いらっしゃいませ

人生好転販売中

人の悪口と言い訳を言っている時間は人生にはない



ここは必ず確認

お買い物、各種募集、人生相談、希望創造契約お申し込み窓口

いまのような、厳しい時代を生きていくために必要なものと思われるものを表現してみました。
少しでもみなさまの「生きる力」になれば幸いです。
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あなたの目標達成方法


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緊急メッセージ…この世のタイムトレーン

精神的向上と人格の陶冶(とうや)

自殺を考えている20歳の若者よ、今死ぬのと60年後に死ぬのと同じだ。自殺を考えている14歳の中学2年生の男子よ、今死ぬのと66年後に死ぬのと同じだ。だから60年後、66年後に終点の「天国の駅」まで行くこの世を走っている「タイムトレーン(時間列車)」に思い切って飛び乗れ。そうすれば確実に終点まで運んでくれるよ。それまでタイムトレーンの中でこの世の旅を楽しめ。
この旅を楽しんだ者が最後には勝つ。勝つ方法は難しくはない。あっちへ行かないで、今すぐタイムトレーンに飛び乗ればいいだけだ。飛び乗れば、そうこうしているうちにあっという間に次の駅の「西暦・・年・・月・・日駅」に着くよ。着いたら駅弁でも買って楽しもうじゃないか。

人生はタイムトレーンで各駅停車の旅を楽しむ気持ちで生きていこうじゃないか。辛いこと嫌なことがあっても次の駅が必ずやって来る。その時にその問題の打開策を前向きに考えて先手、先手と手を打っていこう。絶望に直面したら正しい信仰の門をたたく道がある

※日本人の2015年度の平均寿命 男性・・80.79歳 女性・・87.05歳  さて、あなたの「タイムトレーン」の旅を楽しむ時間はどれくらいですか?列車が止まる各駅の「西暦・・年・・月・・日駅」は二度と通ることはありません。だからその駅に着いたら人生のすべてを楽しみましょう※注意・・このホームページ内の楽しむとは享楽主義になることではありません。誤解のないようにお願いします。

タイムトレーンの運賃=無料                   発信者 児玉春信

通り魔等になって破滅しないためにとる行動とは?


ようこそ「世界創作新昔ばなし他」のページへ
作 児玉春信

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物語のあらすじ等や考えた理由はここから。
人間にとって大切なものとは何でしょうか?人によってその価値観は様々です。そんななかで、「昔ばなし」ふうの物語の中に、大切なもの、大切なこと、と思われるものを表現してみました。お子様からお年よりの方までの多くの方に、楽しんで読んでいただければ幸いです。(この物語のすべてはフィクションです)。

明るい空気と明るい心を創る額入りメルシーちゃん「人生好転!!」販売中

No1.宇宙創造の神々の攻防 No2.まごころ地蔵 

No3.感謝じいさんと不平不満愚痴ばあさん

No4.ある金持ち夫婦と豆腐屋  No5.カワモンと神様の進言

No6.カラスの「カー君」の恩返し 

No7.村人を救った、役立たずの大男 No8.口がへん曲がった田吾作

No9.のろまの「のろ侍物語」 No10. 世直し温泉

No11.「陸の神様」と「海の神様」の地球分捕り合戦
No12.「まごころ地蔵」の、いじめ相談A

No13.「まごころ地蔵」の、うつ病相談B

No14.「まごころ地蔵」のいじめ相談C

No15.隧道(ずいどう)堀に一生をささげた男

No16.スペースシップ「ギャラクスィトレーン」

悩みや迷いのご相談はレターハートライン®

No18.牛の「牛太郎の一生」

No18-A.まごころ地蔵の出張サービス

No19.1回失敗して死んだ男と、100回失敗して101回目に成功した男

No20.何でもかなえてくれる神様

No21.「貧乏神」を「福の神」にしてしまった甚平

No22.捨て犬の三郎物語

No23.人さらいの問題を解決した王様

No24.さい銭泥棒になった「権蔵」

No25. 嫁や婿を追い出した鬼婆

No26. ネズミの「三太郎」の恩返し

No27.「損だべぇー娘」のお竜さん
 

No28.「まごころ地蔵」の、在宅介護疲れ相談D

No29. 鬼の心も「愛」だと分かった大工の宗兵衛

No30. ミミズの「ミーちゃん物語」

No1. 宇宙創造の神々の攻防

このお話は、今私たちが見ている宇宙の誕生のビッグバン(今から約137億年前に起きた大爆発)が起きる一ヶ神時(神々の世界では人間界の一ヶ月は一ヶ神時)前の神々の攻防を描いたものです。

 昔々、そのまた昔のそのまた昔、今からなんと約137億年前、まだ宇宙創造の始まりのビッグバン(大爆発)が起きていない神々の世界に、無数の創造神が存在していました。神々の世界の政冶形態は神主主義をとっていました。そんな中で全神会議員の総選挙が行われたのです。最大の争点は第七宇宙(今のわれわれが見ている宇宙)を創造する(地球から余りにも遠い9000億兆光年かなたに神々は第一宇宙から第六宇宙までをすでに創造していたのです)ビッグバンのスイッチを押すかどうかでありました。総選挙の結果、そのスイッチを押すことに賛成している精霊党(全宇宙の善の心を支配している神々の集団)は定員301神に対して151議席を確保していました。かろうじて与党として過半数を維持することができたのです。党首はウルトラエンゼル神でありました。それに対してスイッチを押すことに反対している野党の悪霊党(全宇宙の悪の心を支配している神々の集団)は残りの150議席を確保して大躍進したのです。党首はデビルサターン神でありました。まさにその差は超僅差の1議席。勢力は超拮抗していたのです。そんな中、第2兆1000億回通常全神会が一ヶ神時の会期で、全神会議事堂で今開かれようとしているのです。まず、総理神に指名された精霊党党首ウルトラエンゼル神の「所信表明演説」から始まったのです。

ウルトラエンゼル神の所信表明演説が始まりました。「このたび総理神に指名されたウルトラエンゼルです。よろしくお願い申し上げます。われわれの世界を取り巻く勢力は益々厳しさを増してきています。過去第一宇宙から第六宇宙までを創造してきましたが、すでに第一から第三宇宙が悪霊党の支配下になりました。このままではわれわれ精霊党は、じり貧に追い込まれることは必至であります。われわれはシェアー拡大のために何としても、今こそ積極的に新しい第七宇宙(今の宇宙)を創造し、シェアーを拡大していかなければなりません。そのために精霊党はこの全神会にビッグバン・スイッチオン法案を提出いたしました。徹底した議論をしていただきたくお願い申し上げます。次に財政問題ですが、この問題は引き続き財政健全化のため、聖域なき構造改革を積極的に推進し、かつ徹底したコスト削減を図ってまいりたい所存であります。各関係神々のいっそうのご協力を引き続き賜りたいと思っています。次に教育問題ですが、この問題は特に力を入れていきたいと思っております。具体的には「神々教育基本法」を3000億神年ぶりに初めて見直したいと思っております。昨今の教育現場によるいじめは目を見張るものがあります。そのために神を廃業するものが後を絶ちません。重要な問題と受け止めています。この問題は特命大臣神のポストを新たに作り、問題解決に向けて積極的に対応していく所存であります。皆様神々のご協力をよろしくお願い申し上げます。簡単ではありますが所信表明演説にかえさせていただきます。ご拝聴ありがとうございました」。と総理神の演説が終わったのです。すかさず、議長神はこの演説に対しての質議を始めることにしました。野党党首デビルサターン神が最初に指名されました。指名されたデビルサターン神は「このたびの総理神ご就任おめでとうございます。さっそくですが、今回のビッグバン・スイッチオン法案に対して質問させていただきます。われわれの悪霊党がようやく第三宇宙までを支配して、われわれがそっちに全力投球しているときに、その隙を見て、すかさず別な宇宙を創造することは少々拙速過ぎないでしょうか。まずこれが第一点です。次に超高性能神界コンピューターで約137億年先までのシュミレーションした結果、ビッグバンが起きてから約17億年後に誕生する天の川銀河の中に、天の川銀河が誕生して約70億年後に誕生する太陽系の中の地球という惑星は、将来人間が支配するようになります。そしてその人間はどんなに悲惨な戦争を何回も経験しても、いっこうに争いをやめようとしないことが分かっています。これはわれわれが勝利することが分かっていることを示すものと考えます。そんなことが分かっているのに新たなる宇宙を創造することは、予算の無駄遣いのなにものでもない、と申し上げたい。この二点の質問について総理神のご見解をお聞きしたいと思います。」と質問したのである。それに対してウルトラエンゼル総理神は「まず、第一の質問のことですが、あなたたち悪霊党の支配が益々拡大している今、手をこまねいていては宇宙全体が大変なことになって手遅れにならないようにしたいのです。そのために急ぐ必要があるのです。悪や罪がはびこってしまってから対応していたのでは遅いのです。悪や罪は恐ろしいほどの魅力を持っており、それに誘惑されてしまうと、なかなか抜け出せない問題を持っています。本来、この宇宙に存在している悪の心は、最初、長期間はびこるのですが、だんだんと様々な痛い思いなどを経験して善の心へと向かうのです。ですから新しい宇宙を創造し、善の心をできるだけ早く広げていかなければなりません。おそらく超高性能神界コンピューターのシュミレーションの結果、その地球には多くの聖者が誕生することを予想しています。そしてその考え方の影響を受けた多くの人間が善の心を持つようになると思うのです。しかし、中には聖者の考え方を悪用して、世の中を自分たちの思い通りにするために人心を惑わす不届き者も現れます。しかし、人間はそれらのものと戦って勝利し、多くの人の努力によってだんだんと地球から争いをなくすことに成功すると考えます。しかし、争いがなくなるまではいろいろなことが起きると考えられます。確かにいろいろなことが起きるリスクはありますが、われわれとしてはそんなことに恐れず、ひるまず、立ち止まらず、確実に法案を通し、確実に法案内容を実行していく所存です。野党の主張する拙速はそのような理由から当たらないと考えます。次に予算のことですが、われわれは有効な問題に対しては積極的に予算を執行していきたいと考えております。良いと思われる政策にはどんどんお金を使っていきます。野党の主張する無駄遣いにはあたりません。」と与党のウルトラエンゼル総理神はきっぱりと答弁したのです。このようないろいろな議論が全神会で一ヶ神時繰り返されました。そして最終の質問が野党から出されたのです。それは「約137億年後の地球に核戦争が起きるかどうかのことを超高性能神界コンピューターでシュミレーションした結果、性能の限界でそこまでたどり着くことができませんでした。われわれ悪霊党はおそらく核戦争が起きて、人間は滅びると考えています。そしてわれわれ悪霊党が支配する惑星となると確信しています。わざわざそんなことになってしまうのが分かっているのにビッグバン・スイッチオン法案を通すことはできません。われわれは廃案に追い込みたいと思っております。ウルトラエンゼル総理神のご見解をお聞きしたい。」というものでした。総理神の答弁は「私は、結論からいって、恐らく核戦争は起きないと考えます。その一歩手前までは行くかもしれません。しかし、人間の英知を結集して戦争にはいたらないと考えています。なぜならば核戦争をしたのでは自分たち全員が滅びることを知っているからです。人間はそんな馬鹿ではないと考えます。そして良い材料としては、人間は学習する知恵を持っているということです。確かに人間の行動をシュミレーションしてみると、戦争による殺し合いの歴史を確認できます。しかし、その戦争の結果、反省を繰り返し、みんなで話し合いをしなければならないことにも気付いて、現実に多くの国際組織も作ったことも確認できます。これは明るい方に行っている証拠です。ですから、これに関しては特に問題ありません。問題があるとすれば、むしろそれ以上に恐ろしいのは二酸化炭素による地球温暖化問題です。」と答弁しました。悪霊党は会期延長を主張しましたが精霊党は受け入れず、結局もめにもめて強行採決となりました。結果、悪霊党から三神造反者が出て、ビッグバン・スイッチオン法案は賛成154票、反対147票で可決し、その直後、ウルトラエンゼル総理神によってビッグバンのスイッチが点火され大爆発が起こり、今の宇宙が創造されました。そんなわけで、今私たちがこの宇宙の中に存在しているのです。そして精霊党と悪霊党の二つの二大勢力がこの地球で毎日毎日激しく戦っているのです。それは毎日のテレビ、ラジオ、インターネット、新聞などのニュースで確認することができるのです。  おしまい

 

あなたは精霊党を支持しますか。それとも悪霊党を支持しますか。それによってあなたの生き方も大きく違ってくることになるでしょう。

No2. まごころ地蔵

 昔々、越後の国(今の新潟県)のある村のはずれに、もう何百年も掃除をしてもらっていないお地蔵様がありました。ごみやほこり、落ち葉などをかぶってこけなども生えて汚くなっていました。昔は村の人達がよく掃除をしてきれいにしていましたが、あるときから村の人達の心が変わり誰も掃除をしなくなったのです。そんなある秋に一人のおばあさんがこの村に引っ越してきました。それもこのお地蔵様の向かいの空き家に引っ越してきたのです。このおばあさんは若いときから信仰心の厚い人でした。毎朝おきてはお天道様に手を合わせ「きょう一日何事もなく、平安に暮らせますようにのう。きょうまたこのように生かされたっけのう、ありがてぇてね。」といつも心からのお祈りをささげていました。

そんなおばあさんが引越しの整理のついた翌日に、近所に引越しの挨拶をしようと思って歩くと、すぐに、ごみやほこりをかぶって、こけが生えているお地蔵様を見つけました。すかさず「おうおう、なんとかわいそうなお地蔵さんだのう。」と言って、挨拶のことなどすっかり忘れて、家に掃除の道具を取りに行きました。そして一生懸命にお地蔵様の掃除を始めたのです。もう何百年も掃除をしていなかったものですから、それは大変でした。あばあさんは引越しの疲れも忘れ、お地蔵様を本当にきれいにしてしまいました。おばあさんは「あーあ疲れたのう。でもお地蔵様がこんなにきれいになったのでよかったのう、よかったのう。そうだ、毎日掃除をしてきれいにしてお地蔵様に喜んでもらおう。」と言って、一服をしに家に帰りました。その後挨拶周りを終えたのでした。

それからというもの毎日、毎日、お天道様に手を合わせ、お地蔵様の掃除をし、お地蔵様にも手を合わせる生活を送っていました。そんなある日に、なんとおばあさんはお地蔵様がかわいそうだと思ってお地蔵様専用の小さな小屋を建ててやりました。おばあさんは「これで雨や雪、風にも大丈夫。よかったのう。よかったのう。」と自分のことのように喜んでいました。

おばあさんが引越しをしてから三年ぐらいたった夏の朝に、いつものようにおばあさんはお地蔵様の掃除をして手を合わせて家に帰ろうとしたそのとき、「おトラ、おトラよ、私はここの地蔵だ。毎日ありがとう。」という声がしたのです。おばあさんはびっくりして腰をぬかしてしまいました。一瞬何が起きたのか分からなくなったのです。そしておばあさんは「確かに今、私の名前を呼んだよなぁ? 」とひとり言を言いながらあたりを見まわしました。しかし、人影はありませんでした。おばあさんは「ま、ま、ま、まさかお地蔵様がしゃべったのらろっかのー?! 」とまたひとりごとを言いました。するとお地蔵様が「そうだ。私がお前の名前を呼んでお礼を言ったのだ。」と言いました。おばあさんは夢か幻を見ているのではないかと思ってついホッペをつねってみると「痛い!!」とすぐに感じました。おばあさんは、これは夢でも幻でもない、と直感すると我に帰り「お地蔵様、何で私の名前がわかったろうのう。」と尋ねました。そうするとお地蔵様は「私はすべて知っている。このかた、何百年と人間を見てきた。知らないのはないのだ。」とおっしゃいました。そして「おトラ、お前もだいぶ年をとってきた。残り少ないこの世でお前の望むものなら何でもかなえてやろう。」とおっしゃったのです。これにもおばあさんはびっくりしました。おばあさんは少し考えて「お地蔵様、私はあとせいぜい五年ぐらいしか生きらんねてね。この残りの五年の間に病気しゃんで、健康に生きらっれば、こんないいことはねてね。望みといったらこんなもんですっけ。」と言いました。そうするとお地蔵様は「欲のないおトラだ。分かった。あと残りの人生の健康をお前にあげよう。」とおっしゃったのです。するとおばあさんは「ほんね、ありがとうございます。」と言って手を合わせました。

そしてその翌日、いつもの日課をこなし家に帰ろうとしたそのとき「おトラ、お前には死ぬまでの健康を授けた。そして死ぬまでの暮らしに困らない程度の金と米を私の気持ちとして差し上げよう。」とおっしゃったのです。するとおばあさんは「あーあー。もったいねてね。ほんね、ありがとうございます。」と言って家に帰りました。すると家の中の玄関にお地蔵様がおっしゃったとおりのお金とお米がきちんと置いてありました。おばあさんは「お地蔵様、ほんね、ありがたかったれ。」と感謝の言葉をささげました。

きのうときょうのお地蔵様とおばあさんのやり取りを見ていた、隣の欲張りで金持ちの小ずるい大家のおじいさんは「ははあ。あんなことをお地蔵様にしてくっれば、何でも望むものをくれるんだな。俺もさっそく真似して、あしたの夕方からやってみろっと。」と言いました。

 その翌日の夕方、大家のおじいさんは掃除の道具を持ってお地蔵様の前にきました。お地蔵様はおトラばあさんが毎日掃除をしているのでとてもきれいでした。大家のおじいさんはお地蔵様がきれいなので掃除をするふりをして簡単に掃除をしました。大家のおじいさんは「まあ、こんげことを何日かしてやってやればお地蔵様もきっと俺に声をかけてくれるに違いねすけ。」と考えていました。しかし、いくらそんなことをやってもお地蔵様の声は聞こえてきません。短気な大家のおじいさんは「まったく、どうしたろうのう。このお地蔵様はぼんくらろっかのう。それともただの石か。」などと挙句の果てにお地蔵様の文句を言い始めました。文句を言いながらも大家のおじいさんはお地蔵様から大金をもらいたいために我慢して掃除をするふりを続けていました。ちょうど掃除を始めて半年後の日にお地蔵様の声がしました。「大家の平吉、そんな掃除をするふりをしてこの私をだまそうとしてもむだだ。お前は生まれてこの方、私に見向きもしなかっただろう。隣のおトラのやっていることを見て、自分もあやかりたいと思ったのだろう。しかしな、平吉よ、お前には財産はあるが真心と感謝の心という目には見えない大切なものがない。お前はおトラの手を合わせている姿を見たことがあるのか。それは美しい姿だ。なぜ美しいかというと、おトラは損得やご利益で手を合わせているのではないからだ。ただただ感謝の心から手を合わせているだけなのだ。私はそんなおトラの真心に心を打たれたのだ。お前のように欲張りで、小ずるい人間の心はすぐに分かるのだ。お前が隣の町の温泉街で土産用として売っているまんじゅうの``あんこ``のことも知っているのだぞ。お前は売れ残りのまんじゅうの``あんこ``を新しいまんじゅうの中に入れているだろう。誰にも気付かれていないと思っていただろうが、そうはいかないぞ。」とおっしゃいました。これには大家のおじいさんもびっくり仰天しました。そして「お地蔵様、何で俺の名前が分かったろうのう。何でまんじゅうのあんこのことも知っていっろうのう。」と聞きました。するとお地蔵様は「私はすべておみとおしだ。何でも分かっている。」とおっしゃいました。これまた大家のおじいさんはびっくりしました。そして大家のおじいさんは「そんなこと言っても、この世の中、きれい事だけ言ってみても、なかなか通用しねっし、儲からねてね。」と言いました。そうするとお地蔵様は「ほぉほー。それでは平吉、お前は汚い方法で儲けても平気なのか。お前の言い方だとそういうことになるぞ。きれいの反対は汚いということだ。汚いやり方はいつか行き詰り、ボロがでるものなのだ。そして、悪知恵がどんどん出てくるものなのだ。その挙句の果てに、財産もなくし、信用もなくして、すべてを失うぞ。人間は基本というものがある。それを忘れていると、いろいろな問題が出てくるぞ。だから平吉よ、目には見えないものをまず基本にして、大切にしていくことは大事なことだよ。この機会に今までの生き方を振り返り、心を入れ替えて、新たに生きていってみてはどうだ。」とおっしゃいました。すぐにはさすがの大家のおじいさんもびっくりが先で返答に困りました。そして少し考えて「分かったれ。一晩考えさせてくんねろっかのう。」とお地蔵様に申しあげました。するとお地蔵様は「分かった。」とおっしゃいました。

 その夜、大家のおじいさんは一睡もしないで今までの自分の人生を振り返り、自分という人間がどんな人間だったかを生まれて初めて見つめなおしました。その結果、大家のおじいさんは自分のことしか考えない欲張りで、思いやりのない、何事にも感謝のない自己中心の人間だったことが分かりました。自分の本当の姿にはじめて気がついたのです。そして今までのことを悔い改めて心を入れ替えました。もちろん売れ残りのまんじゅうのあんこを新しいまんじゅうの中に入れることもやめることにしました。

早速翌日に隣のおばあさんを自分から誘ってお天道様とお地蔵様に手を合わせました。もちろんおばあさんといっしょにお地蔵様の掃除を真心込めてやりました。そして大家のおじいさんは「もしお地蔵様に俺の悪いところを言ってもらえなかったらとんでもない余生を送るところだったてねぇ本当にお地蔵様、ありがたかったれ。俺が間違っていたてね、もう何もいらんてね。有り余る財産もあるっけぇ、これからは困っている村人を物心両面で助けっれ。そっれ、みんなを幸せにしますっけ。」と言ってお地蔵様に手を合わせました。するとお地蔵様が「平吉よ、心を入れ替えたのだなぁ。これでお前は極楽へ行けるぞ。人は自分の顔が見えないのと同じく、自分の心というものが見えない。しかし、他人のこととなるとよく見えるものだ。これからは自分を棚に上げて人の欠点ばかりを見るのではないぞ。これからはダイヤモンド魂で生きていくのだぞ。」と言いました。そしてそれが最後のお言葉でした。それっきりお地蔵様は何もしゃべりませんでした。 それからというもの、この村はお地蔵様を「まごころ地蔵」と名付けていつまでも大切にしました。そしてみんなが幸せになったとさ。     
おしまい

No3. 感謝じいさんと不平不満愚痴ばあさん

昔々、ある山奥の村に何でもかんでも感謝する変わった貧乏なおじいさんが住んでいました。朝起きれば「空気さんありがとう。お日様さんありがとう。木さんありがとう。鳥さんありがとう。」などと何でもかんでも感謝していました。なんでも、このおじいさんは若い頃大変苦労したとのことです。そのせいか、頭は白髪でいっぱいでした。又、自分の長男の嫁をいつもほめていました。世間には「うちにはいい嫁が来た。いい嫁が来た。うちのせがれにはもったいない嫁だ。」などと言っていました。嫁の作った料理が少しぐらいまずくても「おいしい。おいしい。」と言ってニコニコして食べていました。このおじいさんは村では「感謝じいさん」と呼ばれていました。そのおじいさんの少し離れたところにそのおじいさんとは反対の金持ちで何でもかんでも不平不満愚痴ばかり言っている変なおばあさんが住んでいました。朝起きれば「まったく、チュンチュンチュンチュンと、朝からうるさいすずめだ。」とか、カラスがカァーカァーと鳴いていれば「まったくうるさいカラスだ。」とか、犬がほえていれば「うるさい犬だ。何をほえているんだ。あんまりうるさいと食ってしまうぞ。」などと何でもかんでも不平不満愚痴ばかりを言っていました。自分の息子の嫁のことについても「まったくうちの嫁は何をやってもだめだ。」などと、いつもガミガミガミガミと、けなしてばかりいました。こんなことなのでここの嫁はとうとう耐え切れずに、隣村の実家へ帰ってしまいました。娘の婿が遊びに来ても「まったく、又何かほしいので家にきたのだろうが。たまにはおいしいものでも買ってこい。なんだかお前の顔を見ているといらいらしてくるよ。このブ男が。なんでお前は背が低いのかね。まったく。」などと人の嫌がることを平気で言うのです。又、隣の人といつも土地の境界線のことで争っていました。隣の木の枯れ葉が自分の土地に落ちただけでガミガミと文句を言いに言っていました。何でもかんでもこの調子なのでみんなに嫌われていました。このおばあさんは村では「不平不満愚痴ばあさん」と呼ばれていました。このおばあさんは親の財産を相続して大金持ちでした。何の苦労もなく育てられたのでした。そして生まれてこの方、何かに感謝することは一回もなかったのです。当然ながらもうとっくの昔に、このおばあさんの婿さんはこの家を出て行っていました。

そんなある日のこと、みすぼらしいお坊さんがこの山奥の家々を托鉢して回っていました。そのお坊さんが「感謝じいさん」の家に立ち寄りました。そして玄関の前で、「御経」を唱え始めました。すると感謝じいさんは「こんな山奥の村まで回って大変ですね。ご苦労様です。私の家にまで来てくれてありがとうございます。私の家は貧乏です。あなた様に差し上げるものがありませんが、きょう食べる予定にしていた少しのお米を差し上げます。あなた様はこうして多くの人達のために足を棒にして人様の幸せのために祈ってくださる。ありがたいことです。どうか受け取ってください。」といってお坊さんに、今日食べる予定にしていた大切なお米を差し出しました。するとお坊さんは「ありがたいことです。大変貴重なお米をいただきます。」と率直に喜びました。そして「きょう食べるお米がなければどうしますか。」とお坊さんが聞くと、感謝じいさんは「一日ぐらい食べなくとも人間死ぬことはありません。私は又あした働いて米を買います。かえって一日分ぐらい抜いたほうが健康にいいですよ。ワッハハハハァ・・・」と大声で笑っていました。最後にお坊さんは「ありがとうございました。」と一言言って去っていきました。

次にお坊さんはすぐ近くの大金持ちの「不平不満愚痴ばあさん」の家に立ち寄りました。そして「御経」を唱え始めたすぐに、このおばあさんは「何だ、くそ坊主か。ずいぶん貧乏たらしい格好しているもんだ。うちにはくそ坊主にやるものなど何もないよ。さっさと別な家にいっておくれ。」などといいました。するとお坊さんは「そうですか。分かりました。」と言って別なところに行こうとしたそのとき、家の隣にある大きな蔵を見て「蔵の中に有り余るお米があるのですね。」とお坊さんは言いました。すると不平不満ばあさんは「その米はうちで食べるもので人にやるものではない。」と乱暴なことばで言いました。そして最後にお坊さんは「そうですか。」と一言言ってその家から去って行きました。すると不平不満愚痴ばあさんはいつものように「まったく忙しいのに、このくそ坊主が。」とそのお坊さんの後姿を見てそんな言葉をかけてしまいました。お坊さんはその言葉は聞こえたのですが、何も言わずに歩いて別な家に向かいました。

そんなことがあってから数年後にいよいよ「感謝じいさん」と「不平不満愚痴ばあさん」にもこの世から去らなければならない時がやってきました。感謝じいさんは何の病気もせずに寿命を全うしようとしています。臨終の床にあるのですが感謝じいさんは「私の人生は幸せだった。これもみなさんのおかげです。本当に感謝します。もうすぐ仏様がきっと私を迎えに来てくださると思います。みなさんありがとうございました。」と小さな小さな声で床の周りいる家族や近所の人に感謝じいさんらしく最後の最後まで感謝の言葉を言っていました。もうまばたきをする元気もなくなってきたそのとき、静かに息をひきとりました。その感謝じいさんは笑みを浮かべた本当に安らかな顔をしていました。仏様がお迎えに来てくださったのです。感謝じいさんは極楽浄土へと旅立って行きました。

感謝じいさんがあの世へ旅立ってから半年後にこんどは不平不満愚痴ばあさんが臨終の床にいました。このおばあさんは原因不明の奇病に冒され、体全体が痛くて痛くてたまりません。臨終の床にあっても「痛い、痛い、痛い、苦しい、苦しい、苦しい、ああー誰か助けておくれ。」とそれはそれは大変なものでした。床の周りにいる人達も目のやり場のない光景でした。そして「ああ、死にたくない、死にたくない。」と繰り返し言っていました。そしてそんなことを繰り返している時、いよいよ最期の時がやってきました。「ギャアー」その悲鳴が最期の言葉でした。おばあさんの顔は鬼のような形相をしていました。このおばあさんは閻魔大王が使わした鬼が向かいに来たのでした。このおばあさんは地獄へと旅立っていきました。今後地獄で閻魔大王による生前の罪についての厳しい取調べと罰が待っているのでした。           おしまい                        

No4. ある金持ち夫婦と豆腐屋

西暦3007年、ある田舎のおばあさんがかわいい男の子の孫に昔話を絵本でしてくれていました。物語のはじまり、はじまり。

 昔々今から約1000年位前にある町に金持ちの夫婦が住んでおったとさ。それはそれはりっぱな豪邸に住んでおったとさ。その金持ち夫婦の家の前には貧乏な豆腐屋が一軒あったとさ。その豆腐屋には毎日夕方に、近所の人が大勢豆腐を買いに来て、「アハハ・・・。」「オホホ・・・。」の笑い声が絶えなかったとさ。豆腐屋に来て世間話だの、きょうこんなことがあったとか、うちの子がきょう学校で先生に叱られたとか、のたわいのない話で花を咲かせていたとさ。その笑い声をいつも金持ち夫婦は「貧乏人のくせに何が面白い。」「貧乏人のくせに何が面白い。」と言っては、その豆腐屋に集まっている人達をいつも馬鹿にしていたとさ。この夫婦はこのかた50年ここに住んでいて一回も豆腐を買いに行ったことはなかったとさ。

その金持ち夫婦はある大銀行の大株主で株の配当金でザックザックと当時大儲けしていたとさ。その当時バブル経済、真っただ中で、一株500円の株が15万円になっていたんだとさ。毎日ウハウハしていたとさ。ところがところが、あることがきっかけでそのバブル経済が崩壊したんだとさ。この夫婦が投資していた銀行は特に不良債権がとび抜けて多く再建不可能ということで潰れてしまったとさ。その夫婦が持っていた株券は一晩で紙くずになったとさ。そしてその金持ち夫婦はさっさと死んでしまったとさ。

死んでしまった後にその家に神様が現れて死んだ二人の前で「お前らは前の豆腐屋に来ていた人達をいつも馬鹿にしていただろう。幸せ、とは前の豆腐屋にあったのだ。何でそんなことにもっと早く気付かなかったのだ。馬鹿なのはお前ら二人だったのだよ。もっと早く気付いていれば死ぬことはなかったのに・・・・。お金だけが幸せの物差しではなかったのに。人を馬鹿にしていたのでお前ら二人は天罰がくだったのだ。」と言ったとさ。そして静かに神様は消えたとさ。
おしまい

No5. カワモンと神様の進言

西暦3007年、ある田舎のおばあさんがかわいい女の子の孫に昔話を絵本でしてくれていました。物語のはじまり、はじまり。

 今から約1000年位前に日本の西京都に、金儲けの上手なニックネームが「カワモン(本名 川田門次)」という人がいたんだとさ。当時日本の首都の西京都の三本木ハウスという超豪邸に住んでいたとさ。カワモンは株で大儲けしたんだとさ。大儲けしながらも何かの理由で当局に逮捕されたとさ。何でも何かの不正があったんだとさ。法に従ってカワモンは裁判にかけられたとさ。結果は記録が残っていないので不明だとさ。ただ一審の裁判には負けたとさ。

 その裁判に負けて今後の策を考えて寝込んだある夜、カワモンの寝ている枕元に神様が現れ、「カワモンよ、カワモンよ。目を覚まして少しわしの言うことを聞いてくれ。」と言ったとさ。カワモンはその言葉で目を覚まし「神様、私に何の御用ですか。」と言ったとさ。そうしたら神様は「お前に考えてもらいたいことがあるのだ。実はお前が大儲けした200億円全部をこの地球で恵まれない子供たちに使ってみてはどうだ。そして裸一貫から人生をやり直してみないか。そうすれば新しい世界が見えてくるぞ。人間はしょせん裸で生まれ、裸で死んでいかなければならない身なのだ。死んだときお前の棺桶の中に札束を入れてくれる者など一人もいないのだよ。生きているときに一回ぐらいは世の中のためになるようなことを本気でしてみてはどうだ。人を泣かすことをするのではなく、人に喜んでもらうことをしてみてはどうだ。」と言ったとさ。少し考えてカワモンは「そんなことはできません。」と言ったとさ。その瞬間神様はそこから消えたとさ。カワモンは気付かなかったのです。不正を働いて得たお金には何の価値もないことを。

 神様はカワモンの枕元にこんなメモを書き残していたとさ。「一日汗を流して働いて得た一万円とお前のように不正をして得た200億円を比べてみると、お前のお金はトイレットペーパーにもならないただの紙くずだ。しかし、汗を流して得た一万円は黄金の価値がある。そのことに早く気付けよ。」と。しかしカワモンは馬鹿にしてそのメモをすぐに捨てたとさ。その後カワモンがどうなったかは記録が残っていないので分からないとさ。おしまい

No6. カラスの「カー君」の恩返し

 昔々、そのまた昔、今の中国が「春秋戦国時代」だったころ(紀元前770年から紀元前221年)ある田舎の村に心やさしいおじいさんが住んでいました。ある日おじいさんが畑仕事に向かう途中の道端に何か黒いものがいることに気付きました。近づいてよく見ると大変弱ったカラスがいるではありませんか。おじいさんは「何で弱っているのかなぁ。」とひとりごとを言ってさらに近づいてよく見てみると、何とカラスが大けがをしているではありませんか。おじいさんは「何か他の大きな鳥にでもやられたのかなぁ。」と心の中で思いました。そして「かわいそうだから家に連れて行って治療してやろう。」と考えました。そしてやさしく「あーあ。かわいそうに。かわいそうに。」と言ってカラスを抱いて畑仕事のことはすっかり忘れ、急いで家に引き返しました。

 家に着くとおばあさんが「おじいさん、畑仕事もしないで何を抱いて帰ってきたんですか。」と聞きました。するとおじいさんは「道端に大けがをしているカラスを見つけたので
早く治療してやろうと思って帰ってきたんだよ。」とおばあさんにいいました。するとおばあさんは「ええ! カラス!」と驚いて、「カラスは人間に害を与える、嫌われ者ですよ、何でそんなカラスを家にまで運んできたのですか!!」と少し怒ったような感じでおじいさんに言いました。するとおじいさんは「どんなに人間に嫌われているカラスでも大けがをしている生き物を見てみぬふりは、私にはできない。こんなところでお前と話している時間はない。」といって家の奥へと運び、傷口をきれいに洗ってやって薬をぬってやりました。そしてきれいな布でその傷口を縛ってやりました。そして食べ物も少しやり、水もやりました。そのせいか、そのカラスは幾分元気がでてきたように思われました。

そんなことをしているうちに夜がきました。おじいさんは自分の寝ているすぐ横にカラスも寝かせてぐっすりと寝てしまいました。そして次の日もその又次の日も毎日一生懸命治療してやりました。もちろん食べ物、水も欠かさずやりました。おじいさんの家族は「あんな人間に嫌われていて、ひとつもかわいくないカラスなんか助けても何の得もないのに。何の得もないことをよくやれるもんだ。」などと話していました。そんなことを言っている家族の話が聞こえたらしく、おじいさんは家族のところへ行って「もし、お前らが何かで大けがをしていて血がどんどん出て、立つこともできず、歩くこともできないときに、ある人がお前らを発見したときにその人が、何だ、この人はみすぼらしい格好をしているし、何だか変な人みたい。関わらないほうがいいわ。と考えてお前らを見捨てたとき、お前らはどう思う。人間でも動物でもカラスでも生きているものすべては弱っているときは助けてもらいたいのだよ。ただしゃべられないので、そのことを伝えることができないだけだ。」とみんなに言って聞かせました。このことを聞いた家族は黙ってしまいました。

 そんなやり取りなどをしながらも、献身的なおじいさんの努力によりカラスはどんどん回復していきました。そんなある日、おじいさんは「そうだ。お前に名前をつけてやろう。」とカラスにいいました。しばらく考えて「そうだ。カー君というのはどうだ。」とカラスに言ったらカラスが「カーカー。」と鳴きました。するとおじいさんは「お前も気に入ったようだな。これで決まりだ。」と言いました。カラスのカー君が誕生しました。おじいさんは「カー君も自分で好き好んでカラスに生まれてきたわけでもないんだよなぁ。自然と生まれたのに過ぎないのになぁ。生まれたのがたまたまカラスだけの話しだよなぁ。人間に嫌われる鳥に生まれるとは思っても見なかったろうになぁ。人間はすべて自分たちの利害で好き嫌いを決めているからなぁ。こんな人間をカー君、許しておくれ。」と、なんとなんと、カー君に謝っているではありませんか。カー君はこのおじいさんのやさしい言葉で、今まで人間にいじめられたことや、憎まれ口をさんざんいわれ続けたことなどを一機に思い出し、カー君の目には涙がいっぱいあふれてきました。「われわれカラスはただ生きんがために餌を探して食べていただけなのに。」という気持ちでいっぱいだったのです。「人間はカラスよりひどいことをしているではないか。」と、カー君は言いたかったのです。また、「人間は生きんがために、多くの動物や魚などを殺して食べているではないか、われわれは死んだものを食べる。人間はわれわれの比ではないぞ。そして人間は覇権を握るために争っているではないか(当時中国は激しい戦国時代であった)。同じ人間なのに殺し合いをしている。われわれは先祖代々その光景を空から見てきた。何で同じ仲間なのに殺し合いをするのかなぁ、といつも疑問に思っていた。カラスは同じ仲間は殺さないぞ。人間のほうがよっぽど悪いことをしているではないか」。とも言いたかったのです。カー君はただ「カーカーカー。」と鳴いているだけでした。

そうこうしているうちに、おじいさんの治療のおかげですっかり元気になったカー君がいよいよおじいさんと別れなければならないときがやってきました。ようやく本当の友達になったおじいさんとカー君ですが、ある春の暖かい日におじいさんは「カー君、お前はもうすっかり元気になった。お前が生きるところはこの大自然の中が一番だ。きょうはお前を自然の中に戻してやるぞ。」と言葉をかけると、思い切ってカー君を大空めがけて放してやりました。カー君は力強く飛んでいきました。そして隣の家の屋根にとまり何回もカーカーと鳴いていました。おじいさんは「カー君、元気でなあー。」と言いました。

 そんな別れがあってから三年たったある日、いつものように畑仕事にいこうとしたとき、おじいちゃんの家に見たこともない男が一人こっちへやってくるではありませんか。それは何と泥棒だったのです。泥棒は短刀を持っていておじいさんめがけて突進してきたのです。とそのとき、たまたま隣の屋根にいたカラスが泥棒めがけて凄まじい速さで降下してきたのです。そして泥棒の短刀を持っている手を口ばしで激しく何回もつつき、短刀を地面に落としたのです。そして泥棒の右目を口ばしでつつきました。泥棒の目から血が出てきました。泥棒は血を見て怖くなって逃げて行きました。おじいさんは一命を取り留めることができたのです。このカラスはなんと、前に助けたカラスのカー君だったのです。カー君はおじいさんの肩にとまり「カーカー。」と鳴いていました。おじいさんは「カー君、本当にありがとう。お前のおかげで命拾いをした。本当にありがとう。」と何回もカー君に感謝の言葉をかけていました。このことがあってからというものカー君は毎日毎日おじいさんの隣の家の屋根からおじいさんの家を見守っていたとさ。 おしまい

No7. 村人を救った、役立たずの大男 外国版はここから

 昔々、下野(しもつけ)の国(今の栃木県)、那須地方の山あいのある村に、毎日毎日何も働かずに、大食いしては寝るだけの生活を繰り返している「役立たずの大男」が住んでいました。名前は「吾作」と、言いました。百姓の「せがれ」、として生まれました。子供のときから大食いしては寝るだけでしたので、体だけは大きくなったのです。何と身長は約九尺三寸(約2メートル80センチ)もありました。村の人達は名前で呼ばないで「役立たずの大男」「役立たずの大男」と馬鹿にして、いじめていました。

 ある日のこと、この吾作が住んでいる家の前を村の子供たちが通りかかりました。子供たちも大人の真似をして、吾作のことを「役立たずの大男」「役立たずの大男」と、言って馬鹿にして、いじめていました。時には吾作めがけて石を投げつけるときもありました。しかし、吾作は怒らずに、ただ黙って我慢していました。

 吾作の唯一いいところは、心が優しいところだったのです。この吾作の父ちゃんと、母ちゃんは「もう吾作に何を言っても無駄だべぇ。」とあきらめていました。何とか働いてもらいたいと思って、大人になってからいろいろと助言したりしていました。しかし、何の効果もありませんでした。吾作は病気じゃないかと思って、田んぼや、畑仕事を休んでは、いろいろな医者に診てもらったり、いろいろな神様に診てもらったりしましたが、どこへ行っても「何の病気もありません。」と言われていました。しかし、吾作の親は村の人達がどんなに馬鹿にして、いじめていても「お前のいいところは心根が優しいところだべぇ。」と、言って、吾作のいいところをほめていました。そして「きっといつかお前も人様の役に立つときがくるだ。」と、言っては励ましていました。また「人間は極楽浄土に行く前に一回は人様のためになるようないいことをしなければならねぇだ。」と教えていました。吾作の親は子供たちがいじめているのを発見したとき「こらあー!! 人を馬鹿にするのでねぇ!!」と大声を出して子供たちを追っ払ってくれていました。また、時々、近くのお寺にいき、阿弥陀如来様に「どうかこの子が、いつか人様のためになる、人間になりますように。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。」と、言ってお祈りしていました。お寺の住職も一生懸命にお祈りしてくれていました。吾作と親はこのお寺だけが心休まるところでした。

