地球暦西暦2007年、地球から9,000億兆光年離れている天国の「レイカンリセンター」では天の川銀河の中心に設置してある精霊党のSUMHTE(神界宇宙問題発見探査衛星)からの、ある報告が問題となっていました。その報告というのは「地球におけるテロ問題」というものでした。精霊党党首ウルトラエンゼル総理神とレイカンリ神は、この問題は人類が破滅に向かう初期症状という認識を示し、絶対に見過ごすことのできない重要問題としてとらえました。そしてこの問題は、常識的な視点からの打開策は、到底見出せないと考えて、宇宙史上初めての「人類救済緊急会談」をやらなければならないと決意したのです。それは天国の超特別区(A)におられる方々と、特別区におられる方々に声をかけ、「地球におけるテロ問題」の打開策を探るべく「緊急ビッグ宗教者会談」を開くことでした。この会談によって人類の将来に一筋の光を見出したい、というのが目的でした。人類の偉大な先人から知恵をご拝借すれば何か見えてくるのではないかと考えたのです。早速、レイカンリ神は超特別区と特別区に行ってSUMHTE(神界宇宙問題発見探査衛星)からの報告書を解説し、地球での人類の現状を説明したのですが、いろいろな理由があって同席できないと最初は断られました。しかし、今、人類の最大の危機であることを強く説明して、何とか分かってもらい、承諾を得たのでした。その結果、下記の方々からご出席していただくことになりました。これによって宇宙史上初めての「ビッグ宗教者会談」が実現したのです。

(Aの超特別区は一般の神々から独立した唯一のところ。独立したそれぞれの神様や仏様が支配しているところです。本来ならば侵すことのできない絶対領域ですが、今回は人類の緊急事態ということで、そこを支配している神様と仏様の許可が出て、今回の会談が実現しました。)

天国の「第一回緊急ビッグ宗教者会談」のご出席者

主賓・・・ムハンマド様、キリスト様、釈尊様

(順不同、超特別区から)

オブザーバー・最澄様、空海様、日蓮様、親鸞様、道元様、良寛様(順不同、特別区から)

※オブザーバーとして特別区におられる上記以外の行基様、一遍上人様、栄西様、一休様、中山ミキ様、法然様、その他多くの日本の高僧の方にお声をかけたのですが、スペースシップ「ギャラクスィトレーン」で宇宙旅行に行っているとのことでした。大変残念ですが、又の機会でお願いしたいと思います。また、超特別区にも多くの方に声をかけたのですが、宇宙旅行とのことで、またの機会にお願いしたいと思います。

会談日・・・・・地球暦西暦2007815

会談場所・・・・「レイカンリセンター」特別会議室

議長・・・・・・レイカンリ神

通訳・・レイカンリセンタースタッフによる同時通訳

議長・・皆様、きょうはいろいろお忙しいところわざわざご出席していただき誠にありがとうございます。感謝申し上げます。実はきょう、地球の日本という国の終戦記念日であります。今からわずか62年前までは地球ではとんでもないことが起きていたわけです。まあ、これらのことは宇宙ニュースで知らされていましたから詳細は割愛させていただきます。実は今、皆様の故郷である天の川銀河の中の太陽系の地球では、新たなる問題が起きています。それは「テロ問題」です。この問題は、もしかしたら人類が将来、核戦争を起こす初期症状ではないか、という認識が私にはあります。もし、核が拡散してしまった場合、何が起きるか分かりません。ましてや人類は一枚岩ではありません。政情不安が絶え間せん。もし核が拡散してどこかで核爆弾が使われた場合、人類は危機的状況に追い込まれます。人類は「目には目を」、「暴力には暴力を」という行動パターンだからです。このようなことにならないために、この問題の打開策を探るべくこの会談を開きたいと思います。皆様のお考えをご遠慮なく述べていただき、一筋の光を見出せたならば幸いです。ご意見はご自由にご発言してください。最後に、地球にお届けする「共同メッセージ」を皆様の連名で作成していただきたいと思います。それではムハンマド様からご意見をお願いします。

ムハンマド様・・・今、地球でテロが頻繁に起きているという報告を聞いてびっくりしました。私が開いたイスラム教の中で、過激派といわれている一派もテロを実行していると聞いて二重にびっくりしました。私は過激派を誕生させるためにイスラム教を開いたのではありません。人間が幸福になってもらいたいために開いたのです。慈悲ぶかく、慈愛に満ちたアッラーの神より授かった言葉をコーランとして書き上げました。このコーランにはテロの教義はありません。ここではっきりと申し上げておきます。何でそんなことを実行しているのかよく分かりません。コーランは人々に平安と幸福を与えるためと、人間が神様から離れてしまうと、堕落してしまうので、自戒するためにあるのです。争いのためにあるのではありません。このことを分かっていただきたいのです。しかし、私も生前軍事家として正直戦ったときもありました。しかし、天国へ来てみて初めて分かりました。人間は生前に人を殺してはならないということを。

釈尊様・・・・・・いいところに気付かれましたねぇ。私はムハンマド様の言っていることは分かります。慈悲ぶかく、慈愛に満ちた神様が自分たちの目的のために、何の罪もない人々を亡き者にする許可を与えるわけがありません。21世紀になっても人間は争いをしているのです。私はそのことに驚いています。大変残念なことです。私が生きていた時代も争いはありました。しかし、21世紀になっても争いがあるということは、人間は本来、戦争や喧嘩などが好きな生き物かもしれませんねぇ。私が説いた中庸の考え方で生活していけば問題は起きないと思うのですが・・・。なかなかうまくいきません。困った問題です。

