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「うつ病」が最初です。以下順番どおりに入っています。

メルシーちゃんは多忙な現代人が忘れがちな大切なものを発信しています。


1. うつ病 7. 商標登録および出願番号明細
2. 神経症 8. メルシーちゃん普及事業の位置づけ
3. 悩みの身近な相談窓口 9. 郵便局の通常払込み手数料
4. 交換神経 10. 元素の種類
5. 副交感神経 11. 連絡所
6. 総まとめ 12. GFIT法とは?又そのメリットとは
  13. 命(いのち)


「損だべぇー娘」のお竜さん

世の中を損得でしか考えないお竜さんは、はたして心を入れ替えることが出来るのでしょうか。

作者 児玉春信

昔々、下野の国(今の栃木県)の塩原温泉の「もみじ屋」という小さな温泉宿に「お竜」という跡取り娘が住んでいました。なかなかの美人で、姿かたちは申しぶんありませんでした。このお竜の親はそろそろ婿をとって安心したかったのですが、その婿さんがなかなか決まりませんでした。美人で姿かたちすべてよし、とくればすぐにでも決まりそうですが、そう簡単ではなかったのでした。お竜はこのもみじ屋の一人娘でした。

そんなもみじ屋にある秋の日、紅葉狩と湯治を目的に、江戸から一組の中年夫婦が泊まりに来ました。お竜の父親の「仙吉」と母親の「お里」はすぐに玄関で「いらっしゃいませ。ようこそおいでなさいました。さあさあ、お疲れでしょう、足を洗いましたらすぐにお部屋にご案内いたします」と言いました。そこへちょうどお竜がやってきました。お竜はこのお客様に何の挨拶もしません。お客の中年夫婦は間が悪かったのか、自分たちのほうから「お世話になります」と言ったのです。するとお竜はやっと口を開き「いらっしゃいませ。ごゆっくりしていってください」と言ったのです。仙吉とお里は心の中で「またか!」と思いました。夜になり、お竜の親はお客様の夕食の用意などをすべて終了させて、お竜を自分たちの部屋に呼びました。仙吉はすぐに口を開き「お竜、何でお前はいつも自分から先にお客様にご挨拶しないのだ。お客様に失礼だんべ」と言いました。するとお竜は「だって自分からしたら損だべぇー」と言いました。仙吉はそれ以上のことは言いませんでした。いつもこんな調子で親は返す言葉がありませんでした。

翌日お竜は散歩がてら温泉街を歩いていました。するとすれ違う温泉街の地元の人々は口々に「おっ! ``損だべぇー娘``のお竜だ」と言って、誰一人自分から挨拶をする人はいませんでした。お竜はこの塩原温泉では「損だべぇー娘のお竜」として有名だったのです。金持ちの親戚の人にはいい顔し、貧乏の親戚の人には無愛想で、にこりともしないほどでした。この美人のお竜に婿がなかなか決まらないのは、ものごとを損得だけで見てしまう性格が原因だったのです。

お竜さん、お見合い失敗する

あるとき、父親の親戚筋からお竜に20回目のお見合い話が持ち上がりました。お竜は会ってもいいと返事をしました。親は早速段取りを取りました。そして10日後に塩原温泉のある料理屋でお見合いすることが決まりました。相手は板室温泉の、ある大きな温泉宿の次男坊でした。なかなかいい男でした。お竜の親は「お似合いの二人だ」と思い、今回はうまくいくのではないかと感じていました。いよいよそのお見合いの時がきました。話もよく合い、雰囲気も良くなってきました。そして最後にお竜が「ところでご飯を食べ終わったら茶碗などを毎日洗ってくれるんだべ?」と相手の次男坊に聞きました。すると次男坊は「いやいやそれは女のやることだべ。お竜さんからやってもらわなければならない」と言ったのです。するとお竜は「それはできねべぇー!」ときっぱりと言いました。それを聞いた次男坊は「どうしてだべ?」と逆に聞いてきたのです。お竜はすかさず「だって私だけ食べ終わったあとに難儀するのは損だべぇー!!」といつもの口癖が出てしまいました。この一言で今回うまくいきそうな見合いも一発で失敗してしまいました。お竜の親は「またか!!」とがっくり肩を落としてしまいました。仙吉とお里の苦悩は益々深くなっていくばかりでした。仙吉とお里は何とかお竜の性格が変わってくれないかと思い、近くの稲荷神社に行ってはお参りしていました。当のお竜はそんな親の苦悩は眼中にありません。お竜の頭の中は万事「損だべぇー」という考えが支配していました。お竜の人生がなかなか前に進まない元凶が「損だべぇー」でした。

