竜は最後までそのお百度参りを見ていました。そしてお百度参りが終わった中年の女の人に「どうしてこんなことをしているんだべ?」と聞きました。するとその中年の女の人は「実は私の息子が花札賭博にはまってしまって金遣いが荒くなり、親が何を言ってもだめなのです。このまま行くと財産を食いつぶしかねないので、何とか花札賭博をやめて欲しいと神様にお願いしたのです」とお竜に言いました。するとお竜は「そうだったのですか」と言いました。そして親が子供のことでこんなに苦しんでいることを目の当たりにして、心に引っかかるものを感じていました。しばらくして三人はこの神社を後にしました。

三人はまた街道を歩いて日光へと向かいました。そしてしばらくしてお竜が聖心に「聖心さん、急でいるところ悪いのですが塩原へ帰ります。おっ母さんと帰らせてください」と突然に言ったのです。聖心は少し驚いた様子で「そうですか。この旅で何か得たものがあったのですね。お里さんはどうですか? 」とお里に聞いてきました。お里は「お竜がそう考えているならばそうさせてやりたいです」と言いました。そしてすぐに話がまとまりました。お里は聖心に路銀のたしにと何両かをお礼として差し出しました。聖心は気持ちよく受け取り「ありがとうございます。わたしのような乞食坊主にとっては大変助かります。お礼にこんな言葉を差し上げます」と言って、聖心は手持ちの荷物の中から筆と紙を出してその紙に「天に人にだまって得を積みなさい、そうすれば天は困ったとき見捨てません」という内容の言葉を書いた紙をお里に手渡しました。それをもらったお里は「ありがとうございます。額に入れて家宝にします」と言ってその紙を受け取りました。すると聖心は「二人とも気をつけてお帰り下さい。帰ったら仙吉さんによろしくお伝えください」と二人に言いました。するとお里が「このたびはほんとうにありがとうございました。聖心さんのお力でお竜も少し何かをつかんだようです。いろいろとお世話になりました」と言いました。すると聖心は「いやいや私の力ではありません。仙吉さんとお里さんの得の力ですよ。きっと天がその得を受け取ってくださったのですよ」と言いました。それを聞いていたお里とお竜は「もったいないお言葉です。本当に感謝します」と言って、二人は今来た街道を歩いて帰っていきました。聖心は手を振って見送りました。聖心は二人がいなくなってさびしくなりましたが、お竜の心に何か良い変化がおきたと感じると、うれしさがよりこみ上げてきて、さびしさも吹き飛びました。この旅がうまくいったと心の中で思いました。そんな思いを抱きながら聖心は一人で日光へと向かったのでした。

お竜さんが遂に開眼!!

聖心との旅から塩原へ帰ってきたお竜は人が変わったようになりました。温泉宿の仕事は、家事も含め自分から積極的にやるようになり、人には自分から優しい言葉をかけるようになりました。また、悩みのある人の話を聞いてやり相談にものりました。塩原の人達は「いったい損だべぇー娘のお竜にいったい何があったんだんべ」と、うわさしあっていました。温泉街に会う人達には自分から挨拶し、暗い顔をしている人には励ましの言葉をかけました。また親には積極的に見合いをすることを告げました。しばらくして那須温泉の、ある温泉宿の次男坊との見合いが成功し、その人を婿さんにもらうこととなりました。そしてお竜は塩原温泉の温泉宿の女将を集めて「塩原女将会」をつくり「塩原のお天道様になるべぇー!」、「塩原のお天道様になるべぇー!」を合言葉にして多くのお客様に喜んでもらえる「催し物」を考え提供していきました。そして塩原温泉は益々繁盛していったとさ。 
おしまい