キリスト様・・・・私も釈尊様の言っていることは理解できます。私が、人間の罪というものを私の命をもって明らかにし、私の血をもって人類の救いの道を切り開いたのに、人間の心は、ほとんど進歩していないことが分かりました。人間は罪を犯し続けています。世界には平和のために努力している多くの人々がいるのは分かっています。一部の争いを好む者たちや、争いを仕掛ける者たちのために平和が実現できないことは、大変残念です。私がユダヤ教を改革したことによって多くの伝道師が世界へと私の教えを広め、多くの人々に影響を与えた結果、地球全体はいい方向へと行っていると思うのですが、まだまだ問題の種はなくなりません。

日蓮様・・・・・・このような会談にオブザーバーとして呼んでいただき光栄です。釈尊様とお会いでき幸せでございます。まさか、このような場で釈尊様とお会いできるとは夢にも思いませんでした。釈尊様のご苦労のおかげで「南無妙法蓮華経」のお題目を唱え、人々を救う道を切り開くことができました。ただただ感謝です。ありがとうございました。さて、早速ですが、本題に入らせていただきます。テロ問題の報告書を読んで私もびっくりしました。何の罪もない人々が犠牲になっていることを知りました。人間の業がここまでいっているのかと思うと悲しくなります。私が生きていた時代も争いはありました。しかし、明らかにテロとは違ったものです。何の罪もない一般民衆を殺し、意図的に世の中を混乱させるとは。どんな理由があろうとも許されることではありません。余談ではありますが私も天国にきて時間がありますので「立正安国論」ならぬ「立正世界平和論」を執筆中です。生前に私が書いた「立正安国論」のせいで親鸞様と法然様にはご迷惑をおかけしましたことをこの場をかりて謝りたいとおもいます。日本の各信者同士も仲が悪くなってしまいました。そんなつもりで立正安国論を書いたのではないことだけは親鸞様に分かってもらいたいと思います。

親鸞様・・・・・日蓮様それは分かっています。あまり気にしないほうがいいと思います。人は批判されて成長していくものです。批判を肥やしと思って天国でまだまだ勉強したいと思います。あなたは信念の人ですので自分の考えを貫いて行動を起こしたことはりっぱです。しかし、そのことで伊豆の国に流されたことは残念なことでした。もう少し時の政権が太っ腹であればそんなことも起きなかったと思います。でも日蓮様、法華経には法華経のよさが、浄土教には浄土教のよさがあります。お互いのそれぞれの良いところを見ていけば争いは起きないと思うのです。あぁ、そうそう、皆様へのご挨拶は後にさせていただきます。

良寛様・・・・・・私ごときのものが世界の三大宗教の開祖様にお会いできるなんて信じられません。この場に呼んでいただき誠にありがとうございます。また、私が所属していた曹洞宗の開祖であられる道元様にお会いできるとは、夢にも思ってみませんでした。今でも信じられません。この会談を企画していただいたレイカンリ神様に感謝いたします。早速ですが、私も日蓮様と同じくテロ問題についてはびっくりしています。全世界の人々が欲をなくし、私が越後の五合庵に住んでいたような質素な生活をすれば、今地球に起きているすべての問題は解決すると思うのですが・・・・・・・。