修行僧の「聖心」が塩原温泉に来る

そんなお見合い話が破談してから一年たった秋のある日、塩原温泉に全国を旅している「聖心」という名前の修行僧がやってきました。長い間全国を旅しているものですから顔は真っ黒、着ている袈裟はぼろぼろでした。普通の人が見ると乞食坊主に見えました。塩原温泉に来る途中何回か子供たちに「この乞食坊主!! この乞食坊主!! あっちへ行け!!」と言われては、石をぶつけられることもありました。聖心は石をぶつけられると「わしは正真正銘の風天の乞食坊主だ! 何か文句があるのか! こらぁー!!」と言っては子供たちを追っ払っていました。聖心の体のところどころは石をぶつけられて少し腫れ上がっているところもありました。そんな聖心はどこの温泉宿に泊まろうかと塩原温泉に来て迷っていました。そしてある温泉宿に行って「今晩一晩泊めてください」と言ったのです。しかし、そこの主人はあまりにもみすぼらしく汚い聖心の姿を見て「申し訳ないが、他のお客様の迷惑になるので他へ行っておくれ」と言って断りました。どこの温泉宿に行ってもこの調子で断られる始末です。聖心は困り果てて最後に「もみじ屋」にたどり着きました。玄関に入り「申し訳ないが、今晩とめていただけないですか?」と言いました。すると仙吉が出てきて「いらっしゃいませ。ようお越しくださいました。お疲れでしょう、足をまず洗ってすぐに温泉に入り、きれいに体を洗い、さっぱりしてください」と言ったのです。すると聖心は「こんな私でも泊めてくれるのですか?」と、どこの温泉宿でも断られていたので半信半疑で仙吉に尋ねました。すると仙吉は「あたりまえです。うちは温泉宿ですよ。泊めるのが商売です。姿かたちでお客様を差別はしておりません。さあさあ、そんなへんなことはいわないで、ごゆっくりしていってください」と言いました。そしてすぐに「おーいお里! この旅のお坊さんをお部屋にご案内しておくれ!」と言いました。すると聖心は「お世話になります」と言って、すぐに飛んできたお里といっしょに部屋へ向かいました。途中、聖心は廊下でお竜に会いました。お竜はいつものように自分から挨拶はしません。間が悪かったのか聖心が先に「こんばんは」と挨拶しました。するとお竜は「いらっしゃいませ」と言ったのです。部屋についた聖心はお里に「今、廊下で会った人はお客様ですか?」と聞いてきました。お里は「いいえ、うちの一人娘のお竜です」と言いました。すると聖心は「そうでしたか。それで``いらっしゃいませ``と言ったのですね」と言いました。するとお里は「まったく、うちの娘はお客様に自分から先に挨拶できない出来損ないですよ」と愚痴って、聖心から記帳してもらった宿帳を持ってすぐに部屋から出て行きました。

お里が出て行ってからしばらくして聖心は温泉にも入り、夕食も食べて部屋で休んでいると、仙吉とお里が部屋にやってきました。仙吉が「お客様は宿帳から推察しますと旅のお坊さんですね?」と言いました。すると聖心は「はい、私は全国を旅している未熟者の修行僧の聖心と申します」と言いました。すると仙吉が「いい人に出会うことができました。実は私どもの悩みの相談に乗ってもらえませんか。初対面でこんなことをお願いするのはあつかましいことと重々承知しているのですが、何とか話だけでも聞いてもらいたいのです」と立ったまま切羽詰った様子で聖心に言いました。聖心は少し間をおいて「いやぁご主人、いい湯でした。それにしても塩原の紅葉は最高ですねぇ。目の保養になります。お湯と紅葉のおかげで旅の疲れもすっかり取れました。人間の心も塩原の紅葉のようにみんなきれいだといいのですがねぇ。きょうは泊めていただき感謝しています」と言いました。そしてすぐに「うーん、何かお困りのようですねぇ。そんな立ったままでは話もできません。ここに座ってこんな私でよかったらお話を聞かせてください。お二人の悩みを解決できるかどうか分かりませんが、一生懸命私なりに考えます。悩んでいる人を救うのが坊主の役目ですから」と言いました。すると仙吉とお里は聖心の前に座り、すぐに仙吉が「ありがとうございます。実は聖心さん、うちの一人娘のことなのです」と切り出しました。そして言葉を続けました。「うちの娘のお竜は決して自分から挨拶しないのです。何でしないんだべ、と問い詰めると、だって損だべぇー、と言う始末です。外で人に会っても自分から``おはよう``とか``こんばんわ``とかは決して自分から言いません。そして三度三度の食事の後片付けも``損だべぇー``と言って、決してやりません。こんな調子ですからどんな良い縁談も破談になってしまいます。こんなことが続けばもみじ屋は私の代で終わりです。こんな娘ですが心を変えるいい知恵はないものでしょうか」と言いました。それを聞いていた聖心は「そうだったのですか。それはご心配ですね。ところでいつごろからそんな娘さんになってしまったのですか」と仙吉とお里に聞いてきました。すると今度はお里が「小さいころはお客様が来たら大きな声で``いらっしゃいませ!!``と言っていました。お竜が大きな声で言うとお客様が何か言葉を返していました。ところが確か、12歳くらいの頃、あるお客様がきて、いつものように大きな声で``いらっしゃいませ!!``と言ったのです。しかし、そのお客様は``むつー``としていてお竜に対して無視するかのような冷たい態度で接したのです。このことがあってからというものお竜は決して自分から挨拶しなくなったのです」と言いました。すると聖心は「そんなことがあったのですか。きっとそのお客様は何か考え事をしていたのでしょうねぇ。悪意はなかったのだと思いますが、結果的にお竜さんを傷つけてしまったのですねぇ」と言いました。それを聞いていた仙吉は「きっとそうだ。それで自分から挨拶しなくなったのだ」と言いました。そして聖心は「お話は分かりました。まぁ、世間では自分から先に挨拶しない人は大勢います。そんなに心配することでもないように思うのですが、このことが婿さんをもらうことと関係しているとなると大きな問題ですねぇ。ところでお竜さんはこの家から出て、他で働いたことはあるのですか?」と仙吉に聞きました。すると仙吉は「まったくありません。生まれてこのかた家を出たことはありません」と言いました。聖心はそれを聞いて「分かりました。一晩どうしたらいいか考えます。結論は明日の朝にお話します。それでいいですか?」と言ったのです。仙吉は「はい、分かりました。それでは今日はこのへんで失礼いたします」と言って、仙吉はお里と一緒に聖心の部屋から出て行きました。その後聖心は、そうは言ってみたものの、なかなかいい考えが浮かびませんでした。そしてそのまま旅の疲れも手伝って寝てしまいました。