 この村は毎年のように大雨が降り、田んぼや、家が水をかぶり、何らかの被害をこうむっていました。村の治水事業はお金がなく、いっこうに進みませんでした。

 そんなある年の夏の夜に、今まで経験したことのない物凄い大雨が、茶臼岳や那須高原を中心とした那須連峰の山々に降ったのです。村にはほとんど降りませんでした。大きな川の近くに住んでいる、村の住人の武八が「大変だ!! 大変だ!! 大水が村に押し寄せてくるぞ!! 今、寝ていたら川の上流から大きな石がゴロゴロと転がってくる音を聞いた。俺の死んだバッパ(おばあさん)から石が転がってくる音は水が大きな石を押し流す音だ、と言っているのを思い出した。そして、それを聞いたらすぐに高台へ逃げろ、と言っていた。早くみんな逃げろ!! 早く逃げろ!!」と村を回っては叫び続けました。そして半鐘を人に頼んで鳴らし続けてもらいました。カンカンカーン、カンカンカーン・・・・・・。けたたましく半鐘が鳴り響きました。このことは吾作の家にも聞こえました。そして村の人達と一緒に高台のほうへ逃げました。しかし、途中まで行くと、村はずれの、小さな河に架かっていた、高台まで行ける、ただ唯一の橋がすでに流され、そこの河を渡ることができません。上流に降った雨がすでにこの河を増水させていたのです。河の水深もすでに約10尺強(約3メートル)になっていました。この河幅はそんなにありませんでした。しかし、この河は人間の力では飛べない河幅だったのです。しかし、吾作が手を少し伸ばせば向こう岸に届くほどの河幅でした。この河を渡らなければ安全な高台へ避難できません。村の庄屋の平蔵が「大変だ、大変だ。みんなここで死んでしまうぞ。何かいい知恵はないか。」と叫びました。しかし、この暗闇と大水が迫る恐怖で、村の人達は気が動転していて、そんなことに答えられる人は、一人もいませんでした。子供は泣きじゃくり、女、年よりは絶望感で顔色がありません。そんな時、何と、何とあの「役立たずの大男」とみんなに馬鹿にされ、いじめられていた吾作が突然「俺が橋になる!! 俺が少し手を伸ばせば、ちょうどいい橋になる。みんな、俺の足と背中と手を渡って、向こう岸に逃げてくれ!!」と大声で叫びました。みんなはびっくりしました。あの「役立たずの大男」が急にこんなことを言ったので、一瞬みんなは信じられないと言うような顔をしていました。そして吾作は「まごまごしていると時間がなくなるぞ!!」と、言って、すぐに自分の両足を河岸にある木に縛るように、と言いました。運よくちょうど河岸には木が一本あったのです。両手は向こう岸に行って縛ることができませんので「河の向こう岸の草にしがみつく。」と言いました。村の人達は一瞬きょとんとしていましたが、すぐに我に返り、吾作のいうとおりにしました。幸いなことに、縄を持って逃げた人が一人いました。吾作は「もう時間がない!! 俺の両足をまず木に縛ってくれ!! 縛ったら俺は倒れて向こう岸の草を手でつかむ!! もし、つかみそこねたら、俺の体をみんなで引っ張ってくれ!! 又やってみる!!」と、言ったのです。村の人達は、すぐに吾作の言うとおりにしました。縛り終えると、吾作は向こう岸に倒れこみ、草に手をかけましたが、失敗してしまいました。すると、吾作は「俺を引っ張れ!!」と大きな声で叫びました。村の人達は必死になって引っ張り、そして引っ張り終わったら吾作は又、向こう岸に倒れました。今度はしっかりと草にしがみつくことができました。吾作は「早く渡れ!! 早く渡れ!!」と大声で叫びました。そして女、子供、年寄りを先に一人ずつ渡りました。みんなは涙を流しながら渡ったのです。そして多くの村人が「俺はお前を馬鹿にして、いじめていた。勘弁してくれ! 勘弁してくれ! 」と、何回も何回も、吾作に謝りながら渡ったのです。渡り終わった人は、草にしがみついている吾作の手を、何人かして引っ張って「がんばるんだ!! がんばるんだぞ!!」と吾作を励ましました。吾作の手を引っ張っている人の中にも「今までのことは許しておくれ!! 許しておくれ!!」と、何回も何回も、涙を流しながら謝っている人もいました。その間、吾作は必死になってこらえ続けました。そしてみんなが渡り終わったとき「早くみんな逃げろ!!」と、言いました。すると庄屋の平蔵が「お前を何とか助けることを考えているのだ。」というと、吾作は「俺のことにかまうな!! 時間がない!! 早くしないと大水が押し寄せてくるぞ!!」と言ったのです。両足は木に縛られているのでどうにもなりません。村の人達も必死になって吾作の手を引っ張っていたのですが、吾作は自分から払いのけ、手を草から離して顔から増水している河に落ちてしまいました。少しすると、吾作は死んでしまいました。その光景を見ていた村の人達は、みんな大声で泣きました。中には、泣きながら、手を合わせている女の人もいました。しかし、もう一刻もこの場所に立ち止まっている時間はありません。村の人達は急いで安全な高台へと避難しました。その直後に大水が村を襲ったのです。間一髪で村人は助かったのです。村のみんなは「吾作さん、命を救ってくれてありがとう。ありがとう。」と、いつまでもいつまでも、涙を流しながら天を見上げて、お礼を言っていました。

  大水から何日か過ぎて、ようやく落ち着きを取り戻した、ある日、吾作の葬式が村の寺で執り行われました。村の人達は死んだ吾作の親のところへ行って、今まで吾作を馬鹿にして、いじめてきたことを謝りました。そしてお寺の阿弥陀如来さまにも自分たちが今まで吾作にしてきたことを謝りました。そしてこの悲しい出来事があって、村の大人や子供たちの全員が「人をいじめること」と「人を馬鹿にすること」が本当に悪いことで、罪深いことであることに、はじめて気付いたのでした。それ以来、村の誰一人として人を馬鹿にしたり、いじめたりすることは、なくなりました。そして村人の命を救った吾作はそれ以来、この村の英雄として永代にわたり語り継がれました。河の橋のところに石碑が建てられ、「村の英雄、吾作ここに眠る」と刻まれ、ことの始終もその石碑に刻まれました。助けた村人の人数は151名でした。村の人達はその後、治水事業に力を入れて安全な村になり、みんな幸せになりました。   おしまい

   

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No7. 村人を救った、役立たずの大男

 昔々、ヨーロッパのある国の山あいの村に、毎日毎日何も働かずに、大食いしては寝るだけの生活を繰り返している「役立たずの大男」が住んでいました。子供の時から大食いしては寝るだけでしたので、体だけは大きくなったのです。何と、身長2メートル80センチもありました。村の人達は「役立たずの大男」「役立たずの大男」と馬鹿にして、いじめていました。

 ある日のこと、この「役立たずの大男」が住んでいる家の前を子供たちが通りかかりました。子供たちも大人の真似をして、この大男のことを「役立たずの大男」「役立たずの大男」と言って馬鹿にして、いじめていました。時には、「役立たずの大男」めがけて石を投げつける時もありました。しかし、その大男は怒らずに、ただ黙って我慢していました。

この大男の唯一いいところは、心が優しいところだったのです。この大男の親は「もう、この子に何を言っても無駄だ。」とあきらめていました。何とか働いてもらいたいと思って、大人になってからいろいろと助言したりしていました。しかし、何の効果もありませんでした。この子は病気じゃないのかと思っていろいろな医者に診てもらったこともありましたが、どこの医者に行っても「何の病気もありません。」と言われていました。しかし、この親は村の人達がどんなに馬鹿にして、いじめていても「お前のいいところは心根が優しいところだ。」と言ってこの大男のいいところをほめていました。そして「きっといつかお前も人様の役に立つ時がくる。」と言っては励ましていました。また、「人間は天国に行く前に一回は人様のためになるようないいことをしなければならない。」と教えていました。大男の親は子供たちがいじめているのを発見した時は「こらぁー! 人を馬鹿するのではない!」と大声を出して子供たちを追っ払ってくれていました。また、いつも日曜日の安息日には、近くの村の教会へこの大男を連れて神様に礼拝をしていました。そして「どうか主よ、この子がいつか人様のためになる人間になりますように、アーメン。」といつもお祈りをしていました。神父(又は牧師)さんも一生懸命にお祈りをしてくれていました。この大男と親はこの教会だけが心休まるところだったのです。さすがの村人も教会の中ではこの大男を馬鹿にしたり、いじめたりはしませんでした。

この村は毎年のように大雨が降り、畑や家が水をかぶり何らかの被害をこうむっていました。村の治水事業はお金がなく、いっこうに進みませんでした。

そんなある年の夏の夜に、今まで経験したことのない物凄い大雨が山に降ったのです。村人の一人が「大変だ、大変だ。大水が村に押し寄せてくるぞ。今、寝ていたら川の上流から大きな石がゴロゴロと転がってくる音を聞いた。私の死んだおじいさんから石が転がってくる音は水が大きな石を押し流す音だ、と言っているのを思い出した。そして、それを聞いたらすぐに高台へ逃げろ、と言っていた。早くみんな逃げろ!早く逃げろ!」と村を回っては叫び続けました。そして教会の鐘は人に頼んで鳴らし続けてもらいました。このことは「役立たずの大男」の家にも聞こえました。そして村の人達と一緒に高台のほうへ逃げました。しかし、途中まで行くと、村はずれの小さな川に架かっていた高台まで行ける、ただ唯一の橋がすでに流され、そこの川を渡ることができません。上流に降った雨がすでにこの川を増水させていたのです。川の水深も雨で増水して3メートルぐらいになっていました。この川の川幅はそんなにありません。しかし、この川は人間の力では飛べない川幅だったのです。しかし「役立たずの大男」が手を少し伸ばせば向こう岸に届くほどの川幅でした。この川を渡らなければ安全な高台へ避難できません。村の長老は「大変だ、大変だ。みんなここで死んでしまうぞ。何かいい知恵はないか。」と叫びました。しかし、この暗闇と大水が迫る状況で、村の人達は気が動転していて、そんなことに答えられる人は、一人もいませんでした。子供は泣きじゃくり、女、年よりは絶望感で顔色がありません。そんな時、何とあの「役立たずの大男」が突然「俺が橋になる!! 俺が少し手を伸ばせばちょうどいい橋になる!! みんな俺の足と背中と手を渡って向こう岸に逃げてくれ!!」と大声で叫びました。みんなはびっくりしました。「役立たずの大男」が急にこんなことを言ったので一瞬みんなは信じられないというような顔をしていました。そしてその「役立たずの大男」は「まごまごしていると時間がなくなるぞ!!」と言って、すぐに自分の両足を川岸にある木に縛るように、と言いました。運よくちょうど川岸には木が一本あったのです。両手は向こう岸に行って縛ることができませんので「川の向こう岸の草にしがみつく。」と言いました。村の人達は一瞬きょとんとしていましたが、すぐに我に返り、大男のいうとおりにしました。幸いなことにロープを持って逃げた人が一人いました。「役立たずの大男」は「もう時間がない!! 俺の両足をまず木に縛ってくれ!! 縛ったら俺は倒れて向こう岸の草を手でつかむ!! もし、つかみそこねたら俺の体をみんなで引っ張ってくれ!! 又やってみる!!」と言ったのです。村の人達はすぐに大男のいうとおりにしました。縛り終えると大男は向こう岸に倒れこみ、草に手をかけましたが失敗してしまいました。すると大男は「俺を引っ張れ!!!」と大きな声で叫びました。村の人達は必死になって引っ張り、そして引っ張り終わったら大男は又、向こう岸に倒れました。今度はしっかりと草にしがみつくことができました。大男は「早く渡れ!! 早く渡れ!!」と大声で叫びました。そして女、子供、年寄りを先に一人ずつ渡りました。みんなは涙を流しながら渡ったのです。そして中には「俺はお前をいつも馬鹿にして、いじめていた。勘弁してくれ!! 勘弁してくれ!!」と、何回も何回も言って、涙を流しながら渡る人もいました。渡り終わった人は草にしがみついている大男の手を何人かで引っ張って「がんばるんだ! がんばるんだぞ!」と大男を励ましました。大男の手を引っ張っている人の中にも「今までのことは許しておくれ!! 許しておくれ!!」と、何回も何回も、涙を流しながら謝っている人もいました。その間、「役立たずの大男」は必死になってこらえ続けました。そしてみんなが渡り終わったとき、「早くみんな逃げろ!!」と言いました。すると村の長老が「お前を何とか助けることを考えているのだ。」というと大男は「俺のことにかまうな!! 時間がない!! 早くしないと大水が押し寄せてくるぞ!!」と大声で言ったのです。両足は木に縛られているのでどうにもなりません。村の人達も必死になって大男の手を引っ張っていたのですが、大男は自分からそれを払いのけ、手を草からはなして顔から増水している川に落ちてしまいました。少しすると「役立たずの大男」は死んでしまいました。その光景を見ていた村の人達はみんな大声で泣きました。なかには泣きながら神様にお祈りしている女の人もいました。しかし、もう一刻もこの場所に立ち止まっている時間はありません。村の人達は急いで安全な高台へと避難しました。その直後に大水が村を襲ったのです。間一髪で村人は助かったのです。みんなは「大男さん、命を救ってくれてありがとう。ありがとう。」と、いつまでもいつまでも、涙を流しながら天を見上げてお礼を言っていました。

 大水から何日か過ぎて、ようやく落ち着きを取り戻したある日に「役立たずの大男」の葬儀が村の教会で執り行われました。村の人達は死んだ大男の親のところへ行って、今まで大男を馬鹿にして、いじめてきたことを謝りました。そして教会の神様にも自分たちが今まで大男にしてきたことを謝りました。この悲しい出来事があって、村の大人や子供たちの全員が「人をいじめること」と「人を馬鹿にすること」が本当に悪いことで、罪深いこと、であることに、初めて気付いたのでした。それ以来、村の誰一人として人をいじめたり、馬鹿にしたりすることは、なくなりました。そして村人の命を救った大男はそれ以来、この村の英雄として永代にわたり語り継がれました。川の橋のところに石碑が建てられ、「村の英雄ここに眠る」と刻まれ、事の始終もその石碑に刻まれました。助けた村人の人数は151名でした。村の人達はその後、治水事業に力を入れて安全な村になり、みんな幸せになりました。  おしまい  

No.8 口がへん曲がった田吾作

 昔々、関東のある田舎の村に、人の悪口を言っては喜んでいる田吾作という百姓がいました。朝おきれば、朝ごはんを食べながら自分の女房のおクマに「どこ、どこの親父は、どうのこうの、どこ、どこの、せがれがどうのこうの」と、その人の悪いところばかりを探しては悪口を、つばをはきながらしゃべっていました。村の集まりがあれば、これまた人の悪口ばかりを言っていました。また、親戚の祝言や葬式があったときでも、酒を飲めば、人の悪口を酒の肴にして、いい気持ちになっていました。このように人が集まるところすべて、人の悪口で酒の肴にしているのでした。村の人達は「こういう人だ、こういう性格だ」と思ってあきらめていました。一部には一緒になって、お互いに人の悪口を言い合って、その場を盛り上げ、いい気持ちになっている人もいました。とにかく人の悪口を言わないと酒が進まないのです。田吾作は人と会話する内容はすべて人の悪口でした。

 そんな生活を送っていた田吾作でしたが、田植えも終わり、やれやれと思っていた、ある初夏の夜、自分の家に遊びに来ていた友達と、いつものように人の悪口を酒の肴にして、酒を飲んでいました。そして友達も帰り、田吾作は疲れていたので、すぐに寝間へいって寝ました。そして朝起きて、いつものように田んぼの様子を見に行こうとしたとき、女房のおクマが田吾作の顔を見てびっくりしました。「あ、あんた、くくくく、口が、みみみ、右に、へへへ、へん曲がっているよ!! くくく、唇も腫れ上がって、いい、いるよ!!」と、あまりにも驚いたので、どもって言ってしまいました。そして「いい、急いで鏡でみてごらん!」と言いました。田吾作もびっくりして、すぐに鏡で自分の顔を見ました。そして鏡を見た瞬間、腰を抜かし、一瞬気を失いそうになりました。何ということでしょう。自分の口が右の方へ大きくへん曲がって唇も大きく腫れ上がってしまったのです。まるで化け物でした。田吾作の子供も起きてきて「ちゃんが、お化けになった! ちゃんが、お化けになった!」と叫んでいました。田吾作は「なんと言うことだ!!」と大きく落ち込んでしまいました。今まで、いい男だと思い込んでいたのが、一晩でお化けみたいな醜い男になってしまったのです。

それ以来、田吾作はすっかり元気がなくなり、とうとう寝込んでしまいました。女房のおクマは心配で、心配でなりません。村の人達は「田吾作さんはどうしたの。」と聞いてきます。しかし、あまりにも格好悪いので、おクマは本当のことが言えませんでした。しかし、ある日、たまたま田吾作の家の前を通った、近くに住んでいる百姓の与作が、口が、へん曲がって、唇も大きく腫れ上がっている田吾作を見てしまったのです。与作は「ど、どうしたのだ、そ、その口は!」と驚いて田吾作に聞きました。すると田吾作は「俺にもわからない。寝て起きてみたらこんな口になってしまったのだ。」と言いました。そしてこの話はまたたく間に村中にひろまりました。村の中では「きっとあれは病気だ。」とか、「何か厄病神がついたのだ。」とか、「何か疫病ではないか。」とかの、様々なうわさが広がりました。そして村の人達は、みんな気持ち悪がって、誰も田吾作の家に近づかなくなったのでした。そんなことになってきたことを敏感に感じている田吾作は、どんどん落ち込んでいきました。食欲もなくなり、気力もなくなってきたのです。家族はいろいろなところから医者を呼んできたりして、診てもらいましたが、いっこうによくなりません。医者は「これはわたしの手に負えません。」と言うしまつです。家族は医者がだめなので祈祷師を呼んで祈祷をしてもらいましたが、いっこうによくなりません。そして噂で「あっちにはこういう神様がいる。」と聞いては出かけて、みてもらいましたが何らかわりません。また、近くの稲荷神社に「御百度参り」もしました。しかし、何の効果もありません。挙句の果てに田吾作の子供も村の子供たちに「やーい、やーい、お化けの子。お化けの子。」などといじめられる始末です。こんな状態ですので田吾作とおクマの苦悩は深まるばかりでした。そして何をしてもよくならないので「これは一生治らない」とあきらめてしまいました。

 そんな、何をやってもだめなので、あきらめていた、ある夏の夜「トントン、トントン」と玄関の戸をたたく音がしました。おクマは「どなた様ですか。」と聞きました。すると「日本中を歩いて修行している、修行僧の聖心と申します。実はきょう、宿が取れなかったものですから、一晩泊めていただけないでしょうか。」と言いました。するとおクマは「それは大変ですね。一人病気みたいな人がいますが、それでもよければお泊まりください。」と快諾して玄関を開けてやりました。修行僧の聖心は「それはありがたい。お言葉に甘えて、一晩ご厄介になります。」と言って、家に入ってきました。日本中を歩いて修行しているだけあって顔は黒く焼け、着ているものはボロボロでした。まるで、こじき坊主に見えました。しかし、目は慈悲深い優しい目をしていました。背丈は中くらいで、田吾作とあまり変わりませんでした。おクマは「お疲れでしょう。雑炊でも作りますから、今日はゆっくりとしていってください。」と言いました。すると修行僧の聖心は「ありがとうございます。」と言うと、すぐに「病気みたいな人とはどなた様のことですか。」と聞いてきました。おクマは「奥の寝間に寝ている私の亭主です。」と言いました。聖心は「そうでしたか。で、容態というのはどうなのですか。」と聞いてきました。おクマは「体はなんともないのですが、ただ、顔の口が変になってしまったのです。右にへん曲がり、唇は大きく腫れ上がって、お化けみたいな顔になってしまったのです。」と言いました。聖心は「そうですか。それは大変ですね。後でいいのですが、もしよろしければ一回見せていただけますか。」と聞いてきました。おクマは「はい。ぜひ一回見ていただけますか。」と言いました。そしておクマは雑炊を作り、簡単ではありましたが、修行僧の聖心をもてなしました。

お茶を飲み終わったころ聖心が「おクマさん。旦那様の顔を見せていただけますか。」と言うと、おクマは「亭主にいいか、どうか、と聞いてきますので、少しお待ちください。」と言って、奥の寝間へ行ってしまいました。しばらくして、おクマが戻ってきました。「今、自分から起きてくるそうです。」とおクマが言いました。聖心は「そうですか。」と言いました。おクマは聖心に「聖心さん、びっくりしないでください。」と言いました。聖心は「私は日本中を旅していますから、いろいろな人に会います。たいがいなことには、なれていますので、大丈夫です。」と言いました。そんなことを言っている間に、田吾作が聖心の休んでいる居間にやってきました。聖心は驚いた様子も見せずに「今晩、ご厄介になる修行僧の聖心と申します。お言葉に甘えておじゃましています。」と挨拶しました。すると田吾作は「きょうは、ゆっくりしていってください。たいした、おもてなしはできませんが。」と言いました。そして続けざまに「聖心さん、俺の口を見てびっくりしたでしょう。ある日突然、朝おきたらこんな口になってしまったのです。何で俺はこんな口になってしまったのでしょうか。どんな医者に診てもらっても分かりません。あなた様が修行している仏法で治せないものでしょうか。」と聞いてきたのです。聖心は「うーん。」と考え込んでしまいました。そして「この口は仏法をもってしても治すことはできない。」といきなり、きっぱりと言ったのです。このことに田吾作は驚きました。そしてがっくりきました。そして聖心はすかさず、過去の話しを始めたのです。「実は三年前に私が四国地方のある山里に、修行の途中に寄ったときのことです。やはり、田吾作さんのような口をした人を見ました。その人も大変悩んでいて深刻でした。そしていろいろと、その人と話しをしてみました。そして、その人も医者に診てもらったり、祈祷したり、とありとあらゆることをやっていました。しかし何の効果もなかったのです。そしてとうとう、いろいろと聞いていくうちに、そういう口になってしまった原因が分かったのです。それは人の悪口ばかりを言っていたためだったのです。」と言ったのです。田吾作はびっくりしました。心の中で「俺もそういえば人の悪口ばっかり言っていた。おんなじだ。」と思ったのです。そして聖心は「田吾作さん、今まで人の悪口ばかりを言っていませんでしたか。」と聞いてきたのです。田吾作は「実は俺も人の悪口ばっかり言っていました。」と正直に話したのです。すると聖心は「やはりそうでしたか。最初に見たときにそうではないか、とすぐに思いました。それで驚かなかったのです。」と言ったのです。田吾作は「それで聖心さん、その四国の人は治ったのですか。」と聞きました。聖心は「治りました。私がその方法を伝授しました。そしてその人は一生懸命に努力して治ったのです。それは命がけでした。」と言いました。田吾作は「どんなことをしたのでしょうか。」と真剣に聞いてきました。すると聖心は「自分の性格を変えなければこの口は治らないのです。」ときっぱりと言いました。田吾作は「それで具体的にその人は何をしたのですか。」と聞いてきたので、聖心は「それは人の欠点を見つけて悪口を言わないで、反対にその人のいいところを見つけて、ほめること、なのです。」と言ったのです。つづけて聖心は「その四国の人は、今まで悪口を言っていた人のところへ、一軒一軒謝りに行きました。そして心を入れ替えて、今までのことを反省したのです。それ以来、その人は私の教えたとおり、人の長所を探して、ほめる、ということを実行しました。そうしているうちに、だんだんと口は元に戻っていきました。そしてその人は二度と人の悪口は言わなくなりました。今は前より人の信頼も厚くなり、幸せに暮らしているそうです。」と言ったのです。これを聞いた田吾作は泣いていました。これを見た聖心は「田吾作さん、あなたもこれと同じ方法で自分の性格を変えて、努力すればきっと治りますよ。これも仏のお導きですよ。」とやさしく、田吾作に言いました。田吾作は「聖心さん、ありがとうございます。俺が間違っていました。今まで悪口を言った人に謝ります。そして聖心さんが言ったとおりのことを実行します。」と言ったのです。そしておクマも「聖心さん、ほんとうにありがとうございました。うちの亭主もほんとうに馬鹿だったのです。あなた様がきょう、うちに泊まらなかったら、一生この口で過ごさなければなりませんでした。」と言いました。聖心は「いやいや、おクマさん、あなたの優しさが仏様に通じたのです。私も長く修行していますが、宿がなくて人の家に泊めてもらおうと思って訪問しても、この格好ですから、門前払いされるほうが多いのですよ。中にはこの格好を見て塩をまく人もいるのです。それをあなたは快く泊めてくださった。あなたの力です。」と言ったのです。これを聞いたおクマは「もったいないお言葉です。」と言ってとうとう泣いてしまいました。そんなことをやり取りしているうちに夜もふけていき、みんなは床に就きました。

翌日、田吾作は修行僧の聖心に「わずかではありますが、旅の路銀にしてください。」と、言って、三両の小判をお礼に差し上げました。聖心は「泊めていただいて、こんなお金までもいただいてありがとうございます。」とお礼の言葉を返しました。本当は聖心の懐はさびしいものでした(実は聖心は田吾作のへん曲がった口を見たとき、これはお金になるな、と、助かったと思ったのでした。この口の治し方を教える代わりにいくらくれますか、と言いたかったのですが、おクマさんがあまりにも簡単に、何の条件も出さずに、優しく泊めてくれる、と言ったもので、そのことが言えなかったのでした。聖心は言わなくてよかった、と内心ほっとしていました)。その聖心はこの田吾作の心からのお礼に自然と涙が出てきたのでした。田吾作も「いやいや、あなた様にお会いできなければ俺は一生こんなお化けみたいな口で生きていかなければなりませんでした。ほんとうにありがとうございました。」と聖心の損得抜きの、昨夜の心からの行為を思い出し、田吾作も自然と涙が出てきたのです。そして聖心は、また旅へと出発したのでした。この三両は田吾作の家の蓄えのすべてでした。

そんなやり取りをして聖心を見送った田吾作は、きのうの夜に決意したことを、早速実行したのでした。人の長所を探しては人をほめる田吾作を見て、村の人はびっくりしました。今までの田吾作とは正反対の人間になったからでした。でも村の人はこんな田吾作を見て、心の中で「よかった、よかった」と喜んでいました。田吾作もどんどん明るくなっていきました。そして修行僧の聖心が言ったとおり、田吾作の口は元に戻っていきました。完全に口が戻ってからというもの田吾作は村の人が嫌がる仕事を率先してやるようになりました。また、百姓に嫁がなかなかこないことに、悩んでいる人がいれば、必ずどこかの村から嫁を探し出して、縁付けました。まったくの他人でも「田吾作さんの話しなら間違いはない。」と、言って信用してくれるようになったのです。そして村の青年も田吾作の影響を受けて、何でも積極的になり、米の収穫を増やす研究もするようになりました。村の子供たちも田吾作の子供も含めて、人をいじめるというのがなくなりました。このことがあってからというもの、子供が人の悪口を言っていると、大人が「口がへん曲がるぞ。口がへん曲がるぞ。」と、言っては注意していました。そんなこともあって、この村から人の悪口を言う人は一人もいなくなりました。村の雰囲気が一変したのでした。そしてみんな幸せになったとさ。  おしまい

No9. のろまの「のろ侍物語」

 昔々、東京が江戸と呼ばれていた頃、江戸の治安を預かる南町奉行所(今でいう警視庁)に勤める同心の服部半兵衛に、初めての子供が生まれようとしていたのです。半兵衛は一軒家の小さな借家を借りていました。そして、その借家の裏には、大きな銀杏の木がありました。「オギァー、オギァー・・・」とうとう生まれたのです。元気のいい男の子でした。子供の名前は「源吉」と命名されました。半兵衛の女房、おフサは産後の体調もよく、順調に体力を回復していきました。そして源吉も両親の愛情に育まれ、すくすくと大きくなっていきました。

 そんな源吉が3歳になったころ、源吉の動作が他の子供より、のろい、ことにおフサは気がつきました。そして半兵衛に「うちの源吉は他の子供より動作がのろくて、いらいらしてきます。」と言いました。半兵衛は「人はいろいろな性格や能力があるのだから、源吉がのろまでも、さりとて心配することはない。」と言いました。オフサは「そうですね。」と言いながらも、あまりの、のろまに、不安を抱いていました。源吉が大きくなるにつれて、その、のろさ、は目を見張るものがありました。おフサはそんな源吉に、毎日毎日いらいらしていました。自分の思い通りにならないと「お前は何でそんなに、のろまなの、まったく。いったい誰に似たのかね。」などと、源吉にあたる始末です。半兵衛は腕のいい同心で、剣の腕も立つ立派な侍でした。しかし、源吉は何をするにものろまで、周りの人間がいらいらするくらいの、どうしようもない、のろま人間だったのです。父親と比較され、世間は「あんな立派な父親から、何であんな、のろまな人間が、生まれたのだろう。」などと、陰口をたたいていました。人と、かけっこをしても、足は非常に遅く、他の子供たちから「のろまの、のろ。のろまの、のろ」と馬鹿にされていました。字を覚えるにも、普通の子が、20回ぐらい書いて覚えるところを、700回ぐらい書かないと、覚えませんでした。この源吉の「のろま」は益々、周りの人間を、いらいらさせるものでした。おフサはこのいらいらが原因で性格も変わり、毎日怒ってばかりいました。そしてとうとう「何でお前はそんなにのろまなの!! いい加減にしなさい!!」などと怒鳴るようになりました。自分の子供なのに、自分の思い通りにならないことに、我慢ができなくなって行ったのです。そしてそれがもとで、病気になり、あっけなく死んでしまいました。

おフサが死んで2年後に半兵衛は後家をもらいました。その後家の名前は「おマツ」と言いました。おマツは半兵衛の家に「のろまの源吉」がいることは知っていました。「のろまの、のろ」ということで江戸では有名でした。おマツは初めて源吉と話しをしてみました。「源吉さん、こんど私があなたのお母さんよ。よろしくね。」と、優しく挨拶をしたのです。源吉も小さな、小さな声で「よろしく。」と挨拶をしました。源吉は10歳になっていました。源吉は小さいときから「のろま、のろま。のろまの、のろ。のろまの、のろ。」などといわれ続けてきたので、自分はだめ人間だと心の底から思い込んでいました。そのために自信のない小さい、小さい声しか出なかったのです。

 そんな後家のおマツが服部家にきて、数日がたったある日、おマツが「源吉! 源吉! こっちの庭に来てごらん!」と言って源吉を呼びました。源吉は「お母さん、何の用事ですか。」と、言って、おマツのそばに行きました。そして、おマツはいきなり「そこの大きな銀杏の木があるだろう、そこに登ってごらん。」と言ったのです。庭には今でいう約25メートルはある大きな銀杏の木がありました。いきなりそんなことを言われた源吉は「そんな大きな木には登れません。」と言いました。おマツは「なにもしないで、できません、ではだめですよ。」と優しく言って聞かせました。源吉は「そんなことを言われても、僕は、僕は、のろまだから、木に登るなんて到底できません。」と言いました。おマツは「とにかく登る格好でもいいからやってごらん。」と優しく言いました。すると源吉は恐る恐る木のそばに近づいていきました。源吉は今まで木に登ったことがありませんでしたので、銀杏の木のそばに行くと、手で木を触ってみました。そして心の中で「こんなまっすぐな大きな銀杏の木に登れるわけがない。」と思っていました。そんな時、おマツがまた「登る格好してごらん。」と言ったのです。源吉は自然と手を大きな幹に回してみました。心の中で「つかまるところもないのに、登れるわけがない。」と益々絶望的な思いに駆られていきました。そんなことを思っているとき、おマツが「源吉、いっぺんに登ろうと思ってはだめだよ。」と言ったのです。そして続けて「きょうは木にさわるだけ、明日又ここに来てごらん。」と言いました。源吉は、内心ほっとして「はい。」と返事をしました。

 次の日、源吉は又銀杏の木の前にいました。おマツが「源吉、きょうはほんの少しでもいいから登ってごらん。木の上を見てごらん。一番下の枝はそんなに高いところにはないのだよ。一番下の枝までたどり着けば、後は枝と枝をつたって上にいけるのだよ。」と優しく源吉に教えてやりました。源吉は心の中で「そんなこと言ったって、僕にとっては、その一番下の枝までたどり着くことは、不可能だ。」と思っていました。そのとき「源吉! さあー、登ってごらん!」といつもと違う、おまつの強い言葉が、耳に入りました。源吉はびっくりして、思わず木にしがみつきました。おマツは続けて「源吉、お前も男に生まれてきたからには、このまま、ずーと、のろまの、のろ。のろまの、のろ。といわれるのも悔しいだろう。人間、何の努力もしないで、そのままというのはだめだよ。お前はお前でいいんだよ。でもね、自分ができることを努力することは、大切なことだよ。人はお前のことをいろいろというだろう。しかし、そんなことはいくらでも言わせておけばいいんだよ。肝心なことは、自分ができる限りの努力をする、ということなんだよ。自分がやれることをすべてやって、その結果だめだった、ということであれば、これは仕方のないことだよ。そしてね、人間失敗してもいいんだよ。失敗は貴重な経験になるからね。失敗しない人間は成功もしないよ。一番だめなのは、最初から何もしないで、あきらめることなんだよ。」と、言ったのです。それには源吉もびっくりしました。今までそんなことを、言われたことはなかったのです。源吉は得心するものがありました。なんだか少し元気が出てきたのです。そして、大きな銀杏の木にしがみつき、木に足をかけ、力を入れて登ってみました。そしたら少し上に行ったのです。生まれて初めて、源吉が何かに挑戦して結果がでた瞬間でした。おマツはすかさず「やった!! やった!! 源吉、たいしたもんだよ。」と大きな声でほめてやりました。そして「源吉、きょうはここまでにしょう。」と言いました。源吉も「はーい。」と、言って、今までにない大きな声で返事をしました。源吉は生まれて初めて、人にほめられたのです。その晩、源吉はおマツにほめられたことが、うれしくて、うれしくて、なかなか寝付かれませんでした。

 そして又、次の日、木に登る挑戦が始まりました。源吉は「なにくそ! なにくそ!」と何回も言って挑戦しました。登れなければ最初からやり直しです。少しでも上にいけば一日の挑戦は終了です。何も上に行くことができないときも、たびたびありました。こんな調子で、毎日毎日、少しでも上に登ったところに印をつけていきました。やり直すこと何千回だったでしょうか。気が遠くなるほどの数だったのです。普通の子供だったら簡単に登ってしまうところですが、源吉の性格ですから、それは、それは大変でした。

そして挑戦してから約一年目に、一番下の枝に、とうとう、たどり着くことができました。手と足は傷だらけで、血もにじんでいました。たどり着いたとき、おまつは「やった、やった源吉!! とうとうやったね!! お前もやればできる!!」と、大きな声で言いました。源吉は今まで味わったことのない達成感と満足感を味わっていました。そして自然と、目には涙があふれてきました。そしてとうとう大きな声で泣いてしまいました。おマツは「思いっきり大きな声でお泣き。」といいました。そしてその晩、おマツは赤飯を炊いて源吉の努力をたたえてやりました。この、おマツさんは自分の価値観の物差しで人を見るのではなく、相手の価値観の物差しをよく理解して臨機応変に対応することのできる人間だったのです。

 それから数年がたち、すっかり自分に自信をつけた源吉も、いよいよ父と同じ奉行所に働くことを決意しました。奉行所の採用試験が始まりました。いままで源吉を馬鹿にしていた幼馴染の片桐重蔵も、試験を受けることになりました。試験内容は剣道、一般学問、体力というのが奉行所の慣例でした。今回の試験は、たった一人だけ落ちるものでした。源吉は剣も、学問も、体力も、小さいときから重蔵にはかないませんでした。だから落ちるのは自分だと思っていました。しかし、今年から慣例に加えて、じっくりと「過去の事件を調査する」という新しい試験項目が加わったのです。それには理由がありました。江戸は過去に似た事件が頻繁に起きていたのです。そしてこれらの下手人は、まだお縄になっていなかったのです。これに頭を痛めた奉行所は、まず過去の事件を調査してから、探索しなければならなくなったのです。この新項目は根気のいるものでした。すべての試験が終わり、いよいよ発表の日が来ました。そして源吉はその発表を見てびっくりしました。何と、源吉は受かっていました。落ちたのは重蔵でした。重蔵はその結果に納得がいかず、奉行所に「何で俺が落ちて、のろまの源吉が受かるんだ。」と抗議に行ったのです。奉行所の返事は「口を慎みなさい。確かにお前の方が剣道、学問、体力とも優れている。しかし、じっくりと書類を調べる能力は源吉の方がはるかに上回っている。剣道、学問、体力に秀でている人間は大勢いる、しかし、何日も、じっくりと書類を調べることのできる忍耐強い人間はなかなかいないのだ。今、奉行所としては源吉のような人間が必要なのだ。」という返事だったのです。重蔵は初めて自分が小さいときから、のろま人間として馬鹿にしていた源吉に負けたと思いました。今回の奉行所の試験は、何と「のろま」という欠点が源吉を救ったのです。「のろま」ということは、裏を返せば「落ち着いてじっくりと物事に対処することができる」という長所でもあったのです。この採用試験の結果には父の半兵衛と母のおマツも心から喜んでいました。そして源吉はその能力を生かし、奉行所の期待に応えて、大きな成果を上げることに成功しました。そしてその功績が認められ、早くも上様から「日本国重要書類吟味役」という特別職を授かったのです。源吉は幕府で作られる重要書類すべてに目を通し、間違いがないかどうかを吟味する、重要な役についたのでした。そして源吉は生涯忘れることのできない言葉を支えにして一生生きていきました。それは「お前はお前でいいんだよ。でもね、自分ができることを努力することは大切なことだよ。そしてね、人間失敗してもいいんだよ。失敗は貴重な経験になるからね。失敗しない人間は成功もしないよ。一番悪いのは最初から何の努力もしないであきらめることだよ。」というおマツの言葉でした。もちろん、「銀杏の木登り」に挑戦した経験は、源吉に大きな自信を与えたことは言うまでもありませんでした。       おしまい

No10. 世直し温泉

 昔々、北ヨーロッパのスカンジナビア半島に「バイキング王国」という国がありました。この国は山もあり、海もある国でした。そんな国の、山あいの小さな田舎の村に、ヤングという善人の青年が住んでいました。ヤングは狩が好きで、山に入っては弓で狩をしていました。ある日のこと、いつものように山に入って、狩を楽しんでいるとき、偶然イノシシを発見しました。ヤングは「おお! よい獲物を見つけたぞ。」と、言って、恐る恐るイノシシの近くまで行きました。しかし、イノシシは、人間が近づいてきたことを察知して、逃げていきました。普通ならヤングは、後を追わないのですが、きょうは何としてもイノシシを捕まえようとして、後を追ったのです。そして後を追うのに夢中になり、山の奥へ、奥へ、と入っていきました。そのうちにイノシシを見失ってしまいました。気が付いてみると、ヤングは道に迷ってしまったのです。

 道に迷ったヤングは、しばらく山の中を歩いていました。ヤングは「これは困ったぞ。家に帰れないかもしれない。無理してあのイノシシを追うのではなかった。」と、言って、無理したことを反省しました。そして、そんなことを考えながら一時間ぐらいは、山の中を歩いていました。と、そのとき、なにげなく、遠くのほうを見たら、湯気が上がっているではありませんか。ヤングは「あれはいったい何だ。」と、ひとりごとを言いながら、急いでその湯気の出ているところまで行ってみました。行ってみると、そこは自然に湧いている温泉だったのです。ヤングは「こんなところに温泉があったとは!」と、言いながら、驚いた様子で温泉のそばまで行って見ました。人間が五人ぐらいは入れる大きさの、丸い温泉でした。熱さはどの程度あるかと思って、ヤングは恐る恐る温泉に手を入れてみました。そして、「おっ! 入るにはちょうどいい湯加減だ。」と思ったのです。温度は約43度ぐらいだったのです。そして急いで服を脱いで、温泉に入りました。「ああ、いい湯だ。これで疲れもとれるぞ。ラッキー、ラッキー。」と、言いながら、しばらく入っていると、温泉の向こうから数人の人間のしゃべり声が聞こえてきました。ヤングは急いで温泉から上がり、すぐに服を着て、草むらに隠れました。そしてすぐに、三人の男たちが温泉のすぐそばまでやってきたのです。その中の親分らしき者が「おい、こんなところに温泉があるぞ!」と、言いました。他の二人も「へえー。こんなところに温泉があったのか!」と、言って驚いた様子でした。そして親分らしき者が「いやあ、きょう泥棒してきて、だいぶ儲かったぞ。みんなご苦労だった。この温泉に入って疲れを取ろうぜ!」と言ったのです。そんな様子を見ていたヤングは、この三人は、今、強盗殺人罪で全国に指名手配されている三人であることにすぐ気付きました。この国の善良な国民を震え上がらせている極悪人だったのです。極悪人の三人は、入ってすぐに「ああいい湯だ。」と言い合っていました。ところが、ところが、すぐに、どんどんとお湯の温度が下がっていきました。極悪人の親分らしき者が「何だ、この温泉は!! 何で急に温度が下がってしまうのだ!! このままでは死んでしまうぞ!!」と、大声で叫んだのです。そんなことを叫んでいる間にも、お湯の温度は、どんどん下がっていくばかりです。とうとう水が凍るぐらいの温度まで下がってしまいました。三人はたまったものではありません。すぐさま温泉から出ました。そして、ブルブル、ブルブル、と震えだす始末です。三人の中の一人が「早く服を着ないと、かぜをひくぜ。」と、言いました。そしてこの三人は、急いで服を着たのでした。そんな様子を見ていたヤングはびっくりしました。そして心の中で「変な温泉だなぁー。俺が入っていても何の変化もない。この温泉はいったいどういう温泉なのだ?」と思ったのです。そうこうしているうちに三人の極悪人は震えながらどこかへ行こうとしていました。ヤングは危険と思いながらも、その三人を尾行しよう、と考えたのです。そして三人に気付かれないように尾行していきました。