そう簡単ではないのでしょうねぇ。二句浮かびました

「この世をば 去るとき必に テロを避け」

「罪もなき 人をば殺し 悦にふけ」良寛

空海様・・・・・・仏教の開祖であります、釈尊様とお会いできたことは誠に光栄です。また、キリスト様、ムハンマド様にもお会いできましたことは奇跡でございます。この場に呼んでいただきましたことを深く感謝申し上げます。私はテロ問題の本質は率直に申し上げて、人間の究極なエゴの発露ではないかと思っております。商売でも自分が作った商品はどこのものより一番だ、最高の品物だ、といって押し売りするのに似ています。テロは自分たちの考え方が一番だ、最高だ、といって押し売りどころか、手段を選ばないで無理やり売りつけようとします。民主主義は、こういう商品(候補者)があって(いて)、こういういいところがある商品(候補者)です。国民(有権者)のみなさま、いろいろなものと比較してよく考えてください、とPRして消費者(有権者)である国民から選択(選挙)によって買って(選んで)もらうのです。商品だけではありません。宗教も商品のように押し売りするようなことは慎まなければなりません。ましてや暴力に訴える方法は今の地球では通用しません。いくら自分たちの宗教が最高だと思っていても、宗教は個人の心の問題です。選択権は個々人にあるのです。そのことを忘れて熱くなると、いろいろと問題が起きてきます。テロを実行している組織はそのさいたるものかもしれません。自分たちの理想社会建設の夢を持つのは自由です。しかし、そのやり方が暴力というのでは全世界のほとんどの人々から支持されないのは当然です。しかし、一部支持している人々がいることも事実です。この問題の根っこは深く、その根底には地球全体の富の配分、すなわち、貧富の差の問題がかかわっているように思います。しかし、そうだからといって何の罪もない一般の人々を殺すことは正当化できない重大な犯罪です。ただの無差別殺人でしかありません。テロ組織は神の名を語って無差別殺人を繰り返す、ただの犯罪組織でしかないといっても過言ではありません。確かに理不尽な問題はいつの世でも存在します。これらの問題は、そう簡単には解決できない難しい人類の問題です。暴力に訴えて解決はできません。暴力はむしろ解決を遠ざけ、人々の心を傷つけるものでしかありません。人類は様々な努力をして忍耐を持って解決しようとがんばっています。しかし、憎しみや怒りを生むテロや、それに対する報復戦争では決して問題解決はできないと思うのです。報復戦争によって何の罪もない人々も巻き添えで殺されているのです。結果的に憎しみや怒りの連鎖が起きてしまうのです。その結果、子々孫々永久に憎しみや怒りの火種は残ります。ここに問題解決の難しさがあるような気がしています。何か特効薬があればいいのですが、なかなか見当たりません。頭の痛い問題です。しかし、一筋の光として人類の心の中に「共存互助」の精神があれば何とかなるような気がしています。しかし、一つ気がかりなことは「戦(いくさ)」というのはどっちが最終的に勝利するかは分からないということです。世界情勢によっては核の拡散も起こるかもしれません。人間の歴史を見ても卑怯と思える戦法で勝利した事例はたくさんあります。「戦(いくさ)」にルールはないのです。近代兵器を多く持っていたとしても勝利する保障もありません。ベトナム戦争がそうでした。あれほどの近代兵器を持っていたアメリカはゲリラ戦法に敗れました。このことを忘れてはいけません。まったく恐ろしい時代に突入したものです。一寸先は闇といっても過言ではありません。相手をあなどれないのです。甘く考えていると世界同時多発テロ以上のとんでもないことが起きる可能性もあります。日本はちょっと平和ボケが蔓延してきたのではないかと危惧しています。こんなときが危ないのです。日本の同盟国のアメリカは戦時下にあることを決して忘れてはいけません。

ムハンマド様・・・まったくその通りです。確かに気を緩めないことが大切だと思います。昔の戦と今の戦では戦い方が違うのです。今の戦は敵が見えないのです。これほど戦いにくいものはありません。でも「共存互助」とは空海様もなかなかいいところに気付かれましたねぇ。きっとこの場に中山ミキ様がおられれば同じことをおっしゃると思います。私も「共存互助」には賛同します。私は人間の幸福のために、慈悲ぶかく、慈愛に満ちたアッラーの神の言葉を授かりました。しかし、人間の幸福のために明らかにしたこの教えが、人間の歴史の中で逆に人間を不幸にしてしまった出来事もありました。イスラム教国とキリスト教国との聖地エルサレムをめぐる攻防です。約200年の間、ヨーロッパのキリスト教国がイスラム教国に侵攻していった、俗にいわれている「十字軍遠征」です。この戦いにより関係国の人々の心に憎しみや怒りの感情が生まれました。私は憎しみや怒りの心を生むためにコーランを著したのではないのです。人間の幸福のために著したのです。何回も言いますが、このことを分かってほしいのです。残念なことに今地球では憎しみや怒りの連鎖が起きています。本当に心が痛みます。本来、ユダヤ教、イスラム教、キリスト教は兄弟なのです。親は同じなのです。本当は仲良くできる下地は本来あるのです。しかし、民族問題等の複雑な問題や、貧富の問題等がからみ、争いの火種は残っています。

キリスト様・・・・ムハンマド様、私は、あなたの気持ちはよく分かります。私も宗教が人間の争いの種となるために教えを説いたのではないのです。宗教戦争といわれる争いのほとんどは、時の権力者が勝手に大義名分をかかげ、何かに因縁をつけて、それを口実に戦争を仕掛けてきた一面もあります。今地球で起きているテロや、それに報復している戦いも、この構造によく似ています。人類は過去の多くの戦争から様々な教訓を学んでいるはずなのに何の進歩もしていないように私は見えてしまうのです。こんな考えは私だけでしょうか。