夜が明け、朝になりました。聖心は顔を洗っているとき一つの考えがようやく浮かびました。そして朝ごはんを食べ終わって仙吉とお里を部屋に呼びました。聖心は「昨晩はどうも。いろいろ考えたのですが、どうでしょう、お竜さんにいろいろと説教じみた言葉で言い聞かせてもだめなような気がするのです。そこでどうでしょうか、これから私はここを出て鬼怒川温泉を通り日光のほうへ行く予定です。日光まで一緒に旅をさせてはどうでしょうか。いろいろと他の温泉宿の接待などを見せるのです。きっと言葉でいろいろ説教するよりこのほうが良く分かると思うのです」と言いました。すると仙吉は「それはいい考えです。なあ、お里」と言いました。お里は「でも帰りはどうするのです。私も一緒に行ってもいいですか?」と聖心に聞きました。聖心はすぐに「お里さんが一緒ならば尚いいですよ」と言いました。仙吉は「それでいきましょう。決まりです。聖心さんお願いします」と言ったのです。そしてすぐにお竜が呼ばれました。お里がお竜に「どうだろうお竜、お前も生まれて旅一つしたこともない。このお客様の聖心さんが日光までいくのだがご一緒しないかい」と言いました。お竜は突然の話で少し驚いた様子でしたが二つ返事で「まあ、うれしい。ところでおっ母さんも一緒だべ」と言いました。するとお里は「ああ、私も一緒に行くよ」と言いました。お竜はそれを聞いて急に明るくなり、うれしさがこみあげてきました。話はとんとん拍子に進み、三人の旅が始まりました。

お竜さん、生まれて初めての旅に出る。鬼怒川温泉で一泊する。

塩原を出発した三人は、まず鬼怒川温泉の「きぬ屋」という温泉宿に泊まりました。「きぬ屋」に着いたとき、その「きぬ屋」の人が元気よく「いらっしゃいませ!!」とお竜にまず言ってきたのです。お竜はすかさず「お世話になります」と言いました。それを見ていた聖心がお竜に「いらっしゃいませ、と最初に言われてどんな気持ちになりましたか」と尋ねました。するとお竜が「気持ちが良かった」と答えました。するとすぐに別なお客が「きぬ屋」に入ってきました。「きぬ屋」の別な人がそのお客に「いらっしゃいませ!!」と元気よく挨拶していました。しかし、そのお客は何の返答もなく、無愛想でした。はたから見ると無視しているように見えました。しかし、「きぬ屋」の人はそんなことは気にしないで愛想良くそのお客にいろいろと話しかけていました。それを見ていたお竜は心の中で「私とはずいぶん違う」と感じていました。そんなやりとりを見ていた三人は足を洗って部屋へと案内されました。そしてお茶を飲みながら聖心がお竜に言いました「初めての旅はどうかなぁ」と言いました。お竜はすぐに「歩くのは大変だけど楽しいです」と言いました。するとお里が「私はお竜を箱入り娘にしてしまいました。世間を知らない人間にしてしまったのです」と言いました。すると聖心が「お里さん、それは仕方がないところもあります。仕事が仕事ですもの。休む暇などありませんしねぇ。でも今回はお竜さんも楽しそうですから良かったです」と言いました。

