昔々、あるところの小さな村に、それは、それは働き者の孫八という百姓がおったとさ。朝早くおきて、一生懸命働く、村一番の働き者だったとさ。孫八には、お福という女房がおったとさ。そのお福は美人でもなく、どちらかというとあんまりいい女ではなかったとさ。しかし、このお福は村一番の働き者で、家の掃除、炊事、洗濯などの家事は、それは、それは、気が利く仕事をしていたとさ。孫八は家のことは何の心配もなく、すべて女房のお福に任せていたとさ。孫八の家は、田畑はそんなにたくさんはなかったのですが、食うには困らなかったとさ。

 そんな平凡な日々をおくっていた孫八は、稲刈りも終わり、やれやれとしていたとき、ふと町へ出かけてみたくなったとさ。そして5里ほど離れている町へと出発したとさ。町へ着いた孫八はぶらぶらと町を散策していたとき、ある町の一角に、みすぼらしい老人が、なにやら、いかがわしい看板を立てて商売をしていたとさ。看板には「何でもかなえてくれる神様のおふだは金一両也」と書いてあったとさ。孫八は興味をそそられ、そのみすぼらしい老人のところへ近づいていったとさ。するとその老人は「そこの若旦那様、たった一両で何でもかなえてくれるありがたい神様のおふだを買って、この神様を信じてみねぇかねぇ。この神様はそんじょそこらにいる神様ではねぇですよ。このおふだをあんたの家の神棚に三日間置いて、あんたの望むものを、このおふだにお祈りすれば、すべてかなえてくれますぞ。」と、言ったとさ。孫八はそれを聞いて、なにやらいかがわしいと思い、気にもせずに無視して去ろうとしたとさ。そのとき老人が「若旦那様、こんなみすぼらしい老人に一回だまされたと思って、このおふだを信じてみねぇかねぇ。悪いようにはならないから。」と、言ってきたとさ。すると孫八の近くにいた町の人が「この老人は数年前から、ここに居座って、こんないかがわしい商売をしている。この老人は少し頭がおかしいのだ。何でもかんでもかなえてくれる神様など、この世にいるはずがない。いんちきに決まっている。あんたもこんないんちき老人にだまされないほうがいいぞ。この町の人は、だぁれも相手にしていねぇぞ。」と、言ってくれたとさ。

それを聞いた孫八は「そうだなぁ、そんな神様などいるはずはねぇよなぁ。この町の人の言うとおりだ。この世でそんなことを信じる人は、一人もいるはずがねぇ。」と、言ったとさ。それを聞いていた老人は「若旦那様、たった一回しかない人生ですぜぇ。これも何かの縁ですよ。こんなみすぼらしい老人ですがねぇ、だまされたと思って信じてみねぇか。あんたが一両だしてこのおふだを買ってくれれば、わしも正月の餅を買うことができますだぁ。ここ数年、誰もこのわしの言うことを信じてくれる人が一人もいねぇもんで、正月に餅を食ったことがねぇです。何とか買ってくださればありがてぇだ。」と、言ったとさ。それを聞いていた、人のいい孫八は、心の中で「だぁれも信じない神様を、だまされたと思って信じてみるのも面白いかもしれねぇぞ。そしてこの老人は正月に餅を食ったことがねぇ、と言っている。なんだか少し気の毒になってきた。ここは一回このみすぼらしい老人にだまされたと思って、おふだを買ってみるか。」と、仏心が出てきたとさ。そして孫八は老人に「あんたも、こんないかがわしい看板を立てて商売しても、ろくに商売にはならんだろう。俺がだまされたと思って、そのおふだを買ってやろう。」と、つい口走ってしまったとさ。すると老人は「ありがたいことですだ。ここ数年、ここに商売していますが、初めて売れましたでぇ。あんたはきっと本当の幸せを見つけることができますだぁ。」と、少し変なことを言ったとさ。それを聞いていた孫八は「いやぁ、俺も町の人と同じく信じてはいないが、あんたがあまりにもふびんに思えてなぁ。あんたが言うように、だまされたと思って買ってみようと思っただけなんだよ。」と、言ったとさ。すると老人は「この世の中の人々も、人を疑うことばかり考えていないで、人を信じるということも大事なんだ、と気が付けば、この世も少しはよくなるのになぁ。」と、言ったとさ。それを聞いた孫八は「そんなこと言っても、人をだまして金をふんだくる事件ばかりおきているのに、そんなに簡単に人を信じろ、といっても、少し無理がありますよ。人を警戒するのは今の世の中、当然ですよ。」と、言ったとさ。