親鸞様・・・・・・いや、いや、キリスト様、みんなそう思っていますよ。さっきは失礼しました。挨拶が遅れました。私は親鸞と申します。きょうはこのような会議に、凡夫である私までオブザーバーとして呼んでいただき誠に光栄です。この場に私の師であります法然様がいらっしゃらないのは残念です。「承元の法難」以来お会いしておりません。しかし、世界的に超有名で偉い方々にお会いでき、感激しています。早速ではありますが、キリスト様、あなた様の言っていることは間違ってはいないと思います。人間はみんな神の前では平等で、同じだということをキリスト様は説いておられますが、私も同じ考えです。ただ私は人間の悪人でも「南無阿弥陀仏」という、たった六文字を唱えれば、すぐに救われる、ということを説いています。このことには異論もある人もおられるかもしれませんが、※罪深い悪人を腹がものものすごく減っている人と例えれば分かりやすいと思うのです。腹がものすごく減っている人(罪深い悪人)が、そこに食べ物(阿弥陀如来に向かって)があってそれを食べたとき(念仏を唱えたとき)、食べ物のありがたみ(阿弥陀如来の救いの慈悲)は腹が減っていないとき(罪のない善人のとき)よりいっそう身にしみてよく分かります。そしてその食べ物の栄養(改心し反省した心)が体にいきわたり元気になる(救われる)のです。すべての人々は「南無阿弥陀仏」を唱えれば、すぐに如来の本願力で救われます。私が最終的にたどり着いた悟りは「人間は人間でしかない」ということなのです。人間は生きているときどうしても自分が神や仏になったような錯覚におちいりやすい生き物なのです。しかし、私は自分というものを愚直なまでにどんどん見つめ直していくと、煩悩に満ち満ちているどうしようもない愚かな己の真の姿が益々分かってきたのです。そしてそれを自覚したとき南無阿弥陀仏を唱えれば、如来がそんな私を哀れんで即座に救ってくださったのです。こんな愚鈍の凡夫で自力ではどうすることもできない私を救ってくださるのは如来の他力による本願力でしかない、ということがはっきりと分かりました。私はこのとき如来との縁の深さを身にしみて分かったのです。このことが分かるまでは、人には言えない死ぬほどの苦悩の連続でした。その結果、今まで抱えていた難問の答えが分かりました。そして人生の目的がはっきりと示されたのです。その喜びは教行信証で著しました。テロを考えている人、実行しようとしている人も「南無阿弥陀仏」を唱えればすぐに救われます。無理かもしれませんが、日本にはこんな救いがあることを分ってもらいたいのです。ただ、人間はなんだかんだといっても、同じ人間を簡単に殺すのです。地球上で、同じ仲間を有史以来、殺し続けている生き物がいますか。こんなことができるのは人間しかおりません。一方で、子犬が道路の小さい穴に落ちて、どうにもならないので、消防隊が出動して「小さい命」を救った、などという、美談ニュースが世界中に報道されたりします。人間は「命」の大切さは一方で分かっていて、他方では人間の命をいとも簡単に抹殺してしまうという矛盾を抱えている生き物なのです。こんなどうしようもないわけの分からない罪がこびりついて汚れきっている(生きている間煩悩を断ち切ることができないという意味)私たち人間を見捨てないで救ってくださるのが如来なのです。私は宗教界の異端児などと言われたときもありました。今も言われているかもしれませんが、私の苦悩を理解してくれる人はなかなかいません。人の苦悩というものは表面には出てこないのです。人の体に「苦悩」という字は浮かび上がりません。むしろ、苦悩があっても、人に悟られないように、人は苦悩がないように装うことに注意を払います。だから人間の心を見極めることは難しいことなのです。人間はそんなものなので、みんな自分のことでアップアップでしょうが、たまには夫婦でも友達でもどちらかが相手の心の内を聞いて、分かってあげることは大切なことです。これは外交や国際問題でも同じです。それでも心を開くことができない方は「南無阿弥陀仏」を唱えてください。そうすれば如来がすべての悩みや問題をお聞きくださり、引き受けてくださるのです。そしてしばらくすると自然と進むべき道なりや、悩みなどの問題の答えを私たちの頭の中に示してくださるのです。こんな悩み多き煩悩具足の凡夫である私たち人間には如来にすべてをお任せし、頼りにして、信じて生きていく道があるのです。「南無阿弥陀仏」とは簡単に説明するならば「無限の智慧と、無限の慈悲の如来様、あなたを信じ、頼りにします」という意味なのです。無理かもしれませんが、全人類がこのような心になればいい方向に向かうと思うのですが・・・。今地球で起きている悲しい出来事は、残念ながら如来の本願ではありません。

注意・・・※のところは弊社の解釈です。

腹が減ったらおまんま、精神はプラスエネルギーキャラ軍で元気!

道元様・・・・・・このような場所にお招きにあずかり誠にありがとうございます。また、釈尊様にお会いできたことは私にとってこの上ない喜びであります。釈尊様のおかげで仏法を勉強することができ、「正法眼蔵」を著すこともできました。また、人里離れたところに、永平寺を開くこともできました。この永平寺は人里はなれたところに意味があるのです(余談にはなりますが、このことを勉強したい方は本を読んで勉強してください)。このことはひとえに釈尊様のおかげでございます。さて、本題の問題ですが、私はこの問題の真実は、人間の悟りの浅さにあるのではないかと思っております。様々な宗教が人間の勝手な解釈によって理解され、自分たちの都合のいいように考えるのです。キリスト様のお考えに一脈相通じるものがあります。本来の教えにはないことが実行されているのです。そのことについて人間はもっと深く悟らなければならないと思うのです。自爆テロを考えている人は宗教こそ違いますが、永平寺に来て、座禅の修行をしてもらいたいです。修行すればきっと雲の如く、水の如く、自由自在な考え方になり、無心の境地にたどり着けると思うのです。世界平和実現のためには、抵抗はあるかもしれませんが、全世界の宗教間の交流を通してお互いの理解を深めていく、という方法も一つの方法ではないでしょうか。日本人がイスラム教のことをもっともっと理解していく。逆にイスラム教国の人々も仏教やキリスト教などの宗教を、文化交流などを通じて理解していく努力が大切な気がしています。お互いの違った価値観を尊重しあい、認め合うという視点に立っていけば必ず世界平和が実現するのではないでしょうか。お互いに分からないから摩擦が生まれるということもあります。私は提案したい、仮称「世界宗教文化交流センター」みたいなものを国連の中につくり全世界の人々が異文化を理解できるようにするのです。そこへ行ったら日本の雲水のお坊さんもいれば、イスラム教のお坊さんもいれば、キリスト教の牧師さんや、神父さんもいれば、ヒンズー教のお坊さんもいれば、ユダヤ教のお坊さんもいれば、と、地球上のすべての宗教者の指導者がいるのです。そして、いつでも誰でも簡単に世界の宗教文化のセミナーが同時通訳で受けられるのです。世界すべての国々が出資して創りますから受講料はもちろん無料です。なかなか面白いと思いませんか。私たちはお互いを分かろうとしないところに何か壁ができているのではないでしょうか。世界平和のためにはまず理解し合う。私はそう思うのです。