そんなことを言い合っているとき、「きぬ屋」の人が宿帳を持ってきました。そしてお竜がその人に「あなたはさっき玄関で無愛想なお客様に愛想良く振舞っていましたねぇ。何でそんなことができるのですか? 自分だけ損していると思わないのですか?」といきなり聞いたのです。すると「きぬ屋」の人はびっくりした様子で「何でそんなことができるかって、そんなこと聞かれてもねぇ。そんなことあたりまえだべ。お客様の気分でこっちの対応が決まるものではないのですよ。こちらの気持ちが一番大切なのですよ。お客様はいろいろなことがあるのです。商売でうまくいかなかったとか。お店がつぶれたとか。夫婦喧嘩して機嫌が悪かったとか。体の具合が悪くて気分が落ち込んでいたとか。何かで悩んでいたとか。それはもう人間ですからいろいろあるのです。ちょうど人の心もお天気みたいなものですよ。雨の日もあれば雪の日もあり、突然ヒョウが降るときもあり、風が強い日もありますよ。時には嵐の日もあるでしょう。しかしねぇ、お天道様(太陽)は変わらないで、毎日この世の中を平等に照らしているべ。貧乏人にも金持ちにもね。この世の中にはお天道様が必要なのですよ。お天道様がなかったらこの世の中どうなります。真っ暗闇でしょ。私たちの仕事はちょうどお天道様のようなものなのです。疲れている旅のお客様をお天道様のように明るく温かく接待し、一時でも旅の疲れや、いろいろな疲れを忘れてもらい、気分よく泊まっていただきたい。ただそれだけなのですよ。損得とかそんなことでお客様に対応していません。確かに商売は損得勘定ができなければやっていけません。しかしねぇ、損得勘定だけではこの世の中は渡っていけないのですよ。目には見えない大切なものもあるってことですよ。もし損得だけの世の中だったら、味気なくつまらない暗い世の中になりますよ」と、きっぱりと言いました。それにはお竜もびっくりしてしまいました。そんな話を聞いたのは初めてだったのです。そしてお里がその「きぬ屋」の人に「いいお話をしていただきありがとうございます」と言いました。聖心はお竜に「いい勉強になったねぇ」と言いました。そんなことを言い合っている間に、宿帳に記帳し終えたのを確認した「きぬ屋」の人は、別な部屋へと行ってしまいました。三人はすぐに温泉に入り、その後食事をしました。そして、旅の疲れもあり、すぐに寝てしまいました。

今市の手前の茶屋で一服

翌日、鬼怒川温泉を出発した三人は、今市の手前の街道の茶屋に一服することにしました。そこの茶屋のおばあさんが出てきて「いらっしゃいませ。ご注文は何にしますか?」と言いました。するとお里が「それではお茶と、だんごを三人前頼みます」と言いました。するとおばあさんは「はい、分かりました。ありがとうございます」と言いました。するとお竜がそのおばあさんに「突然変なことをお聞きしますが、あそこの道端のごみを拾っている人や、草取りをしている人が何人かいますが、あれで日当はいくらになるんだべ」と質問したのです。するとおばあさんは「何を突然聞かれると思ったらそんなことですか。実はねぇ、あそこで働いている人たちはお金のために働いているのではありません。この街道を通る人達が気持ちよく旅ができるようにと、このへんの村人が協力して、ただで道のごみ拾いや草取りの作業をしているのですよ。奉仕の心を喜びとしている人達なのですよ」と優しくお竜に説明しました。お竜はびっくりして「えっ!! ただで!!」と言ったきり言葉が出てきませんでした。お竜はこの世の中でただで働く人達がいることを初めて知ってびっくりしてしまったのです。今まで損得でしか世の中を見ていなかったお竜にしてみれば、信じられない光景だったのです。その後おばあさんが持ってきた、だんごとお茶を三人はいただきました。そして一服した三人はおばあさんに茶代を支払い出発しました。 日光に向けて出発した三人はしばらく歩いて、街道の土手の下の川で、茶碗や鍋、野菜を洗っている女の人を発見しました。その人を見るなりお竜はその女の人のそばへ小走りで降りて、近づいていきました。旅に出て驚くことばかりのお竜にしてみたら、いても立ってもいられなくなったのでしょう。いきなりその女の人に「あなたは何でこんなにたくさんのものを一人で洗っているんだべ? これでいくらもらっているんだべ?」と質問したのです。突然見知らぬ人からこんな質問をされたものですから驚いたのはその女の人でした。しかし、すぐに平静を取り戻し、手を休め「何でって? 変なことを聞く娘だねぇ。あたしはこの土手の上の街道のすぐ前に住んでいるものだけどねぇ、亭主が外で一生懸命汗水流して働いているんだ。女がうちの仕事をするのはあたりまえだべ。亭主が疲れて帰ってきたとき夕飯の用意も何もしていなかったらどうするの。家事をするのはうちを守っている女の仕事と昔から決まっているのさ。あんたはそんなことも分からないのかい。もしあたしが外で働いていれば違ってはくるけどね。亭主が一日働いて帰ってきて、気持ちよく休んでもらいたいのだよ。男は外へ出れば七人の敵がいると言うじゃないか。外でその敵と闘って傷を負ってくるのさぁ。せめてうちにいるときぐらいはゆっくり休ませてあげたいよ。あたしはねぇ、うちのお天道様になりたいんだよ。お天道様がなかったらうちの中はどうなる? 真っ暗闇だよ。それでは子供もだめになるしねぇ。お天道様というのは損得でこの世の中を照らしているのかい。そうではないでしょ。一日照らしてやったからいくら払え、などというお金の請求書があたしらにくるかい。そんなこと聞いたこともないよ」とお竜に言いました。お竜はお天道様の話が出てきたことにまた驚きました。鬼怒川温泉に泊まったときに話してくれた温泉宿の人と同じだったからです。お竜は何の反論もできませんでした。その場で考え込んでしまったのです。そしてすぐに我に返り、その女の人に「突然すいませんでした」と言って、お里と聖心が待っている街道へ歩いて土手を登っていきました。聖心が帰ってきたお竜に「あの女の人と何を話したの? 」と聞きました。お竜はすぐに言葉が出てきませんでした。しばらくして「ただの世間話よ」と言いました。お竜はその女の人が話した内容は二人には話しませんでした。自分の胸の中に収めたのでした。そしてまた三人は街道を歩いて日光へと急ぎました。