そうすると老人は「確かにそうですねぇ。何でこんないやな世の中になったんでしょうかぁねぇ。まぁ、こんな世の中ではありますがねぇ、人を疑っても、人間の目には見えないものを信じていくのも人が救われる一つの道と思っていますがねぇ。それさえも、疑っている人が多いのですぜぇ。こうなると、この世は真っ暗闇になりますだぁ。」と、言ったとさ。すると孫八は「あんたの言うとおりかも知れんなぁ。しかし、みんな何とかして一生懸命生きているのだよ。人を疑うことはすべて悪いとは言えねぇ、と思いますがねぇ。自分の身を守ることにもなりますよ。なかなか難しい世の中になったということではないでしょうかねぇ。」と、言って、米を売って得た一両を老人に渡したとさ。すると老人は、おふだを一枚孫八にやって「ありだいことです。あんたはきっと本当の幸せをみつけることができますだぁ。」と、また、変なことを言ったとさ。そんなやり取りを見ていた町の人々は心の中で「なんて、お人よしなんだ。こんないんちき老人にだまされて。」と、思ったとさ。

 孫八はそんな町の人のことは気にせず、そのお札を買って町の中を再び散策したとさ。すると、あるお屋敷の広い家の前に着いたとさ。家もものすごい豪邸で、孫八の家とは比べ物にならないくらい立派な家だったとさ。孫八は心の中で「こんな立派なお屋敷の家に一回は住んでみたいなぁ。」と、思ったとさ。そんなことを思いつつ、こんどは大金持ちの商人の店に寄ったとさ。店の中には小判がいっぱいあり、孫八は心の中で「こんな大金の中で、一生金を心配しないで、生活してみたいものだ。」と、思ったとさ。そんな店を出た孫八は、今度はきれいで美人の奥さんがいる家の前に来たとさ。そのとき孫八は心の中で「こんなきれいで美人の女房と生活できたら幸せだろうなぁ。」と、思ったとさ。そんなことを思いつつ、こんどはりっぱな料理屋の前に来たとさ。そしてその料理屋の中を見たらおいしそうなりっぱな料理が目に入ったとさ。孫八は心の中で「こんなうまい料理を一生食べて生活できればどんなにか幸せだろうなぁ。」と、思ったとさ。そんな数々の思いをしつつ、町の金物屋から新しい鎌や、くわなどの農具を買って、自分の村へと帰っていったとさ。

 家に着いたとき、女房のお福は雑炊を作って孫八を待っていたとさ。孫八は心の中で「きょうも雑炊か。きょう町で見てきた、豪華な料理を毎日食べてみたいものだなぁ。」と、思ったとさ。そんなことを思いながら晩酌のどぶろくを飲んで、お福の作った雑炊を食べて寝たとさ。そしてその晩、小便をしに、おきてきて、きのう買ってきた神様のおふだを思い出し、そのおふだを神棚において、あのみすぼらしい老人が言ったとおりに「どうか神様、広い立派な屋敷に住みたいので、この願いをかなえてください。」と、お願いしたとさ。そして、そのことを三日間夜に起きてはお願いしたとさ。そして翌日の夜に目を覚ましてみると、今までとは違った風景が眼に入ってきたとさ。なんと、なんと、孫八の家はそれは、それは広い立派な豪邸になっていたとさ。孫八は自分の目を疑ったとさ。しかし、どんなに目をこすっても、前の狭い家ではなく、立派な豪邸だったとさ。あの老人の言ったとおりになったとさ。孫八は女房のお福を呼んだとさ。お福もびっくりしたとさ。このいきさつを話すとお福は信じられない顔をして「こんな広い立派な家では掃除が大変で、私一人では手に負えません。あんたにも手伝ってもらいますからねぇ。」と、言ったとさ。それを聞いた孫八は「この俺も掃除をするのか? 大変だなぁ。」と、言ったとさ。しばらくは掃除をしないでも生活できたのですが、そのうちにごみがふわふわと多くの部屋に浮いてくるようになり、掃除をしなければ住めないようになったとさ。そして二人で毎日毎日、掃除で一日終わったとさ。二人は掃除だけでくたくたになったとさ。田畑を耕す体力はなくなってしまったとさ。そのため田畑は草だらけになったとさ。孫八はこんな大きな豪邸にはすっかりまいってしまって、こんどは神様に「どうか神様、こんなりっぱな豪邸はいりません。前の狭い家に戻してください。」と、三日間祈ったとさ。そうするとこんどは前の小さい狭い家に戻ったとさ。孫八は「やれやれよかった。これで田畑も耕すことができる。よかった。よかった。」と、喜んだとさ。