最澄様・・・・・・私のようなものまで、ご招待していただいて感謝申し上げます。世界三大宗教の開祖様にお会いできるとは夢にも思いませんでした。この場をかりてレイカンリ神様にお礼申し上げます。さて、私も今、道元様がご発言になったことに総論賛成です。

確かに人間はあまりにも人のことを理解しようとしません。「一隅を照らす」どころか「一隅を消す」人々があまりにも多いのです。簡単に人を批判したり、悪口を言ったりするのです。これらのことは決してすべて悪いことではありません。しかし、ある程度相手のことを分かってからのものであればいいのですが、何にも理解していないのに盲目的に実行してしまうのです。そして相手を傷つけてしまいます。テロも相手のことを理解していないのに相手を盲目的に抹殺しているように見えてしまうのです。釈尊様を前にしてこんなことを言うのは、おくがましいのですが、この地球上のすべてのものは目的を持って生まれているのです。すべてのものに仏性が宿っているのです。すべてのものは結び合って、お互いに生かし、生かされているのです。だから道元様のご意見はごもっともと思うのです。なかなかいい考えではないでしょうか。

キリスト様・・・・道元様はなかなか奇抜なアイデアを出されますねぇ。なかなかいい考えだ、と思います。

ムハンマド様・・・うーん。面白い考えだ。そのようなものがあればイスラム教も世界中の方に正しく理解されるに違いありません。今は、どうも一部の人々に何か誤解されているふしがあるように思っています。私も道元様のアイデアに賛成です。

良寛様・・・・・・私も総論賛成です。そんなセンターの中に私の書なども飾っていただければ私の心を少しはご理解していただけると思っています。今、静かに拝聴していましたら、皆様のご意見の中に貧富の差というか、全世界の富の配分の問題がテロの一因ではないか、というご意見がありました。それならば、すべての国々が条約を批准して、おおざっぱではありますが、仮称「国際全人類給料支給センター」的みたいなものを国連の中に作って、ここから地球に住んでいるすべての人々に給料を支払うのです。このセンターは地球の富を一括管理します。地球のすべての富は、いったんこのセンターに入ります。そしてその富の貢献度によって給料が決まるというものです。富の原資がない人々も給料がもらえる仕組みです。細かいことはいろいろありますが、こんな助け合いの仕組みを人類は将来的に作ったらどうでしょうか。この仕組みは富める国々の協力が不可欠です。この富める国々の富の一部を貧しい人々の給料の一部に当てるのです。そうすることによって世界全体の貧しい人々の生活物資購買力を高めれば、世界全体の内需拡大になり、経済は不景気しらず、という一挙両得の現象がおきるかもしれません。このことは富める工業先進国にとっては市場の拡大になり、決して悪い話ではないと思うのですが・・。この機能がうまく循環すれば、テロのようなことも、なくなっていくのではないでしょうか。

地球の皆様に言いたいことは、地球という惑星は一体誰のものなのですか? ということです。それは、この地球に生きている、すべての生き物の物だ、ということです。そして地球の自然の富や、地下資源の富は一体誰のものか、ということです。人間が集団的概念を持ち始めたころ「ここからここまではわれわれの土地だ。」などといって勝手に線引きしただけの話ではないか、ということなのです。そして土地の争奪戦で勝ったものが自分たちの土地として主張して、これまた勝手に線引きしてきたのです。これって「強いもの勝ち」だった、ということですよねぇ。弱い集団は滅ぼされるか、帰属させられてきたのです。このように人間が勝手に線引きしてきた国という概念をなくして、おおざっぱではありますが、すべての国々を仮称「地球連合体」的行政機関で一本化し、地球の五大陸を各州にしてしまうのです。島国はどこかの近い大陸の州に帰属させてしまいます。こんな発想は間違いなくプラスマイナスはあるかもしれませんが、こんな発想も将来できるわけです。こんな発想によって人類の不平等を解消することもできるのです。今は、たまたま、自然の富に恵まれていたとか、地下資源の富に恵まれている条件のよいところに生まれた人は、豊かな生活ができて、たまたま富の原資が何にもない条件の悪いところに生まれた人は貧しく生活しなければなりません。「地球連合体的発想」は地球の条件によって人々の生活が決まってしまうことは少なくともなくなります。人間は生まれる場所を自分で決められません。ここに貧富の差が生まれる一因があります(人間の頭脳の努力で生まれた富はここでは考えません)。繰り返しますが、本来、地球という惑星は一体誰のものですか? それは、この地球に生きている、すべての生き物の物だ。ということなのです。地球の南極は人類が共有している大陸です。月も人類が共有しようとしています。誰のものでもありません。将来、この地球の自然の富と、地下資源の富は人類みんなのものだ、という発想に立脚していけば、仮称「国際全人類給料支給センター」的なことも不可能ではないと思うのです。これは人類の「やる気」にかかっています。そうすればテロを実行するものはきっといなくなると思うのです。