お百度参りに遭遇

日光へと急いでいる途中に、ある稲荷神社で一休みしていました。そしたら一人の中年の女の人がやってきて、お百度参りを始めたのです。お竜はびっくりして聖心に「聖心さん、あの女の人は何をしているんだべ?」と聞きました。すると聖心は「あれはお百度参りといって何かの問題が解決しますようにと、神様に百回の願をかけているのだよ」と言いました。お竜は初めてそんな光景を見たものですから驚いた様子で「そうなんですか。そんなものがこの世の中にあるのですか」と言いました。お竜は最後までそのお百度参りを見ていました。そしてお百度参りが終わった中年の女の人に「どうしてこんなことをしているんだべ?」と聞きました。するとその中年の女の人は「実は私の息子が花札賭博にはまってしまって金遣いが荒くなり、親が何を言ってもだめなのです。このまま行くと財産を食いつぶしかねないので、何とか花札賭博をやめて欲しいと神様にお願いしたのです」とお竜に言いました。するとお竜は「そうだったのですか」と言いました。そして親が子供のことでこんなに苦しんでいることを目の当たりにして、心に引っかかるものを感じていました。しばらくして三人はこの神社を後にしました。 三人はまた街道を歩いて日光へと向かいました。そしてしばらくしてお竜が聖心に「聖心さん、急でいるところ悪いのですが塩原へ帰ります。おっ母さんと帰らせてください」と突然に言ったのです。聖心は少し驚いた様子で「そうですか。この旅で何か得たものがあったのですね。お里さんはどうですか? 」とお里に聞いてきました。お里は「お竜がそう考えているならばそうさせてやりたいです」と言いました。そしてすぐに話がまとまりました。お里は聖心に路銀のたしにと何両かをお礼として差し出しました。聖心は気持ちよく受け取り「ありがとうございます。わたしのような乞食坊主にとっては大変助かります。お礼にこんな言葉を差し上げます」と言って、聖心は手持ちの荷物の中から筆と紙を出してその紙に「天に人にだまって得を積みなさい、そうすれば天は困ったとき見捨てません」という内容の言葉を書いた紙をお里に手渡しました。それをもらったお里は「ありがとうございます。額に入れて家宝にします」と言ってその紙を受け取りました。すると聖心は「二人とも気をつけてお帰り下さい。帰ったら仙吉さんによろしくお伝えください」と二人に言いました。するとお里が「このたびはほんとうにありがとうございました。聖心さんのお力でお竜も少し何かをつかんだようです。いろいろとお世話になりました」と言いました。すると聖心は「いやいや私の力ではありません。仙吉さんとお里さんの得の力ですよ。きっと天がその得を受け取ってくださったのですよ」と言いました。それを聞いていたお里とお竜は「もったいないお言葉です。本当に感謝します」と言って、二人は今来た街道を歩いて帰っていきました。聖心は手を振って見送りました。聖心は二人がいなくなってさびしくなりましたが、お竜の心に何か良い変化がおきたと感じると、うれしさがよりこみ上げてきて、さびしさも吹き飛びました。この旅がうまくいったと心の中で思いました。そんな思いを抱きながら聖心は一人で日光へと向かったのでした。

お竜さんが遂に開眼!!

聖心との旅から塩原へ帰ってきたお竜は人が変わったようになりました。温泉宿の仕事は、家事も含め自分から積極的にやるようになり、人には自分から優しい言葉をかけるようになりました。また、悩みのある人の話を聞いてやり相談にものりました。塩原の人達は「いったい``損だべぇー娘のお竜``にいったい何があったんだんべ」と、うわさしあっていました。温泉街に会う人達には自分から挨拶し、暗い顔をしている人には励ましの言葉をかけました。また親には積極的に見合いをすることを告げました。しばらくして那須温泉の、ある温泉宿の次男坊との見合いが成功し、その人を婿さんにもらうこととなりました。そしてお竜は塩原温泉の温泉宿の女将を集めて「塩原女将会」をつくり「塩原のお天道様になるべぇー!」、「塩原のお天道様になるべぇー!」を合言葉にして多くのお客様に喜んでもらえる「催し物」を考え提供していきました。そして塩原温泉は益々繁盛していったとさ。 おしまい


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ミミズの「ミーちゃん物語」

敵に勝つ力が何にもない弱い、弱い「ミーちゃん」の悲しい物語。この機会に何の力もない小さな命のことを思うことによって人への思いやり、いたわりのことを考えるきっかけになれば幸いです。