 しばらく尾行していくと、小さな小屋にたどり着きました。ヤングは「ははぁー。ここがあの極悪人どもの隠れ家だな。」と、思いながら、三人に気付かれないように、静かにその場所を離れて、またさっきの温泉のあるところへ戻りました。戻ったら、温泉は最初の43度ぐらいの温度に戻っていました。ヤングの疑問は益々深まっていくばかりです。ヤングは「とりあえず、まず家に帰ることが先決だ。」と考えました。そして最初に、極悪人の三人が歩いてきた道をたどって、何とか自分の村にたどり着くことができました。

 そして家にたどり着いたヤングは、疲れていたので、一晩ぐっすりと寝ました。そして翌日、朝起きたヤングは考え込んでしまったのです。「うーん。うーん。何であの温泉はあの三人が入ったら温度が下がったのか?」と。こんなことを三日ばかり考えていました。そしてヤングは「きっとあの温泉は善人と悪人を区別することができるに違いない。悪人が温泉に入ると温度が急激に下がってしまうに違いない。」と、いう一つの仮説を立てました。「そうか、もしかしたら、あの温泉は人を見る温泉かもしれない。」と、いう、とんでもない仮設だったのです。ヤングはすぐにこの仮説を証明したいと思い、この国の都の「オスホルム」という大きな町の牢屋に入れられている極悪人を、役人に温泉まで連行して来てもらって、この温泉に入れて実験したいと思いました。そんなことを考えたヤングはいてもたってもいられなくなり、すぐに、この村から歩いて二日かかる「オスホルム」の町へと向かいました。

この町に着いたヤングは、すぐに牢屋の番人をしていた役人に温泉のことを話し、自分が考えた仮設を話しました。ところがこの役人は「この若造は頭が変になったのか。」ぐらいにしか、思ってもらえませんでした。これは仕方がないと思って、すぐに、あきらめずに、ヤングは、その役人の上司のサンダーという男に温泉のことを話しました。サンダーは「なかなか面白い話だ。もしそれが本当ならお前はこの国の英雄になれるぞ。」と、言ったのです。ヤングはすぐに「どうして私がこの国の英雄になれるのですか?」と、すぐに問い直すと、サンダーは「実はヤング、この国の王様レイ12世様は、この国にあまりにも多くの海賊や泥棒が多いので、頭を痛めていらっしゃるのだ。外国からは、あなたの国の海に近づいた船は帰ってこない、いったいどうしたことなのだ、という問い合わせが殺到しているのだ。これはこの国の海賊どもが、外国の船を襲って、乗っている人々を皆殺しにし、金品を奪っているに違いないのだ。しかし、海賊どもも、なかなか利口で、証拠を残さないのだ。加えて、国内では強盗殺人事件が頻繁に起きている。こんな状態では王様も安心して夜も眠れないのだ。そしてこんな現状を、なんとか改善して、海賊や極悪人のいない、国民が安心して生活できる国を創りたいと考えていらっしゃるのだ。しかし、海賊や極悪人どもの検挙率は低いのだ。兵隊の数も増やして対応しているのだが、さっぱり効果が上がっていない。そんなわけで、お前が言ったことが本当なら嘘を言っている人間でも、すぐに分かるだろう。そうすれば多くのものを検挙できるのだよ。そうなれば、お前は王様の悩みを解決できることになる。だから、英雄になれるということだ。」と、言ったのです。ヤングはこの話を聞いて、何だか怖くなってきました。そして心の中で「もし、自分の仮説が間違っていたら、王様によってギロチンにかけられて、処刑されるのではないか。」と、思ったのです。そんなことを思っていると、サンダーが「私が王様にこのことを話しておく。明日、またこの牢屋の前に、朝の九時に来なさい。」と、言ったのです。ヤングは話がどんどんと進んでいったので、益々怖くなってきました。しかし、ここまできた以上、腹を決めなければならない、と考えました。そして、宿を探して明日に備えることにしました。

 ゆっくりと休んだヤングは、約束の時間に牢屋の前に行きました。そうすると、な、な、何と、そこには、王様と、兵隊が千人と、王様の世話係が百人いたのです。王様は馬に乗って、ヤングの来るのを待っていました。あまりの物々しさに、ヤングはびっくりしてしまいました。そしてサンダーが「ヤング、まず王様に拝謁しろ。そして王様がお前に話があるそうだ。」と、言いました。ヤングはすかさず、王様に拝謁しました。そうすると王様が「そちがヤングか。サンダーから話は聞いた。そちの話が本当かどうか、きょう一人の極悪人のワルーダという男を、牢屋から出して、そちの村の山奥の温泉に連行して、そちの話が本当かどうか、実験することになった。そちもすぐに出発の準備をしろ。」と、いきなりおっしゃったのです。ヤングは「はい王様。分かりました。私はすぐに出発できます。」と、言いました。そしてサンダーが「ヤング、俺と一緒に歩いて王様に道案内をしてくれ。」と、言いました。ヤングはすかさず「はい。分かりました。」と、言いました。そして牢屋から、「ワルーダ」という名前の、一人の極悪人が出され、兵隊の厳重な護衛の下に連行されて、温泉に出発したのでした。この「ワルーダ」は強盗殺人で10人殺している死刑囚でした。兵隊の隊長の声が、けたたましく朝の町に響きました。「さぁー、もろども、出発だぁー」と。そして兵隊が「オー! オー!・・・・」と叫びました。ヤングは「もう、どうすることもできない。もしこの極悪人を温泉に入れて、温度が下がらなかったら、俺の命を王様に差し上げるしかない。」と、再び腹を決めたのでした。

 二日ばかり野営して、ようやく目的地の温泉に着きました。着くとすぐに王様が「なかなかいい温泉だ。」と、言いました。温泉はヤングが最初に発見したときと同じく、湯気を出していました。そして王様が「みなのもの、少し休んでから実験をする!!」と、命令を出しました。そんな王様の命令を聞いた兵隊たちは「オー! オー!」と言ってそれぞれ休みました。


しばらく休んでいたヤングは王様に「この近くに、全国に指名手配されている強盗殺人犯の隠れ家があります。前に温泉に入っていたら、この犯人たちがやってきて、温度が急激に下がったので、あわてて温泉からあがったところを、あとをつけて発見しました。」と、報告しました。王様は「でかしたぞ、ヤング。それでは兵隊を百人連れて隠れ家まで行ってきて、捕まえて来い。」と命令しました。ヤングは王様が兵隊の中から選んだ、精鋭部隊百人を連れて、前に行ったことのある隠れ家に向かいました。

 そしてその隠れ家に着くと、三人の極悪人たちは、隠れ家で酒を飲んでいました。宴会を始めていて、べろん、べろん、に酔っ払っていました。そして急に外が騒がしくなったことに気付いた極悪人の一人が、隠れ家の小さい穴から外を見ました。そして腰を抜かしてしまいました。「親分!! 周りは兵隊でいっぱいですぜ!! もう終わりだ!! 」と叫んだのです。と、その瞬間、兵隊がその隠れ家を急襲し、三人を捕まえてしまいました。極悪人の三人はいったい何が起きたのか、さっぱり分かりませんでした。

 極悪人三人を捕まえてきたヤングは、すぐに温泉のところへ帰り、この捕まえてきた三人を王様に差し出しました。そして王様は「このものどもは、金のためなら、人を殺すことなど、何とも思わない、超極悪人なのだ。」と、言いました。そしてすかさず「ヤングよ。本当にでかした。ほめて使わす。」と言ったのです。王様にほめられたヤングは「もったいないお言葉です。」と、言って、後ろに下がりました。そんなことを言ったりしている間にも、極悪人の三人は「いったいここで何が起きているのだろう?」と、いうような不思議な顔をしていました。

 そうこうしている間に、いよいよ、この温泉の実験が始まろうとしていました。王様が「牢屋から連れてきた極悪人ワルーダをすぐに温泉に入れるのじゃ!!」と、いう命令が下りました。サンダーが「はい! 王様、分かりました!」と、言って牢屋から連れてきた極悪人ワルーダを裸にして温泉に入れました。何の説明も受けていなかったワルーダは、何が何だかさっぱりと分かりませんでした。それでもワルーダはうれしそうに温泉につかりました。ヤングは、果たして温泉の温度が下がるかどうか、心配で、心配でたまりませんでした。そんなことを心配していると、なんと温泉の温度が見る見るうちに下がってきました。これに驚いた極悪人のワルーダは「急に温度が下がってきあんしたぜ。」と、サンダーに言いました。そしてつづけて「このまま入っていたら寒さで死んでしまいますぜ。」と、言いました。すかさずサンダーは「よし分かった。温泉から出ていいぞ。」と、言いました。そして極悪人のワルーダは温泉を出て、すぐに服を着ました。それを見ていた王様は「念のために、ヤングも入ってみろ!」と言ったのです。ヤングは「王様、ほんの少しお待ちください。温泉の温度が徐々に上がってまいります。適温になりましたらすぐに入ります。」と言いました。王様は「そうか。それでは少し待つとしようか。」と、言いました。そしてしばらくすると温泉の温度がヤングの言ったとおり、前の約43度の適温に戻りました。すかさず、ヤングは温泉に入りました。ヤングが少し長く温泉に入っていても、温泉の温度は下がりませんでした。これを見ていた王様は「よし! この実験はヤングの言ったとおりの結果になった。この温泉の名前を``世直し温泉``と命名する。そしてここに、専門の役所を作り、全国から海賊や極悪人と思われるものたちを、この温泉に一人ずつ入れて、嘘を言っているかどうか、見極めることとする。そしてこの役所の総責任者をヤングとする。きょうからヤングはバイキング王国の``極悪人撲滅担当大臣``に任命する。ヤングよ、心して、この国のためにがんばってくれよ。」と、言ったのです。そしてすぐに王様は「ヤングよ、私のこの考えを、受けてくれるか。」と、言ったのです。ヤングは「光栄であります。身を粉にしてがんばります。」と、言ったのです。

 そんなことがあってから、数日後に、温泉のところに新役所の「こころ検査所」の、建設が始まりました。千人は宿泊できる施設も完成しました。始まって二年で完成しました。この施設の建設で雇用にも貢献することができました。そして全国から、多くの海賊や、極悪人と思われるものが送り込まれました。この施設の周りは、逃げられないように、高い柵も設けられました。そして、常時二千人の兵隊が常駐していることとなりました。そして、その総責任者となった「ヤング極悪人撲滅担当大臣」の、指揮のもと、毎日、毎日一人ずつ温泉に入れて本当の犯人を見つける作業に追われたのでした。全国の海賊や極悪人と思われる人々には、王国から「いい温泉があるから無料で泊まりに行きませんか。」と、いうふれこみで集められたのです。何も知らない、そんな人々は、温泉に入る前に、担当役人から必ず質問される項目がありました。それは「あなたは善人だと思いますか? それとも悪人だと思いますか? 」と、いう質問だったのです。ここに送り込まれた全部の人々は「はい、私は善人です。」と、答えて温泉に入っていきました。そしてその結果、ほとんど全部の人々は温泉に入って、すぐに温泉の温度が下がる結果になりました。そして温度が下がってしまうことに、びっくりして、すぐに温泉から上がり、そのまま牢屋に入れられてしまいました。

そんな状況の報告を受けた王様は「人間は、相手が知らないと思うと、しらばっくれる動物だ。そして簡単に嘘をつく動物だ。」と、つくづく思いました。そして、そのことを、心に刻んで、王国を治めていきました。国民も「悪いことをしても、結局は捕らえられて、牢屋に入れられるのだから割に合わない。」と、分かったので、悪いことをする人はどんどん減っていきました。その結果、この王国には、海賊や極悪人が、ほとんどいなくなり、国民が安心できる、すばらしい王国になりました。そして王様は、王国の名前を、バイキング王国から「ノルホルム王国」と変更しました。そしてこの王国は、漁業、農業、林業、手工業などの諸産業が発達して、末永く栄えました。しかし、なぜ温泉が善人と悪人を、見極めることができるかは、誰も永久に分かりませんでした。  おしまい    

あなたはこの温泉に入ると、温度が下がるほうですか、それとも温度は、そのままの方ですか。

No11. 「陸の神様」と「海の神様」の地球分捕り合戦

 昔々、そのまた昔、陸の神様と海の神様がこの地球の表面積の分捕り合戦をしていました。陸の神様は「この地球は全部わしのものだから、おぬしはこの地球から出て行ってくれ!!」などと、乱暴な言葉で海の神様に言っていました。海の神様も「いや、いや、陸の神様どん、この地球は全部、私のものだから出て行くのはあなたのほうです!!」と、負けずに言っていました。毎日毎日お互いに一歩も譲らず、こんな調子で何億年も争っていました。

 こんなことを争っている報告を受けた、この地球から9000億兆光年離れている神界の、精霊党党首ウルトラエンゼル神(No1. 宇宙創造の神々の攻防参照)は「こんなことでは、いつまでたっても収拾がつかん。私が地球に行って仲介しなければならん。神界瞬間宇宙移動マシーン(略してSSUIM)で今すぐ、地球に行く。」と、いいました。側近はあわてたのですが、ウルトラエンゼル神の意思は固く、考えが変わる様子は見受けられなかったので、すぐにSSUIMを用意しました。そして、ウルトラエンゼル神は、それに乗って地球へと向かったのです。実は精霊党は、天の川銀河(太陽系がある、わたしたちが見ている銀河)の中心部に「神界宇宙問題発見探査衛星((略してSUMHTE)」を配置していたのです。ですから地球におきている問題を逐次報告を受けることができたのです。

 瞬時に地球にやってきたウルトラエンゼル神は、すぐに仲介に入りました。「まあぁ、まあぁ。両神様、まずは頭を冷やしてください。ここは一つ、私に任せませんか。」と、ウルトラエンゼル神は切り出したのです。それを聞いていた陸の神様は「はろばる、こんな宇宙の片田舎の地球まで来ていただいてありがとうございます。わしは別に問題はありません。」と、言いました。海の神様は「私も特別に問題はありません。」と、以外と素直に言ったのです。するとウルトラエンゼル神は「ご了解いただいて助かります。はるばるこの地球にやってきたかいがありました。」と、言いました。するとすぐに、陸の神様が「ウルトラエンゼル神様、いったいどんな和解案をお考えですか。」と、言ってきたのです。ウルトラエンゼル神は「ここは平等に五分五分ということでどうでしょうか。」と、言いました。すると陸、海、両神様はいっせいに「とんでもないことです。だれが半分半分で決着するものか。」と、反発しました。これにはウルトラエンゼル神も頭を抱えてしまいました。そして最初からこんな状態で、はたして話がまとまるかどうか心配になりました。そして、しばらく考えていたウルトラエンゼル神は「それでは、両神様のご希望をお聞きしたいと思います。まず、陸の神様のご希望は?」と、言いました。陸の神様は「そうだなあ。わしは最低8割もらわないとだめだなあ。」と、言いました。続けて、海の神様も「私も8割もらわないとだめです。」と、言ってきたのです。これを聞いたウルトラエンゼル神は「お前たちはどうしてそんなに欲が深いのだ。まったく困ったものだ。」と、つぶやきました。そして続けて「実は陸の神様どん、これから話すことは、最後の切り札にしよう、と思っていたが、お前たちの話を聞いていると、まったくまとまる可能性はない、と考えざるを得ないので、ここで話すことにする。」と、言いました。陸の神様は「いったいそれはどういう内容ですか。」と、聞いてきました。ウルトラエンゼル神は「実は、超高性能神界コンピューター(略してTKSC)で地球の未来をシュミレーションしてみたら、この地球は、将来人間という動物が誕生し、陸に住むようになる。そして、その人間は自分たちの生活を豊かにするために、地球世紀18世紀の産業革命以来この地球の資源をどんどん使う。特に石油や石炭の化石燃料を大量に消費してしまうのだ。そして人間の人口は減るどころか益々増えていくのだ。こんな状態になることが分かっているのに、陸を多くお前に与えてしまうと、人間は益々開発を進め、この地球をだめにする可能性がある、ということなのだ。それに加えて人間は、様々な国を創ることも分かっている。そして、そんな国を創ったばっかりに、人間の悲劇が始まるのだよ。それは土地(または領土)をめぐる争いだ。人間は「土地」というのが好きで、そのためには戦争をしてでも自分の国の土地にしたいのだ。そしてこの戦争で多くの人間が死ぬ。だから私はお前にあんまり多くの陸を与えたくないのが正直な気持ちだ。もし仮に、陸を多くお前に与えたらTKSCのシュミレーションで見たこと以上の争いが、人間の世界で起きることは間違いないだろう。だから2ないし3割程度がちょうどいいのではないか、と考えているのだ。」と、言いました。すると陸の神様は「ウルトラエンゼル神様のいうことだから、そのことは間違いないと思いますが、何ともさびしい数字だなあ。」と、言いました。そして、それを聞いたウルトラエンゼル神は「それにな、陸の神様どん。人間は海の魚や海藻、貝なども食料にすることが分かっている。もし仮にお前に陸を多く与えてやると、海の中の魚や海藻などの資源は人間が食い尽くして、すぐになくなる可能性が大きくなるのだよ。少し海を広く確保しておかないと、大変なことになるのだ。ここのところを分かってもらいたいのだ。」と、言ったのです。それを聞いた陸の神様は「うーん。うーん。そうか。そんなことになってしまうのか。」と、深刻に考え込んでしまいました。ウルトラエンゼル神は、続けて陸の神様に「まだあるのだよ。将来人間は、この地球の化石燃料を燃やして生活するために、二酸化炭素が増えすぎて地球温暖化問題を発生させてしまうのだ。二酸化炭素は温室効果があるので、この問題はなかなか難しい問題になってくるのだよ。この問題は人間の欲望と深く関わっているのだ。工業化のスピードが早いか、遅いかによって先進国、後進国に別れ、それぞれ競争し、自分たちの国を豊かにしていくのだ。しかし、ようやく工業化に目覚め、これから豊かになっていこうとしている後進国は、この地球温暖化問題に消極的になるのだ。そして中には先進国なのに、自国の利益を優先して、この問題に消極的な国も現れるのだ。どんなに多くの国が、地球温暖化問題に積極的に関わっていこうと思っていても、この問題に消極的な一部の大きな国々が協力していかないと、焼け石に水、ということになりかねないのだ。こんなわけで、とんでもないことになっていくのだよ。だから陸の神様どん、3割で手を打ってもらえないだろうか。」と、言ってきたのです。それを聞いていた海の神様は「へぇー。地球は将来そんなことになるのですか。考えさせられました。そうすると、今のウルトラエンゼル神様の案だと、私は7割ということになりますね。まあ、悪くはありませんので、私は賛成です。」と、まず海の神様が言ったのです。すると陸の神様は「今の話を聞いて、あんまり陸を多くすると、とんでもないことが待ち受けていることが分かった。仕方ないが、わしもこの案に賛成する。」と、言ったのです。それを聞いたウルトラエンゼル神は「よし、これでまとまった。あとで、なんだかんだと問題を起こしてはだめですよ。」と、両神様に念を押したのでした。

 そして最後に陸の神様が「ウルトラエンゼル神様、もし仮に将来人間が地球温暖化問題を軽く考えて、一丸となって解決出来なかった時はどうするお考えですか。」と、聞いてきました。ウルトラエンゼル神は「そのときは、陸を全部なくして、この地球を海だけにしてしまうよ。」と、言って、9000億兆光年離れている神界にSSUIMで帰っていきました、とさ。   おしまい

こんな、いきさつで、地球の陸と海の割合は、陸が3割で、海が7割になりました。

No12.「まごころ地蔵」の、いじめ相談A
(神界用語のTSUP、USITM・・等々はここで確認)

 時は地球世紀21世紀の、西暦2006年。地球から9000億兆光年離れている、神界の精霊党党首であり、神界総理でもあるウルトラエンゼル総理神のところに、天の川銀河の中心に配置してある「神界宇宙問題発見探査衛星(略してSUMHTE))から、重大な問題が報告されました。それは、地球の日本という国に自殺が多発しているという、報告だったのです。せっかく授かった大切な「命」を自ら葬ってしまう、という問題だったのです。その報告を受けたウルトラエンゼル総理神は、この問題は、見逃すことのできない重大問題として受け止め、早速、神界閣議を開き、対応措置を検討することになりました。

 ウルトラエンゼル総理神は、まず、アタマイーダ官房長官神に「何か自殺を防ぐいい知恵はないのか。」と、切り出したのです。アタマイーダ官房長官神は「うーん。なかなか難しい問題ですね。自分で自分の命を絶つ。ここまで追い詰められてしまうというのは、日本にいったい、何が起きているのでしょうかねぇ。実態が分からないと、手の打ちようがないなぁ。」と、言いました。総理神は「官房長官神、そんなのんきなことを言っていられる場合ではないぞ。詳しい報告書によると、日本年号平成10年から平成18年までの連続9年間、毎年自殺者数が3万人を超えていると言うことだ。これはもはや異常事態というほかないぞ。一年間に人口3万人の町が毎年毎年消えていると同じことだ。これは世界最高水準のレベルだ。たしか、日本は、世界でも有数の工業生産をほこる大国、という報告も受けている。経済的には恵まれているはずなのに、なぜ自殺する人が多いんだ。このところがよく分からない。しかし、何とかしなければならないのは確かだ。」と、言いました。これに対してアタマイーダ官房長官神は「うーん。総理神、昔、陸の神様と海の神様が喧嘩(No11陸の神様と海の神様の地球分捕り合戦参照)しているときに仲介して解決したように、総理神自ら、日本に行って解決したらどうでしょうか。」と、言ってきたのです。すると総理神は「そうしたいのだが、公務の予定がびっしりで動けない状態だ。何かいい考えはないか。」と、言いました。それを聞いていた「カイケツスルーダ神界いじめ問題特命大臣神」は「総理神、私に考えがあります。たしか、日本の越後に、まごころ地蔵がおったと思うのですが、もしその地蔵がまだ健在ならば、その地蔵に連絡を取り、地蔵から一働きしてもらいましょう。」と、言いました。すると総理神は「それはいい考えだ。早速、ゲンキイーダ文部科学大臣神、今はたしか、越後ではなく、新潟県になっているはずの、まごころ地蔵の所在を確認し、確認され次第、超高性能宇宙神界パソコン(略してTUSP)で宇宙瞬間移動電子メール(略してUSITM)を送信して神界閣議の内容を知らせるように。」と、ゲンキイーダ文部科学大臣神に命じたのです。それを受けたゲンキイーダ文部科学大臣神は「総理神、まごころ地蔵の所在が、もし確認された場合、TUSPをSSUIMで送り、このTUSPとSSUIMをリースします。そして使い方をすぐに理解してもらって、何とか連絡を取ります。」と、返答したのです。総理神は「早速、着手してくれ。」と、言いました。それに基づいてゲンキイーダ文部科学大臣神は、SUMHTEで、まごころ地蔵の所在を確認しました。そして、TUSPをSSUIMで、まごころ地蔵に送ったのです。

 まごころ地蔵は、日本の新潟県に健在でした。地蔵の前の道は、舗装され、大型トラックや乗用車などの車がひっきりなしに往来していました。時代はすっかり変わっていました。ただ一つ救いは、時代は変わっても、この村の人達が、このまごころ地蔵を、大切にして守ってきたことでした。まごころ地蔵は神界から急に送られてきたものにびっくりしました(人間には見えない)。しかし、9000億兆光年かなたの神界のウルトラエンゼル総理神の存在は宇宙選挙速報で分かっていました(ウルトラエンゼル総理神の任期は300億年)。早速まごころ地蔵は恐る恐る神界から送られてきたTUSPを開いてみました。開いてみてあまりの複雑さにびっくりしてしまいました。しかし、このTUSPは「瞬間理解キイ」があり、ここをたたくと、すぐに理解できるしろものでした。まごころ地蔵は、すぐにこのキイをたたいて、このTUSPを理解しました。そしてUSITMが届くのを待ちました。そしてすぐに神界のウルトラエンゼル総理神から、USITMが送信されてきたのです。その内容は「拝啓 まごころ地蔵殿 私は神界のウルトラエンゼル総理神です。元気でご健在のこと、心からお喜び申し上げます。急なことで大変申し訳なく思うのですが、緊急事態なので何卒ご理解していただきたくお願い申し上げます。今、あなたがいる日本は、自殺する人が大変多いことがSUMHTEでの報告で分かりました。本来ならば、私が直接地球に行って、問題解決しなければならないところなのですが、重要な公務の予定が入っていて動けません。そこで私に代わり、あなた様にこの問題を取り扱っていただくことが、神界閣議決定されました。具体的な仕事ですが、こちらのSUMHTEで、いろいろ悩んで自殺を考えている人を見つけますので、その人のところへ行って、相談に乗ってほしいのです。できれば自殺をしないように説得してほしいのです。詳しいその人の住所はTUSPで送信します。そしてその人のところへは、TUSPと一緒に送ったSSUIMで移動してください。SSUIMは、行きたいところの住所をセットすれば、すぐに行けます。尚、TUSPとSSUIMは本来ならば有料リースですが、今回は特別の事情につき、無料です。最後に、この問題を受けていただけるかどうかのご返答を、すぐにいただけますでしょうか。」と、いうものでした。まごころ地蔵はすぐに「この問題は喜んでお引き受けいたします。」と、いうUSITMをウルトラエンゼル総理神に送信しました。それを受けたウルトラエンゼル総理神は、早速、SUMHTEで報告されてきた、学校でいじめられて自殺を考えている一人の中学生の住所を、地球のまごころ地蔵あてにUSITMで送信しました。

 地球のまごころ地蔵は、すぐにそのUSITMを受け取りました。その内容は「まごころ地蔵殿 早速ですが、下記の住所のところに住んでいる中学2年生の男子が、同じクラスの男子数人に、いじめられて自殺を考えています。すぐに行って相談に乗ってください。そして自殺を思いとどめてください。」
[いじめで悩んでいる中学生の詳細]
住所      北海道札幌市学校町3丁目5番10号
世帯主名    大井名矢実さん
お子様名    大井名矢夢くん(中学2年生男子)
と、いう内容でした。すぐに、まごころ地蔵は新潟県からSSUIMで、この住所をセットし、北海道の札幌に移動しました。

 案の定、ここに住んでいる中学生の大井名矢夢くんが、悶々と悩んでいました。まごころ地蔵は小さい声で「名矢夢くん、名矢夢くん、私はまごころ地蔵だ。いま、いじめられていることは分かっている。君の抱えている問題の相談に乗るために、新潟県からやってきた。この地蔵に心を開いて何でも話してみないか。」と、言いました。すると名矢夢くんは驚いた様子で「まごころ地蔵様、何で僕が悩んでいることが分かったのですか。」と、地蔵に聞いてきました。地蔵は「実は信じられないかもしれないが、この地球から、9000億兆光年離れている、ウルトラエンゼル神という神界の神様が、この天の川銀河の中心に配置してあるSUMHTE、という衛星で、君がいじめで悩んでいることを発見して、私に連絡してきたのだ。そこで君のところに来たってわけだ。」と、言いました。すると名矢夢くんは「まごころ地蔵様、9000億兆光年離れていれば、光の速さ(一秒間で地球を7周半できる秒速30万km)で行っても9000億兆年、という気が遠くなる時間がかかるのに、何でそんなに簡単に連絡が取れるのですか。」と、中学生らしく科学的に質問してきたのです。まごころ地蔵は「確かに君の言うとおりだ。しかし、神の世界は、科学では分からない物凄いものがあるのだよ。この途方もない宇宙空間を瞬時に移動したり、連絡したりできるマシーンがあるのだよ。」と、言って聞かせました。名矢夢くんは信じられない様子でしたが、すぐに「まあいいや。この宇宙には人間の常識では理解できないことがあると思うよ。で、まごころ地蔵様、本当に僕の相談に乗ってくれるのですか。」と、言いました。まごころ地蔵は「そうだ。何でも相談にのるよ。気軽に話をしよう。」と、言いました。そしてすかさず「名矢夢くん、何で君はいじめられているの。」と、質問したのです。それに対して名矢夢くんは「僕は背が低いので、同じクラスの数人が、ちび、ちび、と、言って馬鹿にするんだ。僕はもう耐えられないよ。」と、言ったのです。まごころ地蔵は「そうだったのか。ひどいことを言うものだ。人の身体的に劣っているところを責めて、いじめるとは、とんでもないやつらだ。最低なやつらだなぁ。それで先生に相談したのかい。」と、言いました。すると名矢夢くんは「相談したんだけど、真剣に聞いてくれないんだ。せいぜい、気にしないように、というくらいなんだ。僕が死ぬほど悩んでいるのに。」と、言ってきたのです。地蔵は「そうか。学校の先生は、君の悩みを軽く考えているんだなぁ。困ったものだ。これだけいじめが社会的問題となっているときなのに、これではだめだなぁ。ところで、こんなことで命を粗末にしたらだめだよ。君は命ということを真剣に考えたことはあるの? 今、君が命をここで落としてしまうとお母さん、お父さんを、悲しみのどん底に落とすことになるのだよ。まだ、14歳じゃないか、まだまだ先は長いよ。考え方によっては、今こんな問題で悩んでいることは、君の人間としての成長のためには、絶好のチャンスかもしれないよ。いじめている人間より、君はきっと人間的に早く成長できるよ。人間はいろいろ悩んで成長するものなんだよ。君が大人になったとき、中学生のときに、いろいろ悩んだことが、精神的な免疫力となって、君のためになると思うよ。人間生きていくときには、様々な問題が待ち受けているのだよ。そして、その問題を解決していかなければならないんだよ。君は14歳で、初めて「いじめ」という問題にぶつかったことになる。この問題は君の考え方一つで解決できるよ。」と、言いました。それを聞いていた名矢夢くんは「何となく分かったみたいだけど、まごころ地蔵様も、僕が本当に苦しんでいることが分かっていないよ。学校に行けば、毎日毎日、針のむしろだよ。つらいんだ。いじめられてから、女子の見る目も変わってきたように思えるし。何だか、みんなが僕の背が低いことを馬鹿にしているように思えてくるんだ。」と、言いました。すると地蔵は「そうか。それはつらいことだなぁ。地蔵も何だか分かるような気がしてきたよ。一番感受性があるときでもあるしなぁ。しかしなぁ、名矢夢くん、背が低いことが、そんなに人間として恥ずかしいことであり、悪いことかなぁ。地蔵はそうは思わないよ。むしろ、そんなことで、いじめている人間のほうが、恥ずかしいことであり、悪いことだ、と思うよ。まったく逆だよ。すべてのいじめは、いじめられているほうは、何にも悪くないのだよ。悪いのは、いじめているほうだよ。だから、本当ならば、君が萎縮し、気に病むことは、ないんだよ。そうだろう。そして、まだ中学生であり、まだまだ成長期だ。今いじめている生徒より、大きくなる可能性が十二分にあるしね。仮に大きくならなくても、何の問題もないよ。だって人間みんな違うところを持って生まれてくるのだから。みんな同じく生まれてきたらこの世の中、気持ち悪いと思わないかい。この機会にこんなことを考えてみないか。」と、言いました。そしてつづけて「名矢夢くん、明日学校へ行って、みんなが、ちび、ちび、と言ってきたら、ちびのどこが悪いんだ!! 文句あっか!! と、勇気を持って言ってごらん。人間、あんまりおとなしいと、なめられることもあるんだよ。人が何か言ってきたら、場合によっては反論することも大事なことだよ。反論は自分の殻を破ることにもなるしね。このいじめは、君の殻を破る絶好のチャンスという言い方もできるよ。人間、問題にぶつかって、自分の殻を破って成長していくのじゃぁないのかなぁ。逆に自分の殻の中に閉じこもってはだめじゃないのかなぁ。自分の考えをしっかりと相手に伝えることは大事なことだよ。自分をもっと出していいんだよ。相手とそこで摩擦が起きるかもしれない。しかし、それは避けて通れないことだよ。長い人生、場合によっては本音でぶつからなければならない局面もあるんだよ。そんなことを少しでも分かってほしいんだ。地蔵は全面的に君の味方だ。安心して、いじめている人間に、俺は、ちび、だけど何か文句あっか!! と、言ってごらん。この一言で状況は一変するよ。人間、喧嘩するぐらいの気概を持って、相手と闘わなければならないときもあるんだよ。今がそのときだと思うんだ。」と、言いました。それを聞いていた名矢夢くんは「喧嘩してもいいんですか、まごころ地蔵様。暴力はいけない、いけないと親からも言われています。」と、言ってきたのです。地蔵はすぐに「暴力による喧嘩はいけないよ。気持ちだけは、喧嘩してもいいという思いで臨んでごらん、ということなんだ。相手もびっくりするからね。人を簡単にいじめる人間は、以外と気が小さい人間が多いもので、その人も何か悩みや問題を抱えているものだよ。喧嘩するくらいの気持ちでぶつかっていけば、本当の友達になれるかもしれないよ。」と、言いました。すると名矢夢くんは「本当に僕の味方ですね。」と、言いました。地蔵は「あたりまえじゃないか。味方だから遠いところからやってきたんだよ。」と、返答しました。その一言で安心したのか、名矢夢くんは「まごころ地蔵様、少しは分かったような気がします。僕は何だか自分の殻の中に閉じこもっていたみたいです。そのために悶々として死ぬことを考えていたような気がします。そんなことを、まごころ地蔵様のお話で分ったような気が、だんだんしてきました。明日学校に行って、僕をいじめるやつがいたら勇気を持って、俺は、ちびだけど、何か文句あっか!! と、言ってみます。」と、言ったのです。そしてすぐに地蔵は「そうそう。その勇気が大切だ。少しは分かってもらえたみたいだね。もし、そう言っても、なんら解決しなければ、また私に相談してもらいたいよ。ところで問題が解決するまで、私を名矢夢くんの家に泊めてもらえるだろうか。」と、言ったのです。名矢夢くんは「いいです。きょうは僕と一緒に寝ましょう。」と、言ってくれました。そしてまごころ地蔵は、名矢夢くんと一緒に寝たのでした。名矢夢くんは、悩んでいたときの深刻な様子は、すっかりと消えて、ぐっすりと眠ることができました。

 そして夜が明けました。名矢夢くんは元気よく学校へ行きました。学校の休み時間に、いつもいじめている学友の井地目矢郎が、いつものように名矢夢くんに「ちび、ちび、よくきょう学校に来たな! ちびのくせに大きな顔をするんじゃないよ!」と、言ってきたのです。すかさず名矢夢くんは、地蔵が言ったことを思い出して「俺はちびだけど、何か文句あっか!! お前はただ人をいじめて喜んでいる最低の人間だ。このことに関して何か文句あっか!!」と、周りの生徒に聞こえる大きな声で、勇気を持って反論したのです。初めてこんなことを言われた井地目矢郎は、いつもの名矢夢と違う態度にびっくりした様子で「いやいや、なんでもない。俺が悪かった。」と、すんなり謝ったのです。名矢夢くんは心の中で「もしこれで喧嘩になったら喧嘩してやろう。」と、思って臨んだのでした。その迫力で井地目矢郎は、すっかりいじめる気がなくなってしまったのでした。これを見ていたクラスの女子は、手をたたいて名矢夢くんの、この勇気ある行動をたたえてくれました。ある女子は「名矢夢くんって勇気あるー。見直したわ。わたし好きになっちゃった。」と、言いました。名矢夢くんの勇気あるこの一言が、状況を一変させたのです。そしてこのことはすぐにクラスに広まって、名矢夢くんをいじめる人はいなくなりました。そして名矢夢くんは、学級委員に選ばれました。そして「もし、人をいじめるやつがいたら、俺が許さんぞ!!」と、言って、クラスの人気者になりました。名矢夢くんは「ほんのちょっとした勇気がいじめをなくすのだ」と、いうことに気が付いたのでした。そして正しいことを正しいと、正々堂々と主張していくことは、いじめている人間をのさばらしておかない方法だ、と気付いたのでした。

まごころ地蔵は、名矢夢くんの家にだいぶお世話になったのですが、問題解決したことを見届けて、またもとの新潟県の自分の家に帰りました。そして、そのことをウルトラエンゼル総理神に、TUSPでUSITMを送信しました。その報告を受けたウルトラエンゼル総理神は「よかった。よかった。これで一件落着だなぁ。しかし、まだまだ、まごころ地蔵には、働いてもらわないといかんなぁ。」と、言ったのでした。それというのも、SUMHTEから続々と問題が報告されていたのです。      おしまい

No13.「まごころ地蔵」の、うつ病相談B

 北海道の札幌のいじめ問題を解決してきたまごころ地蔵が、休んでいると、TSUPUSITMがウルトラエンゼル総理神から送信されてきました。その内容は「拝啓 まごころ地蔵殿 北海道のいじめ相談はご苦労様でした。休んでいるところ、まことに申し訳ないのですが、下記の住所の猛烈会社員がうつ病にかかり自殺を考えていることがSUMHTEから報告されてきました。早速、SSUIMで移動して相談に乗ってもらいたいのです。疲れているのは承知しています。しかし、その人が命を落としてからでは間に合いません。よろしくお願い申し上げます」。
[うつ病で悩んでいる会社員の詳細]
住所     東京都練馬区名屋美町一丁目五番地10号
会社員名   宇津丹奈留男さん(36歳)
職種     自動車の営業
という内容でした。まごころ地蔵はSSUIMをすぐにセットして東京へと出発しました。