釈尊様・・・・・・良寛様はなかなか面白いことを考えますねぇ。なかなか面白い角度からの発想です。良寛様のアイデアを実行していくためには人間の「自我の改造」が必要でしょう。これは困難を極めますよ。人類がどん底へ落ちないと構築できない新システムでしょうねぇ。しかし、良寛様はいつ経済学を勉強したのですか。私は越後の五合庵で、てっきり書ばかり書いて子供たちと一緒に遊んでいると思っていました。なかなか感心しました。確かに、人類は助け合いの具体的な機関が足りないように思います。この辺のところから問題解決の糸口が見えてくるのではないでしょうか。人類が、ただテロや、それに対しての報復戦争ばかりをしていたのでは何の解決にもなりません。何の罪もない一般市民や兵士の命が失われるだけです。そして、そのことによって莫大な戦費が使われます。そんなことを長くやっていたのでは国家的破産を招く恐れさえあります。何にも生まない戦いのために疲弊してしまいます。ただ、軍需産業の経営者を喜ばせるだけです。良寛様の考えは、ほとんどの産業の経営者を喜ばせることができて、貧しい人々を救うことのできる、一つのすばらしいアイデアではないでしょうか。そろそろ人類も、具体的な助け合いによる解決策を真剣に考えなければならない時期にきているのです。戦費に回すお金を、人類の救済基金に回せば多くの人々の命が救えます。人類が住んでいる地球は広大な大宇宙から見ればどんな高性能望遠鏡をあてて見ても見えない存在です。そんな、細菌みたいな、小さくて見えない惑星に住んでいるのです。約137億光年先から超高性能望遠鏡で「天の川銀河」を見ると、ほんのわずかなぼんやりとした、小さな、小さな光の点にしか見えません。ましてや、太陽系の地球は見えるはずもありません。そんな小さな惑星に66億人もの人々が住んでいるのです。そんな小さな惑星に住んでいる人間すべては、地球の運命共同体であり、同じ仲間なのだ、という意識をそろそろ持ってもらいたいと思うのです。そして、様々な問題で、小さな枠の中で、ごちゃごちゃと、お互い争うことが、ばかばかしく愚かなことだ、と気付いてもらいたいのです。人類は1969年のアメリカ合衆国のアポロ計画で初めて月へ人間を運ぶことに成功しました。そして人間が月から地球を初めて人間の目で客観的に見ることができたのです。人類もそろそろ自分たちのことを客観的に見て、自分たちの本当の姿を確認するときにきていると思うのです。ですから私は提案したい。すべての地球の中学生くらいの子供たちを順番に大型の宇宙船に乗せて、宇宙から地球を見てもらうのです。そうすれば地球には国境線がないことが分かるはずです。そして人生観や世界観、宗教観に大きな影響を与えると思うのです。これが世界平和実現の一つの方法ではないでしょうか。これは世界中の国々が協力しなければできません。

ムハンマド様・・・さすがに釈尊様はスケールが大きいですねぇ。確かに争いは経済と心を疲弊させるものでしかありません。人類の歴史を見てもそのことは証明されています。そのことが分かっていても人類は争いをなかなかやめようとはしません。いっそのこと、悪霊党のデビルサターン神が、神界の最新兵器で地球に総攻撃をかければ、人間は目を覚ますかもしれません。悪霊党は第7宇宙でのシェアー拡大のチャンスをこしたんたんと狙っているのですから。地球の人間は宇宙から外敵がやってくるとは考えていないので、一つにまとまらない、という考え方もできます。また、人類は自分たちより力のある存在に気付かない限り、永久に一つにまとまることはない、という見方もできます。

親鸞様・・・・・・ムハンマド様、そんな恐ろしいことを言わないでください。大変なことになりますよ。悪霊党の戦力は年々拡大しつつあり、現在は地球のすべての国家の軍事力の合計の10万倍の軍事力を持っています。この力で攻撃されたら地球はひとたまりもありません。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・・・。

良寛様・・・・・・今、外敵とおっしゃいましたが、何も人類の敵は宇宙からの外敵ばかりではありません。人類自らが作り出した最大の内敵がいるのです。それは大量の二酸化炭素です。これは人類の欲望によって作り出されているやっかいなものです。地球に住んでいる生物の敵だからです。自然ではありませんから大変です。二酸化炭素の温室効果がものすごいということを実証している太陽系の惑星は金星です。二酸化炭素によって熱が宇宙に逃げられないため地表の表面温度は約460度になっています。こんなことが金星では起きているのです。人類もこの二酸化炭素の温室効果が地球にも起きていることに気付いて話し合っていますがまとまりません。アメリカは京都議定書から離脱するし、中国は金儲けの面白さが分かり、この問題は「先進国の責任だ」の一辺倒です。後進国は「やっとわれわれの時代がきた」と意気込んでいるのです。こんな状態では外敵ではなく、人類自ら自滅していくことになります。