作者 児玉春信

昔々、ある村の百姓の畑に、それは、それは、栄養満点の堆肥が積まれていました。その堆肥の中では、若い母ちゃんミミズと、父ちゃんミミズの夫婦から、一匹のかわいいメスの赤ちゃんミミズが誕生しました。母ちゃんと父ちゃんは最初の赤ちゃんだったので、その喜びはひとしおでした。親戚中もみんな喜んでいました。この赤ちゃんは「ミミ子」と名前がつけられました。ミミ子は「ミーちゃん、ミーちゃん」と言って、みんなにかわいがられました。

 ミーちゃんは栄養満点の堆肥と、母ちゃんと父ちゃんの深い愛情で、すくすくと大きくなっていきました。みるみるうちに母ちゃんと父ちゃんの大きさに成長していきました。そんな成長したミーちゃんは、ある夏の朝に、堆肥の中を散歩していました。するとすぐ近くに人間の話し声が聞こえてきました。声からすると人間の男の人でした。ミーちゃんは生まれて初めて人間というものを知りました。その人間は、そのミーちゃんが住んでいる堆肥のところまで来ました。そして「さあーて、ミミズでも捕まえてフナ釣りにいくべぇ」と独り言を言ったのです。ミーちゃんは人間の言葉は分かりませんでした。しばらくすると、ミーちゃんの近くにいた多くのミミズが、なにやらせわしく「早くみんな逃げろー!! 逃げろー!!・・・・」と、大きな声でミーちゃんのほうに向かって逃げてくるではありませんか。あたりは蜂の巣をつっついたような騒ぎになっていました。ミーちゃんはそんな騒ぎに驚いて、すぐ近くにいた近所に住んでいるミミズの三平さんに「何がおきたのですか三平さん!! 何で、みんなが逃げているのですか?」と聞きました。するとミミズの三平は「ミーちゃん大変だぞ!! 人間が我々を捕まえに来た。早く逃げないと人間に捕まってしまうぞ。捕まったら最後、魚の餌にされてしまうぞ。それこそ一巻の終わりだ。ミーちゃんも早く逃げろ!!」と大声で言いました。ミーちゃんはそのことをすぐには理解できませんでした。まだ、父ちゃん母ちゃんからそのことを教えてもらっていなかったのです。そうこうしているうちに逃げ遅れた多くのミミズたちは、人間に捕まってしまいました。そしてとうとう、ミーちゃんのところにも、何やら棒みたいなものが入ってきて、堆肥を掘り返されました。そしてその掘り返された堆肥の中に、ミーちゃんも巻き込まれたのです。そしてミーちゃんも、とうとう人間に捕まってしまいました。

 捕まったミーちゃんは、何やら木で出来た、狭い入れ物の中に入れられたのです。多くの仲間のミミズも、その入れ物の中に大勢いました。ミーちゃんは何がおきたのか状況をすぐさま理解できませんでした。理解できないまま、ただ呆然としていると、ミーちゃんの親戚のおじさんの助五郎ミミズが「なんだ、ミーちゃんじぁないか。お前も捕まってしまったのか。かわいそうに」と言って、近づいてきたのです。それを聞いたミーちゃんは「なんだ、助五郎おじさんじゃないですか。おじさん、ここはいったいどこですか?」と聞きました。すると助五郎おじさんは「ここはな、人間が魚釣りのために、我々ミミズを捕まえて入れておく、餌箱の中だよ、ここに捕まったらもう逃げられない。我々の運命は魚の餌になってしまうだけだ。お前もやっと大きくなったのにかわいそうになぁ。父ちゃん、母ちゃんがこのことを知ったら悲しむだろうなぁ。まあ、捕まった以上覚悟しなければならないよ」と言ったのです。それを聞いたミーちゃんは一瞬驚いて「えっ!!」と声を詰まらせました。そしてすぐに我に帰り「そうだったのですか。今まで誰もそんなことを教えてくれませんでした。ところで助五郎おじさん、魚の餌になるってことは死ぬということですよねぇ? 」と言ったのです。助五郎おじさんは「そうだよ。死ぬということだよ。堆肥の中に住んでいれば安全だが、いったん人間に捕まると悲惨だ」と言いました。するといったん冷静に戻ったミーちゃんでしたが「おじさん、何だか怖いよぉー。母ちゃん、父ちゃんに会いたいよー、会いたいよー、えーん、えーん・・・・」と言って、とうとう泣き出してしまいました。助五郎おじさんはどうしてやることもできず、ただ、見守るしかありませんでした。そして「ミーちゃん、こっちへおいで。みんなが寄り添っているので、その中に入れてくれるようにみんなに頼んでみるよ」と言ってくれたのです。ミーちゃんは泣くのをやめて助五郎おじさんの言ったとおりに、みんなのそばに近づいていきました。そして人間に捕まった多くの仲間のミミズの中に入れてもらえたのです。ミーちゃんはそのおかげで、ようやく少し落ち着くことができました。