 案の定、宇津丹さんの家につくと会社員の奈留男さんが悶々と悩んで死ぬことを考えていました。まごころ地蔵が小さい声で「宇津丹さん、宇津丹さん。私はまごころ地蔵です。あなたの抱えている問題の相談に乗るために新潟県からやってきました。心を開いて何でも話してください。」と、言いました。すると宇津丹さんは突然の声にびっくりした様子で「まごころ地蔵って、あの新潟県のお地蔵さんですか?」と、言いました。すると地蔵は「よくご存知ですね。私は本来、人の心を悔い改めさせるということが本職ですが、事情があり、いろいろと悩んでいる人のところへ行って、相談に乗るボランティアもやっています。」と、言いました。そしてつづけて「私のことはどうでもいいことです。あなたは今、うつ病にかかって死ぬことを考えているということが、ある、すじの、調査で分かりました。それで私が参上したわけです。これも何かのご縁です。心を開いて何でも話してください。」と、言いました。すると宇津丹さんは「何で俺がうつ病になっていることがわかったのですか。誰にも話していません。俺の女房にも話していないのです。絶対、誰にも分かるわけがない。」と、言いました。すると地蔵は「ある、すじの、具体的なことは、話せば長くなるし、あなたはきっと信じません。だからこれは省略します。とにかくうつ病になっていることは間違いないことです。だからそのことを話してもらって、何とか自殺を思いとどめてもらいたいのです。」と、言いました。宇津丹さんは、納得はしませんでしたが、自分がうつ病にかかっていることを知っていたまごころ地蔵を信用することにしました。そして宇津丹さんは「何でこんな病気になってしまったのかと、本当に情けなくなります。」と、素直に言いました。地蔵は「あなたはきっと頑張り屋で、努力家で、まじめな人なのです。そんな優秀な人が、かかりやすい病気なのです。問題はあなたが誰にも言わず、一人で悶々と悩んでいることなのです。」と、言いました。すると宇津丹さんは「だって俺は今までトップセールスマンを突っ走ってきたんだ。こんな病気になって負け犬とよばれたくないよ。」と、言いました。地蔵は「なるほど、そうだったのですか。私も分かるような気がします。しかし、今あなたはうつ病になったことを認めましたね。うつ病だということを、あなたは自分で分かっているのです。一つ質問します。今、医者へ行っていますか?」と、言いました。宇津丹さんは「医者なんか恥ずかしくて行けません。精神科と聞いただけで行く気が起きないのです。」と、言いました。地蔵は「宇津丹さん。あなたの考えは昔の考えですよ。まずその考えを変えないとだめだなぁ。今はいい薬もあるのです。そしてうつ病は正しい治療をすれば必ず治る病気なのです。人間生きていれば、肉体的な病気にもなるし、精神的な病気にもなるのです。人間は心身で一つの体ですから。精神科やメンタルクリニックへ行って診てもらうということは、人間として恥ずかしいことでも何でもありません。ましてや、負け犬でも負け組でもありません。うつ病は医学的に脳内伝達物質であるセロトニンが不足すると、発症すると言われています。ですから昔の精神論的な病気ではないのです。だからさっき、昔の考えだ、と言ったのです。例えば、あなたが今、骨を折ったとします。そうしたらきっと医者へ行くでしょう。骨を折ったら負け犬ですか? ところが、うつ病になっているあなたは医者へは行きたくないという、負け犬と思われるからという。これはどういうことですか? きっとあなたは休みもろくにとらず無理したのではないですか。例えば、昔、スーパーのレジで指を使っていた人が指を休ませないで使っていると、よく、けんしょう炎になりました。人間の神経も肉体も休ませないで使っていると、疲れてまいってしまうのです。まさに、けんしょう炎と同じです。体が疲れているのに無理していると風邪などにかかります。人間の神経や肉体もこんなものなのです。人間の神経は交感神経(簡単に言うと、がんばれがんばれと働く神経)と副交感神経(簡単に言うと、休め休めと働く神経)の二系統によって成り立っています。あなたはほとんど交感神経のみを使ってきたと思われます。だから心身が疲れたのです。その現象がうつ病としてあらわれたと、私は思うのです。さっきのけんしょう炎や風邪などと同じことなのです。だれだってこんなに心身を酷使すればうつ病になる可能性があるのです。このことを分かってほしいのです。」と、言いました。すると宇津丹さんは「なるほど、まごころ地蔵様、少し分かったような気がしてきました。医者へ行かなかった自分が間違っていました。」と、言いました。すると地蔵は「宇津丹さん。医者もいろいろです。医者へ行くときはインターネットで調べたり、世間の評判を聞いたりして医者を決めたほうがいいですよ。そしてね、宇津丹さん、医者へ行ってからが本当に病気との闘いであり、自分との闘いですよ。はっきり言いますが、医者へ行っていても、中には途中で発作的に自殺する人もいるそうです。短気をだして発作的にならないように注意してください。中には死にたい、死にたいという気持ちが強くなる人もいるそうです。そんな気持ちが強くなったとき、「この野郎!!そんな誘惑に負けてたまるか。おれは生きるんだ!!生きて生きて、生きぬくんだ。」ともう一人の自分と闘って下さい。それはあなたの思考を別な方向へと回避させてくれるかもしれません。また、仕事を休むかどうかは医者と相談しながらやったらいいと思うのです。ここで大事なことは、仕事は二の次です。一番は病気を気長に治すことです。温泉に行ったりして心と肉体を休ませて上げてください。このことをしっかりと自分の中に抑えておいてください。今は職場の中でもメンタルヘルスケアに力を入れているところが多くなってきましたので、仕事のことは会社等と相談したり、又は弁護士と相談したりしながら継続できる道を考えて下さい 。人間、仕事より体が大切であり、命が大切なのです。病気が治れば新たな展望もきっと開けてきますよ。人間は、自分が病気になって初めて体を、いたわらなければならないことを学ぶものなのです。あなたはきっとエンジンを全開させっぱなしで休ませなかったのです。これではいつかオーバーヒートを起こします。今、そのオーバーヒートを起こした状態なのです。そのことを自覚してください。」と、言いました。これを聞いていた宇津丹さんは「そのとおりです。俺は仕事人間でした。体をいたわるとかは、まったく考えていませんでした。人よりいい成績を上げることしか考えていなかったのです。人生の価値観を人よりもいい成績を上げることにしかおいていなかったのです。今、自分がこんな病気になって初めて休むことの大切さが分かったような気がします。」と、言いました。すると地蔵は「いいところに気付きました。そうなのです、宇津丹さん。あなたは考えが極端に偏っていたのです。たしかに、がんばることは悪いことではありません。しかし、かんじん要の体と相談しながら働かなければならなかったのです。体のことは健康のときに注意しなければならなかったのです。ストレスを上手に解消することを、あなたはしてこなかったのではないでしょうか。健康に対する考え方のバランス感覚が不足していたと思われます。宇津丹さん、もし治療が始まったら家族の協力も必要ですよ。正直に病気のことを話して協力してもらってくださいね。そしてさっきも言ったように治療が始まって、本当の病気との闘いと、自分との闘いが始まります。きちっと治療すれば必ず治るのです。場合によっては長くかかるかもしれません。そしてね、心の問題として、俺はうつ病だ、だから治療が必要だ、と開き直ることも大切ですよ。あなたもご存知かもしれませんが、俳優の高島忠夫さんも、うつ病で長期間治療していました。あの方は全部世間にオープンにしました。その開き直りも功を奏して病気は治りました。」と、言いました。宇津丹さんは「分かりました。まごころ地蔵様の言ったことを心の支えにして治療に専念します。」と、言ってくれたのです。地蔵は「これで一安心です。途中で迷いが出てきたらここをクリックして読んでみてください。また、関連のページも読んでみてください。何か参考になるかもしれません。そうそう、最後に、食事も大切ですよ。牛乳、卵、牛肉の中に脳内伝達物質のセロトニンを作る栄養素が多く含まれているそうです。特に牛乳の中に多いそうです。牛乳をたくさん飲んで下さい。うつ病が最近日本に多く発症しているのは、今はやりのダイエットブームも一因していると指摘する医学者もいるくらいです。」と、言いました。宇津丹さんは最後に「いろいろありがとうございました。」と、まごころ地蔵にお礼を言いました。地蔵は「それではさらばじゃぁ。」と、言ってSSUIMで新潟県の自分の家に帰っていきました。 

 自分の家についたまごころ地蔵はTSUPでウルトラエンゼル総理神に宇津丹奈留男さんの件をUSITMで報告しました。この報告を受けたウルトラエンゼル総理神は「一応、自殺は避けられた。しかし、これからも見守っていかなければならないな。」と、つぶやきました。
おしまい

No14.「まごころ地蔵」のいじめ相談C

 東京から帰ってきた、まごころ地蔵のところに、またUSITMがウルトラエンゼル総理神から送られていました。地蔵は「まったく、総理神も地蔵使いが荒い。休みなしで続ければ過労死するぞ。」と、ひとりごとを言いました。地蔵はそうは言いつつも、メールを読んでみました。そのメールは「拝啓 まごころ地蔵殿 また、いじめで悩んで自殺を考えている中学生がいることをSUMHTEが報告してきました。早速SSUIMで移動して相談に乗ってください。尚、あなたも疲れていると思いますので、TSUPの「ツカレトールキイ」をたたいてみてください。これをたたくと一瞬に疲れをとる「ツカレトールイオン」がそのパソコンから出てきます。それにあたるとすぐに疲れがとれるようになっています。きっと私のことを、地蔵使いが荒いご神、と思っているはずです。どうかそのイオンにあたって疲れを取ってください。そのいじめられている中学生の詳細は下記に記しておきましたのでよろしく頼みます

 [いじめで悩んでいる中学生の詳細]

住所    福岡県北九州市八幡区世伊所町三丁目2番地
世帯主名   京育熱雄さん
お子様名   直子さん(中学一年生女子)


という内容でした。地蔵はすぐに「ツカレトールキイ」をたたいて疲れを取りました。そしてSSUIMで九州の北九州市に移動しました。 案の定、直子さんが悶々と自分の部屋で悩んでいました。地蔵は小さい声でいつものように「直子さん、直子さん、私は新潟県のまごころ地蔵です。いろいろ悩んでいる人のところへ行って相談に乗っています。私に心を開いて何でも話してみませんか?」と、言いました。すると直子さんがびっくりした様子で「何で私がいじめで苦しんでいることが分かったのですか?」と、言ってきました。すると地蔵は「話せば長くなるし、おそらくあなたは信じません。だから詳しいことは省略します。とりあえず、今の状況を話してくれませんか。」と、言いました。直子さんはすぐに「悪いお地蔵さんでもなさそうだし、とりあえず信じます。」と、言ってくれたのです。地蔵は喜んで「ありがとう直子さん。私が来たからには悪いようにはしません。で、今、どんな状況なのですか?」と、言いました。直子さんは「実は私の母に、同級生の女の子にいじめられていることを話したのです。そうしたら母は、``だめでしょう、いじめられたらいじめ返しなさい。そんな弱い人間でどうするのですか。もっと強くなりなさい``と、言うばかりです。私はそんないじめ返せる性格でもないし、そんな強い人間でもないのに、母はそれ一点張りなの。本当にどうしたらいいか分からなくなってしまったの。」と、言いました。それを聞いていた地蔵は「そうだったのですか。あなたは心根のやさしい人です。それで悶々としていたのですね。それではいますぐにお母さんをここへ呼んでください。一緒に話しましょう。」と、言いました。直子さんは「分かりました。すぐに母を呼んできます。」と、言って2階から下へ降りてお母さんを呼びにいきました。しばらくすると、直子さんの母親である良子さんが、直子さんと一緒に2階に上がってきました。2階にまごころ地蔵がいたので、母の良子さんはびっくりしました。良子さんは「あらあら、本当にお地蔵さんだこと。お話しもできるんですって? うちの直子が言っていました。信じられませんけど、直子が気にいったようなので私も信じます。」と、言いました。地蔵は「ありがとうお母さん。私の詳しいことはインターネットのここをクリックして見てください。そうすれば分かります。で、お母さん、直子さんのお話は聞いていますよね。」と、すぐにいじめの問題に入ったのです。するとお母さんが「はい。聞いています。私はそんな弱いことではだめです、と言い聞かせています。いじめ返すくらいにならなければ今の世の中、生きていけません、と言っています。これが何か悪いことでしょうか。」と、言いました。すると地蔵は「それは悪いことではありません。でもお母さん、直子さんは、それができないと言っているのです。あなたは娘の直子さんを否定していることになるのですよ。直子さんは本当に心根のやさしい人なのです。それを分かってあげなければなりません。このことは分かりますか、お母さん。」と、言いました。お母さんは「まごころ地蔵様、今の世の中、そんな軟弱な考えでは生きていけません。生き馬の目を抜くくらいの根性がなければだめなのです。」と、言いました。地蔵は「それは分かります。しかし、その考えはお母さんの考えであり、直子さんの考えではないのです。直子さんは、お母さんがそんなことを言うので悶々と悩んでいるのです。このままいくと直子さんがだめになりますよ。お母さん、この機会に自分の娘をそのまんま丸々と受け入れてみませんか。人間みんな性格は違います。そこのところをしっかりと抑えておかないと、とんでもないことになりますよ。」と、言いました。お母さんは「お地蔵様の言っていることは理想論です。現実は競争、競争で大変なのです。このことは分かりますか?」と、逆にまごころ地蔵に質問してきたのです。これには地蔵もびっくりしました。そしてすぐに「お母さん、今の日本は子供がいじめで自殺するのですよ。自分で命を絶つのですよ。このことをもっと深く考えなければなりません。確かにお母さんの言われることはごもっともです。しかし、お母さんの言っていることは、子供が弱いから自殺する、といっているようなものです。子供でも本当に心根のやさしい子供もいるのです。そんな子供をいっしょくたんに、弱い子供、とレッテルを貼ることは間違っていると思うのです。子供の一人一人の性格を見極めて対応していかないと本質を見失ってしまう恐れもありますよ。そして大人が勝手に競争、競争とあおって、それについていけないのは、ついていけないものが悪いのだ、という風潮があることもおかしいのです。本来人間は、みんな顔が違うように、一人一人違うのですから。」と、言いました。それを聞いていたお母さんは「うーん、うーん。なんだか少し分かってきたように思います。」と、言いました。地蔵は「お母さん、はっきり申し上げます。直子さんが行き詰って自殺してから気付いても遅いのですよ。直子さんの場合は、もっときめの細かい対応をしてあげなければならないと思うのです。まず、さっきも言ったように、直子さんの全人格を受け入れることです。そして、今のいじめられている問題の話しを、よく聞いてやることです。そしてそれに基づいて学校側にいじめの実態を詳しく話し、先生と相談することだと思うのです。お母さんの考えは引っ込めて、直子さんの目線に立ってあげてください。」と、言いました。するとお母さんは「分かりました。とんでもない間違いをしてしまうところでした。まごころ地蔵様いろいろありがとうございました。早速、直子から詳しく話を聞き、明日、学校へ行って先生と相談します。本当にありがとうございました。」と、言いました。地蔵は「分かってもらえて本当によかったです。大人はついつい自分の考えが先に出るものです。注意していないと子供をそのために傷つけることにもなります。このことは何もお母さんだけのことではありません。」と、言いました。そして続けて「それではさらばじゃぁ。お母さん、直子さんを頼みますよ。」と、言ってSSUIMで新潟へ帰っていきました。    

このいじめ問題の報告を受けたウルトラエンゼル総理神は「なかなか問題が複雑になってきているなぁ。大人がしっかりしないと大変だなぁ。」と、つぶやきました。      おしまい

No15.隧道(ずいどう)掘りに一生をささげた男
(隧道はトンネルのこと)

 昔々、東海地方の山岳地帯に、ある村がありました。この村は四方を山に囲まれた大変厳しい環境にありました。村人は隣の町へ行くにも高い山を登っていかなければなりませんでした。しかしこの山には道らしきものはありませんでした。そしてこの山は急斜面が多くあり、いつも落石の危険にさらされていました。村人の何人かはこの落石の犠牲になって死んでいました。また、この山には熊も住んでいましたので、この熊に襲われる者もあり大変危険な山だったのです。 ある日、この村と、山を越えた隣の町の人達が集まり、この危険な山を安全に山越えする方法はないものかと話し合っていました。道をしっかり整備すべきとか、落石を防ぐ防護柵をつくるべきとか、のいろいろな意見がでてきました。そして多くの中の意見の一つに、山に隧道を掘って貫通させて、人と大八車を通らせてはどうか、という意見がでました。喧々がくがくの議論の結果、一番安全に人が通れる方法は山に隧道を掘って貫通させることだ、という結論になりました。この結果、村の人達と隣の町の人達とが協力して山に隧道を掘ることになったのです。 この隧道掘りは難工事が予想されましたが、村と町の人達はそれぞれ準備し、村の人達は自分たちの村の方から掘ることになりました。町の人達は自分たちの町の方から掘ることになりました。機械も何もない昔のことですから、たがねを、かなづち、でたたいて、掘るしか方法がありませんでした。それもすべて人力ですから、なかなかはかどりません。しかし、村の人達と町の人達が一丸となって掘っていった結果、貫通するまで、今でいう、あと十メートルのところまで掘り進みました。ここまでくるのに十年の歳月がかかっていました。双方で投入した人数やお金は莫大なものがありました。途中で地下水がでて、かなりの人数が犠牲になりました。しかし、何とか、ここまできたのです。しかし、あと十メートルがなかなか掘ることができませんでした。その原因はどんなたがねを使っても、どうしても岩にそのたがねが通用しないのです。村の方からも、町の方からも、まったく歯が立たなかったのです。ここまで来て、村の人達も町の人達も、あきらめることができず、全国の鍛冶屋から取り寄せた、あらゆるたがねで掘ってみました。しかし、どんなたがねで掘ってもだめでした。考えたすべての方法でやってみました。それでもだめだったのです。 そんなある日に、村の人達と町の人達が話し合いました。その結果、この最後の十メートルを掘ることは、やむなく、あきらめることになりました。中には悔しくて泣くものもいました。しかし、どうしようもないことだったのでした。 そんなことが決まり、山の現場はそのまま放置されてしまいました。そしてそんなことがあってから五年がたったある日に、旅をしている一人の青年がこの村を訪れました。この青年の名前は青柳寛八といいました。年は23歳でした。彼は武家の出身で、身分は武士でしたが、人生とは何か、生きるとは何か、などの問題で悶々と悩んで、その答えを求めるために家を出て全国を旅していたのです。青柳寛八はどこへ行っても、自分が抱えている悩みの答えを見つけることはできませんでした。 そんな日の夕方、寛八は百姓の権市(ごんいち)の家に立ち寄りました。「こんばんわ。どなたかいらっしゃいますか。」と、寛八は言いました。すると奥のほうから権市が出てきました。権市は「どなたさんかのう。」と、言いました。寛八は「拙者、青柳寛八と申します。実はわけあって旅をしています。このあたりは旅籠もなさそうなので一晩泊めていただけないでしょうか。それなりの宿賃をお支払いいたします。」と、言いました。すると権市は「それはお困りでしょう。今日はうちに泊まっていってください。さあさあ、お上がりください。」と、言いました。寛八は「ご主人殿、かたじけない。お世話になります。」と、言って家に上がりました。そして客間に通されました。権市は女房のお幸(さち)をすぐに呼びました。そしてお幸に「きょう一晩泊めることになった青柳寛八殿じゃ。すぐに風呂に入ってもらって、そのあと、晩酌するので用意してくれ。」と、言いました。お幸は「はい分かりました。すぐにご用意します。」と、言って台所の方へ行きました。そして夕飯の支度と、晩酌の支度を始めました。 寛八は風呂に入り、客間に来るとすでに晩酌の用意がしてありました。そしてすぐに権市と一緒に晩酌を始めました。酒を飲み始めてしばらくすると寛八は「権市殿、この村に来る途中、隧道を掘ってある山を見たのですが、あれは何ですか?」と、質問しました。権市は「あれはだいぶ前に、村と隣の町と一緒に総力を上げて掘ったものだよ。しかし、真ん中あたりの十メートルほどがどうしても硬くて掘れなかったので、そのままになっているんだ。莫大な金と多くの人達を投入してやった事業だったんだが、途中で挫折したしろものだよ。」と、言いました。寛八は「そうだったのですか。もったいないことをしましたね。もう少し掘れば貫通したのに。」と、言いました。すると権市は「あなた様はお見受けしたところ、武家の出身と見ました。何でこんな旅をしているのですか?」と、聞いてきました。寛八は「実はいろいろと悩みがありまして、その答えを見つけるために旅にでたのです。」と、言いました。すぐに権市は「そうだったのですか。若い頃というものは、いろいろと悩みがあるものですよね。わたしも若い頃はそうでした。百姓が嫌で、嫌で、悩んだ末に家出をしてしまいました。行き着いたところは江戸でした。江戸で悶々と悩みながらいろんな仕事をしながら暮らしていました。そして家出をして3年目の頃ある大工の棟りょうと飲み屋で意気投合していろいろと話をしました。その時、棟りょうが、''お前は家もあり、田畑もあるのに、どうしてこんな江戸で働いているんだ。家へ帰って自分なりに工夫しながら家業の百姓をやってみてはどうだ。おもしろ味がでてくるかもしれないぞ,,と、何気なく言ったこの一言で、わたしは間違った生き方をしているのに気付いたのです。私は、 その時、百姓として生まれてきた意味が分かりました。親とは違った百姓への道があることに気付いたのです。そしてそれからというもの米より、野菜中心にしていくことを決意し、死に場所をここに決めました。今は亡き親もそのことを喜んでくれました」と、言いました。これを聞いていた寛八は「そうですか。そんなことがあったのですか。でも権市殿は幸せですなぁ。死に場所がちゃんと決まっていて。拙者は何をしたらいいかも分からず、もちろん死に場所も決まっていません。いまだに生きる意味も分からず、人生の何たるかも分かりません。暗黒の悩みの中にいます。なんとも情けないことです。人様から見れば贅沢な悩みに見えるかもしれませんが、拙者にとっては生きるか死ぬかの重大問題なのです。何とか分かってもらえますか。」と、言いました。すると権市は「寛八殿、私は分かりますよ。あなたの苦しみは。若い頃は自分の人生というものを真剣に考えるものです。分かります。分かります。」と、だいぶ酒に酔ってきた感じで言いました。寛八は「理解してもらってありがたいです。拙者の親戚では、あんな道楽息子は勘当してしまえ、とかの声が上がっているそうです。」と、言いました。そして続けて「権市殿、人間が生きるということは、いったいどういうことなのでしょうか。」と、聞いてきました。権市は「なかなか難しい問題だ。しいていえば、死ぬことを見つけることではないだろうか。」と、哲学的な答えを言いました。寛八は「権市殿はなかなかの苦労人ですね。生きるとは、死ぬことを見つけることとは、なかなか言えることではないですね。もう少し説明してくれますか?」と、言いました。すると権市は「人間というものは必ず死ぬんだ、ということが分かれば、どう生きるかということが見えてくることだ、という意味なんだ。あと、数十年もすれば、この世の中に生きている人達は間違いなく、みんな死んでしまうはずだ。そうだろう、寛八殿。あなたの親や文句を言っている親戚のものも、みんなこの世から消えていなくなるのだ。」と、言いました。寛八は「それはそうです。みんなこの世から消えていなくなります。残るのはその人のお墓だけです。中には墓さえ残らないものもいます。なんだか虚しいですね。」と、言いました。権市はすぐに「そうなんだよ、寛八殿。いいところに気付いた。人生は虚しいものだよ。だから人生の意味を求めて一生懸命生きなければならないのだよ。生きるためには、生きる意味が分からなければならないのだよ。自分が死ぬことが分かれば、この生きている時間というものが、いかに大事なものかが分かるようになる。」と、人生の先輩らしく言いました。そして寛八に「まあまあ、きょうは無礼講だ。大いに飲もうじゃないか。」と、言って寛八に酒を注ぎました。寛八は父親にも聞いたこともなかった権市の死生観に、何か開眼させられた感じを持ちました。そしてそんな思いを持ちながら権市の注ぐ酒をぐいぐい飲みました。そして知らないうちに旅の疲れも手伝って寝てしまいました。 翌日、目を覚ました寛八は、すでに朝ごはんが用意されていることにびっくりしました。権市は「おはよう。ゆっくりされましたか。だいぶお疲れだったようだ。さおさあ、顔を洗ってきたら、すぐに食べてください。たいした料理ではありませんが腹いっぱい食べてください。」と、寛八に言いました。寛八は「権市殿、かたじけない。」と、言って顔洗い場に行きました。そしてもどってきて朝ごはんをいただきました。そして寛八は「権市殿、きょうはまず、あの山の隧道に行ってみようと思っています。きのうの権市殿のお話を聞いていて、感じるものがありました。」と、言いました。権市は「それはあなたの自由です。しかし、もう何年もだれも中に入っていないので注意してください。中は暗いので、私がろうそくを差し上げますからこれで明かりをつけていってください。」と、親切に言ってくれたのです。寛八は「ありがとうございます。ところで宿泊代はおいくらですか。」と、言いました。権市は「これも何かのご縁です。宿泊代はいただきません。」と、言いました。寛八は「それでは拙者の気がすみません。」と、言いました。権市は「寛八殿、そんなことよりお金を大切にしてください。この世の中、何が起こるか分かりません。私のところは本当にいいのです。」と、言いました。寛八は「それではお言葉にあまえます。かたじけない。」と、言って山の方へと歩いていきました。 山の村の方の、隧道の入り口に来た寛八は、その中にろうそくをつけて入っていきました。そして硬い岩石のところまで行ってみました。村の人達が、たがねで挑戦したあとが残っていました。寛八はそこを手で触ってみました。本当に硬い岩石だったのです。そして村の人達と、町の人達の無念さが、ひしひしと伝わってきました。しばらく、この隧道の中で腰を下ろして考え事をしていた寛八は、何を思い立ったのか、急に立ち上がって隧道から出て行きました。そしてまた権市の家の方へと戻っていきました。 権市の家に着いた寛八は開口一番「権市殿、拙者はあの山の隧道を掘ることに決めた。きょうからあなたの家の納屋に寝泊りさせてくれませんか。」と、いきなり権市に言ってきたのです。権市はびっくりして「寛八殿、気でも狂ったのですか。あの隧道はどんなことをしてもびくともしなかったのですよ。大勢の人がそれを実証しています。そんな隧道をあなた一人で掘れるものではありません。みんなでやってもできなかったことを考えずに旅をしてください。」と、言いました。すると寛八は「権市殿、誰もできなかったのでやってみようという気持ちになりました。拙者は誰もできなかったこの隧道を掘ることに一生をかけてみようと思ったのです。人がやってもできなかったことに挑戦したくなりました。きのう、あなたから聞いた死生観で、この隧道を見て開眼しました。」と、言いました。権市は「一日働いても一銭にもなりませんよ。ましてや、誰も協力もしないし、そんな条件の悪い中で、できっこありませんよ。あきらめるなら今ですよ。」と、言いました。寛八は「いやぁ、天がこの地に拙者を招いて、あなたと引き合わせてくれたに違いありません。拙者はだれがなんと言おうと決めました、やってみます。実はここに15両ほどあります。これが今の拙者の全財産です。これを権市殿に差し上げますので、当分の間、納屋に寝泊りさせてください。」と、言いました。権市は「そんなに決心が固いならば、やってみなさい。私はもう何も言いません。ただ、納屋に泊まるのにお金は要りません。今あなたが持っている15両でいろいろと隧道を掘る道具を買ってください。道具がなければ隧道は掘れないのですよ。そして納屋に寝泊りするだけでは長期間作業はできません。人間、食べなければ死んでしまいます。うちは女房のほかに娘が一人居るだけで、畑もあり、食料は自給自足ですから食料の援助もできます。」と、言いました。これを聞いた寛八は「いやいや、そういってもらうと助かります。きょうからお世話になります。」と、言いました。 権市はこのことを女房のお幸と、娘のお節に話しました。これを聞いたお幸とお節は「寛八さんは変わった人だ。誰もがあきらめていることを一人でやろうとしている。まあ、その気持ちだけはたいしたものなので、できる限り協力してやろう。」という気持ちになりました。寛八はすぐに山の隧道の調査に着手しました。そしてたがねなどの、隧道を掘る道具の手配も隣町の金物屋に手配しました。そして道具が届いてからというもの、毎日毎日山の隧道に入って、ろうそくの火を頼りに、かなづち、で、たがねをたたいては隧道を掘っていました。しかし、岩石は硬く、とうてい歯が立ちませんでした。何百本ものたがねを無駄にした寛八は心の中で「こんな状態を繰り返していても何も前に進むことはできない。なにか別な工夫をしなければならない。」と、思うようになりました。そしていろいろ研究した結果、特別に大きな、丈夫なたがねを鍛冶屋に注文しました。そのたがねは、山の隧道の頭上に縄でぶら下げて、振り子のように勢いをつけて岩石を砕いていくものでした。たがね自体は大きく丈夫なので、勢いがつくと相当の力が岩石に加わりました。前にはびくともしなかった岩石が少し砕けるようになりました。寛八は手ごたえを感じることができました。この山の隧道を掘ってからすでに3年の月日が流れていました。 そんな様子を見ていた権市は「なかなかあきらめないな。きょうはどれだけ進んでいるか見に行ってみよう。」と、お幸とお節に言いました。二人も同意したので三人で寛八が作業している山の隧道に行きました。山の隧道は今で言う10センチは進んでいました。それを見た権市は、あんなに大勢の人がいろいろやってもびくともしなかったこの隧道が、少しは砕けて進んでいるのを見てびっくりしました。そして寛八に「しかし、ようがんばったのう。びくともしなかった隧道が少しは前に進んでいる。いやぁ、たまげた。たいしたものだ。」と、言いました。寛八は「まだまだです。勝負はこれからです。何とか一生かければこの隧道は貫通します。」と、言いました。そして権市はそのとき、寛八の根性が本物だと心から思いました。そんなことを思っているそのとき寛八は「権市殿、拙者はこの山の隧道を掘って死にます。とうとう死に場所を見つけました。こんな幸せはありません。これもあなたのおかげです。あなたの家で最初に泊めていただいたとき、あなたが拙者に死生観を話してくれていなかったら、きっと一生旅を続けて虚しく人生を終わるところでした。今はつらいですが、はっきりとした目標があります。死に場所があります。」と、きっぱりと言いました。これには権市もびっくりしました。すかさず権市は「きょうは作業が終わったらうちで夕飯をたべてください。みんなで待っていますから。」と、寛八に言いました。寛八は「はい、分かりました。」と、言ってふたたびもくもくと作業を続けました。 夕方になり寛八が作業から戻ってきました。そして夕飯を約束どおりみんなで食べました。食べ終わって権市が「実はなぁ、寛八殿、うちに養子として入ってくれないか。うちの娘の婿さんにならないか。」と、言ってきたのです。寛八も突然こんなことを言われたのでびっくりしました。そして「お節さんにはこの話はしてあるのですか。」と、権市に言いました。すると権市は「してある。あなたがいいと言えば、何も文句はないそうだ。」と、言いました。寛八は「突然なので一晩考えさせてください。」と、言いました。そして隣の納屋の寝床へと向かいました。納屋に帰ってきた寛八は考えました。そしてどっちみち、この山の隧道の中を死に場所と決めたこともあり、権市の話を受けることにしました。そして翌日、その旨を権市に話しました。 そんな話が決まってまもなく、権市の家で祝言がありました。晴れて寛八とお節は夫婦となりました。そして寛八は納屋ではなく権市の家に寝泊りができるようになりました。権市はそれからというもの寛八に物心両面の援助をしてくれました。そして益々山の隧道を掘ることに集中できるようになりました。祝言をしてから二年後に男の子が生まれました。名前は一郎太と名付けました。子供が生まれても寛八は山の隧道を掘り続けました。10メートルの半分に到達したとき、寛八は50歳になっていました。そのときはすでに権市とお幸はあの世に行っていました。そしてあと半分、生きている間に掘れるかどうか不安がよぎりました。しかし、寛八はそんな不安をもろともせずに、もくもくと掘り続けました。そしてとうとうこの山の隧道を貫通させてしまったのです。この山の隧道は大八車も通行でき、すれ違いもできるものでした。地域経済に与える恩恵は計り知れないものがありました。すでにそのとき、寛八は76歳になっていました。百姓は、せがれの一郎太が、ついでやっていました。女房のお節は72歳になっていました。この山の隧道が貫通したことは、近隣の町や村に知れ渡り寛八の偉業は絶賛を浴びました。そしてとうとう殿様にも知られ、寛八は千両のお金をご褒美としてもらいました。しかし、寛八の体は何十年もの隧道掘りでぼろぼろになっていました。そしてとうとう山の隧道掘りが終わった年にあの世に行かなければならなくなりました。ここに寛八の76年間の人生が終わったのでした。死んでから寛八がつけていた日記が発見されました。その日記の最後に「私は死ぬ場所を見つけることができて幸せでした。これも権市殿のおかげと感謝しています。若き頃、悶々と悩んでいたことは無駄ではありませんでした。生きるとは死ぬことを見つけるなり。死ぬことが分かることは生きることが分かることなり。人生とは目標に向かって日々努力することなり。人の幸せは死ぬ場所を見つけることなり。これすべて達成するには、不撓不屈(ふとうふくつ)の精神が必要なり。とうとうこの境地に達するなり。最後に、殿様からのご褒美の千両は村の産業振興の基金として、村に全額寄付するなり。」と、書いてありました。     おしまい

  あなたは人生の目標、死に場所(骨を埋めるところ)をすでに見つけましたか?

※「不撓不屈」の意味・・・困難に負けない、困難にくじけないこと。

No16.スペースシップ「ギャラクスィトレーン」

昔々、そのまた昔、人間が欲望の心が芽生え始めた頃、地球より9000億兆光年離れている神界では、第7宇宙(われわれが住んでいる宇宙)のすべての銀河を、各駅停車するスペースシップ「ギャラクスィトレーン」建設が急ピッチで進められていました。これは精霊党が中心となって進められている事業でありました。神界では宇宙空間を移動する手段としてはSSUIM(神界瞬間宇宙移動マシーン)しかなかったのです。これは定員が一神でしかありませんでした。これでは大量に神々を宇宙に運ぶことはできませんでした。そこで精霊党は大量に運べるスペースシップ「ギャラクスィトレーン」の建設に着手したのです。この「ギャラクスィトレーン」に精霊党の「善の心」を広める党員の伝道師を乗せて第7宇宙全体に「善の心」を広めたいというためでありました。そしてもう一つの重要な仕事は第7宇宙で死んだすべての生き物の霊を神界の天の国の「レイカンリセンター」へ運んでくることでした。
こんな目的をもって建設されているスペースシップ「ギャラクスィトレーン」の最大の問題点はスピードをどれくらいにするかということでした。SSUIMは瞬間に移動できますが、瞬間にした場合、銀河と銀河の間を旅行している気分は味わえません。そこでスピードが問題となったのです。光の速さは秒速30万キロメートルです。9000億兆光年だと光の速さでいったとしても9000億兆年かかります。これではとんでもないことになります。そこで考えられたのは神界と第7宇宙とを片道49日で行く速さでした。この速さだと旅の気分が味わえるのです。もう一つの問題点は運賃をいくらにするかということでした。いろいろな意見が出ましたが結局六文(日本の江戸時代の通貨の単位)に決まりました。ここに「六文船」が誕生したのでした。天の川銀河の中の地球の人間界では様々な国があったので、それぞれの国のお金を六文に換算して支払うことも決まりました。神界では日本の六文というのが宇宙通貨の基本だったのです。
スピードと運賃が決まってからはスペースシップの建造も一段と早まりました。そしてとうとう建設から一年ですべて完成しました。
そして神界では盛大に完成式典が行われていました。その席上、精霊党の党首であるウルトラエンゼル総理神は多くの神々の前で演説しました。「皆様のおかげで、やっと第7宇宙にわれわれの党員の伝道師を送り込めるスペースシップであるギャラクスィトレーンが完成しました。われわれ精霊党のシェアーを宇宙全体に拡大していく絶好のチャンスがやってきたのです。宇宙大航海時代の幕開けです。われわれ党員の伝道師が善の心を広めないと宇宙全体は暗黒の世界になってしまいます。悪霊党のデビルサターン神がシェアーを拡大しないうちに先手を打って宇宙に進出していきましょう。そうしないと最後には核戦争ですべてなくなってしまうでしょう。こんなことにならないためにも何としてもギャラクスィトレーンを正しく運行していかなければなりません。そのためには皆さんのご協力がぜひとも必要です。おそらくデビルサターン神はあらゆる手段を使って悪霊党の党員をギャラクスィトレーンに乗船させるはずです。われわれは何としてもこの乗船だけは水際で阻止しなければなりません。そのためにはどんな小さなことでも情報を精霊党にお寄せください。そのことが宇宙全体の平和を保つ最善の策です。皆様のご協力を再度お願い申し上げます。」と演説を締めくくりました。この演説を聞いていたデビルサターン神は「ウルトラエンゼル総理神はあんなことを言っているが、われわれはあらゆる手段を講じてギャラクスィトレーンに乗り込んで第7宇宙に進出してやる。今に見ていろ!」と捨てぜりふを残して去っていきました。神界も善と悪の壮絶な闘いが始まろうとしていました。
完成式典もようやく終わり、記念すべきスペースシップ「ギャラクスィトレーン」の第1号が多くの精霊党の党員を乗せて第7宇宙へと出発しようとしていました。天の川銀河の太陽系の地球にも多くの党員が送り込まれることになっています。そして早くも悪霊党のデビルサターン神の息のかかった党員が精霊党の党員に化けてスペースシップ「ギャラクスィトレーン」に乗り込みました。精霊党はこれにはまったく気付かず、分からなかったのです。そしてそんな状態でギャラクスィトレーンは出発していきました。帰りの荷物は第7宇宙のすべての生き物の霊でした。もちろん地球の人間の霊も運んで帰る予定です。この人間の霊はレイカンリセンターの「人間課」に管理される予定になっています。ここでは永遠の命を得た霊が最終的に行く安住の所でもありました。
みなさん実は、この神界のスペースシップ「ギャラクスィトレーン」が地球で話題になっているUFO(Unidentified Flying Object)、すなわち、未確認飛行物体の正体だったのです。あなたはこれを信じますか。それとも信じませんか。それはあなたの自由なのです。        おしまい          

No18. 牛の「牛(ぎゅう)太郎の一生」

 昔々、ある百姓の家に、かわいい牛の子が生まれたと。そこの主人はこの生まれた子牛の名前を「牛太郎」とつけたと。ところがこの百姓の家は貧乏だったので、すぐにこの「牛太郎」を売ったと。売り飛ばされた牛太郎は新しい百姓の家に落ち着いたと。そしてだんだんと成長して立派な牛になったと。

 ところが、そこの主人は牛使いが荒い人間だったと。牛太郎が働ける牛になったとたん、それは、それはきつい仕事をさせたと。田んぼの土起こしや、代かきを休まずにさせられたと。最初の頃は牛太郎もがんばったと。「なにくそ!!」と思ってがんばったと。ところがこの主人は、こんなにがんばった牛太郎に、満足においしい栄養ある食べ物を与えなかったと。自分は白いご飯を腹いっぱい食べていたと。牛太郎は「くそっ!! 俺がこんなにがんばっているのに満足な食べ物もくれずに!!」と心に思ったと。牛小屋の飼い馬桶の中は、いつも貧弱な栄養価がない粗末な食べ物ばっかりだったと。この主人は牛を畜生としか考えていなかったと。

 ある年の春に、田んぼの土起こしが始まったと。ところが牛太郎は使うだけ使われて、満足に食べ物も与えられなかったものだから、まったく力が出なかったと。これを見ていた主人は「この役立たずの馬鹿牛が!! 働け、働け!! 働きが悪いと殺して食っちまうぞ!!」と言ったと。それを聞いた牛太郎は「殺せるものなら殺せ!! 死んだほうがまだましだ!! お前ばっかりうまいもの食って、俺にはたいしたものもくれねぇで!!」と心に思ったと。そして毎日「何で俺は牛に生まれたのだ。牛に生まれなければ今こんなに苦しまなくてもいいのに」と思っていたと。牛太郎はこんなことが続いたせいで、とうとう心身ともに参ってしまったと。

 こんな牛太郎をそこの主人は「こんな役立たずの牛は売り飛ばすしかねぇ!!」と思ったと。牛太郎は満足に食べていなかったせいでやせていたと。そのために安く売り飛ばされたと。売られた牛太郎の落ち着き先は、又、百姓の家だったと。牛太郎は「又、百姓の家か。こき使われるに違いない。覚悟しておいたほうがいいかもしれない」と心に思ったと。そんなことを思っていたある日、牛小屋に新しい主人がやってきたと。そこの主人の名前は「文吉」と言ったと。文吉は牛太郎を見て「お前は確か牛太郎という名前の牛だそうだなぁ。こんなにやせてしまって。ろくに食べさせてもらえなかったんだなぁ、かわいそうに」と牛太郎に言ったと。それを聞いた牛太郎は耳を疑ったと。牛太郎は初めて人間から優しい言葉をかけてもらったと。文吉は最初、この牛太郎を働かせないで、十二分な栄養と休息を与えて元気な牛にしようと思ったと。そして牛太郎に接するごとに「牛太郎、うまいものをいっぱい食べて力をつけるんだぞ。そしてしっかり休んで体力を回復するんだぞ」と言葉をかけていたと。それを聞いていた牛太郎は「人間にも、こんな人間もいるんだ」と思って、時々涙を流していたと。文吉は牛太郎に言葉をかけてやると牛太郎が「モォー!!モォー!!」と涙を流して泣いて喜んでいるのを見て「俺のところに来た以上、もう大丈夫だ!!」と言葉をかけていたと。その言葉を聞くたびに牛太郎は「よし、こんど元気になったら働くぞ。そして文吉さんに恩を返すぞ!!」と思ったと。

 だんだんと牛太郎は元気になり、体に筋肉もついてきたと。それを見た文吉は「そろそろ働かせてもいいかな」と心に思ったと。そしてその年の田んぼの土起こしに牛太郎を使ったと。牛太郎があまりにもがんばるものだから文吉は「牛太郎、そんなにがんばらなくてもいいぞ。最初は体を慣らすんだ」と言ったと。それを聞いた牛太郎は自然と涙が出てきたと。そしてしばらくして一服することにしたと。牛太郎は初めて田んぼ仕事に一服があることを知ったと。前の主人は一服もしないで働かせていたと。

しばらくすると牛太郎は小便がしたくなり思い切って、ジャー、ジャーと、小便をしたと。するとその小便が太陽の光に反射してキラキラ、キラキラと宝石のように輝いたと。それを見ていた文吉は「牛太郎は何てきれいな小便をするんだ。生まれて初めてこんなきれいな小便を見させてもらった。牛太郎よ、こんなきれいなものを見せてくれてありがとう」と言ったと。これを聞いていた牛太郎は前の主人のことと、いつも思っていたことを思い出して一気に涙が出てきたと。それというのも、前の主人は小便をすると「こんなところに汚い小便をして!! 畜生は畜生だなぁ、まったく!!」と言って怒っていたことと、そんなことを言われるたびに「お前だってどこにでも小便をするくせに!!」と心の中でいつも叫んでいたことを思い出したせいだと。そんなことを思い出しながら牛太郎は「同じ人間なのにこの差は一体何だ?」と思ったと。

 文吉は牛太郎が、がんばろうとすると「牛太郎、抑えて、抑えて。そんなにがんばったのでは寿命が縮まるぞ」といつも言っていたと。又、牛太郎が病気になればちゃんと医者に見せて治療してやったと。文吉は「牛は百姓の宝だ。牛があっての百姓だ」といつも周りの村人に言っていたと。そんな文吉にかわいがられていた牛太郎も、何年か後に、とうとう最後の時がやってきたと。文吉は牛太郎の亡骸を、人間同様にちゃんと葬ってやったとさ。     おしまい