最澄様・・・・・・確かに良寛様の言うとおりです。しかし、考え方によっては人類が一つになるチャンスともいえるのではないでしょうか。共通の敵が明確になったからです。いい加減な対応はできなくなったのです。しかし、いくらエコ、エコと言ってもアメリカ、中国、インドが一緒になって協力していかない限り、何をやっても焼け石に水です。今の最優先課題はいかにしてこの三国の協力を取り付けるか、ということではないでしょうか。

日蓮様・・・・・・お話が変な方向へ行っていませんか。少し修正しましょう。先ほど、釈尊様が言われた、「争いは、ばかばかしく愚かなことだ」と人類が気付くときは、すべてを失ってからはじめて気付く、ということもあります。争っているときは、なかなかそのことに気付きません。二酸化炭素の問題も同じようなことになるかもしれません。人類は自分たちの持っている欲望によって首を絞めているのです。困ったものです。しかし、まったく光が見えないわけではないと思うのです。人類は「知恵」を持っています。三人よれば「文殊の知恵」と申します。必ずやエネルギー革命を起こし、この問題を乗り越えていくと思います。なぜならば、この問題を克服しない限り人類の未来はないのですから。また、人類の「憎しみの連鎖」の問題も克服していくに違いありません。というのも世界の四大宗教であるイスラム教、ユダヤ教、キリスト教、仏教は「人を殺してはならない」と教えているからです。必ずや人類は人を殺すことの罪の重さに気付くと思います。人類は「なぜ人を殺してはいけないのか」という答えが分からないのです。その答えは人を殺せば、その殺された人は先に天国にいきます。しかし、殺したほうもいつかは天国へ行くときがきます。そして天国へ行ったとき、先に天国へ行っていた自分の殺した人と会うのです。会ったときその恨みが爆発して袋叩きに合うのです。袋叩きだけですめばいいのですが何がおきるか分かりません。そのことが分かっていないのです。人を殺した人の霊は天国へ行っても休む暇がないのです。あの世に行って不安と恐怖に悩まされるのです。人間はどんなに多くの人を殺してもいざ自分が臨終を迎えたとき「どうか、神様、仏様、天国か極楽へ召さしてください」と祈るのです。「私は人を殺したので地獄へ落としてください」とは祈らないのです。自分ほどかわいいものはないのです。そして身勝手なのです。これが人間の正体の一面です。南無妙法蓮華教、南無妙法蓮華教・・・・。

親鸞様・・・・・・この地球上で人間ほど罪深い生き物はおりません。ひとたび戦争になれば殺し合いです。多くの敵を殺した人が名誉の勲章をもらえるのです。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・・。

議長・・・・・・・「まだまだ、いろいろなご意見があろうかと思いますが、この辺でいったんご意見の発表は終了させていただきます。今まで見えなかった一筋の光がほんのわずかではありますが、見えてきたように思います。いろいろありがとうございました。皆様のご協力でこの会談を成功させることができました。感謝申し上げます。それでは、きょうご出席の皆様全員から故郷の地球の方々に送る、共同メッセージをまとめていただきたいと思います。」

と、レイカンリ神議長が言った、一時間後に共同メッセージが発表されました。それは「地球の皆様へ」という名で発表されました。そしてその内容はすぐにUSITM(宇宙瞬間移動電子メール)で天の川銀河の太陽系の地球の日本の新潟県にいる「まごころ地蔵」のTSUP(超高性能宇宙神界パソコン)に送信されました。

この「共同メッセージ」の取扱いは「まごころ地蔵」に一任されたのです。

第一回天国の「緊急ビッグ宗教者会談」の共同メッセージ

地球の皆様へ

天国にいる私たち宗教者は、今地球で起きている様々なテロや、それに対する報復戦争、局地的紛争等の争いに心を痛めております。天国では、それらの犠牲になられた数多くの、何の罪もない子供、女性、男性の方、兵士の方の霊が毎日のように運び込まれています。そして自爆テロを実行した人の霊も運び込まれています。この人達は天国に来て、自分たちが殺した人々がいるのが分かって、もがき苦しんでいます。このことはテロを指導している者の考え方に、理論的矛盾、欠陥があることを意味しているものと思われます。私たちが明らかにした慈悲ぶかく、慈愛に満ちた神様、仏様は人間の幸福を日夜考えているのに、テロの指導者たちは、貧しい若者等を、私たちが明らかにした神の一つの名のもとに、聖戦などと称して教育し、自爆テロ犯に育て上げ、何の罪もない人々を抹殺しています。そして、それを実行すれば天国に行けると教えています。自分たちが殺した人々も天国にいることを教えないのです。そして慈悲ぶかく、慈愛に満ちた神様は、何の罪もない人々を、亡き者にしてまで、目的達成を望んでいない、ということも教えないのです。そこに理論的矛盾、欠陥があると思われます。天国はそんなに甘いところではないのです(以前、こんな歌がはやりました。なぁーおまえー、天国ちゅうーところは、そんなに甘いもんにぁーおまへんにぁー、もっとまじめにやれー)。確かに地球には理不尽な問題がたくさんあります。それは今に始まったことではありません。私たちの時代でもありました。そんな問題を何の罪もない人々を殺して、世界を混乱させて解決しようなどと思っているのは、本末転倒の考え方です。私たちが明らかにした慈悲ぶかく、慈愛に満ちた神様、仏様はそのようなやり方は心から望んでいません。テロの指導者たちに言いたい。もうそんなやり方は即刻やめて下さい。別な方法を模索して下さい、と。あなたたちも今は元気に生きていると思いますが、いつかはこの世を去らなければならないときが必ずやってきます。あなたたちは信仰心の厚い人達ですから、そのとき臨終にあたって「どうか神様、天国へ召さしてください。」と、きっとお祈りすると思われます。しかし、あなたたちの霊を待ち受けているのは、先に天国へ行っている、あなたたちが殺した多くの何の罪もない人々の霊の憎しみと怒りです。天国へ行って、その人々の霊に、袋叩きにあうことは必至です。袋叩きですめばいいのですが、何がおきるか分かりません。そんな、死んでから天国で苦しまなければならないことが分かっているのですから、今、何の罪もない人々を殺すことはやめて下さい。あなたたちの霊は天国へ行っても休まりません。それがあなたたちへのメッセージです。信仰心が厚いあなたたちですから、きっとこのことは理解してもらえると確信しております。人を殺して天国へ行っても、いいことはありません。むしろ苦しみが待っています。だから、生前、人を殺さないで生きていってください。

