この物語は人間とネズミの闘いを通して、人間は最後には瞬間的に鬼の心から菩提心(仏心)になれることを解ってもらいたいと思って考えた物語です。今、何らかの理由によって人を殺そうと考えている方や、何らかの拍子で人を殺す状況に追い込まれ殺意が芽生えた方は、この物語を思い出して考えを変えてください。又、人や動物を虐待している方や、しようと考えている方も考えを変えてください。人間は一瞬にして平和を築ける可能性を秘めているのです。

時は1960年代の初めの秋。日本の山あいの田舎のある村に、たくさんのネズミが住んでいました。そんな村の農家の中に木村一郎さんという農家がありました。一郎さんは65歳でした。一郎さんはあまりにもネズミが多くて頭を痛めていました。秋になると苦労して作った米が大きな被害を受けていたのです。又、芋やその他の食料品も年間を通じて被害を受けていました。これに頭を痛めた一郎さんは「このネズミどもをあらゆる方法で捕まえてやる!」と、いきまいていました。村全体でもネズミの被害は深刻で、ネズミ一匹の尾を、役場にもってくれば、それに対して5円の駆除対策費を出していたほどでした。

一郎さんは早速、ぱっちんや、ネズミかご、猫いらずを準備しました。そして、それらを仕掛けたり、まいたりして、ほぼすべてのネズミたちを捕まえたりして殺しました。しかし、一匹だけ多くの仲間が死んだにもかかわらず、生き残ったネズミがいました。そのネズミは、仲間に危険を知らせていたのですが、仲間からは聞き入れてもらえませんでした。そのためにそのネズミは多くの仲間が人間に捕まって殺されたりしているのを見ていました。そのネズミだけは人間の罠に、はまらなかったのでした。このネズミこそ、この物語の主人公です。

このネズミはすぐに自分の仲間を殺した木村一郎さんの家を出て、一郎さんの家から約200メートル離れている佐藤健二さんという農家に住むことにしました。佐藤健二さんは60歳でした。この家にはそのほかのネズミは一匹も住んでいませんでした。佐藤健二さんはこの地方でも有名なネズミ捕りの名人でした。そんなことも知らずに、このネズミは住み着いてしまったのでした。このネズミが前の木村一郎さんの家で一番学んだことは、まず、人間に「住んでいることを悟られないこと」でした。

住み着いて数日たったある夜、佐藤家の人々が寝静まったころ、このネズミは台所で食べ物があるかどうか、音一つ立てずに探し回っていました。あちこち歩き回って探してみても、なかなか食べ物が見つかりませんでした。そのうちにうんちをもようしてきました。ネズミは「人間の目に当たるところにしたのでは、ここに住んでいることが分かってしまう。人間の目に当たらないところで、うんちをやるしかない」と考えました。その結果、目に付けたところが、人間の目には見えない、高い食器棚の一番上でした。そこで用をたして、すっきりしたネズミは引き続き食べ物を探しました。しかし、何も見つけることができませんでした。そうこうしているうちに夜が明けてきました。ネズミは台所の食器棚の後ろに隠れました。一日中そこでじっとしていました。人間に気付かれないようにするためには容易ではありませんでした。

そして次の日の真夜中に、また食べ物を探しました。運良くその晩は、梨が5個台所に置いてありました。ネズミはその中の一個に小さい穴を開けて、梨の汁だけ吸いました。大きくかじったのではネズミが住んでいることを悟られるからでした。ネズミはその夜、おなかがすいていたのですが、その程度に抑えておきました。そして食器棚の後ろの隠れ家に帰りました。

夜があけて、佐藤健二さんの奥さんの里子さんが台所にやってきました。そして梨を食べようと思って一個の梨を手に取りました。里子さんは「あら、こんなところに小さい穴があいているわ。虫でも食ったのかしら?」と言いました。ネズミは、人間にそんな程度に思わせることに成功したのでした。そのことには成功しましたが、ネズミはおなかがすいてどうしようもありません。しかし、ここで食べ物を大きくかじったのでは人間に分かってしまうので我慢しました。三日三晩何とか我慢したのですが、とうとう我慢ができなくなって四日目の真夜中に、台所にあったジャガイモを、ついつい不用意にかじってしまいました。本能には、さすがのこのネズミも勝てなかったのです。