 こんなことがあってから、しばらくすると、こんど孫八はきれいで、美人の女房がほしくなり、そのことを三日間神様に祈ったとさ。そうすると、今まで見たこともない、きれいで美人の女房が現れたとさ。お福は驚いて実家に帰ったとさ。孫八はご機嫌になり、喜んだとさ。しかし、その美人の女房は美人なことを誇らげにするだけで、何一つ家事をせず、ただ鏡を見ては「なんていい女なんだろう」と、自分で言っているだけだったとさ。孫八がどんなに言い聞かせても、決して家事をしなかったとさ。これには孫八もまいってしまって、とうとう家事は全部自分がしなければならない羽目になったとさ。孫八は実家に帰ったお福のことを毎日毎日思い出していたとさ。孫八はこんな生活がいやになって、また神様に「どうか、こんなきれいで美人の女房はいらないので、もとのお福を呼んでください。」と、三日間祈ったとさ。そうすると次の日からお福が家に帰ってきて、また、もとのとおりになったとさ。そんなもとの生活にもどった孫八は、こんどは「どうか神様、小判がざっくざっくとあって、金に困らない金持ちにしてください。」と、お札の神様に三日間祈ったとさ。そうすると次の日から家中の中が小判だらけになったとさ。孫八は喜んで、この小判を家の軒下に全部埋めたとさ。そんな話が国中に伝わり、こんどは泥棒がこの小判を狙うようになったとさ。そのため孫八は、小判が心配で、心配で、夜も寝ることができなくなり、挙句の果てに、この小判の番を毎晩しなければならなくなったとさ。しかし、何日も寝ないでいたので孫八の体力は限界にきていたとさ。それに加えて、孫八の兄弟姉妹七人がこの話を聞きつけ、「俺たちにも分け前をくれ!!」と、言ってきたとさ。分け前のことで、今まで仲良くしていた兄弟姉妹が、仲が悪くなったとさ。そして最後には、わけのわからない人間がやってきて「お前の死んだ親父に200両貸していたので、返してくれ。」などと言ってくるものまでも現れてしまったとさ。孫八はそれらのことにも、へとへとまいってしまって、とうとう神様に「こんな小判はいらないので前の生活にもどしてください。」と、三日間祈ったとさ。そうしたら次の日から前に戻ったとさ。

そんなことがあってから数ヵ月後、こんどは「どうか神様、雑炊には飽きたので、毎日おいしいご馳走を腹いっぱい食べさせてください。」と、祈ったとさ。するとこんどは毎日毎日おいしいご馳走が出てきて、孫八とお福は、それを腹いっぱい食べたとさ。そんなご馳走ばかり食べていた二人は、ぶくぶくと太ってしまって、これまた田畑を耕すこともできなくなったとさ。それに加えて、家の掃除もできなくなってしまったとさ。孫八はそんな生活がいやになり、神様に「こんな毎日毎日、ご馳走はいりません。どうか前の雑炊の生活に戻してください。」と、三日間祈ったとさ。そうすると翌日からは、前の生活に戻って、前の体にも戻ったとさ。普通の生活に戻った孫八は「何でもかなえてくれるのはいいが、今の普通の生活が一番だ。」と、やっと悟ったとさ。
 孫八はとうとう「何でもかなえてくれる神様のおふだ」を返すことを決心したとさ。そして、また町へと出かけていったとさ。前のところに、前と同じみすぼらしい老人がおふだを、前と同じく売っていたとさ。孫八はその老人に「あんたの言ったことは間違いなかったよ。しかし、俺は今の生活で十分幸せだ。金はいらないから、このおふだは返すよ。」と、言ったとさ。すると老人は「若旦那様、やっと気がつきましたねぇ。普通の生活が一番幸せなことに。本当の幸せをみつけましたねぇ。良かった、良かった。」と、言って、おふだを受け取ると消えてしまったとさ。そこには一枚の紙が残されていたとさ。そこにはなにやら書いてあったとさ。内容はこんなものだったとさ。「孫八殿へ。 あなたは私の言うことを信じてくれた唯一の人です。あなたは本当の幸せを見つけることができました。女房のお福さんを大切にして、末永く幸せになってください。私は、何でもかなえてくれる神様の化身だったのです。みすぼらしい老人より。」と、書いてあったとさ。         おしまい