 そんなやりとりが、餌箱の中におきていることなど、まったく気が付かない人間は「だいぶ捕まえたな。こんなもんでいいべぇ」と言って、堆肥から去っていきました。そしてフナ釣りの竿を持って近くの川へ行きました。釣り場に着いた人間は、餌箱を下に置き、フナ釣りの準備を始めました。「まずはミミズだなぁ」と言って、餌箱のふたを開けました。餌箱の中では、ふたを開けたものですから太陽の光がいっせいに入ってきました。寄り添っていたミミズたちはその光で驚き、大混乱していました。そんな混乱して驚いているミミズたちのいる中に、人間の手が入ってきたのです。そしてすぐに、ミミズたちの中の一匹が人間に捕まってしまいました。人間は「こりゃあ、まるまると太っていいミミズだ。きっと大きなフナが釣れるぞ」と言いました。捕まったミミズは「助けてくれー!! 助けてくれー!!・・・」と言って、全身の力を振り絞って暴れまわりました。そしてみんなは「助けてやれなくて申し訳ない、申し訳ない」と言って、ただ、なすすべもなく見守るしかありませんでした。

そしてしばらくすると人間が大きなフナを一匹釣り上げました。人間は「やっぱり大きいのが釣れた。こんないいミミズだ、まだまだ釣れるぞ」と興奮気味で言いました。そして餌箱の中に手をやり、次のミミズを探し始めました。そして若くて``ぴちぴち``した太った元気のいいミミズを発見して、手で捕まえました。何と、それはミーちゃんだったのです。ミーちゃんは大きな声で「おじさん、おじさん、助けてー!! 助けてー!!・・・・」と何回も言って、暴れまわりました。人間は「こりゃあ、元気のいいミミズだ! めったにこんないいミミズには出会えないな」と言って、釣り針にミーちゃんを近づけて刺そうとしました。ミーちゃんは今まで経験したことのない恐怖感を全身で感じていました。そのため今までの倍の力で「助けてー!! 助けてー!!・・・」と大きな声で何回も叫んで、狂ったように暴れまわりました。しかし、人間の力の前には、何もなすすべがありませんでした。そしてとうとうミーちゃんは釣り針に刺されてしまいました。ミーちゃんの血が、そのとき大量にあふれ出ました。ミーちゃんは針に刺された瞬間、全身に激痛が走り、あまりの痛さに我慢ができなくなり「痛いよー!! 痛いよー!! 母ちゃん、父ちゃん助けてー!! 助けてー!!・・・」と何回も何回も、ふたたび狂ったように叫びました。しかし、そんな声は届くはずがありません。餌箱の中にいる助五郎おじさんは「かわいそうに、かわいそうに」と言って泣いていました。人間はミーちゃんを刺した釣り針を川に投げ込みました。ミーちゃんは今まで経験のない水の中にぶくぶくと沈んでいきました。そしてだんだんと息が苦しくなってきました。ミーちゃんは釣り針に刺された猛烈な激痛と、息ができない苦しさの二重苦に襲われたのです。ミーちゃんの心は激しいパニック状態になってしまいました。しかし、ミーちゃんのできることは水の中で暴れまくることしかできませんでした。

そんな暴れている姿をいち早く、大きなフナに発見されてしまいました。暴れていることが、フナにはおいしそうで新鮮な獲物に見えたのです。フナは「おっ! おいしそうなものがいるぞ、きょうはついている。いただきだ!!」と思いました。ミーちゃんは、大きなフナが近づいてきたのを察して、自分が食べられるのではないか、という恐怖心が益々大きくなって「母ちゃん助けてー!! 父ちゃん助けてー!! 」と言って、益々暴れまくりました。それに加えて、水の中では息ができないことと、全身に大きな傷を負ったことで、体力は益々消耗していきました。そんな状況で、暴れもがき苦しんでいるミーちゃんのほうに、フナがどんどん近づいてきて、すぐそばまでやってきました。そのとき、ミーちゃんの恐怖心は頂点に達しました。と、そこへ大きなナマズも近づいてきて、ナマズはフナに「おいフナ!! この獲物は俺がいただくぞ。お前はあっちへ行け!!」と威張って言いました。するとフナは「ナマズさん、申し訳ないが、僕が最初に見つけた獲物です。僕がいただくのが魚の世界の常識ですよねぇ」と少し下手に出て言いました。するとナマズは「お前はお魚よし(人間だとお人よし)のお馬鹿さんだ。魚の世界は弱肉強食だぞ。小さいころメダカの学校で習わなかったのか、お馬鹿さんよ」と言いました。そして次の瞬間、ナマズはフナの一瞬のすきをついて、ミーちゃんをいきなり「パクッ」と食べてしまいました。それは一瞬の出来事でした。ミーちゃんの最後でした。ミーちゃんはナマズに食べられて死んでしまったのです。

ナマズはお腹がすいていたので、一気に口の奥までミーちゃんを吸い込んで食べたので、少し動いたとき、釣り針が口の中に引っかかりました。ナマズは「しまった!!」と思いましたが、後の祭りです。逃げようとしてナマズは必死に泳ぎました。人間は急な大きな引きに驚き、あわてて竿を上げました。しかし、なかなか引きが強くてあげられませんでした。悪戦苦闘の結果ようやく釣り上げました。川の中のフナは、なまずが人間に釣り上げられる様子を見ていて「馬鹿なのはどっちだ。人間の罠にはまりおって。僕は急いで食べないでよかった。弱い魚もときには得をするときがある、ということが分かった。昔から``あわてる乞食はもらいが少ない``ということをナマズは知らなかったようだ」と思ったのでした。一方人間は「ナマズだったのか。どうりで引きが強いと思った」と言いました。