 また、テロに対する報復戦争を仕掛けている人達に申し上げたい。確かに、報復したい気持ちは分かります。地球暦西暦2001911日ニューヨークの世界貿易センタービル等に航空機によるテロで約3,000人の方が犠牲になりました。とんでもないことがおきました。俗に言う「アメリカ同時多発テロ」です。世界の人々に激しい衝撃を与えました。このニュースは天国にいる私たちにも宇宙ニュースとして伝えられました。亡くなられた方に心からご冥福をお祈り申し上げます。テロの極み、とも言うべき事件が起きてしまいました。私たちはこのとき、報復戦争が必ず起きると予期していました。そして現に、起きてしまいました。そして、そのことによって、何の罪もない人々が、テロによって殺された人々より、はるかに多く巻き添えになり、殺されてしまいました。この巻き添えになって亡くなられた方々や、兵士の方々に対して心からご冥福をお祈りいたします。事態は最悪の方向へと向かっているのです。今、解決の見通しはまったく立っていません。このことはテロを仕掛けた指導者たちは最初から計算済みだったのではないかと推定されます。世界を混乱におとしめることが彼らの目的だからだと思うからです。これにアメリカ合衆国を中心とした国々が、彼らの思う壺にはまってしまった、とも考えられます。現に今、世界は混乱しているのですから。このようなことをされて黙っていられないのは分かります。しかし、別な方法があったのではないかとも考えられるのです。そんなことを、今言っても間に合いません。解決策は暗黒の中にあります。しかし、この報復戦争の中心国の指導者たちは、私たちが明らかにした神様の一つを信仰しています。中には聖書(バイブル)に手を当てて、大統領宣誓式を行う国もあります。この中心国の信仰心の厚い指導者たちも、必ずあの世に行くときがやってきます。臨終を迎えたとき「どうか神様、天国へ召さしてください。」とお祈りすると思います。しかし、天国では先に報復戦争によって巻き添えになって亡くなられた何万の霊が行っているのです。天国へ行って、これまた、袋叩きにあうのは必至であります。袋叩きにあうだけですめばいいのですが、何がおきるか分かりません。先に行っている何の罪もない人々の霊の憎しみと怒りに触れて、逆に報復の仕打ちが待っています。天国へいっても苦しまなければなりません。霊が休まることはありません。こんなことが分かっているのですから、そろそろ、何らかの別な解決方法を具体的に模索していったほうがいいのではないでしょうか。信仰心の厚い指導者たちは、このことを理解できると確信しています。人を殺して天国へ行ってもいいことはありません。苦しみが待っているだけです。だから、生前、人を殺さないで下さい。

 今の地球上の争いのほとんどは信仰心の厚い者どうしが争っています。私たちは争いをすることのために慈悲ぶかく、慈愛に満ちた神様、仏様を明らかにしたのではありません。しかし、残念なことに、そこに共通しているのは「信仰」です。しかし、「逆もまた真なり」と申します。この共通の「信仰」というものが、お互いの争いにブレーキをかけて、解決策を探しあうということもできるはずです。そんなことを、争っている地球の指導者諸氏にメッセージとして伝えたいと思います。最も重要なことは、憎しみや怒りの連鎖は、何もこの世のことだけではないのです。あの世の天国にも引きずって行く問題だ、ということです。争っている信仰心のある地球の指導者たちは、そのことに気付いてもらいたいのです。そして、暴力による争いが、ただ、お互いの心に深い憎しみと大きな怒りのみの心を増殖させていくだけだ。と気付いてほしいのです。

 そして人類がお互いに助け合う方法と、お互いの宗教文化を理解し合える具体的な方法を、今こそ真剣に考えてもらいたいものです。

以上

※ 皆さん、私たちはどうすることもできない問題や解決不可能と思っている問題が現実にはあります。そのような問題を抱えているときは、常識的な考え方は捨てて、角度を変えて、非常識的な考え方で考察してみることも、一つの突破口になる場合があります。そしてその結果、何か一筋の光が見えてくる場合もあるのです。