No18-A.まごころ地蔵の出張サービス

あなたの心の窓
あなたが抱える 願望、悩み、不安、不平不満、抑圧、憎しみ、恨み、怒り等すべてこの地蔵にぶっつけて(又は話して)下さい。話し等をすれば、もうあなたは一人ではありません。この世の中、確かに頭にくることばかりです。特に憎しみ、恨みで「この野郎!」と思っても、短気を出して犯罪に走り、一生を棒にふらないで下さい。又、どんなことがあっても自殺だけはしないで下さい。
頭にきたらグッドフィーリングイメージトレーニング法®であなたの心にブレーキをかけて下さい。あなたの最大の敵は、あなたの心に住んでいるもう一人のあなたの''弱い自分,,なのです。あなたは、そんな自分に勝って下さい。この地蔵はおトラばあさんに出会えて何百年の苦悩から救われました。あなたの悩み、苦しみ等も何かのきっかけできっと解決できると思います。

※この地蔵にすべてをぶっつければ(又は話をすれば)必ずや「天」からの答えが、あなたの心のなかに表れるに違いありません。

No19. 1回失敗して死んだ男と、100回失敗して101回目に成功した男

 昔々、ヨーロッパのある国の町に、ヨワキとツヨキという二人の青年が住んでいました。二人は幼馴染で小さいときから仲良くしていました。二人の違いと言えば、ヨワキの家庭は神様を信じない無信仰の家でした。しかし、ヨワキの家は大金持ちでした。ツヨキの家庭は神様を信じている信心深い家庭でした。しかし、ツヨキの家はヨワキの家とは違い、町でも評判の貧乏でした。二人はだいたい能力は同じくらいでした。
そんな二人がある日、居酒屋へいきました。二人とも程よく酔いがまわってきたころ、ヨワキが「ツヨキちゃん、俺たちもいいとしになった。そろそろ将来のことも考えないとならないなぁ。何か商売でもはじめないかぁ?」と、言ったのです。するとツヨキが「そうだなぁ、何かやらないとならないなぁ。しかし、僕には金もないし、いまのところ商売のアイデアもない。考えてみたら何にも無いよ。僕の家は貧乏だし、だれもお金を貸してくれる人もいないし。こんな、ないないづくしでは何もできない。」と、言いました。するとヨワキが「お前は、名前はツヨキだが、こころは弱気だなぁ。少しがっかりしたよ。」と、言いました。するとすかさずツヨキが「そんなこといったって、お前は僕と違って何でもあるじゃぁないか。その気になれば親がお金もだしてくれる。僕の家はそうはいかない。僕の家は家族みんなで神様を信仰しているので、一週間に一回、日曜日に教会へ行って、お祈りを捧げるだけが唯一の楽しみになっているだけだ。あとは何の楽しみもないよ。そんな家なのに何ができるというんだ。何にもできないよ。」と、言いました。するとヨワキが「俺の親父なんか、``神様を信じているやつは貧乏人が多いのだ。この世は金がすべてだ。よくもまぁ、目に見えない神様を本気で信じられるものだ。少し頭が、おかしいのではないか?`` などと、言っていたよ。俺も小さいときから、そんなことばかり言い聞かせられてきたので、お金がすべてだ、と思っている。はっきりいってツヨキちゃんが毎週教会に行って献金しているお金を貯めれば、年間かなりの金額になると思うよ。」と、言ったのです。ツヨキはこのことを聞いて「ヨワキちゃんは、そんなことを考えていたのか。がっかりしたよ。うちの親父は``人間の幸せは、心の持ち方できまるものだ。お金や財産ではないぞ。確かにお金は大切なもので、生活していくためにはなくてはならないものだ。しかし、あまりにもお金に執着すると、とんでもないことに遭遇する場合もあるのだ。そしてすべての財産を失うということもあるよ。人間、自分の食い扶ちを稼げば十分だ。それ以上はいらないぞ。お金や財産がすべてだ、という人は、お金や財産がなくなったとき、死ぬしかないんだよ。それ以外の生きていく術をしらないからねぇ。神様というのは、人間が行き詰ったとき、生きる道を自然と教えてくれるありがたいものだよ`` と、いつも言い聞かせられていたよ。だから僕はそのことを信じているよ。」と、言いました。するとヨワキは「ツヨキは馬鹿じゃないか。やっぱり金だよ。金がすべてさぁ。」と、言って、ツヨキを馬鹿にしました。ツヨキとヨワキは幼馴染ではありましたが家庭環境はまったく違ったものでした。そのため二人の考えはまったく違っていました。
そんなことをやり取りしているうちにすっかり酔いもまわり、二人とも帰ろうとしたときヨワキが「ツヨキちゃん、どうだろう、この世はお金か、神様か、どっちを信じれば商売が成功するか、二人で競争してみないか。」と、言ったのです。それにはツヨキもびっくりして「ヨワキちゃん、そんな馬鹿なことはしないほうがいいよ。ろくなことにならないよ。この世の中は両方大切だと思うよ。両方のバランス感覚が大事じゃぁないのかなぁ。どっちが大切だとは一概に言えないと思うのだが?・・・。」と、少し自信なさそうに言いました。するとヨワキは「そんな自信のないことではだめだなぁ。絶対お金がすべてだと思うよ。なんだか、面白くなってきたなぁ。どうだろう、うちの親父が言っていることが本当か、それともお前の親父が言っていることが本当か、試してみようじゃないか。」と、言ったのです。ツヨキはこのことを聞いて、心の中で「僕は小さいときから親父に、さんざん神様のことを言い聞かされてきた。ヨワキちゃんの親父さんの言っていることも、なんとなく分かるような気もする。この辺でうちの親父が言ってきたことが正しいかどうか、試すチャンスかもしれない。」と、思ったのです。そして「よっし。やってみよう。」と、思わず口にしてしまったのです。ヨワキはこれを聞いて「面白くなりそうだ。じゃあ、早速明日から準備にかかろう!」と、言ったのです。ヨワキは心の中で「俺が勝つに決まっている。あんな貧乏人のツヨキに何ができる。ツヨキも意外と馬鹿だなぁ。」と、思ったのです。そんなことを約束した二人は居酒屋を出て、お互いの家に帰っていきました。
そんなことで競争する羽目になったツヨキは、家に帰ってから、家族には、そんなことは口が裂けてもいえませんでした。しかし、ヨワキは家に帰ってからすぐに親父に「この世はお金がすべてか、神様がすべてなのか、今まで親父が言っていることが本当か、それともツヨキの親父さんが言っていることが本当か、商売で競争をして試すことになった。」と、報告しました。それを聞いたヨワキの親父は「勝負は決まったと同じだ。お前が勝つに決まっている。お金ならいくらでも俺が出してやる。神様だけで何ができる。そんなことを信じているやつは甘い人間だ。成功するはずがない。」と、言ったのです。それを聞いたヨワキは「親父も力になってくれる。この勝負は俺の勝ちだなぁ。」と、まだ、何も始まっていないのに決め付けてしまったのです。そして金の力で、いい店を作り、早速商売をはじめました。
それとは反対にツヨキは、毎日毎日何をはじめたらいいか分からず、ただただ神様に祈るだけでした。時々、ツヨキの親父が「毎日毎日祈っているようだが、何を祈っているのだ。」と、聞いてきましたが、ツヨキは「親父が長生きできるように神様に祈っているだけだよ。」と、言って、親父の質問をかわしていました。そんなことをしている間に、ヨワキの店はどんどん繁盛してきました。そんなヨワキの店の評判を聞くたびに、ツヨキはあせってきました。しかし、どんなにあせっても、いい考えは浮かんできませんでした。ヨワキの方は、金の力で事業を拡大していきました。隣町にも店を作ることになりました。順調に伸びていっていました。
そんなことがつづいていたある日、ツヨキは、このままでは敗北は間違いないと感じたので、思い切って親父に相談したのです。これを聞いたツヨキの親父は「そうだったのか。そんなことを競争していたのか。うちはお金がないから、派手に商売することはできない。しかし、資本をかけずに人様のためになることはできないわけではない。」と、言ってくれたのです。ツヨキは「親父、いったい何ができるのですか?」と、聞いてきました。するとツヨキの親父は「毎週、日曜日にパン屋からパンを仕入れて、町の教会に来ている人に売ってはどうだ。」と、言ったのです。ツヨキは「それならば、そんなにお金はかからないから、できるかもしれない。早速、パン屋に行って、パンを卸してくれるか聞いてくるよ。もし卸してくれる、ということであれば、教会にも行って、神父さんからも許可をもらってくるよ。」と、言って出かけていきました。
しばらくすると、ツヨキが家に戻ってきました。そして親父に「パン屋さんが卸してくれるそうです。神父さんもいいといってくれました。早速こんどの日曜日から教会に行って売ることにします。」と、元気よく言いました。親父は「それはよかった。お前の蓄えだけでやれる商売だ。やってみなさい。」と、言ってくれたのです。そんなには儲からない商売でしたが、しばらく続きました。しかし、パンもみんなは飽きてきて、だんだんと売れなくなってきたのです。ツヨキは「これではこの商売も先細りだなぁ。また、神様に祈って何をはじめたらいいのか聞いてみよう。」と、言ってパン売りの商売をやめてしまいました。また、前の祈りの生活に戻ったのです。パン売りの商売は自分の蓄えでやった商売でしたので、損失はほとんどありませんでした。一方、ヨワキの方は、親父の金でどんどん商売を拡大していき、その国の主要な町々にお店を作るまでになっていました。ヨワキとヨワキの親父は「ざまぁみろ。神様で成功するはずがない。金の力にはかなわないのだ。あのツヨキはやっぱり馬鹿な男だよ。」と、幼馴染にもかかわらず、とうとうツヨキを鼻で笑って、馬鹿にするようになりました。ツヨキの方は、そんなふうに、馬鹿にされているのは分かっていたのですが、気にもせず、ただ、神様にお祈りを捧げていました。世間も、だんだんとこの二人が「金の力か、神様の力か、」を試して競争していることに気付いてきました。世間もヨワキと同じく、ほとんどツヨキに勝ち目はないと思っていました。世間もやっぱり、この世は金だ、という人がほとんどでした。しかし、わずかながら、最後は金の力ではない、と考える人もいました。しかし、大勢はやっぱり金の力を支持していました。
そうこうしているうちに3年がたってしまいました。ツヨキは「神様は、きっと僕に何かをさせるために、今、苦しみを与えているのだ。これも神様のご慈悲に違いない。ここは踏ん張りどころだ。」と、プラス思考で生活していました。ヨワキの方は益々繁盛して、隣の国の町にも店を出すことに成功していました。
そんなある日に、ツヨキの耳に神様の声が聞こえました。「ツヨキよ、あせってはならない。お前には私が付いている。心配することは何もない。いまのままで、ただ私に祈りを捧げてくれていればいい。」と、言う内容でした。ツヨキはびっくりしたのですが、この声を信じることにしました。そしてそのことをヨワキに話しました。そうするとヨワキは「まだ、そんなことを言っているのか。お前はよほどのお人よしだなぁ。神様なんかいるはずがない。どこにいるのだ。いたら、いるところを教えてくれ。」と、言いました。ツヨキはすぐに「神様は僕の心の中に住んでいるのだ。だからお前には見えないのさぁ。」と、言いました。するとヨワキは「ワッハァハァ・・・・心の中に住んでいる? そんな馬鹿なことがあるか!! 心のどのあたりに住んでいるんだい。ツヨキちゃん、この勝負は俺の勝ちだなぁ。俺の親父が言っていたことが正しいと証明されたとおなじだよ。」と、声高らかに笑って、さも自分が勝ったようなことを言って、益々、ツヨキを馬鹿にしました。そんな笑いを聞きながらツヨキは「まだ、勝負はついたわけではないし、きっと今に分かるときが来るに違いない。お前も、お前の親父も、神様を鼻で笑っていると、今にとんでもないことがおきるような気がしてならないよ。ましてや、今の世の中、何が起きるかわからない時代だよ、気をつけたほうがいいぞ。」と、言いました。するとヨワキは「とんでもないことがおきる? 何がおきるか分からない? こんなに店の数も多くなって、儲かっているのに、そんなことがおきるわけがないだろう。本当にお前は馬鹿だなぁ。ワッハァハァ・・・。」と、また笑って馬鹿にしました。ツヨキは、金だけを信じている人間に、何を言っても分からないと思って、さっさと家へ帰りました。
家に帰ったツヨキは心の中で「あんなことを言ってみたが、さりとて、何のアイデアも浮かばない。この勝負は僕の負けかもしれない。」と、少し弱気な考えになりました。そしてまた、神様に祈りました。そうするとまた、神様の声が聞こえてきました。「ツヨキよ。弱気になる必要はない。このまま、私に祈りを捧げてくれればそれでいい。」という声でした。前と内容はまったく同じことでした。ツヨキは内心「本当にそうなのかなぁ? このまま、祈りだけ捧げても何のアイデアも浮かびそうもないし、何の変化もおきない気がする。」と、一瞬神様を疑いました。しかし、すぐに気を取り戻し「いやいや、神様がそういっているのだから、間違いないはずだ。前と同じく信じていくしかない。」と、心に誓ったのでした。
それから数ヶ月がたったある日、ふと町を歩いていると、ヨワキの本店の前に人垣ができていました。ツヨキが人に尋ねてみると「何でもこの店の息子の親父が、隣の国のある金持ち風の、立派らしき男に、ものすごい豪邸に案内されて、すっかり信用し、大きな儲け話に乗ってしまったそうだ。しかし、それが詐欺だったそうだ。そして挙句の果てに、全財産を失って、息子とどこかへ逃げてしまったみたいだ。要するに立派らしき財産があるような男にだまされたのよ。人の外見だけ見て、話しに乗ってしまったというわけさ。」と、ある人が教えてくれました。ツヨキは腰を抜かすほどびっくりしてしまいました。ヨワキの本店の前の人垣は、借金とりやら、商品を卸した商人やら、多数の債権者の人達だったのです。本店の前は、てんやわんやの大騒ぎになっていました。当のヨワキや親父の姿はありませんでした。そしてその後、二人は山の中で首をつって死んでいるのが発見されました。
発見されて数日後、二人の葬儀が教会で執り行われました。特別に信仰していなかった二人でしたが、ツヨキの配慮によって、特別に葬儀ができることになったのでした。ツヨキは、棺桶の中の二人に「あなたがたの心の中に神様がいれば、そんな儲け話にはきっと乗らなかったのに違いありません。そして、いくら全財産を失っても、命さえあればやり直しができることに気付いたろうに。もし、やり直すことができたならば、財産があるときよりも、ないほうが、逆に幸せになったかもしれないのに。」と、語り掛けました。ツヨキはそれらのことを語り終えて「どうか主よ、この二人を天国へと召してください。そして二人に永遠の命を与えてください。アーメン。」と、お祈りしました。
そして、その葬儀も終わり、徐々にツヨキのショックも落ち着いてきました。二人が死んでからというもの、ツヨキはいろいろな商売を始めたのですが、何もかもうまくいきませんでした。しかし、ツヨキは何回失敗しても「この商売は神様の御心ではない。」と、言って、くよくよせず、落ち込むこともなく、すべてプラスプラスに考えるプラス思考で乗り切っていきました。なんと、ツヨキは、最初の教会へのパン売りから数えて100回失敗しました。しかし、すべて失敗しても「この商売は神様が望んではいない。失敗は成功の基だ。」と、言っては、けろりとしていました。金がなくなれば「金は天下の回りものだ。」と公言していました。そして、金がなくなればどういうわけか、命まで失わない、ちょっとした事故に遭い、見舞金や賠償金が入ってきました。その事故はツヨキが悪くて起こったものではなく、すべて相手が悪くて起こったものばかりでした。まさに、ツヨキの公言していた「金は天下の回りもの」が現実となっていました。世間の人は「最後にはツヨキがヨワキを破って競争に勝ったのだから、いつかはうまくいく商売が見つかるに違いない。」と、思うようになりました。結果的にツヨキの親父の言ったとおりになったのです。そしてとうとうツヨキは101回目にはじめた「便利屋」で成功しました。この商売は人が困っていることを何でも替わってしてやる商売でした。サービス精神旺盛なツヨキにはぴったりの商売だったのです。ツヨキの人柄が受けて、益々繁盛していきました。
そしてツヨキはある日、ヨワキの墓前で「俺はやっと成功したよ。お前はたった1回の失敗で命まで落としてしまった。本当の馬鹿はお前のような人間をいうのだろうなぁ。失敗は人生につきものだよ。でもその失敗に負けて死んでしまうことは人間にとって本当にもったいないことだ。失敗して初めて、いままで分からなかったことが分かるんだから。失敗は学校みたいなものだよ。いろいろ教えてくれるからなぁ。失敗大学とでも命名しようかなぁ。今度また人間に生まれてきたら、目には見えない神様を信じて生きていってくれ。」と、やさしく語りかけたのでした。        おしまい

No20. 何でもかなえてくれる神様

 昔々、あるところの小さな村に、それは、それは働き者の孫八という百姓がおったとさ。朝早くおきて、一生懸命働く、村一番の働き者だったとさ。孫八には、お福という女房がおったとさ。そのお福は美人でもなく、どちらかというとあんまりいい女ではなかったとさ。しかし、このお福は村一番の働き者で、家の掃除、炊事、洗濯などの家事は、それは、それは、気が利く仕事をしていたとさ。孫八は家のことは何の心配もなく、すべて女房のお福に任せていたとさ。孫八の家は、田畑はそんなにたくさんはなかったのですが、食うには困らなかったとさ。
 そんな平凡な日々をおくっていた孫八は、稲刈りも終わり、やれやれとしていたとき、ふと町へ出かけてみたくなったとさ。そして5里ほど離れている町へと出発したとさ。町へ着いた孫八はぶらぶらと町を散策していたとき、ある町の一角に、みすぼらしい老人が、なにやら、いかがわしい看板を立てて商売をしていたとさ。看板には「何でもかなえてくれる神様のおふだは金一両也」と書いてあったとさ。孫八は興味をそそられ、そのみすぼらしい老人のところへ近づいていったとさ。するとその老人は「そこの若旦那様、たった一両で何でもかなえてくれるありがたい神様のおふだを買って、この神様を信じてみねぇかねぇ。この神様はそんじょそこらにいる神様ではねぇですよ。このおふだをあんたの家の神棚に三日間置いて、あんたの望むものを、このおふだにお祈りすれば、すべてかなえてくれますぞ。」と、言ったとさ。孫八はそれを聞いて、なにやらいかがわしいと思い、気にもせずに無視して去ろうとしたとさ。そのとき老人が「若旦那様、こんなみすぼらしい老人に一回だまされたと思って、このおふだを信じてみねぇかねぇ。悪いようにはならないから。」と、言ってきたとさ。すると孫八の近くにいた町の人が「この老人は数年前から、ここに居座って、こんないかがわしい商売をしている。この老人は少し頭がおかしいのだ。何でもかんでもかなえてくれる神様など、この世にいるはずがない。いんちきに決まっている。あんたもこんないんちき老人にだまされないほうがいいぞ。この町の人は、だぁれも相手にしていねぇぞ。」と、言ってくれたとさ。それを聞いた孫八は「そうだなぁ、そんな神様などいるはずはねぇよなぁ。この町の人の言うとおりだ。この世でそんなことを信じる人は、一人もいるはずがねぇ。」と、言ったとさ。それを聞いていた老人は「若旦那様、たった一回しかない人生ですぜぇ。これも何かの縁ですよ。こんなみすぼらしい老人ですがねぇ、だまされたと思って信じてみねぇか。あんたが一両だしてこのおふだを買ってくれれば、わしも正月の餅を買うことができますだぁ。ここ数年、誰もこのわしの言うことを信じてくれる人が一人もいねぇもんで、正月に餅を食ったことがねぇです。何とか買ってくださればありがてぇだ。」と、言ったとさ。それを聞いていた、人のいい孫八は、心の中で「だぁれも信じない神様を、だまされたと思って信じてみるのも面白いかもしれねぇぞ。そしてこの老人は正月に餅を食ったことがねぇ、と言っている。なんだか少し気の毒になってきた。ここは一回このみすぼらしい老人にだまされたと思って、おふだを買ってみるか。」と、仏心が出てきたとさ。そして孫八は老人に「あんたも、こんないかがわしい看板を立てて商売しても、ろくに商売にはならんだろう。俺がだまされたと思って、そのおふだを買ってやろう。」と、つい口走ってしまったとさ。すると老人は「ありがたいことですだ。ここ数年、ここに商売していますが、初めて売れましたでぇ。あんたはきっと本当の幸せを見つけることができますだぁ。」と、少し変なことを言ったとさ。それを聞いていた孫八は「いやぁ、俺も町の人と同じく信じてはいないが、あんたがあまりにもふびんに思えてなぁ。あんたが言うように、だまされたと思って買ってみようと思っただけなんだよ。」と、言ったとさ。すると老人は「この世の中の人々も、人を疑うことばかり考えていないで、人を信じるということも大事なんだ、と気が付けば、この世も少しはよくなるのになぁ。」と、言ったとさ。それを聞いた孫八は「そんなこと言っても、人をだまして金をふんだくる事件ばかりおきているのに、そんなに簡単に人を信じろ、といっても、少し無理がありますよ。人を警戒するのは今の世の中、当然ですよ。」と、言ったとさ。そうすると老人は「確かにそうですねぇ。何でこんないやな世の中になったんでしょうかぁねぇ。まぁ、こんな世の中ではありますがねぇ、人を疑っても、人間の目には見えないものを信じていくのも人が救われる一つの道と思っていますがねぇ。それさえも、疑っている人が多いのですぜぇ。こうなると、この世は真っ暗闇になりますだぁ。」と、言ったとさ。すると孫八は「あんたの言うとおりかも知れんなぁ。しかし、みんな何とかして一生懸命生きているのだよ。人を疑うことはすべて悪いとは言えねぇ、と思いますがねぇ。自分の身を守ることにもなりますよ。なかなか難しい世の中になったということではないでしょうかねぇ。」と、言って、米を売って得た一両を老人に渡したとさ。すると老人は、おふだを一枚孫八にやって「ありだいことです。あんたはきっと本当の幸せをみつけることができますだぁ。」と、また、変なことを言ったとさ。そんなやり取りを見ていた町の人々は心の中で「なんて、お人よしなんだ。こんないんちき老人にだまされて。」と、思ったとさ。
 孫八はそんな町の人のことは気にせず、そのお札を買って町の中を再び散策したとさ。すると、あるお屋敷の広い家の前に着いたとさ。家もものすごい豪邸で、孫八の家とは比べ物にならないくらい立派な家だったとさ。孫八は心の中で「こんな立派なお屋敷の家に一回は住んでみたいなぁ。」と、思ったとさ。そんなことを思いつつ、こんどは大金持ちの商人の店に寄ったとさ。店の中には小判がいっぱいあり、孫八は心の中で「こんな大金の中で、一生金を心配しないで、生活してみたいものだ。」と、思ったとさ。そんな店を出た孫八は、今度はきれいで美人の奥さんがいる家の前に来たとさ。そのとき孫八は心の中で「こんなきれいで美人の女房と生活できたら幸せだろうなぁ。」と、思ったとさ。そんなことを思いつつ、こんどはりっぱな料理屋の前に来たとさ。そしてその料理屋の中を見たらおいしそうなりっぱな料理が目に入ったとさ。孫八は心の中で「こんなうまい料理を一生食べて生活できればどんなにか幸せだろうなぁ。」と、思ったとさ。そんな数々の思いをしつつ、町の金物屋から新しい鎌や、くわなどの農具を買って、自分の村へと帰っていったとさ。
 家に着いたとき、女房のお福は雑炊を作って孫八を待っていたとさ。孫八は心の中で「きょうも雑炊か。きょう町で見てきた、豪華な料理を毎日食べてみたいものだなぁ。」と、思ったとさ。そんなことを思いながら晩酌のどぶろくを飲んで、お福の作った雑炊を食べて寝たとさ。そしてその晩、小便をしに、おきてきて、きのう買ってきた神様のおふだを思い出し、そのおふだを神棚において、あのみすぼらしい老人が言ったとおりに「どうか神様、広い立派な屋敷に住みたいので、この願いをかなえてください。」と、お願いしたとさ。そして、そのことを三日間夜に起きてはお願いしたとさ。そして翌日の夜に目を覚ましてみると、今までとは違った風景が眼に入ってきたとさ。なんと、なんと、孫八の家はそれは、それは広い立派な豪邸になっていたとさ。孫八は自分の目を疑ったとさ。しかし、どんなに目をこすっても、前の狭い家ではなく、立派な豪邸だったとさ。あの老人の言ったとおりになったとさ。孫八は女房のお福を呼んだとさ。お福もびっくりしたとさ。このいきさつを話すとお福は信じられない顔をして「こんな広い立派な家では掃除が大変で、私一人では手に負えません。あんたにも手伝ってもらいますからねぇ。」と、言ったとさ。それを聞いた孫八は「この俺も掃除をするのか? 大変だなぁ。」と、言ったとさ。しばらくは掃除をしないでも生活できたのですが、そのうちにごみがふわふわと多くの部屋に浮いてくるようになり、掃除をしなければ住めないようになったとさ。そして二人で毎日毎日、掃除で一日終わったとさ。二人は掃除だけでくたくたになったとさ。田畑を耕す体力はなくなってしまったとさ。そのため田畑は草だらけになったとさ。孫八はこんな大きな豪邸にはすっかりまいってしまって、こんどは神様に「どうか神様、こんなりっぱな豪邸はいりません。前の狭い家に戻してください。」と、三日間祈ったとさ。そうするとこんどは前の小さい狭い家に戻ったとさ。孫八は「やれやれよかった。これで田畑も耕すことができる。よかった。よかった。」と、喜んだとさ。
 こんなことがあってから、しばらくすると、こんど孫八はきれいで、美人の女房がほしくなり、そのことを三日間神様に祈ったとさ。そうすると、今まで見たこともない、きれいで美人の女房が現れたとさ。お福は驚いて実家に帰ったとさ。孫八はご機嫌になり、喜んだとさ。しかし、その美人の女房は美人なことを誇らげにするだけで、何一つ家事をせず、ただ鏡を見ては「なんていい女なんだろう」と、自分で言っているだけだったとさ。孫八がどんなに言い聞かせても、決して家事をしなかったとさ。これには孫八もまいってしまって、とうとう家事は全部自分がしなければならない羽目になったとさ。孫八は実家に帰ったお福のことを毎日毎日思い出していたとさ。孫八はこんな生活がいやになって、また神様に「どうか、こんなきれいで美人の女房はいらないので、もとのお福を呼んでください。」と、三日間祈ったとさ。そうすると次の日からお福が家に帰ってきて、また、もとのとおりになったとさ。そんなもとの生活にもどった孫八は、こんどは「どうか神様、小判がざっくざっくとあって、金に困らない金持ちにしてください。」と、お札の神様に三日間祈ったとさ。そうすると次の日から家中の中が小判だらけになったとさ。孫八は喜んで、この小判を家の軒下に全部埋めたとさ。そんな話が国中に伝わり、こんどは泥棒がこの小判を狙うようになったとさ。そのため孫八は、小判が心配で、心配で、夜も寝ることができなくなり、挙句の果てに、この小判の番を毎晩しなければならなくなったとさ。しかし、何日も寝ないでいたので孫八の体力は限界にきていたとさ。それに加えて、孫八の兄弟姉妹七人がこの話を聞きつけ、「俺たちにも分け前をくれ!!」と、言ってきたとさ。分け前のことで、今まで仲良くしていた兄弟姉妹が、仲が悪くなったとさ。そして最後には、わけのわからない人間がやってきて「お前の死んだ親父に200両貸していたので、返してくれ。」などと言ってくるものまでも現れてしまったとさ。孫八はそれらのことにも、へとへとまいってしまって、とうとう神様に「こんな小判はいらないので前の生活にもどしてください。」と、三日間祈ったとさ。そうしたら次の日から前に戻ったとさ。そんなことがあってから数ヵ月後、こんどは「どうか神様、雑炊には飽きたので、毎日おいしいご馳走を腹いっぱい食べさせてください。」と、祈ったとさ。するとこんどは毎日毎日おいしいご馳走が出てきて、孫八とお福は、それを腹いっぱい食べたとさ。そんなご馳走ばかり食べていた二人は、ぶくぶくと太ってしまって、これまた田畑を耕すこともできなくなったとさ。それに加えて、家の掃除もできなくなってしまったとさ。孫八はそんな生活がいやになり、神様に「こんな毎日毎日、ご馳走はいりません。どうか前の雑炊の生活に戻してください。」と、三日間祈ったとさ。そうすると翌日からは、前の生活に戻って、前の体にも戻ったとさ。普通の生活に戻った孫八は「何でもかなえてくれるのはいいが、今の普通の生活が一番だ。」と、やっと悟ったとさ。
 孫八はとうとう「何でもかなえてくれる神様のおふだ」を返すことを決心したとさ。そして、また町へと出かけていったとさ。前のところに、前と同じみすぼらしい老人がおふだを、前と同じく売っていたとさ。孫八はその老人に「あんたの言ったことは間違いなかったよ。しかし、俺は今の生活で十分幸せだ。金はいらないから、このおふだは返すよ。」と、言ったとさ。すると老人は「若旦那様、やっと気がつきましたねぇ。普通の生活が一番幸せなことに。本当の幸せをみつけましたねぇ。良かった、良かった。」と、言って、おふだを受け取ると消えてしまったとさ。そこには一枚の紙が残されていたとさ。そこにはなにやら書いてあったとさ。内容はこんなものだったとさ。「孫八殿へ。 あなたは私の言うことを信じてくれた唯一の人です。あなたは本当の幸せを見つけることができました。女房のお福さんを大切にして、末永く幸せになってください。私は、何でもかなえてくれる神様の化身だったのです。みすぼらしい老人より。」と、書いてあったとさ。         おしまい

No21.「貧乏神」を「福の神」にしてしまった甚平

 昔々、ある年の新年に、ある町の神社で、貧乏神と福の神が一緒に酒を飲んでいました。貧乏神が「また、新しい年がやってきた。今年はどの家に住み着こうかなぁー。」と、言いました。すると福の神が「私も今、同じことを考えていました。私はみんなから歓迎されますが、貧乏神さんは私のようにはいかないでしょう? 」と、言いました。すると貧乏神が「そうなんですよ。俺はいつも嫌われ者で、厄介ものですからねぇ。福の神さんがうらやましいですよ。俺のことなど、歓迎してくれる人間は一人もいませんよ。貧乏神の商売はやるもんじゃないですよ。でも、先祖代々続いているので仕方なくやっているのです。」と、言いました。すると福の神が「でもね、貧乏神さん。人間は、なぜ、私を歓迎し、愛してくれているかわかりますか? それはねぇ、私が住み着くと金持ちになるからなんですよ。それが分かっているから、歓迎し、愛してくれるのですよ。私がひとたび、病気などになったりして、人間を金持ちにする力がなくなると、人間は豹変して、私を貧乏神扱いし、袋叩きにして、追い出してしまうのですよ。病気の看病はまったくしてくれません。」と、言いました。それを聞いていた貧乏神は「そんなもんですかねぇ、人間は。役に立たないと思ったら、捨ててしまったり、欲望が満たされないと、すぐ頭にきたりと、まったく情けない生き物ですねぇ。いつごろからこんな性格に変わってしまったのでしょうかねぇ。まぁ、中にはこんな人間ばかりではないと思いますがねぇ。所詮、長い間には、いい時もあれば、悪い時もあるのにねぇ。」と、言いました。すると福の神は「損得を中心に考える人間は多いですよ。そうでもしなければやっていけない、ということもあるのでしょうねぇ。人間がこんなふうになったのは、何でもかんでも、ほしいものはすぐに手に入ってしまうためと、我慢ということを忘れてしまったからですよ。また、損得でしか、物事の価値を考えられなくなってしまったのですよ。人間が何でもほしいものをすぐに手に入れることができなくて苦労していた大昔は、こんな条件付の愛情ではなかったのですよ。損得や欲望は無条件の愛情を人間から奪ってしまいますねぇ。今の世の中と人間の心が壊れていくのはこんなことも関係があるかもしれませんよ。私の商売も安心していられないですよ。健康を維持し、人間の機嫌をとり、だまし、だまし、かわいがってもらわないと生きていけない時代になりました。」と、言いました。すると貧乏神は「福の神も大変ですねぇ。表面だけを見ても分からないものですねぇ。」と、言いました。そんなことを話しているうちに両神様は酔いも回ってきて、寝てしまいました。
何時間かたって、酔いもさめ、目を覚ました両神様は、この一年間の住みかを探しに、町の家々を回ることにしました。町の人々は軒下に「福の神大歓迎、貧乏神お断り」という看板を立てていました。それを見た貧乏神は「今年も、俺を歓迎してくれる家はなさそうだ。早々と神社へ帰ってやけ酒でも飲むか。」と、独り言を言って帰っていきました。帰りは時間もあったので、町から少し離れた、隣村を回ってから帰ろうと考えました。そして、隣村の家々の軒下にも「福の神大歓迎、貧乏神お断り」という看板が立ててありました。しかし、村はずれの一軒家だけは「貧乏神大歓迎、福の神お断り」というまったく逆の看板を立てていました。貧乏神は自分が間違って読んでしまったのではないかと思い、目をこすり、こすりして、この看板の近くまで行って、よぉーく、見てみました。しかし「貧乏神大歓迎、福の神お断り」と、なっていました。何回見ても、間違ってはいなかったのです。そして心の中で「変わった家があるもんだなぁ。この商売を長年していて、こんな看板を見るのは初めてだ。この家はいったいどんな人間が住んでいるのだろうか。」と、思いました。興味をそそわれた貧乏神は、その家を訪ねることにしました。そして、その家の玄関の前に立って「こんにちは。貧乏神ですが、看板に大歓迎ということが書いてあったのでお訪ねしました。」と、言いました。すると家の奥のほうから一人の男がやってきて「やっときてくださいましたね。何十年もこの看板を出していたのですが、だれも信じてくれなくて、訪ねてくれる貧乏神様はいませんでした。あなたが初めてです。さぁ、さぁ、遠慮なくあがってください。」と、言いました。貧乏神は一瞬半信半疑でしたが、すぐに我に帰り「それでは遠慮なくお邪魔します。」と言って、その家に上がってしまいました。貧乏神はその家の座敷に通され、上座の座布団の上に座らせられました。そしてそこの家の男が「よく来てくださいました。お待ち申し上げておりました。私は甚平というただの百姓でございます。きょうは一晩うちに泊まっていってください。たいしたものはありませんが、精一杯おもてなししたいと思います。どうぞ、ごゆるりとおすごしください。」と、言いました。その言葉を聞いた貧乏神は思わず耳を疑いました。そして「甚平殿、俺も長いこと貧乏神をやっているが、こんな経験は初めてだ。お前さんは一体何を考えているんだ。俺には見当もつかん。」と、貧乏神が言いました。すると甚平は「いやぁ、貧乏神様、私はへそ曲がりでして、みんなが福の神、福の神、と言って、福の神だけが神様だと思っているので、そうではないよと、貧乏神様もりっぱな神様だよと。人間にどんなに嫌われている貧乏神様でも、必ずいいところがあるにちがいないと、私は前々から考えていたのです。たとえ、貧乏神であっても、神様は神様なので、粗相にしてはならない、というのが、私の考えです。そして機会があったら一度ゆっくりお話がしたかったのです。」と、言いました。それを聞いていた貧乏神は「こんな嫌われものの俺の話を聞いてみようなんて人間がいたとは・・・。」と、言いました。すると甚平は「まぁ、まぁ、きょうは理屈ぬきでゆっくりしていってください。今、うちの母ちゃんが風呂をたいていますので、沸いたらまず一番風呂に入ってください。風呂に入ってから酒を飲みましょう。」と、言いました。そして台所のほうから「父ちゃん、風呂沸いたよ!」と、言う声がしました。甚平は「母ちゃん、お前も貧乏神様にあいさつしろ。」と、言いました。すると台所の方から、母ちゃんがやってきて「貧乏神様、よく来てくださいました。私は``おそで``と申します。きょうはたいしたものはありませんが、ゆっくりしていってください。お風呂が沸きましたのでまずは風呂に。」と、母ちゃんが言いました。貧乏神は「それではお言葉に甘えて。」と言って、風呂へ入りにいきました。甚平は母ちゃんに「風呂に入っている間に、酒とご馳走を用意してくれ。」と、言いました。すると母ちゃんは「はい、わかりました。」と言って、台所の方へ行ってしまいました。
母ちゃんは、貧乏神が風呂に入っている間に、宴会の用意をすべて終わらせました。貧乏神が風呂から上がってきて座敷の座布団に座ると「甚平殿、こんなにご馳走していただいて何か申し訳ない気持ちです・・・・うっ、うっ、うっ・・・。」と、言い終わらないうちに、貧乏神の目から涙が出てきたのでした。貧乏神は今まで、人間にはいつも邪魔者にされ、しいたげられて、誰からも愛されたことがなかったのです。そのため、甚平が心から歓迎し、もてなしてくれていることに感激して、自然と涙が出てきたのでした。それを見ていた甚平は「貧乏神様、きょうはそんな今までのいやなこともすべて忘れて、おおいに飲みましょう。さぁさぁ、まずは酒でも。」と言って、甚平は貧乏神に酒をついでやりました。それから、二人で、さしつ、さされつ、酒をかわしていきました。お互いに、かなり酔ってきたとき貧乏神が「甚平殿、どうして俺みたいな嫌われものをこれほどまでにもてなしてくれるのですか。」と、聞いてきました。すると甚平は「私は、最初に言ったとおり、へそ曲がりなんですよ。人からそっぽを向かれている者や、嫌われ者に、妙に興味がありましてねぇ。人が見向きもしないものの中にも、必ず一つぐらいは、いいところがあるのではないか、と思っているのですよ。そんないいところを発見することが私の楽しみなのですよ。ですから、私がこんな変な看板を出すと、村中の人が``甚平は変人だ``と言って、いつも酒のさかなにされて馬鹿にされていますよ。村の子供までが私の姿をみると``あ!変人がきた``と、言っているくらいですからねぇ。でもいいんです。私は人がなんといおうと、自分のこの考え方を大事にしていこうと思っているんですよ。」と、言ったのです。これを聞いた貧乏神は「甚平殿は本当にかわっていますねぇ。俺はこんな人間に会ったのは初めてです。俺のことを神様として認めてくれたのはあなたが初めてです。うっ、うっ、うっ、うっ・・・。」と、また泣いてしまいました。すると甚平は「きょうはおおいに泣いてください、貧乏神様。今までのうっせきしたものを全部涙とともに流してさっぱりしてください。」と、言いました。すると、益々貧乏神は大声で泣きました。そしてしばらくすると甚平が「貧乏神様、きょう一晩といわず、ずぅーと、うちにいてくれませんか。うちの神棚に住んでいてください。」と、言ったのです。それを聞いた貧乏神は「本当にいいのですか、甚平殿。おれはれっきとした貧乏神ですよ。こんな俺でも本当にいいのですか。」と、念を入れて聞いてきました。それにたいして甚平は「かまわないです。貧乏神様がよろしければ、ずぅーと、うちにいてください。」と、言いました。すると貧乏神は「それでは、俺は甚平殿のうちにいることに決めました。」と言ったのです。甚平は「ああ、よかった。よかった。」と言って、喜びました。そんなことを言い合っているうちに二人は酔いがまわり、寝てしまいました。
翌朝、目が覚めると、貧乏神には布団がかぶせられていました。そして甚平が起きてきました。「貧乏神様、ゆっくり休まれましたか。」と、甚平が聞いてきました。それに対して貧乏神は「おかげさまで、ゆっくり休むことができました。ありがとうございました。」と、お礼の言葉を甚平にかけました。こんな感謝の言葉を貧乏神が口にしたのは、この商売をして、初めてのことだったのです。それを聞いた甚平は「ああよかった。貧乏神様に喜んでもらってほんとうによかった、よかった。」と、また喜んでくれていました。貧乏神はこんな甚平の人柄にすっかりまいってしまって、本業の「人間を貧乏にする」ことなど、すっかり忘れていました。かえってこの甚平を何とか人一倍、幸せにしてやりたい気持ちになってきたのでした。
こんなことがあってから約一ヵ月後のある日、玄関に大きな声が響いていました。貧乏神は何がおきているのだろうと、玄関にいってみました。するとそこには高利貸しの借金取りが着ていたのです。何でも、ひとのいい甚平は友達の借金の連帯保証人になっているということでした。友達は借金を返せず、どこかに逃げてしまっていました。そこで借金取りは、甚平に返済を迫っていたのでした。甚平は責任を感じて、だいぶ返済したのですが、高利のため、返しても、返しても、元金は減らなかったのです。そんなことを母ちゃんから聞いた貧乏神は一肌脱いでやりたくなりました。そして貧乏神は借金取りに「やいやい、借金取り!! 俺はこのうちにお世話になっている本物の貧乏神だ。甚平はだいぶ返しただろう。ほとんど、元金は返しているだろう。こんなあくどい取立てはもうやめろよ!!」と、借金取りに言いました。すると借金取りは「お前には関係ないことだ。口出ししてもらいたくないねぇ!!」と、言いました。すると貧乏神は「そうかい、そうかい。おれの言うことが聞けないと言うのか。よし、分かった。俺はお前のうちに住み着いて、お前を徹底的に貧乏にしてやる。それでも俺の言うことが聞けないのか!!」と、少し語気を強め、借金取りを脅したのです。すると借金取りは「貧乏神にはかなわねぇや。徹底的に貧乏にされたのでは元も甲もない、まいった、まいった。こんな貧乏神が住み着いている家なんかに二度とくるもんか。」と言って、甚平の家からとっとと、退散してしまいました。そんなことを傍観していた甚平は「貧乏神様、ありがとうございました。助かりました。」と、言いました。すると貧乏神は「いやいや、甚平殿が何の下心もなく、純粋無垢な心で俺をもてなしてくれたので、何か甚平殿の役に立ちたかったのです。こんな簡単なことに喜んでもらって、俺もうれしいです。」と、言いました。甚平はすかさず「貧乏神様にもこんないいところがあったのですねぇ。ありがたいことです。」と、言いました。貧乏神は「いやいや、これも甚平殿の人徳です。俺の力ではありません。ところで、甚平殿、本当に、ずぅーと、このうちにいていいですか。」と、言いました。甚平は「ずぅーと、末永く、うちにいてください。こちらからお願いします。」と、返答しました。これを聞いた貧乏神は心の中に「甚平殿は、今の世の中にはなかなかいない、本当に貴重な人だ。こんな人間を貧乏にするわけにはいかない。何とか、人一倍幸せにしてやりたい。」という気持ちが、益々大きくなってきました。このとき、貧乏神が「福の神の心」を持ってしまった瞬間でした。「福の神の心」になったということは、すでに貧乏神ではなくなってしまったことを、意味していました。
そんなことがあってから、甚平はやることなすこと、どういうわけか、すべてうまくいき、見る見るうちに村一番の長者になってしまいました。村の人達は、甚平が長者になったのは貧乏神を歓迎して、もてなしたからだ、と思っていました。そんなわけで、村中の人達が「貧乏神大歓迎、福の神お断り」という看板を、甚平の真似をして、軒下に立てました。しかし、甚平と同じことをやってもいいことは起きませんでした。むしろ、どんどん、貧乏になっていきました。村人は「どうして同じことをしているのに、いいことはおきないのだ。」と言っては、長者になった甚平をうらやましく思ってくらしていったとさ。     おしまい