翌日とうとう里子さんは、ジャガイモがネズミにかじられていることに気付きました。そのことをすぐに旦那様の健二さんに報告しました。健二さんは「とうとう、うちに珍しく、ネズミが住み着いたな。何としても捕まえてやる」と言いました。そして「猫いらず」を買ってきて、その夜にネズミの通りそうなところにまきました。みんな寝静まった頃、ネズミはその「猫いらず」のそばに来て、前に仲間がその「猫いらず」を食べてみんな死んでしまったことを思い出しました。その結果、その「猫いらず」は食べませんでした。この「猫いらず」がまかれたことによって、このネズミは、人間にここに住んでいることが分かってしまった、と悟りました。そして人間に見つかった以上、人間がいろいろな方法で、罠を仕掛けてくるので、これと闘っていかなければならない、と覚悟しました。そして、これからはうかうかしていられないと思いました。何も頼るものもありません。自分の経験と直観力で、この闘いを乗り切るしかないと考えたのでした。

「猫いらず」をまかれた翌日、健二さんはその「猫いらず」を見てびっくりしました。「あれ!? この猫いらずをまったく食べていないな。なかなか利口なネズミだ。長期戦になるかもしれないなぁ。手ごわい相手になりそうだ。相手にとって不足はないぞ。そうだ、このネズミを三太郎と命名してやろう」と独り言を言いました。このときからこのネズミは「三太郎」というニックネームがつけられました。このニックネームは健二さんの小学校のときの友達の名前だったのです。この友達は、今は亡き人になっていました。この亡き友達の「三太郎」は小学校のときの健二さんの強力なライバルでもあったのです。このネズミの存在でその友達を思い出したのでした。

次に健二さんは「今度は毒が入っているまんじゅうを仕掛けてみよう」と考えました。そしてその夜、毒が入っているまんじゅうを仕掛けました。三太郎はおなかがすいて、よろ、よろに、なっていました。そんな状態のなかで、毒入りまんじゅうを真夜中に発見しました。三太郎は食べたくて、食べたくて、どうしようもありませんでした。しかし、持ち前の直感力でこのまんじゅうに危険を感じて、その夜は食べませんでした。

夜が明けて、健二さんが毒入りまんじゅうが食べられているかどうかを確認するために起きてきました。そしてその毒入りまんじゅうが何も食べられていないことにびっくりしました。「おかしいな? 今までの経験からすると、100パーセント食べているのに、何で食べなかったのかなぁ? こんなやつは初めてだ。三太郎はどうして、どうして、なかなか頭のいいやつだ。単なる利口なやつでもなさそうだ。同じ人間の世界でもノーベル賞をもらうほどの超優秀な人間もいるのだから、ネズミの世界でも超優秀なやつがいたって不思議ではないわなぁ。こりゃぁ馬鹿にはできないぞ」と独り言を言いました。そして今回のネズミは、今まで出会った中でもまったくタイプの違う個性的なネズミだということを感じていました。健二さんは、次は「ネズミかご」を、仕掛けることにしました。餌はチーズにしました。

翌日の真夜中、おなかがぺこぺこの三太郎は食べ物を探しに台所に出てきました。そして健二さんが仕掛けた「ネズミかご」を、発見しました。三太郎は以前、仲間がこのネズミかごに引っ掛かってやられたのを覚えていました。そのため三太郎は仕掛けが動いて扉が閉まらないようにネズミかごの中をしのび足で歩き、細心の注意を払いました。そしてネズミかごの中のチーズがぶら下がっているところまで近づきました。三太郎は、おなかがすいていたのですが、仕掛けを揺らさないように注意を払ってチーズを少し食べました。そして欲を出さずに少し食べただけで、入ってきたのと同じく細心の注意を払って「ネズミかご」から出ました。三太郎は健二さんの作戦に負けなかったのです。しかし、三太郎のおなかは満たされませんでした。

翌日、健二さんはネズミかごを見て、ほんの少しのチーズしか食べていなかったことにびっくりしてしまいました。少しのチーズを食べてこの仕掛けをくぐり抜けた三太郎に逆に感心してしまいました。「三太郎はなんてやつだ。いったんこのかごに入っておきながら引っかからなかったとは!!」と健二さんは独り言を言いました。そんなことを言っているのを三太郎は食器棚の後ろから耳を澄ませて聞いていました。三太郎は「人間はネズミを馬鹿だと思っているに違いない。われわれだって知恵があるんだ。人間なんかに負けてたまるか!」とあらためて決意したのでした。

さすがのネズミ捕り名人の健二さんでも「うーん、次なる手はいったいなんにしようか?」と思案にくれてしまいました。そしてしばらく考え込んでいましたが、一つのアイデアが浮かびました。それは何も仕掛けないで、三太郎を家の中から外に出られないようにして徹底的に「兵糧攻め」にすることでした。家の中に食べ物をおかないで、二週間ぐらい何もしないで三太郎に徹底的におなかをすかせることにしたのです。そしてどうにもならなくなったころあいをみて「ネズミかご」に、クッキーを仕掛けて捕まえるという作戦を立てたのです。

 そう思ったその日から作戦が決行されました。そのため、三太郎は家の中のどこを探しても食べ物は見つかりませんでした。そして何の仕掛けもないことに気付いた三太郎は「こりぁきっと何かあるなぁ?」と感じました。そんなことを感じながら二週間、真夜中になると食べ物を家中探しました。しかし、何も見つかりませんでした。三太郎は、おなかがすいて、すいて、もうどうにもならなくなりました。神経も普通の状態ではなくなってきました。動く元気もなくなりました。意識も、もうろうとしてきました。食器棚の後ろに、ただじっとしていなければならない状況に追い込まれてしまったのです。これが健二さんの作戦とはさすがの三太郎も気付かなかったのです。「何かあるな?」程度でした。もうそろそろ三太郎は参ってしまっているに違いないと考えた健二さんは「そろそろクッキーで捕まえるか」と考えていました。

 そして翌日、健二さんはネズミかごに、クッキーを入れて、食器棚の近くにネズミかごを仕掛けました。真夜中になり、三太郎はクッキーの匂いで食べ物が近くにあることを察しました。もうおなかがすいて、すいて、神経も普通ではありません。目も回っています。さすがの三太郎も落ち着いて客観的に状況を判断できなくなっていました。本能のまま、クッキーの匂いにつられて三太郎はネズミかごに入ってしまいました。そして遂にクッキーに思いっきり食いついてしまったのです。その瞬間、ネズミかごの扉が「パチーン!!」といって閉じてしまいました。三太郎はそのとき「しまった!!」と一瞬思いましたが、後の祭りです。三太郎はとうとうつかまってしまいました。この三太郎と健二さんの闘いは最終的に健二さんの勝利に終わりました。

夜が開け、健二さんが起きてきました。健二さんはすぐにネズミかごを見ました。そして「オー! やっと食いついたなぁ。この俺をほんろうさせるとはなんてやつだ。しかし、お前はもう一巻の終わりだ!!」と言いました。三太郎はかごの中を「チュウ、チュウ、チュウ・・・」と泣きながら、ただうろうろするだけでした。

健二さんはそのかごを、家の前を流れている川に持っていって、かごを川に入れ、三太郎を溺死させようと考えていました。健二さんはすぐに三太郎が入っている「ネズミかご」を、川端に持ってきて、かごの中の三太郎を見ました。そうすると三太郎は動かずに、じっと健二さんの目を見続けていました。三太郎は心の中で「どうか命を助けてください。確かにわれわれネズミは人間に悪いことばかりしてきました。人間がわれわれネズミを退治したい気持ちは分かります。しかし、われわれも人間と同じく生きていかなければならないのです。食べ物を見つけて子孫を増やしていかなければならないのです。結局、人間と同じなのです!」と叫んでいました。そんなことを三太郎が心の中で叫んでいることなど、まったく気付かない健二さんは、三太郎に向かって「所詮ネズミは人間に勝てないよ。お前がネズミの中でも飛びぬけて利口者でも、ネズミはネズミでしかないのだよ。人間に損害を与えるものは殺すしかないのだよ」と言いました。それを聞いていた三太郎は「何を言っている! ! 人間はわれわれより他の生き物を多く殺して料理し、食っているくせに。他の生き物に大損害を与えているじぁないか。そして他の生き物だけではなく、同じ仲間の人間も簡単に殺してしまうじゃないか。戦争になれば何十万人もいっぺんに殺すくせに。われわれから見れば人間ほど野蛮で残酷極まりない生き物はいない。われわれの比ではないぞ。もし、人間より知恵のある生き物がいたならば人間はきっとその生き物に殺されるはずだ」と心の中で叫びました。