捨て犬の三郎物語

昔々、北国のある村にそれは、それは立派な庄屋がありました。この庄屋の主人は久兵衛といいました。久兵衛の奥さんはお夏といいました。この家には「三郎」という犬が飼われていました。三郎はこの夫婦の愛情を一身に受け、大事に飼われていました。三郎は何の苦労や心配もなく平穏な幸せな毎日を送っていました。
そんな幸せな日々を送っていたある日、久兵衛の奥さんのお夏が病気で死んでしまったのです。葬式が執り行われている様子を見ていた三郎は、自分をかわいがってくれたお夏が死んだということを察知したのでした。三郎は悲しみのあまり、毎日毎日悲しい泣き声で涙を流して吠えていました。そんな様子を見ていた久兵衛は三郎に「三郎、お前もお夏のことを悲しんでくれるのか、ありがとうよ。お夏は遠い、遠いところへ旅だっていったのだよ。もう帰ってくることはないのだよ。」と、やさしく語り掛けました。その言葉を聞いた三郎は益々悲しい泣き声で涙を流して吠えました。久兵衛は「なんと利口な犬だ。お夏が死んでも涙一つ流さない親戚もいるというのに、お前は心の底から悲しんでくれる。人間よりお前のほうがよっぽど偉いよ。」と、言いました。それを聞いた三郎は久兵衛に向かって悲しい泣き声で「ワンワンワン・・・・。」と吠えました。三郎は、何ヶ月間も悲しみにくれる日々を送らなければならなくなりました。
お夏が死んでから、約2年がたったある日、三郎は家の様子がいつもと違うことに気付きました。主人の久兵衛が後家さんをもらったのです。その日はその祝言だったのです。後家さんの名前はお春といいました。三郎は「こんどの人はどんな人だろう。僕をかわいがってくれる人だろうか。」と、心配していました。祝言が終わった翌日、久兵衛はお春に三郎を紹介しました。お春は「こんな犬がいたの、分からなかったわ。あたいも前からかわいがっている犬を連れてきたのよ。」と、言ったのです。これを聞いた三郎はなんとなく嫌な予感がしました。なんとお夏は実家から自分がかわいがっている犬の三太を連れてきたのでした。
それからというもの、三郎にとっては大変なことになりました。いつもおいしいものを食べていたのですが、おいしいものはすべて三太がいただくようになったのです。三郎はいつも味噌汁にご飯だけ、という粗末な食事になってしまいました。犬の世話はすべてお春がやっていました。散歩にはいつも連れて行ってもらえず、三太だけがすべての面で優遇されていました。三郎の予感は、当たりました。
そんな生活をつづけていた、ある秋の日に、お春は三郎を連れて少し遠い村に出かけました。三郎は散歩に連れて行ってもらえるとばっかり思って、喜んで付いていきました。ところがお春は、着いた村の神社に三郎を置いて一人で帰っていきました。三郎は捨てられたのでした。もちろんお春は、久兵衛にこっぴどく叱られたことは言うまでもありませんでした。三郎はしばらく何がおきたのか理解できませんでした。しかし、夕方になってお腹がすいてきたとき、初めて自分が捨てられたことに気付きました。三郎は久兵衛の家に帰ることも考えましたが、お春のいる家には帰る気持ちがおきませんでした。三郎はこの神社の床下を住処にすることに決めました。三郎は捨て犬の身分になってしまったのでした。捨てられたその日の夜は神社の床下で一晩中涙を流して泣いていました。そして夜が明けてきました。涙もかれてしまった三郎は、いつまでも泣いていられないことに気付きました。これからは一犬で生きていかなければならないことに気付いたのです。ここで泣き言を言っていては生きていけないことにも気付いたのでした。三郎はこのときから、犬生最大の試練に立たされたのでした。
三郎は生きていくために、まず食べ物を探さなければならなくなりました。村中の家々の残飯をあさって何とか食いつないでいました。しかし、残飯をあさっている最中に人間に見つかり「この野良犬野郎、あっちへ行け!!」と、石をぶつけられることもありました。食べ物を自分で確保することが、こんなにも大変だと言うことを、三郎は生まれてはじめて分かったのでした。そして三郎は夜になると、毎日神社の床下で寝ていました。三郎は毎日毎日、生きていくことがこんなにも厳しいものだということを、身をもって体験していたのでした。人間に飼われていれば、どんな粗末な食事でも、何の苦労や心配もなく食べられたのです。しかしそれに比べ、今は自分の力で食べなければなりません。三郎はお春を憎みました。そしてお夏のことを思い出していました。お夏の優しさをひしひしと感じていました。
こんな厳しい生活をしていたある日、捨て犬の先輩が神社にやってきました。そして三郎に「おい、そこの野良犬、名前は分からないが、お前もあと3年間、この生活に耐えていけば、りっぱな犬になれるぞ。生きていくということがどういうことだか骨の髄まで分かるからだ。お前はおそらくりっぱな家に飼われていたのだろう。顔のつやをみればそれが分かるよ。育ちの良さの雰囲気もあるしな。あーあー、そうそう、俺の名前は八郎というんだ。よろしく。」と、言ってきたのです。それには三郎もびっくりしてしまいました。そして三郎は「僕は三郎といいます。八郎さん、よろしくお願いします。僕を飼っていた家は、みんな僕をかわいがっていたのに、ある日そこの奥さんが死んでしまったのです。そしてしばらくすると、その家に、後家様が来て、すっかり雰囲気が変わってしまったのです。なんと、その後家様は、実家から自分の犬を連れてきたのです。そしてこの僕が邪魔になり捨てられてしまいました。前の奥さんのお夏さんは優しいいい人でした。今は僕を捨てた後家のお春を憎んでいます。」と、言いました。それを聞いていた八郎は「そうだったのか。かわいそうになあ。でも三郎君、物事は考えようだぞ。捨てられる前の楽な生活を一生していたら、世の中のことなども含めて、何にも分からず死んでいくはめになっていたぞ。今は大変だが、すべて勉強だと思ってがんばるんだ。人間のこともいろいろと分かってくるぞ。今、憎んでいる後家様のお春さんという人も、後できっと憎しみは消えて、逆に感謝できるようになると思うよ。」と、言いました。三郎はすぐには八郎が言ったことを理解できませんでした。そして八郎は「三郎君、俺は町や村の裕福な家の子供たちを大勢見てきた。みんな小さいときからかわいがられて何の苦労もなく育てられている。親は子供の言うとおりだ。親は子供のことだったら何でも聞いてくれる。親が子供の機嫌を気にして育てているのだよ。だからこんなことで育った子供は大きくなって自分の考えがまったくなく、自立できない人間になっているのが多いんだよ。ちょっとした問題にぶつかって神経症などになったりして自滅していく人間が最近多いよ。そのために、様々な問題が人間界には起こっているよ。とにかく、がまんということができなくなったよ。そんなひ弱に育てたのは親の責任が大きいのではないかと思っているのだ。子供のときから厳しさも教える必要があるのだよ。若いときの苦労は買ってでもしろ、ということだ。親が確固たる信念を持って子供を育てる必要があると思っているよ。子供に自分の頭で考えさせ、行動できる訓練が必要だということだよ。だから三郎君、今、生きるということを自分の頭で真剣に考えて行動して、いろいろなことを分かっていく絶好のチャンスだよ。こんなチャンスはめったにあることではないぞ。今、ふんばってがんばるんだぞ。」と、言いました。それを聞いた三郎は「なるほど。八郎さんご助言ありがとうございます。がんばります。」と、言いました。そして八郎はそんなことを言い残して、三郎のところから去っていきました。そして三郎は30日間八郎の言ったことを考えていました。
それからの三郎は意識がすっかり変わってしまいました。八郎が去ってから3年間というもの、雨の日も、風の日も、雪の日も、嵐の日にも、八郎が言ったことを忘れずにがんばったのです。三郎が変わったことは、今までがむしゃらに行動していたのが、考えて行動し、物事を客観的に観ることができるようになった、ということでした。そして、自然と神社に集まった野良犬の集団のリーダーとなっていったのです。リーダーとなったとき、三郎は自分を捨てたお春のことを考えていました。今、しっかりとしたリーダーの地位を築けたのはお春が捨ててくれたからだということがはっきりと分かったのです。前に八郎が言っていたことを今、はっきりと分かったのでした。そして、自然とお春に対する憎しみは消えていきました。むしろ三郎は苦しいことや悩みなどがあると、自分に冷たいしうちをした、お春のことを思うようになったのです。お春のことを思うと、自然とどうしたらいいのかという答えが出てきて、自分が抱える問題がどうしたわけか解決したのでした。このことは三郎も思ってもいないことでした。なんと自分を捨てたお春が、三郎の一生の心の支えとなっていったのでした。おしまい                     

※ 愛情には、優しい愛情と、厳しい愛情の両方が必要ではないでしょうか。優しい愛情が基本ですが、ときには厳しい愛情も必要であると考えるのです。ときには厳しい愛情がないと人間の精神の「心棒」が出来上がりません。

No23.人さらいの問題を解決した王様

 むかしむかし、ヨーロッパのあるところにハンガー王国という王国がありました。この王国は富国強兵をスローガンにどんどん国力をつけていました。隣の力のないユウセン王国はこのハンガー王国にいつもおびえていました。ハンガー王国の王様はレイ3世といいました。ユウセン王国の王様はギン2世といいました。ハンガー王国は、このユウセン王国に、いつ、侵攻して自国の領土にするかを考えていました。レイ3世は何か侵攻する口実をいつも家来と相談していました。そんなある日にある事件がおきました。ハンガー王国とユウセン王国の国の境界線あたりに、ハンガー王国の国境警備隊の兵士一人が誤って隣のユウセン王国の領土に入ってしまったのです。ユウセン王国の国境警備隊も弱小国ではありましたが一応軍隊の組織でした。いつもピリピリした国境付近は緊張状態の連続でした。そんな中で起きた事件でした。誤ってユウセン王国に入ってしまったハンガー王国の兵士はすぐにユウセン王国の兵隊につかまり、すぐに殺されてしまいました。これを知った、ハンガー王国のレイ3世はすぐさまユウセン王国のギン2世に対して宣戦布告したのでした。いつも侵攻することしか考えていないレイ3世にとっては、またとないチャンスがやってきたのでした。多くの兵隊を引き連れ、レイ3世はユウセン王国に攻め入ったのです。圧倒的な兵力の前にユウセン王国はあっという間に陥落してしまいました。

 この戦争によってユウセン王国のギン2世はハンガー王国の牢屋に入れられました。命だけは助けられ、一生牢屋生活を送る刑に処せられたのでした。このことがあとで、とんでもないことになったのです。そしてハンガー王国はユウセン王国を属国として統治することになりました。このユウセン王国は地下資源が豊富に埋蔵されている国でした。金、銀、さらに亜鉛、鉄鉱石などヨーロッパで一番の埋蔵量があったのです。ユウセン王国は貧乏だったためこれらの地下資源を開発する力がありませんでした。レイ3世はハンガー王国から多くの人々を隣の属国へ送り込み、鉱山の開発を進めました。自国の労働者ですから高い給料を払って開発を進めました。ところがハンガー王国の労働条件の悪い鉱山や、汚い仕事には属国となったユウセン王国の多数の人々を強制連行し、ただ同然で働かせていました。そのため益々ハンガー王国は栄え、世界の一、二を争うほどの大国となりました。世界の国々からはこのハンガー王国のやり方に対して多くの非難が集まりました。しかし、レイ3世はまったく気にせず、わが道を突き進んでいたのです。そしてとうとう、世界征服の野望に燃えるレイ3世は、同じ目的を持った同盟王国の二国と三国同盟を結び、ハンガー王国と肩を並べる強国のエキリス王国という国を三カ国で攻めたのです。ここの王様はイリザベス5世という女王の国でした。この王国は海をまたいだところにありました。そのため三国同盟の各王国は船を調達して攻めねばならなかったのです。このエキリス王国にも多くの友好国が参戦し、連合王国軍として力を貸してくれました。

この戦争は壮絶なものとなりました。ハンガー王国のレイ3世は国民総動員令を発し、すべての国力を投入しました。しかし、船の調達コストがだんだんとネックとなり、戦費もかさみ、又、内部の反王様派の造反もあり、とうとうこの戦争に負けてしまいました。他の同盟王国も同じく戦費がかさみ内部崩壊なども起こり、負けてしまいました。エキリス王国で戦後処理が始まりました。レイ3世はエキリス王国につかまり処刑されてしまいました。ハンガー王国はそのままレイ3世の長男であるレイ4世に統治させ、属国となっていた旧ユウセン王国は属国を解除され、牢屋に入れられていたギン2世は開放されました。そしてユウセン王国を統治することを任されました。ユウセン王国は前と同じく復活したのでした。それと同時にユウセン王国から強制連行されて、働かせられていた多くの労働者もハンガー王国から解放されました。しかし、過酷な労働条件下だったので、たくさんの労働者が病気や衰弱などで死んでしまいました。そしてハンガー王国は、国として存続する代わりに、すべての武器、兵隊を持つことを禁止されました。二度と戦争ができないようにされたのです。もし、これに違反した場合は、レイ4世一族はすぐに処刑され、王国はエキリス王国に没収されるという厳しいものでした。他のハンガー王国と同盟関係だった二国はエキリス王国の領土とされてしまいました。そして二人の王様も処刑されました。ユウセン王国の国民は今後戦争をしなくてもいいので、喜んでいました。しかし、この戦争によりユウセン王国はハンガー王国を憎むようになりました。国民の心の問題が残ってしまったのです。

そんな戦後処理がすべて終わって約30年の年月がすぎました。そのころハンガー王国のいたるところで、国民が行方不明になる事件がたびたび起こるようになりました。人々は「神隠し」などといって恐れていました。しかし、時間がたってくると真相が判明してきました。その原因は隣のユウセン王国の特殊な訓練を受けた兵隊が商人に化けて不法入国し、ハンガー王国の人々をさらっていたのでした。ユウセン王国のギン2世の命令で行われていたことも判明してきました。これに怒った、さらわれて残されたハンガー王国の家族は城に駆けつけ、レイ4世に何とか連れ戻してくれと頼み込んだのです。レイ4世は家族に「必ずさらわれた家族を取り戻すことを約束します。だから安心してください。」と、言いました。残された家族はその言葉を聞いて一応安心して帰りました。しかし、王様は考え込んでしまいました。「一応取り戻すと約束はしたが30年前の戦争によって国交は断絶したままだ。取り戻すすべがない。兵隊も武器もない。これではユウセン王国を脅すこともできない。」と、ひとり言を言いました。それを聞いていた、側近のカネアル財務大臣が「王様、エキリス王国のイリザベス女王に頼んで何とかしてもらえないでしょうか。エキリス王国ならユウセン王国と国交があります。貿易も活発に行われております。このルートで何とかなるような気がするのです。ユウセン王国はもともとエキリス王国が建て直した国です。ギン2世はエキリス王国に恩があります。イリザベス女王のことなら耳を貸すのではないでしょうか。」と、言いました。それを聞いていた王様は「なるほど。良い考えだ。早速エキリス王国にナカヨシ外務大臣を特使として派遣しよう。もし、ユウセン王国がイリザベス女王の言うことを聞かなかった場合、エキリス王国から経済制裁をしてもらおう。そしてわが国も、今行っている人道支援もやめることにする。」と、言いました。ユウセン王国は戦前と同じく貧乏だったのです。多くの鉱山が開発されましたが、これを生かす技術がありませんでした。

緊急に特使として決まったナカヨシ外務大臣はエキリス王国へと旅だって行きました。約一ヶ月かけてエキリス王国に着きました。早速イリザベス女王と「人さらいの問題」で会談しました。ナカヨシ外務大臣はレイ4世の考えをすべてイリザベス女王に伝えました。
そしてイリザベス女王は「経済制裁は慎重に考えなければなりません。その国の国民が窮乏します。その経済制裁ははっきりとお約束はできません。」と、言ってきたのです。それに対してナカヨシ外務大臣は「分かりました。そのことを王様に伝えます。しかし、何とかさらわれた国民を取り戻したいのです。この気持ちだけは分かってほしいのです。」と、言いました。それに対してイリザベス女王は「気持ちは分かります。残された家族の気持ちを思うと、私も人の子の親として無視することのできない重要問題です。私の国の友好国にも話をして協力してもらいます。きっと協力してくれるでしょう。このことを王様に伝えてください。」と、言いました。ナカヨシ外務大臣は「それは心強いことです。感謝します。」と、お礼の言葉を返しました。そんなことをいろいろ、なごやかに話あっているうちに会談は終了しました。

それから約3ヶ月が過ぎたある日、ハンガー王国の王様宛に一通の手紙が届きました。それはエキリス王国のイリザベス女王からのものでした。手紙の内容は「拝啓 親愛なるハンガー王国王様レイ4世様へ   このたび、ユウセン王国の王様のギン2世と「人さらいの問題」で話し合いました。しかし、ギン2世は耳を貸さず、まったく進展がありませんでした。恩着せがましく昔のことも言ってみましたが、心は硬く、どうすることもできませんでした。最後には考えてもいない経済制裁もちらつかせたのですが、何の効果もありませんでした。最後には``やれるものならやってみろ、周りの国の城を火の海にしてやるぞ!!``という始末です。このユウセン王国はどうも秘密時に強力な武器を開発したみたいなのです。わが国の諜報員の報告にもこのことが報告されていました。これらの強気の発言の背景に、そのことが関係している、と考えたほうがいいかもしれません。とにかく強気なのです。結果、話し合いは失敗に終わりました。 敬具」ということが書かれていました。これを読んだレイ4世はがっかりしたと同時に、恐ろしさも感じました。期待していたものですから落胆振りは相当なものでした。しかし、何とか気を取り戻し「何かよい考えはないものかなぁ。」と、ひとり言を言いました。というのも明日が、さらわれて残された家族との話し合いがある日だったのです。王様は家族になんと報告しようかと思案にくれ、益々王様の苦悩は深まっていくばかりでした。

次の日、とうとう残された家族との話し合いが城の中で行われました。王様は正直にイリザベス女王の手紙のことを話しました。家族も何の進展もなかったことを聞いてがっかりしてしまいました。そして何か強力な武器を開発したことも気になりました。そして家族の代表は王様に「この機会に人道支援を打ち切ってください。そんな人権をなんとも思わない国に人道支援する意味がありません。どうか王様、頼みます。」と、言ってきたのです。王様は「人道支援を打ち切ると、ユウセン王国の国民が食えなくなってしまうのです。私も最初はそういうことを考えていました。しかし、ユウセン王国の国民のことを考えた結果、考えは変わりました。私もあなたたちの気持ちは十二分に分かっています。これからは、王国の英知を集めて解決策を考えます。」と言って、何とかその場をしのぎました。しかし、王様はこの問題で行き詰ってしまったのでした。そしてとうとう、王様は深酒しなければ、夜も眠れなくなっていったのです。

それから数日がたってから、隣のユウセン王国が破壊力の強い新型の大砲を開発して、その実験をしたというニュースが近隣諸国に流れました。この新型の大砲は一発でその国の城をすべて破壊することのできる超高性能の大砲だったのです。近隣諸国の王様たちは震えあがりました。ユウセン王国は貧乏なのですが、王国予算のほとんどを軍事費にまわす、強大な軍事王国に成長していました。戦前、戦争に負けた教訓からこのような軍事王国の道を選択したのでした。このことによって益々、「人さらいの問題」は難しくなっていったのです。

王様は毎日、毎日「人さらいの問題」で悩んでいました。そしてある日、一つの考えが浮かんだのです。それは王国のすべての階層の人達の代表を城に集めて解決策のアイデアを聞いてみよう、というものでした。王様はすぐにフミオクル郵便大臣に、王国のすべての階層の代表者を城に召集する手紙を送付するように命じました。その数はなんと300人にのぼりました。王様は王国のすべての英知を集めて解決策を考える「人さらい問題解決国民会議」を開いたのでした。その結果、いろいろな意見が出てきました。中でも、ある地方の年老いた農民の代表が「王様、耳が痛い話ですが、人さらいの問題はあなたのお父さんである故レイ3世様が戦前行ってきた悪政にさかのぼると思うのです。あのころ隣のユウセン王国の多くの国民を強制的に連れてきて、過酷な労働条件下で働かしたのです。病気で死んだ人もたくさんいました。その憎しみが、この人さらいの根っこにあるように思うのです。だからいくら経済制裁などの「もの」で対応しても何の効果もないと思うのです。要はこの問題は「憎しみ」という心の問題ではないでしょうか。」という意見を言ったのです。これを聞いていた王様は「そのことは関係していない、と断言はできない。しかし、近隣諸国に聞いてみたが、やはり何人かはさらわれているのだ。人をさらわれたのはわが国だけではないのだ。この事実を踏まえて考えてみると一概にそうとは思えないのだが・・・・・。」と、言いました。するとその老農民代表は「それはユウセン王国が、ハンガー王国に戦前の憎しみはない、と世界の国々に思わせるカムフラージュだと思うのです。ユウセン王国はそんな過去のことは気にしていない懐の深い国だ、と思わせたい演出ではないでしょうか。」と、言いました。王様は「うっうっうっうっ・・・・。」と、うなってしまいました。そのほかにもたくさんの意見が出ました。しかし、王様の頭にこの老農民代表の言ったことがいつまでも残りました。そうこうしているうちに国民会議は終了しました。

それから一ヶ月が過ぎたある日に、王様は残された家族を城に招待して夕食会を開きました。家族をもてなして、今の苦しみを少しでも和らげようと考えた王様のアイデアでした。そして王国から100万ユーロス(今の日本のお金で換算すると300万円)が家族に支給されました。王様は「この人さらいは、わが国にも責任のいったんはあるように思います。このお金は今までの慰労金です。気持ちですから受け取ってください。」と、家族に向かって話しました。中には涙を流す家族もいました。家族もこのときばかりは王国の策のなさを批判する人はひとりもいませんでした。夕食会は成功に終わりました。しかし、王様の悩みは消えることはありませんでした。

何の策も出せないまま3年が過ぎました。隣のユウセン王国は益々軍事王国として成長していました。その脅威は益々大きくなるばかりです。そのころ、エキリス王国の提案でユウセン王国の近隣国3カ国とエキリス王国を含めて合計5カ国で、新型の大砲などの廃棄を求める軍縮会議を開く提案がなされました。各王国はこの会議を開くことに同意しました。ハンガー王国は人さらいの問題を解決する絶好のチャンスと捉えました。この軍縮会議で人さらいの問題を絡めたかったのです。何回か会議が開かれたのですが、利害が対立したまま、何の進展もありませんでした。ハンガー王国は力のあるエキリス王国に頼むばかりです。各国からは人さらいの問題を棚にあげて、軍縮問題だけでこの会議は進めるべきだ、という意見が出てきました。中には「ハンガー王国は自国で何の努力もしないで他の王国に頼んでばかりいる。人に頼む前に自分で精一杯努力すべきだ。精一杯努力した結果、だめだったので、何とか頼む。となれば、これならば分かる。ハンガー王国のやり方は少しおかしいのではないか。」という王国も現れてきました。しかし、中には「ハンガー王国は戦争に負けて武器も兵士も、持てなくなってしまったのだ。国交も断絶したままだ。他国に頼むしか道がないのだ。」と、ハンガー王国を擁護してくれる王国もいました。そんななかでの軍縮会議は益々混迷を深め、まったく進展しませんでした。ハンガー王国の王様はこんな軍縮会議に、もはや人さらいの問題は解決できない、と見切りをつけました。

そんな見切りをつけたころ、ハンガー王国はまったく雨が降らず、干ばつで甚大な被害を受けていました。ある日、王様はその被害の状況を視察しようと考えて、数人の家来を連れて馬に乗って城を出発しました。そしてある小さな沼に来ました。その沼は水がなく、魚が全部死んでいました。死臭があたりに漂って、臭くてたまりません。王様は家来に「何で魚は死んだのだ。」と、家来に質問しました。家来はあまりのあたりまえの質問にめんくらいました。そして「王様、何で死んだかって、あたりまえじぁないですか。水がなくなってしまったからです。魚は水の中でないと生きられないのですよ。なんでこんなことを質問するのですか。」と、逆に家来は王様に質問しました。すると王様は「そうじぁったなぁ。魚は水の中でしか、生きられないよなぁー。そして水が腐っても生きられないよなぁ。条件にあった水の中でしか生きられないよなぁ。この沼に水が流れていれば、魚は死ななくてもよかったんだなぁ。」と、言いました。家来は、王様が人さらいの救出のことばかり考えていたので、少し頭が変になってしまったのかと思いました。そしてその沼を過ぎて、こんどはある農村の小さな山間部落にやってきました。そして、あるみすぼらしい小さな家の前にさしかかりました。するとその家から人間の排斥物の匂いがプンプンとしてきました。王様は家来に「何でこの家の前だけこんなに臭いのだ。」と、言いました。すると家来は「ここは地形の関係で一年中、風がまったくあたりません。そのため風通しが悪くてこんなに臭いのです。」と、言いました。すると王様は「そうか、風通しか。」と、一言いったきりでした。そして計画通りにすべて視察を終えて城に帰っていきました。

翌日、王様は各大臣全員を集めました。そしてこんなことを言ったのです。「わしは人さらいの問題で一つの決断をした。それをきょうこの場で発表する。」と、突然言ったのです。大臣全員はびっくりしました。カネアル財務大臣は「王様、突然何を決断したのですか。」と、聞いてきました。すると王様は「実は、昨日干ばつの視察をして自然から学んだことがある。それは何事も流れがなければ物事は進まないということだ。何もしなければ腐るか、風化するか、忘れ去られてしまうか、だ。きのう見てきた魚が死んでいた沼と、風通しの悪い家の前を通りそれが分かった。」と、言いました。するとフミオクル郵便大臣が「王様、それだけでは分かりません。もう少し説明してくれませんか。」と、言いました。すると王様は「隣のユウセン王国と国交を回復する、ということだ。とにかく、人、もの、かね、などの流れがなくてはどうすることもできない。まず、国交を回復してすべてのものを流すのだ。すべてはそこからだ。」と、言いました。するとカネアル財務大臣は「王様、それは暴挙です。無謀すぎます。こちらから国交を回復するということの話を持っていくことは戦前の戦争の賠償金を支払うということですよ。莫大な金額になります。今、そんな予算はありません。国も干ばつで大変なときに、莫大な賠償金を用意することは大変です。へたをすると破産します。だからそれだけはやめてください。」と、言いました。すると王様は「財務大臣、埋蔵金があるだろう。わしは知っているのだよ。各役所で毎年の予算を余らせてため込んでいることを。わしを見くびっていたのか。全部分かっていたのだ。賠償金を払っても余るはずだ。実はわしの息のかかっている役人に秘密時に調べさせたのだよ。」と、言いました。すると財務大臣は「分かってしまったならば致し方ありません。しかし、そのお金は王国がいざというときのために使う、大切なお金です。国交回復して、さらわれた人が間違いなく帰ってくる保障は何もありません。暴挙のなにものでもありません。お考えを撤回してください。」と、言いました。すると王様は「国民は国の宝だ。今がそのお前のいう``いざというときだ``。たとえ、一人でもさらわれればなんとしても取り返すのが国の責任だ。もう他の王国には一切頼まない。わしが直接ユウセン王国へ乗り込み、ギン2世と直接会って話し合う。戦前のことをまず謝り、そして賠償金を払ってくる。そして国交回復の証として平和条約を締結してくる。そして平和条約の中にユウセン王国がさらっていったわが国の国民全員を帰すことも盛り込む。これがわしの考えだ。」と、言いました。するとある大臣が「王様、もし、平和条約の中の、全員返す、ということが合意されなかったときはどうするおつもりですか。」と、質問したのです。すると王様は「もっともな質問だ。そうなったら、あなたも人の子の親ではありませんか、と言ってわが国の子供をさらわれた親のことを話すよ。相手も人間だ。こっちは最大に譲歩して話すのだから、相手は断る口実がないはずだ。そこを突いていくしかない。」と、言いました。するとある大臣は「無謀な冒険ですなぁ。」と、言いました。するとすかさず王様は今までとは違う大きな声で「お前らは、無謀だの、冒険だの、暴挙だの、といっているだけで何とかしなければならないという気持ちがない。これからは猛省してもらって王国づくりを真剣に考えてもらいたい。」と、各大臣に一喝したのでした。そして王様の考えはもう誰がなんと言おうと変わりませんでした。王様は自分のすべてをかけて断固とした態度で臨もうとしていました。しかし、家族の中にはそれにもかかわらず、王様のやり方に対して、不満を持っている人もいました。しかし、王様は根気よくその反対している家族に説明しました。そして家族全員から今回の王様のやり方に賛成してもらうことにこぎつけました。

そしてとうとうレイ4世は少しの家来を連れて隣のユウセン王国へ乗り込み、直接ギン2世と話し合いました。レイ4世はまず、前に開かれた「人さらい問題解決国民会議」のときの老農民の言っていたことを思い出していました。そしてギン2世に戦前、自分の親父であったレイ3世が行った悪政を謝ったのでした。そしてこのことを謝ってからは何の障害もなく、すべての案件が面白いように成功していったのです。そして最後にギン2世は「このような日を私は待っていました。」と、言ったのです。そしてギン2世はこうも言ったのです。「あなたが、あなたのお父さんが戦前に行ったことを心から謝ってくれたので私の気持ちは決まりました。もしあなたが一言もそのことに触れないで、どんなに条件面を吊り上げても私は平和条約を締結しなかった。」と。

正式に批准され、履行された平和条約でユウセン王国に拉致されていたすべてのハンガー王国の国民は全員帰ってきました。そして難航を極めた五カ国軍縮会議は、最初は相当な対立はありましたが、途中からユウセン王国の態度に変化がおきて、話がまとまる方向へといったのです。最終的にはユウセン王国を除く4カ国で大規模な経済援助をする代わりに、ユウセン王国が新型の大砲を廃棄するということで話がまとまりました。それ以後、ユウセン王国も近隣諸国との活発な経済交流がなされ、徐々に豊かになっていきました。そして、末永く、ハンガー王国とユウセン王国は、人、もの、かね、の流れが活発になり両国は幸せになったとさ。
おしまい

No24.さい銭泥棒になった「権蔵」

 昔々、越後の国のある町に金持ちの「権蔵」という呉服屋の若旦那が住んでいました。権蔵は親が残してくれたりっぱな店と家を持っていました。女房は「お千代」と言いました。それは、それは働き者でした。権蔵の両親は、今はすでにこの世の人ではありませんでした。権蔵は一人っ子で、両親にかわいがられて育てられました。権蔵とお千代の間には二人の子供がいました。商売もうまくいき、何の心配もなく暮らしていました。

 そんな幸せな毎日を送っていたある日のこと、町の居酒屋でひょんなことから「助蔵」という遊び人に声をかけられました。助蔵は「なんだ、呉服屋の若旦那さんじゃぁねぇけぇ。まあまあ、きょうは一緒に飲まねけぇ」と初対面なのになれなれしく言い寄ってきました。すると権蔵は「なんで俺のことを知っていっろうのう」と言いました。助蔵はすかさず「あんげ、金持ちの呉服屋さんだもの、おめさんを知らない人間はいねてぇねぇ。まぁ、これも何かの縁ですけ、きょうは飲まねけぇ」と言いました。権蔵はそんなことを言われていい気持ちになり、つい気を許し「一人で飲んでも面白くもなんともねっけぇ、一緒に飲もてぇねぇ」と言いました。すると助蔵は「さすが町一番の金持ちは話が分かんねぇ」と持ち上げました。ますますいい気持ちになった権蔵は「きょうの勘定は俺が持つっけぇ、いっぺぇ(たくさん)飲もてぇねぇ」と言いました。そして「おーい、酒をどんどんもってきてくんねっろっか」とその店の主人に頼みました。助蔵は「きょうのところはお言葉に甘えてごちそうになっれ」と言いました。すると二人は出てきた酒を飲み始めました。飲み始めてしばらくして権蔵は「ところで、おめさんなにしている人ろっかのー」と助蔵に聞いてきました。助蔵は「俺はただの遊び人だてねぇ。かおちゃんに食わせてもらっている風来坊だてぇねぇ」と言いました。権蔵は何の疑いも持たず「そうけぇ。楽でいいなぁ」と言いました。そんなことを言い合っているうちに酒がどんどん進み二人ともかなり酔っ払ってきました。そんな状態のなかで助蔵が「ところで、若旦那さんは、さいころ賭博って知ってけぇ」と言いました。酔っていた権蔵は「丁半のことけぇ」と言いました。すると助蔵は「そうれぃ」と言いました。すかさず助蔵は「若旦那さん、たまには、羽目をはずしてもいいんじゃぁねぇけぇ。儲かっれぇ。ただし賭博はご法度なので内緒にたのむれ」と言いました。なんと助蔵は権蔵をご法度の、さいころ賭博に誘っていたのです。助蔵はさいころ賭博の胴元のやくざの親分の子分だったのです。もちろんいかさま賭博でした。それとは知らずに権蔵は「まだ生まれてこのかた、賭博というものはやったことがねっけぇ経験のためにやってみっかぁ」と酒の勢いもあって、つい言ってしまったのです。それを聞いていた助蔵は「それじぁ、さっそくあしたの夜、賭場の開帳があるっけぇ、ここで一杯ひっかけて賭場へご案内しますっけぇ。あしたの戌(いぬ)の刻にここで待ち合わせしょてぇねぇ」と言いました。すると権蔵は「分かったれ」と言いました。いかさま賭博とは分からない権蔵は助蔵の話に乗ってしまったのでした。そんな約束をした二人は、酒も進み、お互い酔っ払って居酒屋をあとにしました。助蔵は一人帰り道で「うまくいった。これで鴨が一人増えた。何の苦労もしてねぇあんな馬鹿な若旦那をだますことは簡単なことだ。ワッハァハァ・・・」と独り言をいって笑って帰りました。逆に権蔵はいかさま賭博に誘われたとは露知らず、経験したこともない賭博に心をうきうきさせて「あしたが楽しみだ」と独り言を言って帰りました。

 翌日二人は約束通り、ちょいと酒を引っ掛け、親分が胴元の賭場へ行きました。さいころ賭博は丁半の簡単なものです。何人か賭場にお客が来ていました。その日、権蔵はなんと50両ほどの大金を儲けました。胴元の親分と助蔵が組んでわざと儲けさせたのでした。権蔵はそんなこととは知らないで、帰り際助蔵に「助蔵さん、こんなに儲けて悪いねぇ」と言ったのです。助蔵はすぐに「いやいやぁ、権蔵さんは博才があっねぇ。たいしたものだ。どうです、あしたもここで開帳するんで、やってみねけぇ」と言ってきたのです。権蔵は「どっちみち夜は暇らっけぇ、また、くるっけぇ」と言って、いい気持ちで帰っていきました。翌日もまた儲かりました。遊びながら儲かるこんないいことがこの世にあったのかと権蔵は思いました。天にも昇る気持ちになってしまいました。権蔵は完全に舞い上がってしまったのです。次の日も誘われ又儲かりました。権蔵はとうとうこの賭博にはまってしまいました。助蔵と親分はそれが目的だったのです。なにせ、いかさまですから何でもできます。権蔵は、おお勝ちし、大金を手に入れていました。頭の中は丁半のさいころで支配されるようになりました。寝れば寝たで夢にまで出てくる始末です。権蔵は助蔵と親分の思う壺にはまってしまったのです。

 権蔵はさいころ賭博をやっていることは女房のお千代には秘密にしていました。賭場に行くときは適当な理由をつけては出かけていました。夜になると権蔵は落ち着きません。頭の中がさいころ賭博一色になり、いてもたってもいられません。自分がはめられていることに気付いていない権蔵は、きょうも出かけました。胴元の親分のところへ一直線です。きょうも勝つ気でいた権蔵でしたが負けが込んできました。それ以来、何回やっても勝つことができません。毎日毎日賭場へ通ったのですが勝つことができません。そのうちに今まで勝っていた手持ち資金と、店から持ち出した金が底を付いてしまいました。そしてとうとう親分から、自分の店と家を担保にし、借金までしてのめり込んでしまいました。助蔵は「権蔵さん、あんたは博才があるから必ず取り戻せっれ」などと適当なことを言われていました。権蔵は権蔵で最初に勝ったものですから博才があると信じています。どんどん親分から借金をしては、張っていったのです。そしてとうとうある日、のっぴきならぬところまで行ってしまいました。気が付いてみるともはや借金を返せないところまでいっていたのです。権蔵は親分に泣きつきましたが後の祭りです。とうとう権蔵は担保にしていた店と家を親分に取られてしまいました。助蔵と親分の罠にはまり、一文無しになってしまったのです。

 権蔵はこのことを女房のお千代に話しました。お千代はこんな馬鹿な亭主だったとは思わなかったと言って、二人の子供を連れてさっさと実家へ帰ってしまいました。身から出た錆とはいえ権蔵は天涯孤独になってしまったのです。そしてこの町から出て行き、隣の町の橋の下で暮らすようになりました。職もなく毎日ぶらぶらする日を送っていました。食い物は料理屋の残飯をあさって何とか食いつないでいました。

 あるとき権蔵は、あるお宮で参拝者が、さい銭箱にお金を入れるのを見ていました。そしてふと「ははあー。さい銭箱にはいくらかの金が入っている。それを寄せ集めれば何とか食っていけるかもしんねぇ」と考えたのです。そしてその日の夜からさい銭泥棒を始めたのです。やってみると以外とさい銭箱の中にお金が入っていました。権蔵は、さい銭箱からお金を盗むとき、必ず手を合わせ「神様、仏様。申し訳ありません。食えなくなってしまったのでこのさい銭箱の中のお金をもろっけぇ、勘弁してくんなせやぁ」と言っては盗んでいました。こんな生活をしばらくしていたのですが、もっと儲けたいと思い、泥棒する範囲を広げることにしました。かなり遠くまで足を延ばすようになりました。