実は三太郎は、この村の中学校に以前住んでいたころ、ある教室で社会科の勉強のときに、戦争のことを、黒板の裏でじっと耳を済ませて聞いていて、自然と学んでいたのです。そして人間が同じ仲間の人間を殺すことも、前に住んでいた家々のラジオやテレビのニュースを、屋根裏などでしっかりと聞いていて、知っていたのでした。あたりまえのことですが、健二さんは三太郎がそんなことを思っているとは想像もつきません。健二さんは三太郎の目をじっと見続けました。そして三太郎の目の奥に、何か自分に言いたいことがあるのではないかと急に感じるようになって「なんだかこの三太郎を殺すのがかわいそうになってきた」と言ったのです。そしてそんなことを言ったと思ったら突然「やめた!! やめた!! この三太郎の殺生はやめた!!」と言ったのです。そしてなんと健二さんはあれほど、あの手、この手と、悪戦苦闘し苦労して捕まえたネズミかごの中にいる三太郎を、すぐに川端から近くの山のほうに持っていって「お前も同じ生き物や、長生きするんだぞ。元気でなぁ」と言って、ネズミかごの扉をあけてやり、山へ三太郎を逃がしてやりました。

びっくりしたのは三太郎でした。もう一巻の終わりと覚悟していただけに健二さんの急な心変わりにはびっくりしたのです。健二さんは三太郎を見つめていると、だんだんと菩提心(仏心)が出てきたのでした。三太郎は逃げるとき、何回も健二さんのほうを振り向きながら「人間も鬼のような心から、一瞬にして仏様のような優しい心になることができる不思議な生き物だなぁ。じゃぁ、今、戦争などで殺し合いをしている人間だって健二さんと同じ人間だ、そうならば一瞬にして平和になる可能性だってないわけではないわなぁ」と、心の中で思っていたのです。三太郎はなんというねずみでしょうか! こんな状況にもかかわらず、こんなことを思うことができるとは! そして「チュウ、チュウ、チュウ・・・」と泣きながら喜んで山の奥へと逃げていきました。三太郎が人間に対する思いが変わった瞬間でもありました。

そんなことがあってから約一ヵ月後のある晴れた日、山の中に生活の場を変えた三太郎は、奇跡的に天敵にも襲われずにいつものように暮らしていました。そんな日に三太郎は、木の実を口にくわえてねぐらの穴に入ったとき、今までにないかすかな地殻の異変を感じました。直観力のある三太郎は「これは普通ではないぞ!! 今に大変なことが起きるぞ!!」と感じました。そしてすぐに胸騒ぎがして、口にくわえた木の実をすぐに吐き出し、全力疾走で健二さんの家のほうに必死になって走っていきました。そうすると健二さんは自転車に乗って出かけようとしていたのです。健二さんのすぐ前の道路の先には岩肌が出ている危険な崖がありました。それを分かっていた三太郎は健二さんが自転車でその崖にさしかかる寸前に自転車に乗っている健二さんめがけて大きくジャンプしたのです。びっくりしたのは健二さんです。突然つい「ウワァー、危ない!!」と言って、自転車ごと転んでしまいました。と、そのとき、今までにない、大きなゴー音とともに大きな地震がおきました。健二さんは転んだまま、必死になって地面に伏せて揺れがおさまるのを待ちました。しばらくすると揺れはおさまりました。今までにない、天地を揺るがす大地震でした。健二さんのすぐ前の崖は大きく崩れてしまいました。それはほんの一瞬の出来事でした。

自転車で行こうとしていた道を、たくさんの大きな岩が完全にふさいでしまいました。健二さんは転んだおかげで、間一髪命拾いすることができたのです。もし三太郎が健二さんの行く手を邪魔しなかったならば健二さんは崩れてきた大きな岩の下敷きになって、あっという間に命を落とすところでした。健二さんは転んだ状態のまま、近くを見回しました。そしてすぐ近くに「チュウ、チュウ、チュウ」と鳴いている一匹のネズミがいることに気付きました。健二さんは一瞬「まさか?」と思いましたが、前に逃がしてやった三太郎だったことにすぐに気付きびっくりしてしまいました。そして「三太郎、お前はなんてやつだ、この俺を助けてくれるとは。やっぱり普通のネズミじゃぁなかったなぁ。もしかしたらお前は俺の小学校のとき友達だった高橋三太郎の生まれ変わりかもしれないなぁ。まぁ、そんなことはどうでもいいわ。とにかくネズミの三太郎君、俺の命を救ってくれて本当にありがとう」と健二さんは三太郎にお礼を言ったのです。三太郎はそのお礼の言葉を聞いて、すぐに又、山へと帰っていったとさ。                              
おしまい            
※ みなさん、お釈迦様がお亡くなりになって最初に駆けつけたのはネズミだったそうです。十二支の最初はネズミです。十二支の順番はお釈迦様がお亡くなりになったときに、早く駆けつけてきた順番だそうです。