 ある日の夜、権蔵はある村のお地蔵様のさい銭箱に気がつきました。そのお地蔵様は「まごころ地蔵」と言う名前が付いていました。このお地蔵様は人を改心させてくれるということで、このあたりでは有名なお地蔵様でした。そんなお地蔵様とはつゆ知らず、権蔵はそこのさい銭箱をゆすってみてびっくりしてしまいました。お金がたくさん入っていて動かないのです。権蔵は「しめしめ、こんなに金が入っているとは。いいところに当たったものだ。めったにあるものではねぇ。それにしても、見た目、てぇしたことのねぇお地蔵さんなのに、なんでこんなに、さい銭が多いんだ?? なんか特別なお地蔵さんなのかなぁ?」などと独り言をいいました。そしていつものように「神様、仏様、申し訳ありません。食えなくなってしまったので、このさい銭箱の中のお金をもろっけぇ、勘弁してくんなせぇやぁ」と言いました。そしてその中のお金をいつものように盗もうとしたそのとき、暗闇の中から「権蔵、権蔵」と自分の名前を呼ぶ声がするではありませんか。権蔵は何かの間違いではないかと思い、又お金を取ろうとしたそのとき、「権蔵、権蔵」とまた自分の名前を呼ぶ声が、暗闇の中から聞こえるではありませんか。権蔵は自分の耳を疑いました。「確か今、誰か俺を呼んだぞ。おーい! 誰かいるのか、いたら返事しろ!」と言って、あたりを見回しました。しかし、何の返事もありませんでした。あたりは静まり返っているだけです。そして「まさかお地蔵さんがしゃべるわけがないよなぁ。俺の名前を知っているはずもないよなぁ」と独り言をいって、又、金を盗もうとして、さい銭箱に手をつけたそのとき。「権蔵!! 盗む前に許しくださいと言っても勘弁できないぞ!! 私はここの地蔵だ。私の顔をまっすぐ見てみろ!!」という前より大きな声が確かに聞こえました。権蔵は慌てて、お地蔵様の方を見ました。そして、お地蔵様の慈愛に満ちた目が暗闇の中でカット見開き、その瞬間きらりと光りました。それにはさすがの権蔵もびっくり仰天し「ウワァー! でででたー!!・・・」と大声を出し、あまりの恐ろしさに腰を抜かして地面にかがみ込んでしまいました。そしてしばらくの間、ただ茫然となってしまいました。しばらくして権蔵は「た、た、た、た、た、確かに、お、お、お、お、お、お地蔵様ろっかぁ」と、恐ろしさに震えながら、しどろもどろで聞き直しました。するとお地蔵様は「そうだ。私はここの地蔵だ。お前のことはよく知っている。確か、ご法度(はっと)のさいころ賭博に心を奪われ、店と家をなくして一文無しになり、女房子供にも見放され、天涯孤独になったのだよなぁ」と言いました。すると権蔵は腰を抜かして立てない状況の中で、いまだ半信半疑で「お地蔵様、ど、ど、どうしてそんなことまで知っていっろーのー。俺はさっぱり分からんてねぇ。もし本当にお地蔵様だったら、きょうのところは何とか勘弁してくんねぇろっかねぇ。ほんの出来心でやってしもたてぇねぇ。お許しを」と言いました。するとお地蔵様は「私はこの世におきているすべてのことは知っている。今、お前とこうして話しているのは夢でも幻でもないぞ。お前と何かの縁があったのだ。前置きはさておき、権蔵よ、いくら食えないからと言って人様のものを盗んでまでいい、と言うことはないぞ。みんな一生懸命働いて食っているのだぞ。自分だけ楽して、人様のものを盗んで儲けようとする心根が間違っているぞ」と優しく権蔵に語り掛けました。すると権蔵は「お地蔵様、言うては何ですが、今の世の中、不景気で働く場所もねっし、もし、働いたとしても条件のいいところもねぇてねぇ。こんげな世の中が悪いし、親の育て方も悪いっけぇ、俺はこんな人間になったんだ!!」と少し語気を強めて言いました。するとお地蔵様は「ほほおー。世の中が悪い、親が悪い、と、きたか。自分は悪くないのだなぁ。お前は両親の愛情を一身に受け、かわいがられて育てられ、何不自由なく育ったので、お前の心の中に甘えの心があるのだ。それがお前をだめにしている犯人の一人だ。そうではないか、権蔵」と言いました。すると権蔵は「そうかもしんねてぇねぇ。生まれてこの方、苦労したことはねっけぇ、簡単に人を信用し、おだてられればすぐにその気になってしもたてねぇ」と言いました。するとお地蔵様は「お前もある程度は気が付いていたのだなぁ。しかし権蔵、ある程度では心の底から分かったとはいえないぞ。胸に手を当ててよーく考えてみろ。``俺がこうなったのは、すべて世の中が悪い、親が悪い、俺は悪くない``。と自分を正当化しているお前の心は間違ってるぞ。お前の心の中に、誘惑に簡単に負けてしまうもう一人の弱い自分がいるのだよ。これが今、お前をさい銭泥棒にしているもう一人の第二の犯人だぞ。お前の心の中では、ご法度の賭け事はいいことではないし、ましてや泥棒は悪いことだ、と分かっているはずだ。分かっているから、最初私が声をかけたとき謝ったのだよなぁ。しかし、分かっちゃいるけどやめられない、とくる。これはお前の心の力関係で、誘惑に負ける弱い心が勝っているからだ。ということは世の中が悪いということでもないし、親が悪いということでもない。お前自身が悪いということだ。そしてなぁ、権蔵、お前は本当のお金のありがたみが分かっていない。本当にお金のありがたみがわかっていれば安易に賭け事などにお金は使わないし、店と家を担保にして簡単にお金を借りることはしないぞ。お前が汗水流し苦労して作った店と家だったら、安易に賭博のために担保には入れられないはずだ。親から簡単にもらったからこんなことになったのではないのか。どうだ権蔵、これから心を入れ替えて、汗水流し働いて稼いでみてはどうだ。人間本当に苦労しなければお金のありがたみも分からないし、物事の本当のことも分からないぞ。人間は汗水流して苦労して得たお金だけが身に付くのだよ。賭博や泥棒をして簡単に得たお金というものは身に付かないのだよ。簡単に得た財産も同じく身につかないものだ。この世の中で遊びながら儲かるものなどないのだ。これらのことをこの機会によく考えてみたらどうだ」と言いました。そのことを聞いていた権蔵は「そんなこと言ったってぇ、こんな弱い俺を生んだ親が悪い。ましてや、賭場を徹底的に取り締まらない世の中が悪い。俺はやっぱり悪くねぇ」と言いました。するとお地蔵様は「こんどは取り締まらない世の中が悪い、生んだ親が悪いときたか・・・。この罰当たりめがぁ!! まだ分からないのか権蔵!! 確かに世の中も悪い。それは認める。しかしなぁ、人間の歴史の中で、これがいい世の中だ、すばらしい世の中だ、という時代はあったのか? そんな時代などはなかったのだよ。ほとんど戦の歴史だよ。殺し合いの歴史だよ。どんな時代でも何らかの問題を背負っているのだよ。それじゃぁ、どうすれば少しでもいい世の中にしていくことができるんじゃろうなぁ。それはなぁ、お前のように泥棒するような``根性``を、世の中を少しで良くするために、その``根性``をいいことに使うことだ。そんな心がけをしていく人が多くなってくれば世の中は変わるのじゃよ。世の中が悪いという前に、お前の心をまず変えて、そっから世の中を批判しろということだ。そうすればだんだんいい世の中になってくるということよ。お前はもう分別のある大人だぞ。子供ではないのだ。もし、お前が子供ならこんなことは言わない。分別のある大人だから言うのだ。今のような誘惑に満ち満ちている世の中を生きていくためには、しっかりとした考え方を持って生きていかないと、すぐに谷底へ転落してしまうのだぞ。しっかりとした考え方を選択するか、それともに誘惑に負けて、どっぷりと歓楽に浸るか、やけか腹いせなどで悪を選択するかは、世の中が選択してくれるものでもないし、親がしてくれるものでもない。お前自身の頭で考えて選択していくしかないのだ。なにもなぁ、歓楽が悪いといっているものではないぞ。ほどほどにということだ。限度をわきまえろということだぞ。権蔵よ、人間は一生己の心の中に住んでいる``善の心``と``悪の心``と闘っていくしかないのだよ。お前の最大の敵はお前の心の中に住んでいるのだ。それとなぁ、人間いったん良いことを考え出すと良い知恵がどんどん出てくるし、悪いことを考え出すと悪知恵がどんどん出てくるものなのだ。そしてなぁ権蔵、お前の両親は、お前をさい銭泥棒にするために一生懸命に育てたわけではないぞ。それなりの人間になってもらおうと思って育ててきたはずだ。お前はそんな親心を無にしようというのか。きっと今頃草葉の陰でお前の両親は泣いているぞ。私が今言ったこれらのことは分かるよなぁ、権蔵!!」と語気を荒げて言いました。これを聞いていた権蔵は、不思議と今までの突っ張りは消え、なんと涙を流して泣いているではありませんか。そして涙声で「お地蔵様、自分のことを棚に上げて、ひとのせいにしていた俺が間違っていたてねぇ。今やっと分かりました。死んだ親にあわせる顔がねぇてねぇ。これからは心を入れ替えて働くっけぇ、今までのことは勘弁してくっねぇろっかのー」と言いました。するとお地蔵様は「やっと分かってくれたか。お前が本当に心からそう思っているなら、今までの罪は水に流してもいい。しかし、ただ口だけでそういっているのならば、勘弁できないぞ」と言いました。それを聞いていた権蔵は「お地蔵様、俺は本当に自分が馬鹿だったと、今分かったてねぇ。これからは本当に心を入れ替えてがんばっれぃ。嘘は言わねっけぇ」と言いました。するとお地蔵様は「そうか、そこまで言うなら、お前を信じることにする。人間は何かあったとき、そのつど心から反省して心を入れ替え、やり直して生きていくならば、どんなことがあっても窮することはないぞ。自分が悪かったと、心から反省し、新しく生まれ変わろうとする人間を天は見捨てたりしないものだぞ。これからがんばるんだよ」と権蔵を励まして目を閉じ、それっきり何も話しませんでした。権蔵は狐につままれたような気分で、このお地蔵様とのやりとりを感じていました。ほんのいっときの出来事だったのです。なにか夢か幻を見ているようでした。権蔵はゆっくりと立って、さい銭箱から離れ、お地蔵様に手を合わせて「お地蔵様、ありがてぇかったれぃ」と一言お礼を言って、ゆっくりとその場を離れました。

 そしてこのことがあってから数日後に権蔵は「まごころ地蔵」での出来事を一生胸に収め、誰にも話すまい、と決意しました。人に話しても信じてもらえるとは思わなかったのです。せいぜい、頭が変になったと言われるのがおちだ、と思ったのです。そんな決意をしてからというもの、権蔵は人が変わったようになりました。いままで、さい銭箱から盗んで貯めておいた金は、恵まれない人達に全部くれてやりました。そしてどんなきつい仕事でも汗水流し一生懸命働きました。そして、実家に帰っていたお千代と子供たちを呼びよせ、今までのことを心の底から謝りました。そして一緒に長屋で住むことにし、これからは汗水流して働くことを約束しました。それからというもの権蔵は我を忘れて働きました。そしてその後、胴元の親分のところに代官所の手入れがあり、親分と助蔵一味はすべてお縄になりました。権蔵もとばっちりをうけましたが、騙されただけということで、百叩きの罰を受けただけで釈放されました。そして胴元の親分に取られていた店と家は権蔵に返されました。権蔵は運よく又、呉服屋としてやり直すことができました。それ以来権蔵はまごころ地蔵との出会いに感謝し、年に一回「まごころ地蔵」へのお礼参りを欠かすことはありませんでした。そして家族ともども本当の幸せを見つけたとさ。         おしまい                                        

No25. 嫁や婿を追い出した鬼婆

昔々、ある村に、それは、それは大きな百姓の家があったと。田んぼは村一番たくさん持っていたと。そこの家には、そろそろ嫁をもらってもいい、年頃のせがれがおったと。せがれは年に一回の村の秋祭りのときに、ある娘に一目ぼれしてしまったと。そしてさっさと祝言をして嫁にしてしまったと。

ところがこの嫁さんは体が弱く、いつも病弱で重労働の百姓仕事ができなかったと。それでも元気な賢そうな長男を産んだと。でも病弱は直らず、百姓仕事がなかなか思うようにできなかったと。そのことにいつも不満を持っていた、そこのうちの婆さんは「まったく、うちの嫁は役立たずの大めし食いだ」といつも愚痴を言っていたと。村じゅうに、こんなことをいつも言いふらしていたと。せがれが「そんなことを言うのだけはやめてくれ。嫁さんがかわいそうだ」と婆さんに頼んでも、婆さんは聞き耳もたなかったと。この婆さんは嫁にいたわりの言葉一つなかったと。

ある日、婆さんが爺さんに「うちの嫁は何の役にもたたない愚図嫁なので、追い出そう」と相談したと。爺さんも婆さんの考えに賛同したと。爺さんはそこのうちの婿さんだったと。ずぅーと、婆さんの尻に敷かれていたと。

それから数日後、婆さんがせがれに「嫁は何の役にも立たないから一人で出ていってもらうぞ」と言ったと。婆さんは、せがれを跡取りとして育ててきたので、きっと自分の言うことを聞いてくれるとばっかり思っていたと。しかし、それを聞いたせがれはびっくり仰天して、婆さんに「嫁が出て行くなら、俺も一緒に出て行く!」と言ったと。それを聞いた婆さんは、自分が考えているとおりにいかなかったのでびっくりして「お前はこんなにいっぱいある田んぼより、嫁さんのほうがいいのか」と言ったと。するとせがれは「そうだ。田んぼなんかいらねぇ。俺は嫁さんがいい。嫁さんがどんなに病弱だろうと、俺は嫁さんを、愛してるんだぁー!!」と言ったと。それを聞いた婆さんは「何でこんな軟弱なせがれになってしまったのだろう」と思ったと。そしてそのことを知った村の大多数の人達は、このせがれを「根性なしの馬鹿せがれ! 根性なしの馬鹿せがれ! 」と言って馬鹿にしたと。しかし、ごくごく一部の村の人は「あれほどの多くの財産を捨てて、愛を選ぶことは、なかなかできるものではない。どんな人生になろうとも、きっと家族ともども本当の幸せをまっとうするに違いない」と言っていたと。

そんなこんだ、しているあいだに、せがれと嫁はさっさと長男もつれてある町へ引っ越していったと。引っ越した後、爺さんはすぐに死んでしまったと。婆さんはあとのことが心配になったので、ちょうど年頃の、うちにいる一人娘に相談したと。そしてその娘に婿さんをもらって、うちを継いでもらうことにしたと。

それから一年後、隣村からりっぱな体をした、丈夫な婿さんをもらったと。この婿さんは風邪ひとつひかない、体の丈夫な人だったと。百姓仕事をするために生まれてきたような人だったと。働くは、働くは、馬車馬のごとく働いたと。婆さんはいい婿がきたと喜んで、村じゅうに言いふらしていたと。

ところがしばらくして、この婿さんの本当のことが分かってきたと。実はこの婿さんは大酒のみだったと。半端なものではなかったと。この大酒のみを隠して婿に入ったと。田んぼ仕事が終わってからというもの、飲むわ、飲むわ。これには婆さんもあいた口がふさがらなかったと。毎晩、毎晩、酒がなくなると酔っ払って「おーい!! 酒買って来い!! 」と怒鳴る始末だったと。いくら田んぼがいっぱいあっても収入のほとんどは酒代に消えたと。婆さんはこのことが、心配で、心配で夜も眠れなくなってきたと。くわえて、この婿さんと一人娘とのあいだにはどんなにがんばっても子供ができなかったと。

ある日婆さんは、とうとう堪忍袋の尾が切れて爆発したと。この婿さんに向かって「この大酒のみの馬鹿婿が!! 酒代でうちの財産を食いつぶす気かぁー!! お前なんか出て行け!!」と大声で怒鳴ったと。それを聞いた婿さんは「こんなうち今すぐ出て行ってやる!! この鬼婆!!」と捨てぜりふを残して、翌日さっさと出て行ったと。

そしてこの婿さんが出て行った数年後に一人娘が、急なはやり病であっという間に死んでしまったと。また別な新しい婿をもらおうと考えていた婆さんはがっくりしてしまったと。そんな心労がたたって、さすがの婆さんも百姓仕事ができなくなり、田んぼは荒れ放題になってしまったと。一人娘が死んでから3年後にこの婆さんもさびしく死んでしまったと。この婆さんが死んだことで、この村一番の大百姓の家は滅んだと。

ところが、ところが、町に引っ越したせがれは、商売を起こして成功していたと。一粒種の長男も立派に成長していたと。この長男がなかなか優秀で親父の商売を助けたと。そして、なんと嫁さんは最初に引っ越してから3年後ぐらいには体も丈夫になり病気一つしない人間に生まれ変わっていたと。そしてこの長男の代で商売を大きく広げ、町一番の大金持ちになったと。この長男はただ単なる金持ちだけではなく、町の恵まれない人達の面倒もかげながらみていたと。そして、出て行った婿さんも親戚の人の説得がきいて、実家に帰ってきて1年後に大酒のみは直って、すっかり生まれ変わっていたとさ。         おしまい                     

No26. ネズミの「三太郎」の恩返し

時は1960年代の初めの秋。日本の山あいの田舎のある村に、たくさんのネズミが住んでいました。そんな村の農家の中に木村一郎さんという農家がありました。一郎さんは65歳でした。一郎さんはあまりにもネズミが多くて頭を痛めていました。秋になると苦労して作った米が大きな被害を受けていたのです。又、芋やその他の食料品も年間を通じて被害を受けていました。これに頭を痛めた一郎さんは「このネズミどもをあらゆる方法で捕まえてやる!」と、いきまいていました。村全体でもネズミの被害は深刻で、ネズミ一匹の尾を、役場にもってくれば、それに対して5円の駆除対策費を出していたほどでした。

一郎さんは早速、ぱっちんや、ネズミかご、猫いらずを準備しました。そして、それらを仕掛けたり、まいたりして、ほぼすべてのネズミたちを捕まえたりして殺しました。しかし、一匹だけ多くの仲間が死んだにもかかわらず、生き残ったネズミがいました。そのネズミは、仲間に危険を知らせていたのですが、仲間からは聞き入れてもらえませんでした。そのためにそのネズミは多くの仲間が人間に捕まって殺されたりしているのを見ていました。そのネズミだけは人間の罠に、はまらなかったのでした。このネズミこそ、この物語の主人公です。

このネズミはすぐに自分の仲間を殺した木村一郎さんの家を出て、一郎さんの家から約200メートル離れている佐藤健二さんという農家に住むことにしました。佐藤健二さんは60歳でした。この家にはそのほかのネズミは一匹も住んでいませんでした。佐藤健二さんはこの地方でも有名なネズミ捕りの名人でした。そんなことも知らずに、このネズミは住み着いてしまったのでした。このネズミが前の木村一郎さんの家で一番学んだことは、まず、人間に「住んでいることを悟られないこと」でした。

住み着いて数日たったある夜、佐藤家の人々が寝静まったころ、このネズミは台所で食べ物があるかどうか、音一つ立てずに探し回っていました。あちこち歩き回って探してみても、なかなか食べ物が見つかりませんでした。そのうちにうんちをもようしてきました。ネズミは「人間の目に当たるところにしたのでは、ここに住んでいることが分かってしまう。人間の目に当たらないところで、うんちをやるしかない」と考えました。その結果、目に付けたところが、人間の目には見えない、高い食器棚の一番上でした。そこで用をたして、すっきりしたネズミは引き続き食べ物を探しました。しかし、何も見つけることができませんでした。そうこうしているうちに夜が明けてきました。ネズミは台所の食器棚の後ろに隠れました。一日中そこでじっとしていました。人間に気付かれないようにするためには容易ではありませんでした。

そして次の日の真夜中に、また食べ物を探しました。運良くその晩は、梨が5個台所に置いてありました。ネズミはその中の一個に小さい穴を開けて、梨の汁だけ吸いました。大きくかじったのではネズミが住んでいることを悟られるからでした。ネズミはその夜、おなかがすいていたのですが、その程度に抑えておきました。そして食器棚の後ろの隠れ家に帰りました。

夜があけて、佐藤健二さんの奥さんの里子さんが台所にやってきました。そして梨を食べようと思って一個の梨を手に取りました。里子さんは「あら、こんなところに小さい穴があいているわ。虫でも食ったのかしら?」と言いました。ネズミは、人間にそんな程度に思わせることに成功したのでした。そのことには成功しましたが、ネズミはおなかがすいてどうしようもありません。しかし、ここで食べ物を大きくかじったのでは人間に分かってしまうので我慢しました。三日三晩何とか我慢したのですが、とうとう我慢ができなくなって四日目の真夜中に、台所にあったジャガイモを、ついつい不用意にかじってしまいました。本能には、さすがのこのネズミも勝てなかったのです。

翌日とうとう里子さんは、ジャガイモがネズミにかじられていることに気付きました。そのことをすぐに旦那様の健二さんに報告しました。健二さんは「とうとう、うちに珍しく、ネズミが住み着いたな。何としても捕まえてやる」と言いました。そして「猫いらず」を買ってきて、その夜にネズミの通りそうなところにまきました。みんな寝静まった頃、ネズミはその「猫いらず」のそばに来て、前に仲間がその「猫いらず」を食べてみんな死んでしまったことを思い出しました。その結果、その「猫いらず」は食べませんでした。この「猫いらず」がまかれたことによって、このネズミは、人間にここに住んでいることが分かってしまった、と悟りました。そして人間に見つかった以上、人間がいろいろな方法で、罠を仕掛けてくるので、これと闘っていかなければならない、と覚悟しました。そして、これからはうかうかしていられないと思いました。何も頼るものもありません。自分の経験と直観力で、この闘いを乗り切るしかないと考えたのでした。

「猫いらず」をまかれた翌日、健二さんはその「猫いらず」を見てびっくりしました。「あれ!? この``猫いらず``をまったく食べていないな。なかなか利口なネズミだ。長期戦になるかもしれないなぁ。手ごわい相手になりそうだ。相手にとって不足はないぞ。そうだ、このネズミを``三太郎``と命名してやろう」と独り言を言いました。このときからこのネズミは「三太郎」というニックネームがつけられました。このニックネームは健二さんの小学校のときの友達の名前だったのです。この友達は、今は亡き人になっていました。この亡き友達の「三太郎」は小学校のときの健二さんの強力なライバルでもあったのです。このネズミの存在でその友達を思い出したのでした。

次に健二さんは「今度は毒が入っているまんじゅうを仕掛けてみよう」と考えました。そしてその夜、毒が入っているまんじゅうを仕掛けました。三太郎はおなかがすいて、よろ、よろに、なっていました。そんな状態のなかで、毒入りまんじゅうを真夜中に発見しました。三太郎は食べたくて、食べたくて、どうしようもありませんでした。しかし、持ち前の直感力でこのまんじゅうに危険を感じて、その夜は食べませんでした。

夜が明けて、健二さんが毒入りまんじゅうが食べられているかどうかを確認するために起きてきました。そしてその毒入りまんじゅうが何も食べられていないことにびっくりしました。「おかしいな? 今までの経験からすると、100パーセント食べているのに、何で食べなかったのかなぁ? こんなやつは初めてだ。三太郎はどうして、どうして、なかなか頭のいいやつだ。単なる利口なやつでもなさそうだ。同じ人間の世界でもノーベル賞をもらうほどの超優秀な人間もいるのだから、ネズミの世界でも超優秀なやつがいたって不思議ではないわなぁ。こりゃぁ馬鹿にはできないぞ」と独り言を言いました。そして今回のネズミは、今まで出会った中でもまったくタイプの違う個性的なネズミだということを感じていました。健二さんは、次は「ネズミかご」を、仕掛けることにしました。餌はチーズにしました。

翌日の真夜中、おなかがぺこぺこの三太郎は食べ物を探しに台所に出てきました。そして健二さんが仕掛けた「ネズミかご」を、発見しました。三太郎は以前、仲間がこのネズミかごに引っ掛かってやられたのを覚えていました。そのため三太郎は仕掛けが動いて扉が閉まらないようにネズミかごの中をしのび足で歩き、細心の注意を払いました。そしてネズミかごの中のチーズがぶら下がっているところまで近づきました。三太郎は、おなかがすいていたのですが、仕掛けを揺らさないように注意を払ってチーズを少し食べました。そして欲を出さずに少し食べただけで、入ってきたのと同じく細心の注意を払って「ネズミかご」から出ました。三太郎は健二さんの作戦に負けなかったのです。しかし、三太郎のおなかは満たされませんでした。

翌日、健二さんはネズミかごを見て、ほんの少しのチーズしか食べていなかったことにびっくりしてしまいました。少しのチーズを食べてこの仕掛けをくぐり抜けた三太郎に逆に感心してしまいました。「三太郎はなんてやつだ。いったんこのかごに入っておきながら引っかからなかったとは!!」と健二さんは独り言を言いました。そんなことを言っているのを三太郎は食器棚の後ろから耳を澄ませて聞いていました。三太郎は「人間はネズミを馬鹿だと思っているに違いない。われわれだって知恵があるんだ。人間なんかに負けてたまるか!」とあらためて決意したのでした。

さすがのネズミ捕り名人の健二さんでも「うーん、次なる手はいったいなんにしようか?」と思案にくれてしまいました。そしてしばらく考え込んでいましたが、一つのアイデアが浮かびました。それは何も仕掛けないで、三太郎を家の中から外に出られないようにして徹底的に「兵糧攻め」にすることでした。家の中に食べ物をおかないで、二週間ぐらい何もしないで三太郎に徹底的におなかをすかせることにしたのです。そしてどうにもならなくなったころあいをみて「ネズミかご」に、クッキーを仕掛けて捕まえるという作戦を立てたのです。

 そう思ったその日から作戦が決行されました。そのため、三太郎は家の中のどこを探しても食べ物は見つかりませんでした。そして何の仕掛けもないことに気付いた三太郎は「こりぁきっと何かあるなぁ?」と感じました。そんなことを感じながら二週間、真夜中になると食べ物を家中探しました。しかし、何も見つかりませんでした。三太郎は、おなかがすいて、すいて、もうどうにもならなくなりました。神経も普通の状態ではなくなってきました。動く元気もなくなりました。意識も、もうろうとしてきました。食器棚の後ろに、ただじっとしていなければならない状況に追い込まれてしまったのです。これが健二さんの作戦とはさすがの三太郎も気付かなかったのです。「何かあるな?」程度でした。もうそろそろ三太郎は参ってしまっているに違いないと考えた健二さんは「そろそろクッキーで捕まえるか」と考えていました。

 そして翌日、健二さんはネズミかごに、クッキーを入れて、食器棚の近くにネズミかごを仕掛けました。真夜中になり、三太郎はクッキーの匂いで食べ物が近くにあることを察しました。もうおなかがすいて、すいて、神経も普通ではありません。目も回っています。さすがの三太郎も落ち着いて客観的に状況を判断できなくなっていました。本能のまま、クッキーの匂いにつられて三太郎はネズミかごに入ってしまいました。そして遂にクッキーに思いっきり食いついてしまったのです。その瞬間、ネズミかごの扉が「パチーン!!」といって閉じてしまいました。三太郎はそのとき「しまった!!」と一瞬思いましたが、後の祭りです。三太郎はとうとうつかまってしまいました。この三太郎と健二さんの闘いは最終的に健二さんの勝利に終わりました。

夜が開け、健二さんが起きてきました。健二さんはすぐにネズミかごを見ました。そして「オー! やっと食いついたなぁ。この俺をほんろうさせるとはなんてやつだ。しかし、お前はもう一巻の終わりだ!!」と言いました。三太郎はかごの中を「チュウ、チュウ、チュウ・・・」と泣きながら、ただうろうろするだけでした。

健二さんはそのかごを、家の前を流れている川に持っていって、かごを川に入れ、三太郎を溺死させようと考えていました。健二さんはすぐに三太郎が入っている「ネズミかご」を、川端に持ってきて、かごの中の三太郎を見ました。そうすると三太郎は動かずに、じっと健二さんの目を見続けていました。三太郎は心の中で「どうか命を助けてください。確かにわれわれネズミは人間に悪いことばかりしてきました。人間がわれわれネズミを退治したい気持ちは分かります。しかし、われわれも人間と同じく生きていかなければならないのです。食べ物を見つけて子孫を増やしていかなければならないのです。結局、人間と同じなのです!」と叫んでいました。そんなことを三太郎が心の中で叫んでいることなど、まったく気付かない健二さんは、三太郎に向かって「所詮ネズミは人間に勝てないよ。お前がネズミの中でも飛びぬけて利口者でも、ネズミはネズミでしかないのだよ。人間に損害を与えるものは殺すしかないのだよ」と言いました。それを聞いていた三太郎は「何を言っている! ! 人間はわれわれより他の生き物を多く殺して料理し、食っているくせに。他の生き物に大損害を与えているじぁないか。そして他の生き物だけではなく、同じ仲間の人間も簡単に殺してしまうじゃないか。戦争になれば何十万人もいっぺんに殺すくせに。われわれから見れば人間ほど野蛮で残酷極まりない生き物はいない。われわれの比ではないぞ。もし、人間より知恵のある生き物がいたならば人間はきっとその生き物に殺されるはずだ」と心の中で叫びました。実は三太郎は、この村の中学校に以前住んでいたころ、ある教室で社会科の勉強のときに、戦争のことを、黒板の裏でじっと耳を済ませて聞いていて、自然と学んでいたのです。そして人間が同じ仲間の人間を殺すことも、前に住んでいた家々のラジオやテレビのニュースを、屋根裏などでしっかりと聞いていて、知っていたのでした。あたりまえのことですが、健二さんは三太郎がそんなことを思っているとは想像もつきません。健二さんは三太郎の目をじっと見続けました。そして三太郎の目の奥に、何か自分に言いたいことがあるのではないかと急に感じるようになって「なんだかこの三太郎を殺すのがかわいそうになってきた」と言ったのです。そしてそんなことを言ったと思ったら突然「やめた!! やめた!! この三太郎の殺生はやめた!!」と言ったのです。そしてなんと健二さんはあれほど、あの手、この手と、悪戦苦闘し苦労して捕まえたネズミかごの中にいる三太郎を、すぐに川端から近くの山のほうに持っていって「お前も同じ生き物や、長生きするんだぞ。元気でなぁ」と言って、ネズミかごの扉をあけてやり、山へ三太郎を逃がしてやりました。びっくりしたのは三太郎でした。もう一巻の終わりと覚悟していただけに健二さんの急な心変わりにはびっくりしたのです。健二さんは三太郎を見つめていると、だんだんと菩提心(仏心)が出てきたのでした。三太郎は逃げるとき、何回も健二さんのほうを振り向きながら「人間も鬼のような心から、一瞬にして仏様のような優しい心になることができる不思議な生き物だなぁ。じゃぁ、今、戦争などで殺し合いをしている人間だって健二さんと同じ人間だ、そうならば一瞬にして平和になる可能性だってないわけではないわなぁ」と、心の中で思っていたのです。三太郎はなんというねずみでしょうか! こんな状況にもかかわらず、こんなことを思うことができるとは! そして「チュウ、チュウ、チュウ・・・」と泣きながら喜んで山の奥へと逃げていきました。三太郎が人間に対する思いが変わった瞬間でもありました。

そんなことがあってから約一ヵ月後のある晴れた日、山の中に生活の場を変えた三太郎は、奇跡的に天敵にも襲われずにいつものように暮らしていました。そんな日に三太郎は、木の実を口にくわえてねぐらの穴に入ったとき、今までにないかすかな地殻の異変を感じました。直観力のある三太郎は「これは普通ではないぞ!! 今に大変なことが起きるぞ!!」と感じました。そしてすぐに胸騒ぎがして、口にくわえた木の実をすぐに吐き出し、全力疾走で健二さんの家のほうに必死になって走っていきました。そうすると健二さんは自転車に乗って出かけようとしていたのです。健二さんのすぐ前の道路の先には岩肌が出ている危険な崖がありました。それを分かっていた三太郎は健二さんが自転車でその崖にさしかかる寸前に自転車に乗っている健二さんめがけて大きくジャンプしたのです。びっくりしたのは健二さんです。突然つい「ウワァー、危ない!!」と言って、自転車ごと転んでしまいました。と、そのとき、今までにない、大きなゴー音とともに大きな地震がおきました。健二さんは転んだまま、必死になって地面に伏せて揺れがおさまるのを待ちました。しばらくすると揺れはおさまりました。今までにない、天地を揺るがす大地震でした。健二さんのすぐ前の崖は大きく崩れてしまいました。それはほんの一瞬の出来事でした。自転車で行こうとしていた道を、たくさんの大きな岩が完全にふさいでしまいました。健二さんは転んだおかげで、間一髪命拾いすることができたのです。もし三太郎が健二さんの行く手を邪魔しなかったならば健二さんは崩れてきた大きな岩の下敷きになって、あっという間に命を落とすところでした。健二さんは転んだ状態のまま、近くを見回しました。そしてすぐ近くに「チュウ、チュウ、チュウ」と鳴いている一匹のネズミがいることに気付きました。健二さんは一瞬「まさか?」と思いましたが、前に逃がしてやった三太郎だったことにすぐに気付きびっくりしてしまいました。そして「三太郎、お前はなんてやつだ、この俺を助けてくれるとは。やっぱり普通のネズミじゃぁなかったなぁ。もしかしたらお前は俺の小学校のとき友達だった高橋三太郎の生まれ変わりかもしれないなぁ。まぁ、そんなことはどうでもいいわ。とにかくネズミの三太郎君、俺の命を救ってくれて本当にありがとう」と健二さんは三太郎にお礼を言ったのです。三太郎はそのお礼の言葉を聞いて、すぐに又、山へと帰っていったとさ。                              
おしまい            
※ みなさん、お釈迦様がお亡くなりになって最初に駆けつけたのはネズミだったそうです。十二支の最初はネズミです。十二支の順番はお釈迦様がお亡くなりになったときに、早く駆けつけてきた順番だそうです。                      

No27.「損だべぇー娘」のお竜さん

 昔々、下野の国(今の栃木県)の塩原温泉の「もみじ屋」という小さな温泉宿に「お竜」という跡取り娘が住んでいました。なかなかの美人で、姿かたちは申しぶんありませんでした。このお竜の親はそろそろ婿をとって安心したかったのですが、その婿さんがなかなか決まりませんでした。美人で姿かたちすべてよし、とくればすぐにでも決まりそうですが、そう簡単ではなかったのでした。お竜はこのもみじ屋の一人娘でした。

 そんなもみじ屋にある秋の日、紅葉狩と湯治を目的に、江戸から一組の中年夫婦が泊まりに来ました。お竜の父親の「仙吉」と母親の「お里」はすぐに玄関で「いらっしゃいませ。ようこそおいでなさいました。さあさあ、お疲れでしょう、足を洗いましたらすぐにお部屋にご案内いたします」と言いました。そこへちょうどお竜がやってきました。お竜はこのお客様に何の挨拶もしません。お客の中年夫婦は間が悪かったのか、自分たちのほうから「お世話になります」と言ったのです。するとお竜はやっと口を開き「いらっしゃいませ。ごゆっくりしていってください」と言ったのです。仙吉とお里は心の中で「またか!」と思いました。夜になり、お竜の親はお客様の夕食の用意などをすべて終了させて、お竜を自分たちの部屋に呼びました。仙吉はすぐに口を開き「お竜、何でお前はいつも自分から先にお客様にご挨拶しないのだ。お客様に失礼だんべ」と言いました。するとお竜は「だって自分からしたら損だべぇー」と言いました。仙吉はそれ以上のことは言いませんでした。いつもこんな調子で親は返す言葉がありませんでした。

 翌日お竜は散歩がてら温泉街を歩いていました。するとすれ違う温泉街の地元の人々は口々に「おっ! ``損だべぇー娘``のお竜だ」と言って、誰一人自分から挨拶をする人はいませんでした。お竜はこの塩原温泉では「損だべぇー娘のお竜」として有名だったのです。金持ちの親戚の人にはいい顔し、貧乏の親戚の人には無愛想で、にこりともしないほどでした。この美人のお竜に婿がなかなか決まらないのは、ものごとを損得だけで見てしまう性格が原因だったのです。

 あるとき、父親の親戚筋からお竜に20回目のお見合い話が持ち上がりました。お竜は会ってもいいと返事をしました。親は早速段取りを取りました。そして10日後に塩原温泉のある料理屋でお見合いすることが決まりました。相手は板室温泉の、ある大きな温泉宿の次男坊でした。なかなかいい男でした。お竜の親は「お似合いの二人だ」と思い、今回はうまくいくのではないかと感じていました。いよいよそのお見合いの時がきました。話もよく合い、雰囲気も良くなってきました。そして最後にお竜が「ところでご飯を食べ終わったら茶碗などを毎日洗ってくれるんだべ?」と相手の次男坊に聞きました。すると次男坊は「いやいやそれは女のやることだべ。お竜さんからやってもらわなければならない」と言ったのです。するとお竜は「それはできねべぇー!」ときっぱりと言いました。それを聞いた次男坊は「どうしてだべ?」と逆に聞いてきたのです。お竜はすかさず「だって私だけ食べ終わったあとに難儀するのは損だべぇー!!」といつもの口癖が出てしまいました。この一言で今回うまくいきそうな見合いも一発で失敗してしまいました。お竜の親は「またか!!」とがっくり肩を落としてしまいました。仙吉とお里の苦悩は益々深くなっていくばかりでした。仙吉とお里は何とかお竜の性格が変わってくれないかと思い、近くの稲荷神社に行ってはお参りしていました。当のお竜はそんな親の苦悩は眼中にありません。お竜の頭の中は万事「損だべぇー」という考えが支配していました。お竜の人生がなかなか前に進まない元凶が「損だべぇー」でした。

 そんなお見合い話が破談してから一年たった秋のある日、塩原温泉に全国を旅している「聖心」という名前の修行僧がやってきました。長い間全国を旅しているものですから顔は真っ黒、着ている袈裟はぼろぼろでした。普通の人が見ると乞食坊主に見えました。塩原温泉に来る途中何回か子供たちに「この乞食坊主!! この乞食坊主!! あっちへ行け!!」と言われては、石をぶつけられることもありました。聖心は石をぶつけられると「わしは正真正銘の風天の乞食坊主だ! 何か文句があるのか! こらぁー!!」と言っては子供たちを追っ払っていました。聖心の体のところどころは石をぶつけられて少し腫れ上がっているところもありました。そんな聖心はどこの温泉宿に泊まろうかと塩原温泉に来て迷っていました。そしてある温泉宿に行って「今晩一晩泊めてください」と言ったのです。しかし、そこの主人はあまりにもみすぼらしく汚い聖心の姿を見て「申し訳ないが、他のお客様の迷惑になるので他へ行っておくれ」と言って断りました。どこの温泉宿に行ってもこの調子で断られる始末です。聖心は困り果てて最後に「もみじ屋」にたどり着きました。玄関に入り「申し訳ないが、今晩とめていただけないですか?」と言いました。すると仙吉が出てきて「いらっしゃいませ。ようお越しくださいました。お疲れでしょう、足をまず洗ってすぐに温泉に入り、きれいに体を洗い、さっぱりしてください」と言ったのです。すると聖心は「こんな私でも泊めてくれるのですか?」と、どこの温泉宿でも断られていたので半信半疑で仙吉に尋ねました。すると仙吉は「あたりまえです。うちは温泉宿ですよ。泊めるのが商売です。姿かたちでお客様を差別はしておりません。さあさあ、そんなへんなことはいわないで、ごゆっくりしていってください」と言いました。そしてすぐに「おーいお里! この旅のお坊さんをお部屋にご案内しておくれ!」と言いました。すると聖心は「お世話になります」と言って、すぐに飛んできたお里といっしょに部屋へ向かいました。途中、聖心は廊下でお竜に会いました。お竜はいつものように自分から挨拶はしません。間が悪かったのか聖心が先に「こんばんわ」と挨拶しました。するとお竜は「いらっしゃいませ」と言ったのです。部屋についた聖心はお里に「今、廊下で会った人はお客様ですか?」と聞いてきました。お里は「いいえ、うちの一人娘のお竜です」と言いました。すると聖心は「そうでしたか。それで``いらっしゃいませ``と言ったのですね」と言いました。するとお里は「まったく、うちの娘はお客様に自分から先に挨拶できない出来損ないですよ」と愚痴って、聖心から記帳してもらった宿帳を持ってすぐに部屋から出て行きました。

 お里が出て行ってからしばらくして聖心は温泉にも入り、夕食も食べて部屋で休んでいると、仙吉とお里が部屋にやってきました。仙吉が「お客様は宿帳から推察しますと旅のお坊さんですね?」と言いました。すると聖心は「はい、私は全国を旅している未熟者の修行僧の聖心と申します」と言いました。すると仙吉が「いい人に出会うことができました。実は私どもの悩みの相談に乗ってもらえませんか。初対面でこんなことをお願いするのはあつかましいことと重々承知しているのですが、何とか話だけでも聞いてもらいたいのです」と立ったまま切羽詰った様子で聖心に言いました。聖心は少し間をおいて「いやぁご主人、いい湯でした。それにしても塩原の紅葉は最高ですねぇ。目の保養になります。お湯と紅葉のおかげで旅の疲れもすっかり取れました。人間の心も塩原の紅葉のようにみんなきれいだといいのですがねぇ。きょうは泊めていただき感謝しています」と言いました。そしてすぐに「うーん、何かお困りのようですねぇ。そんな立ったままでは話もできません。ここに座ってこんな私でよかったらお話を聞かせてください。お二人の悩みを解決できるかどうか分かりませんが、一生懸命私なりに考えます。悩んでいる人を救うのが坊主の役目ですから」と言いました。すると仙吉とお里は聖心の前に座り、すぐに仙吉が「ありがとうございます。実は聖心さん、うちの一人娘のことなのです」と切り出しました。そして言葉を続けました。「うちの娘のお竜は決して自分から挨拶しないのです。何でしないんだべ、と問い詰めると、だって損だべぇー、と言う始末です。外で人に会っても自分から``おはよう``とか``こんばんわ``とかは決して自分から言いません。そして三度三度の食事の後片付けも``損だべぇー``と言って、決してやりません。こんな調子ですからどんな良い縁談も破談になってしまいます。こんなことが続けばもみじ屋は私の代で終わりです。こんな娘ですが心を変えるいい知恵はないものでしょうか」と言いました。それを聞いていた聖心は「そうだったのですか。それはご心配ですね。ところでいつごろからそんな娘さんになってしまったのですか」と仙吉とお里に聞いてきました。すると今度はお里が「小さいころはお客様が来たら大きな声で``いらっしゃいませ!!``と言っていました。お竜が大きな声で言うとお客様が何か言葉を返していました。ところが確か、12歳くらいの頃、あるお客様がきて、いつものように大きな声で``いらっしゃいませ!!``と言ったのです。しかし、そのお客様は``むつー``としていてお竜に対して無視するかのような冷たい態度で接したのです。このことがあってからというものお竜は決して自分から挨拶しなくなったのです」と言いました。すると聖心は「そんなことがあったのですか。きっとそのお客様は何か考え事をしていたのでしょうねぇ。悪意はなかったのだと思いますが、結果的にお竜さんを傷つけてしまったのですねぇ」と言いました。それを聞いていた仙吉は「きっとそうだ。それで自分から挨拶しなくなったのだ」と言いました。そして聖心は「お話は分かりました。まぁ、世間では自分から先に挨拶しない人は大勢います。そんなに心配することでもないように思うのですが、このことが婿さんをもらうことと関係しているとなると大きな問題ですねぇ。ところでお竜さんはこの家から出て、他で働いたことはあるのですか?」と仙吉に聞きました。すると仙吉は「まったくありません。生まれてこのかた家を出たことはありません」と言いました。聖心はそれを聞いて「分かりました。一晩どうしたらいいか考えます。結論は明日の朝にお話します。それでいいですか?」と言ったのです。仙吉は「はい、分かりました。それでは今日はこのへんで失礼いたします」と言って、仙吉はお里と一緒に聖心の部屋から出て行きました。その後聖心は、そうは言ってみたものの、なかなかいい考えが浮かびませんでした。そしてそのまま旅の疲れも手伝って寝てしまいました。

 夜が明け、朝になりました。聖心は顔を洗っているとき一つの考えがようやく浮かびました。そして朝ごはんを食べ終わって仙吉とお里を部屋に呼びました。聖心は「昨晩はどうも。いろいろ考えたのですが、どうでしょう、お竜さんにいろいろと説教じみた言葉で言い聞かせてもだめなような気がするのです。そこでどうでしょうか、これから私はここを出て鬼怒川温泉を通り日光のほうへ行く予定です。日光まで一緒に旅をさせてはどうでしょうか。いろいろと他の温泉宿の接待などを見せるのです。きっと言葉でいろいろ説教するよりこのほうが良く分かると思うのです」と言いました。すると仙吉は「それはいい考えです。なあ、お里」と言いました。お里は「でも帰りはどうするのです。私も一緒に行ってもいいですか?」と聖心に聞きました。聖心はすぐに「お里さんが一緒ならば尚いいですよ」と言いました。仙吉は「それでいきましょう。決まりです。聖心さんお願いします」と言ったのです。そしてすぐにお竜が呼ばれました。お里がお竜に「どうだろうお竜、お前も生まれて旅一つしたこともない。このお客様の聖心さんが日光までいくのだがご一緒しないかい」と言いました。お竜は突然の話で少し驚いた様子でしたが二つ返事で「まあ、うれしい。ところでおっ母さんも一緒だべ」と言いました。するとお里は「ああ、私も一緒に行くよ」と言いました。お竜はそれを聞いて急に明るくなり、うれしさがこみあげてきました。話はとんとん拍子に進み、三人の旅が始まりました。

 塩原を出発した三人は、まず鬼怒川温泉の「きぬ屋」という温泉宿に泊まりました。「きぬ屋」に着いたとき、その「きぬ屋」の人が元気よく「いらっしゃいませ!!」とお竜にまず言ってきたのです。お竜はすかさず「お世話になります」と言いました。それを見ていた聖心がお竜に「いらっしゃいませ、と最初に言われてどんな気持ちになりましたか」と尋ねました。するとお竜が「気持ちが良かった」と答えました。するとすぐに別なお客が「きぬ屋」に入ってきました。「きぬ屋」の別な人がそのお客に「いらっしゃいませ!!」と元気よく挨拶していました。しかし、そのお客は何の返答もなく、無愛想でした。はたから見ると無視しているように見えました。しかし、「きぬ屋」の人はそんなことは気にしないで愛想良くそのお客にいろいろと話しかけていました。それを見ていたお竜は心の中で「私とはずいぶん違う」と感じていました。そんなやりとりを見ていた三人は足を洗って部屋へと案内されました。そしてお茶を飲みながら聖心がお竜に言いました「初めての旅はどうかなぁ」と言いました。お竜はすぐに「歩くのは大変だけど楽しいです」と言いました。するとお里が「私はお竜を箱入り娘にしてしまいました。世間を知らない人間にしてしまったのです」と言いました。すると聖心が「お里さん、それは仕方がないところもあります。仕事が仕事ですもの。休む暇などありませんしねぇ。でも今回はお竜さんも楽しそうですから良かったです」と言いました。

そんなことを言い合っているとき、「きぬ屋」の人が宿帳を持ってきました。そしてお竜がその人に「あなたはさっき玄関で無愛想なお客様に愛想良く振舞っていましたねぇ。何でそんなことができるのですか? 自分だけ損していると思わないのですか?」といきなり聞いたのです。すると「きぬ屋」の人はびっくりした様子で「何でそんなことができるかって、そんなこと聞かれてもねぇ。そんなことあたりまえだべ。お客様の気分でこっちの対応が決まるものではないのですよ。こちらの気持ちが一番大切なのですよ。お客様はいろいろなことがあるのです。商売でうまくいかなかったとか。お店がつぶれたとか。夫婦喧嘩して機嫌が悪かったとか。体の具合が悪くて気分が落ち込んでいたとか。何かで悩んでいたとか。それはもう人間ですからいろいろあるのです。ちょうど人の心もお天気みたいなものですよ。雨の日もあれば雪の日もあり、突然ヒョウが降るときもあり、風が強い日もありますよ。時には嵐の日もあるでしょう。しかしねぇ、お天道様(太陽)は変わらないで、毎日この世の中を平等に照らしているべ。貧乏人にも金持ちにもね。この世の中にはお天道様が必要なのですよ。お天道様がなかったらこの世の中どうなります。真っ暗闇でしょ。私たちの仕事はちょうどお天道様のようなものなのです。疲れている旅のお客様をお天道様のように明るく温かく接待し、一時でも旅の疲れや、いろいろな疲れを忘れてもらい、気分よく泊まっていただきたい。ただそれだけなのですよ。損得とかそんなことでお客様に対応していません。確かに商売は損得勘定ができなければやっていけません。しかしねぇ、損得勘定だけではこの世の中は渡っていけないのですよ。目には見えない大切なものもあるってことですよ。もし損得だけの世の中だったら、味気なくつまらない暗い世の中になりますよ」と、きっぱりと言いました。それにはお竜もびっくりしてしまいました。そんな話を聞いたのは初めてだったのです。そしてお里がその「きぬ屋」の人に「いいお話をしていただきありがとうございます」と言いました。聖心はお竜に「いい勉強になったねぇ」と言いました。そんなことを言い合っている間に、宿帳に記帳し終えたのを確認した「きぬ屋」の人は、別な部屋へと行ってしまいました。三人はすぐに温泉に入り、その後食事をしました。そして、旅の疲れもあり、すぐに寝てしまいました。

 翌日、鬼怒川温泉を出発した三人は、今市の手前の街道の茶屋に一服することにしました。そこの茶屋のおばあさんが出てきて「いらっしゃいませ。ご注文は何にしますか?」と言いました。するとお里が「それではお茶と、だんごを三人前頼みます」と言いました。するとおばあさんは「はい、分かりました。ありがとうございます」と言いました。するとお竜がそのおばあさんに「突然変なことをお聞きしますが、あそこの道端のごみを拾っている人や、草取りをしている人が何人かいますが、あれで日当はいくらになるんだべ」と質問したのです。するとおばあさんは「何を突然聞かれると思ったらそんなことですか。実はねぇ、あそこで働いている人たちはお金のために働いているのではありません。この街道を通る人達が気持ちよく旅ができるようにと、このへんの村人が協力して、ただで道のごみ拾いや草取りの作業をしているのですよ。奉仕の心を喜びとしている人達なのですよ」と優しくお竜に説明しました。お竜はびっくりして「えっ!! ただで!!」と言ったきり言葉が出てきませんでした。お竜はこの世の中でただで働く人達がいることを初めて知ってびっくりしてしまったのです。今まで損得でしか世の中を見ていなかったお竜にしてみれば、信じられない光景だったのです。その後おばあさんが持ってきた、だんごとお茶を三人はいただきました。そして一服した三人はおばあさんに茶代を支払い出発しました。

 日光に向けて出発した三人はしばらく歩いて、街道の土手の下の川で、茶碗や鍋、野菜を洗っている女の人を発見しました。その人を見るなりお竜はその女の人のそばへ小走りで降りて、近づいていきました。旅に出て驚くことばかりのお竜にしてみたら、いても立ってもいられなくなったのでしょう。いきなりその女の人に「あなたは何でこんなにたくさんのものを一人で洗っているんだべ? これでいくらもらっているんだべ?」と質問したのです。突然見知らぬ人からこんな質問をされたものですから驚いたのはその女の人でした。しかし、すぐに平静を取り戻し、手を休め「何でって? 変なことを聞く娘だねぇ。あたしはこの土手の上の街道のすぐ前に住んでいるものだけどねぇ、亭主が外で一生懸命汗水流して働いているんだ。女がうちの仕事をするのはあたりまえだべ。亭主が疲れて帰ってきたとき夕飯の用意も何もしていなかったらどうするの。家事をするのはうちを守っている女の仕事と昔から決まっているのさ。あんたはそんなことも分からないのかい。もしあたしが外で働いていれば違ってはくるけどね。亭主が一日働いて帰ってきて、気持ちよく休んでもらいたいのだよ。男は外へ出れば七人の敵がいると言うじゃないか。外でその敵と闘って傷を負ってくるのさぁ。せめてうちにいるときぐらいはゆっくり休ませてあげたいよ。あたしはねぇ、うちのお天道様になりたいんだよ。お天道様がなかったらうちの中はどうなる? 真っ暗闇だよ。それでは子供もだめになるしねぇ。お天道様というのは損得でこの世の中を照らしているのかい。そうではないでしょ。一日照らしてやったからいくら払え、などというお金の請求書があたしらにくるかい。そんなこと聞いたこともないよ」とお竜に言いました。お竜はお天道様の話が出てきたことにまた驚きました。鬼怒川温泉に泊まったときに話してくれた温泉宿の人と同じだったからです。お竜は何の反論もできませんでした。その場で考え込んでしまったのです。そしてすぐに我に返り、その女の人に「突然すいませんでした」と言って、お里と聖心が待っている街道へ歩いて土手を登っていきました。聖心が帰ってきたお竜に「あの女の人と何を話したの? 」と聞きました。お竜はすぐに言葉が出てきませんでした。しばらくして「ただの世間話よ」と言いました。お竜はその女の人が話した内容は二人には話しませんでした。自分の胸の中に収めたのでした。そしてまた三人は街道を歩いて日光へと急ぎました。

 日光へと急いでいる途中に、ある稲荷神社で一休みしていました。そしたら一人の中年の女の人がやってきて、お百度参りを始めたのです。お竜はびっくりして聖心に「聖心さん、あの女の人は何をしているんだべ?」と聞きました。すると聖心は「あれはお百度参りといって何かの問題が解決しますようにと、神様に百回の願をかけているのだよ」と言いました。お竜は初めてそんな光景を見たものですから驚いた様子で「そうなんですか。そんなものがこの世の中にあるのですか」と言いました。お竜は最後までそのお百度参りを見ていました。そしてお百度参りが終わった中年の女の人に「どうしてこんなことをしているんだべ?」と聞きました。するとその中年の女の人は「実は私の息子が花札賭博にはまってしまって金遣いが荒くなり、親が何を言ってもだめなのです。このまま行くと財産を食いつぶしかねないので、何とか花札賭博をやめて欲しいと神様にお願いしたのです」とお竜に言いました。するとお竜は「そうだったのですか」と言いました。そして親が子供のことでこんなに苦しんでいることを目の当たりにして、心に引っかかるものを感じていました。しばらくして三人はこの神社を後にしました。

三人はまた街道を歩いて日光へと向かいました。そしてしばらくしてお竜が聖心に「聖心さん、急でいるところ悪いのですが塩原へ帰ります。おっ母さんと帰らせてください」と突然に言ったのです。聖心は少し驚いた様子で「そうですか。この旅で何か得たものがあったのですね。お里さんはどうですか? 」とお里に聞いてきました。お里は「お竜がそう考えているならばそうさせてやりたいです」と言いました。そしてすぐに話がまとまりました。お里は聖心に路銀のたしにと何両かをお礼として差し出しました。聖心は気持ちよく受け取り「ありがとうございます。わたしのような乞食坊主にとっては大変助かります。お礼にこんな言葉を差し上げます」と言って、聖心は手持ちの荷物の中から筆と紙を出してその紙に「天に人にだまって得を積みなさい、そうすれば天は困ったとき見捨てません」という内容の言葉を書いた紙をお里に手渡しました。それをもらったお里は「ありがとうございます。額に入れて家宝にします」と言ってその紙を受け取りました。すると聖心は「二人とも気をつけてお帰り下さい。帰ったら仙吉さんによろしくお伝えください」と二人に言いました。するとお里が「このたびはほんとうにありがとうございました。聖心さんのお力でお竜も少し何かをつかんだようです。いろいろとお世話になりました」と言いました。すると聖心は「いやいや私の力ではありません。仙吉さんとお里さんの得の力ですよ。きっと天がその得を受け取ってくださったのですよ」と言いました。それを聞いていたお里とお竜は「もったいないお言葉です。本当に感謝します」と言って、二人は今来た街道を歩いて帰っていきました。聖心は手を振って見送りました。聖心は二人がいなくなってさびしくなりましたが、お竜の心に何か良い変化がおきたと感じると、うれしさがよりこみ上げてきて、さびしさも吹き飛びました。この旅がうまくいったと心の中で思いました。そんな思いを抱きながら聖心は一人で日光へと向かったのでした。

 聖心との旅から塩原へ帰ってきたお竜は人が変わったようになりました。温泉宿の仕事は、家事も含め自分から積極的にやるようになり、人には自分から優しい言葉をかけるようになりました。また、悩みのある人の話を聞いてやり相談にものりました。塩原の人達は「いったい``損だべぇー娘のお竜``にいったい何があったんだんべ」と、うわさしあっていました。温泉街に会う人達には自分から挨拶し、暗い顔をしている人には励ましの言葉をかけました。また親には積極的に見合いをすることを告げました。しばらくして那須温泉の、ある温泉宿の次男坊との見合いが成功し、その人を婿さんにもらうこととなりました。そしてお竜は塩原温泉の温泉宿の女将を集めて「塩原女将会」をつくり「塩原のお天道様になるべぇー!」、「塩原のお天道様になるべぇー!」を合言葉にして多くのお客様に喜んでもらえる「催し物」を考え提供していきました。そして塩原温泉は益々繁盛していったとさ。        おしまい

No.28「まごころ地蔵」の、在宅介護疲れ相談D

時は西暦2009年3月のある日の夜、新潟県の「まごころ地蔵」のもとに、地球から9,000億兆光年離れている神界のウルトラエンゼル総理神から、まごころ地蔵の「超高性能宇宙神界パソコン(TSUP)」に一通の「宇宙瞬間移動電子メール(USITM)」が届きました。次のような内容でした。
「拝啓 まごころ地蔵殿へ いかがお過ごしですか。地球は百年に一度の大不況とか。人間は贅沢になりすぎたので、それを維持発展するために大変なのでしょうねぇ。まぁ、その問題はさておき、実は天の川銀河の中心にある``神界宇宙問題発見探査衛星(SUMHTE)``より、日本の東京の世田谷区に住んでいる貝碁豆子さんが病気のお母さんの在宅介護に疲れて自殺を考えている、という報告がありました。この問題は緊急性がありますので、すぐに東京に行って、何とか自殺を思いとどめてもらいたいのです。この貝碁豆子さんは、実にまじめで周囲の人にも明るく接するいい人です。住所等の詳細は下記を参照してください。それではなんとか頼みますぞ。
           [貝碁豆子さんの詳細]

住所・・・・東京都世田谷区願張町3丁目10−5
年齢・・・・47歳独身
家族・・・・病気で寝たきりの75歳のお母さんと、37歳の独身の妹さんの3人家族。お父さんは前に病気で死亡しています。  以上
草々

こんな内容のメールを受け取ったまごころ地蔵はすぐに「了解しました」という返事を送信しました。まごころ地蔵は心の中で「困ったものだ。まじめな人間が一生懸命仕事をして、挙句の果てに自殺を考えるとは」と思いました。そしてすぐに「神界瞬間宇宙移動マシーン(SSUIM)」で東京へ移動しました。

 東京の世田谷区の願張町の貝碁豆子さんは案の上、悶々として死ぬことばかり考えていました。そんな様子を見ていた、まごころ地蔵は、豆子さんの家の2階の窓ガラスを数回たたき「こんばんわ、こんばんわ」と豆子さんに分かるように挨拶しました。そんな外の異変に気付いた豆子さんは窓のカーテンを開けてびっくりしました。なんと、見たこともないお地蔵さんがいるではありませんか。豆子さんは思わず「キャー!」と叫んでしまいました。まごころ地蔵は少し大きな声で「豆子さん、豆子さん。びっくりさせて申し訳ない。実は私は新潟県のまごころ地蔵です。あなたが介護疲れで自殺を考えているというのを知って、何とか思いとどまってもらいたいと思い、相談に来ました。安心してください、私はあなたの味方です。詳しい話をすると長くなるので省略します。とにかく信用してください。まずはお話しをしましょう。はやまってはいけません。この窓を開けてください」と言いました。それを聞いていた豆子さんは恐怖心でいっぱいでしたが、このお地蔵様は少なくとも自分のことを心配してくれている、と感じました。それで一安心した豆子さんは恐る恐る窓を開けました。すると、まごころ地蔵が「失礼します」と言って部屋に入ってきました。部屋に入ってきた、まごころ地蔵は「こんな夜にお邪魔して申し訳ありません。やむにやまれず参上しました。詳しいお話をお聞かせ下さい」と豆子さんに言いました。すると豆子さんは「何で私がこんな状況になっていることを知ったのですか」と質問してきました。まごころ地蔵は「ごもっともな質問です。しかし、今ここで私が詳しいことを言ってもあなたは信じません。だからそのことは省きます。とにかく豆子さん、死ぬことだけは考えないでください」と言いました。こんなまごころ地蔵の答えにびっくりした豆子さんは「分かりました。詳しいことは聞かないことにします」と言いました。するとまごころ地蔵は「よかった、何とか信じてもらって。ところで豆子さん、何で死ぬことばかり考えているのですか?」と豆子さんに聞いてきました。するとすぐに豆子さんは「とにかく母の介護に疲れました。身も心もくたくたです」と言いました。それを聞いた、まごころ地蔵は「あなたはまじめで何事も一生懸命やるタイプです。今までお母さんの介護と生活を守るために働いてきたのですねぇ。ご同情申し上げます。本当にご苦労様と申し上げたい。あなたは一人で経済的なことと、お母さんの在宅介護を背負ってきたのです。疲れるのは当然です。考えてみてください。山の坂道を、お母さん一人を背負って登ってごらんなさい。くたくたになりますよ。そんなときは誰かと交代しながら休み休み登れば一人にかかる負担は少なくなるはずです。そう思いませんか?」と言いました。するとすぐに豆子さんは「それはそうでしょうが、そんな簡単にはいかないのです」と言いました。そしてしばらく間をおいて「まごころ地蔵様の言うことは分かります。しかし、私はとにかく疲れました。早く楽になりたいのです。死なせてください」と言ってきたのです。まごころ地蔵はそれを聞いて「まぁ、まぁ、そんなに死に急ぐことはありません。黙っていても人間はいつか自然に朽ちて死ぬのです。そんなことより今のあなたの状況を妹さんに正直に話して分かってもらい、在宅介護を一時休んで温泉にでも行って、疲れをとってきたらいいと思うのです。あなたは責任感の強い人です。そんなことはできない、と言うかもしれません。しかし人間には限界というものがあります。無理に無理を重ねればストレスが心身を蝕み、最後には介護をしている人間までも病気になってしまいます。これでは元も子もありません」と言いました。それを聞いていた豆子さんは「なんでもかんでも自分でやってしまいました。誰にも自分の弱さを見せたくなかったのです」と言ったのです。それを聞いた、まごころ地蔵は「それがいけないのです。何でもかんでも話せる兄弟姉妹や親戚、又は友達を作っておかなければなりません。あなたは一人ですべての問題を抱え込んでしまったのです。どんなに強い人間でもそれでは参ってしまいます。もしあなたが自殺して死んでしまったら、妹さんはきっと``何で私に相談してくれなかったの``と言うでしょう。人間お互いに弱さを見せ合ってこそ本当の意味での理解者になれるのではないですか」と言いました。すると豆子さんは「なんだか自分が間違っていたように思えてきました」と言ったのです。それを聞いた、まごころ地蔵は「とにかく困ったことがあったら相談することです。役所にも専門部署があります。相談窓口もあります。ショートケアサービスもあります。とにかく、一人で抱え込まないで相談しまくるのです。そうすれば何とか道が開けますよ」と言いました。豆子さんはこのことを聞いて一安心したのか「目から鱗です。なんだか気持ちが一変しました。いろいろと相談してみます」と言ってくれたのです。まごころ地蔵は「それは良かった。人間すてたものではありません。あなたの力になってくれる方がきっと現れますよ。まずは妹さんに相談して力になってもらったらいいと思うのです。人に迷惑をかけたくないとかの考えは、介護のときは持たないことです。人と分担し合う、という考え方が大切ですよ。迷惑と考えてしまうと一人で抱え込むことになります」と言いました。そしてまごころ地蔵は少し間をおいて「今の日本は益々お年寄りが増え、介護問題が大変になってきています。行政がこの問題に追いつけない状況です。本来ならこんな問題をすばやく解決する``高齢者問題一括対策庁``みたいな行政機関を国が作り、すばやい対応をして高齢者の方が安心できる国づくりをしていく必要がある、と私は思っています。在宅介護で介護している方が疲れてSOSを発信したとき、すぐにその代わりとなる応援部隊を各地区に組織していくようにすることも一つの方法だと思うのです。現実はいろいろとやっていますが、問題解決がとにかく遅いのです。そこが問題なのです。そして、まごまごしているうちに犠牲者が出てしまうのです」と言いました。そして最後に「豆子さん、一人で抱え込まないで人に相談しまくるのですよ」と言いました。それを聞いていた豆子さんは「はい、分かりました」と言いました。そしてその瞬間、まごころ地蔵は「神界瞬間宇宙移動マシーン(SSUIM)」のスイッチを入れ、その場からいなくなってしまいました。びっくりした豆子さんは、きつねにつままれた感じになりました。今、目の前で起こったことは夢か幻かと思い、自分のほほをつねってみました。そして``痛い!!``と感じた豆子さんは、今の出来事は本当だった、とあらためて感じていました。そしてなんとか豆子さんの自殺は回避されたのでした。     おしまい

No29. 鬼の心も「愛」だと分かった大工の宗兵衛

 昔々、ある地方に大工になろうと考えていた宗兵衛という若者がおったとさ。宗兵衛はどこの大工の棟梁のところで修行をするか悩んでいたとさ。宗兵衛が住んでいる地方には大工の棟梁は2人おったとさ。一人は「仏の善三」という棟梁、もう一人は「鬼の仙蔵」という棟梁だったとさ。「仏の善三」のところは大工になろうと考えている若者には人気があったとさ。逆に仙蔵のところはまったく人気がなく、みんなに嫌われていたとさ。仙蔵の教え方は「鬼の仙蔵」と言われているくらいなので、それは、それは厳しかったとさ。おっかなくて、おっかなくて、入門した若者たちはほとんど三日も、もたなかったとさ。少しでも間違えば「馬鹿やろう!!お前は大工に向いていない。さっさと辞めろ!!」と言う始末だったとさ。これにはみんな参ってしまって``こんな棟梁のところにはいられない``と考えて、みんなすぐに辞めていったとさ。しかし、仙蔵の大工としての腕はこの地方では、筋金入りのぴか一だったとさ。宗兵衛はどっちにするか悩みに悩んでいたとさ。親は「仏の善三」のところがいいと助言していたとさ。しかし、宗兵衛はへそ曲がりのところがあって、みんながいいというところは好きではなかったとさ。そんな性格の宗兵衛は最終的に「鬼の仙蔵」のところに入門することに決めたとさ。決めたとたん親は「あの棟梁のところには、お前は三日も、もたないよ」と宗兵衛に言ったとさ。

 そんなことまで言われて入門してみた宗兵衛でしたが、噂どおり、それは、それは厳しくおっかなかったとさ。宗兵衛は``親が言うのも無理はない``と思ったとさ。仙蔵は無駄口ひとつたたかず、ほめたり、おだてたりすることもなく、ただただ、もくもくと仕事をする棟梁だったとさ。宗兵衛は教えてもらったとおりに仕事をしているつもりでも新米なのですぐに間違ってしまったとさ。案の定、すぐに雷が飛んできたとさ。宗兵衛は「これではみんなが辞めていくのは当たり前だ!」と心の中で思ったとさ。さすがの宗兵衛も毎日毎日怒られてばっかりいたので、こんな棟梁のところには、いられないと考えるようになっていったとさ。挙句の果てに憎しみの心もおきてきたとさ。しかし「怒られるのは俺が間違っているからだ。俺がまだ、未熟だからだ」と考え直して歯を食いしばってがんばったとさ。がんばっているうちに棟梁に向けられていた憎しみは徐々になくなっていったとさ。

そんな棟梁のところに修行して、はや10年がたったある日、鬼の仙蔵が宗兵衛に「宗兵衛よ、よくがんばったなぁ。こんな俺のところはみんなすぐに逃げていくよ。俺はなぁ、入門してくる若者の品定めをしていたのよ。ほんとうにやる気があるかどうかためしていたのよ。この商売、なまはんかな根性では一人前にはなれない。家というものは手抜きしようと思えばいくらでもできるものだ。施主の見えないところはいくらでもごまかせる。しかし、こんな根性ではいい大工にはなれない。自分に厳しい人間にならないといい仕事はできないのだ。北国の木は冬の厳しい風雪に耐えてしっかりと根をはり、木の材質もしっかりしている。人間も同じなんだよ。本当にやる気があればどんなことにも耐えられるもんだよ。耐えれば北国の木のように中身もしっかりして、根もしっかり張るもんだ。本当にやる気があるかどうかが問題なんだよ。俺が鬼のように怒っていたのは、その人間の本当の根性を見極めるためだったのさ。この世の中、偽者が多いんだよ。人間というものは、なんでも自分のことは棚にあげて、人のせいにしたがるもんだ。自分の都合のいいような巧妙な言い訳を考えるのさ。あそこの棟梁がこんな人間だから、俺は辞めるとかさ。まあ、こっちのほうが楽だからなぁ。宗兵衛よ、人生は楽な道を選択してはいけないよ。楽な道は何も考えないから最後に得るものはたいしたことはない。苦しい道に耐えてがんばれば何とかしようと思って、普通では考えられない知恵も出てきて、結果的に得るものが多い。とにかく問題にぶつかったら``どうしたら解決できるのか``を考えることが大事なのさ。俺は今までの経験からそう思うんだ」と言ったとさ。10年たって初めて宗兵衛は棟梁からほめてもらったとさ。宗兵衛は、棟梁がまさかこんなことを言うとは思ってもいなかったので、ただただ、びっくりしてしまったとさ。このとき初めて棟梁の``鬼の心も本当の愛だった``と分かったとさ。こんなことを宗兵衛に言った鬼の仙蔵は、翌日に心臓が止まり急死してしまったとさ。最後に宗兵衛に言った言葉が、宗兵衛に対する遺言になってしまったとさ。

 それからというもの宗兵衛の心に仙蔵の心が乗り移ったかのようになり、宗兵衛は最後に言い残した棟梁の言葉を心に刻み、もくもくと仕事をして大工としての腕を上げていったとさ。そして宗兵衛も後に棟梁になり、仙蔵と同じくおっかない鬼の心を持った棟梁になったとさ。入門してきた若者が少しでも仕事を間違えば「馬鹿やろう!!お前は大工に向いていない。さっさと辞めろ!!」と怒鳴っていたとさ。世間からは宗兵衛も死んだ棟梁と同じく「鬼の宗兵衛」と言われるようになったとさ。宗兵衛もこの地方で、腕はぴか一の棟梁になり、人々から信用され、どんどん仕事が入ってきて繁盛していったとさ。           おしまい 

No30.ミミズの「ミーちゃん物語」

 昔々、ある村の百姓の畑に、それは、それは、栄養満点の堆肥が積まれていました。その堆肥の中では、若い母ちゃんミミズと、父ちゃんミミズの夫婦から、一匹のかわいいメスの赤ちゃんミミズが誕生しました。母ちゃんと父ちゃんは最初の赤ちゃんだったので、その喜びはひとしおでした。親戚中もみんな喜んでいました。この赤ちゃんは「ミミ子」と名前がつけられました。ミミ子は「ミーちゃん、ミーちゃん」と言って、みんなにかわいがられました。

 ミーちゃんは栄養満点の堆肥と、母ちゃんと父ちゃんの深い愛情で、すくすくと大きくなっていきました。みるみるうちに母ちゃんと父ちゃんの大きさに成長していきました。そんな成長したミーちゃんは、ある夏の朝に、堆肥の中を散歩していました。するとすぐ近くに人間の話し声が聞こえてきました。声からすると人間の男の人でした。ミーちゃんは生まれて初めて人間というものを知りました。その人間は、そのミーちゃんが住んでいる堆肥のところまで来ました。そして「さあーて、ミミズでも捕まえてフナ釣りにいくべぇ」と独り言を言ったのです。ミーちゃんは人間の言葉は分かりませんでした。しばらくすると、ミーちゃんの近くにいた多くのミミズが、なにやらせわしく「早くみんな逃げろー!! 逃げろー!!・・・・」と、大きな声でミーちゃんのほうに向かって逃げてくるではありませんか。あたりは蜂の巣をつっついたような騒ぎになっていました。ミーちゃんはそんな騒ぎに驚いて、すぐ近くにいた近所に住んでいるミミズの三平さんに「何がおきたのですか三平さん!! 何で、みんなが逃げているのですか?」と聞きました。するとミミズの三平は「ミーちゃん大変だぞ!! 人間が我々を捕まえに来た。早く逃げないと人間に捕まってしまうぞ。捕まったら最後、魚の餌にされてしまうぞ。それこそ一巻の終わりだ。ミーちゃんも早く逃げろ!!」と大声で言いました。ミーちゃんはそのことをすぐには理解できませんでした。まだ、父ちゃん母ちゃんからそのことを教えてもらっていなかったのです。そうこうしているうちに逃げ遅れた多くのミミズたちは、人間に捕まってしまいました。そしてとうとう、ミーちゃんのところにも、何やら棒みたいなものが入ってきて、堆肥を掘り返されました。そしてその掘り返された堆肥の中に、ミーちゃんも巻き込まれたのです。そしてミーちゃんも、とうとう人間に捕まってしまいました。

 捕まったミーちゃんは、何やら木で出来た、狭い入れ物の中に入れられたのです。多くの仲間のミミズも、その入れ物の中に大勢いました。ミーちゃんは何がおきたのか状況をすぐさま理解できませんでした。理解できないまま、ただ呆然としていると、ミーちゃんの親戚のおじさんの助五郎ミミズが「なんだ、ミーちゃんじぁないか。お前も捕まってしまったのか。かわいそうに」と言って、近づいてきたのです。それを聞いたミーちゃんは「なんだ、助五郎おじさんじゃないですか。おじさん、ここはいったいどこですか?」と聞きました。すると助五郎おじさんは「ここはな、人間が魚釣りのために、我々ミミズを捕まえて入れておく、餌箱の中だよ、ここに捕まったらもう逃げられない。我々の運命は魚の餌になってしまうだけだ。お前もやっと大きくなったのにかわいそうになぁ。父ちゃん、母ちゃんがこのことを知ったら悲しむだろうなぁ。まあ、捕まった以上覚悟しなければならないよ」と言ったのです。それを聞いたミーちゃんは一瞬驚いて「えっ!!」と声を詰まらせました。そしてすぐに我に帰り「そうだったのですか。今まで誰もそんなことを教えてくれませんでした。ところで助五郎おじさん、魚の餌になるってことは死ぬということですよねぇ? 」と言ったのです。助五郎おじさんは「そうだよ。死ぬということだよ。堆肥の中に住んでいれば安全だが、いったん人間に捕まると悲惨だ」と言いました。するといったん冷静に戻ったミーちゃんでしたが「おじさん、何だか怖いよぉー。母ちゃん、父ちゃんに会いたいよー、会いたいよー、えーん、えーん・・・・」と言って、とうとう泣き出してしまいました。助五郎おじさんはどうしてやることもできず、ただ、見守るしかありませんでした。そして「ミーちゃん、こっちへおいで。みんなが寄り添っているので、その中に入れてくれるようにみんなに頼んでみるよ」と言ってくれたのです。ミーちゃんは泣くのをやめて助五郎おじさんの言ったとおりに、みんなのそばに近づいていきました。そして人間に捕まった多くの仲間のミミズの中に入れてもらえたのです。ミーちゃんはそのおかげで、ようやく少し落ち着くことができました。

 そんなやりとりが、餌箱の中におきていることなど、まったく気が付かない人間は「だいぶ捕まえたな。こんなもんでいいべぇ」と言って、堆肥から去っていきました。そしてフナ釣りの竿を持って近くの川へ行きました。釣り場に着いた人間は、餌箱を下に置き、フナ釣りの準備を始めました。「まずはミミズだなぁ」と言って、餌箱のふたを開けました。餌箱の中では、ふたを開けたものですから太陽の光がいっせいに入ってきました。寄り添っていたミミズたちはその光で驚き、大混乱していました。そんな混乱して驚いているミミズたちのいる中に、人間の手が入ってきたのです。そしてすぐに、ミミズたちの中の一匹が人間に捕まってしまいました。人間は「こりゃあ、まるまると太っていいミミズだ。きっと大きなフナが釣れるぞ」と言いました。捕まったミミズは「助けてくれー!! 助けてくれー!!・・・」と言って、全身の力を振り絞って暴れまわりました。そしてみんなは「助けてやれなくて申し訳ない、申し訳ない」と言って、ただ、なすすべもなく見守るしかありませんでした。

そしてしばらくすると人間が大きなフナを一匹釣り上げました。人間は「やっぱり大きいのが釣れた。こんないいミミズだ、まだまだ釣れるぞ」と興奮気味で言いました。そして餌箱の中に手をやり、次のミミズを探し始めました。そして若くて``ぴちぴち``した太った元気のいいミミズを発見して、手で捕まえました。何と、それはミーちゃんだったのです。ミーちゃんは大きな声で「おじさん、おじさん、助けてー!! 助けてー!!・・・・」と何回も言って、暴れまわりました。人間は「こりゃあ、元気のいいミミズだ! めったにこんないいミミズには出会えないな」と言って、釣り針にミーちゃんを近づけて刺そうとしました。ミーちゃんは今まで経験したことのない恐怖感を全身で感じていました。そのため今までの倍の力で「助けてー!! 助けてー!!・・・」と大きな声で何回も叫んで、狂ったように暴れまわりました。しかし、人間の力の前には、何もなすすべがありませんでした。そしてとうとうミーちゃんは釣り針に刺されてしまいました。ミーちゃんの血が、そのとき大量にあふれ出ました。ミーちゃんは針に刺された瞬間、全身に激痛が走り、あまりの痛さに我慢ができなくなり「痛いよー!! 痛いよー!! 母ちゃん、父ちゃん助けてー!! 助けてー!!・・・」と何回も何回も、ふたたび狂ったように叫びました。しかし、そんな声は届くはずがありません。餌箱の中にいる助五郎おじさんは「かわいそうに、かわいそうに」と言って泣いていました。人間はミーちゃんを刺した釣り針を川に投げ込みました。ミーちゃんは今まで経験のない水の中にぶくぶくと沈んでいきました。そしてだんだんと息が苦しくなってきました。ミーちゃんは釣り針に刺された猛烈な激痛と、息ができない苦しさの二重苦に襲われたのです。ミーちゃんの心は激しいパニック状態になってしまいました。しかし、ミーちゃんのできることは水の中で暴れまくることしかできませんでした。

そんな暴れている姿をいち早く、大きなフナに発見されてしまいました。暴れていることが、フナにはおいしそうで新鮮な獲物に見えたのです。フナは「おっ! おいしそうなものがいるぞ、きょうはついている。いただきだ!!」と思いました。ミーちゃんは、大きなフナが近づいてきたのを察して、自分が食べられるのではないか、という恐怖心が益々大きくなって「母ちゃん助けてー!! 父ちゃん助けてー!! 」と言って、益々暴れまくりました。それに加えて、水の中では息ができないことと、全身に大きな傷を負ったことで、体力は益々消耗していきました。そんな状況で、暴れもがき苦しんでいるミーちゃんのほうに、フナがどんどん近づいてきて、すぐそばまでやってきました。そのとき、ミーちゃんの恐怖心は頂点に達しました。と、そこへ大きなナマズも近づいてきて、ナマズはフナに「おいフナ!! この獲物は俺がいただくぞ。お前はあっちへ行け!!」と威張って言いました。するとフナは「ナマズさん、申し訳ないが、僕が最初に見つけた獲物です。僕がいただくのが魚の世界の常識ですよねぇ」と少し下手に出て言いました。するとナマズは「お前はお魚よし(人間だとお人よし)のお馬鹿さんだ。魚の世界は弱肉強食だぞ。小さいころメダカの学校で習わなかったのか、お馬鹿さんよ」と言いました。そして次の瞬間、ナマズはフナの一瞬のすきをついて、ミーちゃんをいきなり「パクッ」と食べてしまいました。それは一瞬の出来事でした。ミーちゃんの最後でした。ミーちゃんはナマズに食べられて死んでしまったのです。

ナマズはお腹がすいていたので、一気に口の奥までミーちゃんを吸い込んで食べたので、少し動いたとき、釣り針が口の中に引っかかりました。ナマズは「しまった!!」と思いましたが、後の祭りです。逃げようとしてナマズは必死に泳ぎました。人間は急な大きな引きに驚き、あわてて竿を上げました。しかし、なかなか引きが強くてあげられませんでした。悪戦苦闘の結果ようやく釣り上げました。川の中のフナは、なまずが人間に釣り上げられる様子を見ていて「馬鹿なのはどっちだ。人間の罠にはまりおって。僕は急いで食べないでよかった。弱い魚もときには得をするときがある、ということが分かった。昔から``あわてる乞食はもらいが少ない``ということをナマズは知らなかったようだ」と思ったのでした。一方人間は「ナマズだったのか。どうりで引きが強いと思った」と言いました。

そんな周りの様子の雰囲気が、餌箱の中に伝わってきました。助五郎おじさんは「とうとうミーちゃんも魚に食べられたようだ。かわいそうに、これからだったのに。これを知ったら父ちゃん、母ちゃんはどんなにか悲しむに違いない。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・」と念仏を唱えました。助五郎おじさんはミミズには珍しい信心深いミミズでした。念仏を唱え終えると「今度はわしらが魚に食べられる番だ。俺はいいミミズ生(人間だと人生)だった。後悔することはない」と思ったのでした。そしてしばらくすると人間が「きょうは大物が釣れたので、釣りは終わりにしよう」と言って、餌箱の中に入っている残りのミミズを川に投げ込みました。助五郎おじさんミミズと、仲間のミミズたちは、川の中に沈んでいきました。しばらくすると、フナやその他の魚がそこにやって来て、みんな食べられてしまいました。

一方、堆肥の中に住んでいるミーちゃんの父ちゃんと、母ちゃんは夕方になってもミーちゃんが帰ってこないので心配で、心配で不安でした。そんな心配している2匹のところへ、近所の親しくしている父ちゃんの飲み友達の甚助ミミズがやってきて「実はミーちゃんは、朝に人間に捕まってしまった。どうも助五郎おじさんも一緒に捕まったみたいだ」と2匹に言いました。母ちゃんは「え!! なんてことに!! ミーちゃんが散歩に出かけるといったとき、無理にでも止めればよかった。人間には気をつけるようにとよく言い聞かせておけばよかった。かわいそうに」と言って、泣きじゃくってしまいました。がっくりと肩を落とした父ちゃんは、悲しそうな小さい声で「じゃあ、葬式をしないといけないなぁ」と、ポツリと一言いいました。父ちゃんはそれを言ったきり、後は何もしゃべりませんでした。

そして翌日にミーちゃんと助五郎おじさんの合同葬儀が執り行われました。そんな合同葬儀の席上、ミミズたちは口々に「我々は敵に対して何の反撃手段もない。ただ、暴れることしかできない。これからは反撃する強力な武器を作り、敵を威圧しなければならない。そうしないと敵になめられ、最後には殺されてしなう。自然様にこのことを願い出て、武器の研究に着手する許可をもらおう」と言っていました。人間はそんなことが堆肥の中で、ミミズたちによって議論されていることなどまったく気が付きませんでした。
おしまい  悩みや迷いのご相談はレターハートライン®         

※ 将来ミミズは強力な武器(猛毒など)を身に着け、人間をやっつけることができるようになるかもしれません。猛毒を身に着ければ、人間は怖くてミミズを捕まえる人はいなくなるはずです。その結果、ミミズは生き物の餌などにされず、長生きできるのです。ミミズといっても私たちは「命」というイメージは、なかなかわきません。しかし、ミミズも血液が流れているりっぱな小さな命なのです。「命」を考えるとき、たまには「ミーちゃん」の「痛み」も思い出してみてください。

新作ができましたら時々発表していきます、お楽しみに。



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