そんな周りの様子の雰囲気が、餌箱の中に伝わってきました。助五郎おじさんは「とうとうミーちゃんも魚に食べられたようだ。かわいそうに、これからだったのに。これを知ったら父ちゃん、母ちゃんはどんなにか悲しむに違いない。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・」と念仏を唱えました。助五郎おじさんはミミズには珍しい信心深いミミズでした。念仏を唱え終えると「今度はわしらが魚に食べられる番だ。俺はいいミミズ生(人間だと人生)だった。後悔することはない」と思ったのでした。そしてしばらくすると人間が「きょうは大物が釣れたので、釣りは終わりにしよう」と言って、餌箱の中に入っている残りのミミズを川に投げ込みました。助五郎おじさんミミズと、仲間のミミズたちは、川の中に沈んでいきました。しばらくすると、フナやその他の魚がそこにやって来て、みんな食べられてしまいました。

一方、堆肥の中に住んでいるミーちゃんの父ちゃんと、母ちゃんは夕方になってもミーちゃんが帰ってこないので心配で、心配で不安でした。そんな心配している2匹のところへ、近所の親しくしている父ちゃんの飲み友達の甚助ミミズがやってきて「実はミーちゃんは、朝に人間に捕まってしまった。どうも助五郎おじさんも一緒に捕まったみたいだ」と2匹に言いました。母ちゃんは「え!! なんてことに!! ミーちゃんが散歩に出かけるといったとき、無理にでも止めればよかった。人間には気をつけるようにとよく言い聞かせておけばよかった。かわいそうに」と言って、泣きじゃくってしまいました。がっくりと肩を落とした父ちゃんは、悲しそうな小さい声で「じゃあ、葬式をしないといけないなぁ」と、ポツリと一言いいました。父ちゃんはそれを言ったきり、後は何もしゃべりませんでした。

そして翌日にミーちゃんと助五郎おじさんの合同葬儀が執り行われました。そんな合同葬儀の席上、ミミズたちは口々に「我々は敵に対して何の反撃手段もない。ただ、暴れることしかできない。これからは反撃する強力な武器を作り、敵を威圧しなければならない。そうしないと敵になめられ、最後には殺されてしなう。自然様にこのことを願い出て、武器の研究に着手する許可をもらおう」と言っていました。人間はそんなことが堆肥の中で、ミミズたちによって議論されていることなどまったく気が付きませんでした。 
おしまい           

※ 将来ミミズは強力な武器(猛毒など)を身に着け、人間をやっつけることができるようになるかもしれません。猛毒を身に着ければ、人間は怖くてミミズを捕まえる人はいなくなるはずです。その結果、ミミズは生き物の餌などにされず、長生きできるのです。ミミズといっても私たちは「命」といイメージは、なかなかわきません。しかし、ミミズも血液が流れているりっぱな小さな命なのです。「命」を考えるとき、たまには「ミーちゃん」の「痛み」も思い出してみてください。

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捨て犬の三郎物語

愛情豊かに飼われていた犬の三郎が、ある日突然捨てられてしまいました。三郎は、はたしてどんな犬になっていくのでしょうか。

作者 児玉春信

昔々、北国のある村にそれは、それは立派な庄屋がありました。この庄屋の主人は久兵衛といいました。久兵衛の奥さんはお夏といいました。この家には「三郎」という犬が飼われていました。三郎はこの夫婦の愛情を一身に受け、大事に飼われていました。三郎は何の苦労や心配もなく平穏な幸せな毎日を送っていました。 
そんな幸せな日々を送っていたある日、久兵衛の奥さんのお夏が病気で死んでしまったのです。葬式が執り行われている様子を見ていた三郎は、自分をかわいがってくれたお夏が死んだということを察知したのでした。三郎は悲しみのあまり、毎日毎日悲しい泣き声で涙を流して吠えていました。そんな様子を見ていた久兵衛は三郎に「三郎、お前もお夏のことを悲しんでくれるのか、ありがとうよ。お夏は遠い、遠いところへ旅だっていったのだよ。もう帰ってくることはないのだよ。」と、やさしく語り掛けました。その言葉を聞いた三郎は益々悲しい泣き声で涙を流して吠えました。久兵衛は「なんと利口な犬だ。お夏が死んでも涙一つ流さない親戚もいるというのに、お前は心の底から悲しんでくれる。人間よりお前のほうがよっぽど偉いよ。」と、言いました。それを聞いた三郎は久兵衛に向かって悲しい泣き声で「ワンワンワン・・・・。」と吠えました。三郎は、何ヶ月間も悲しみにくれる日々を送らなければならなくなりました。 
お夏が死んでから、約2年がたったある日、三郎は家の様子がいつもと違うことに気付きました。主人の久兵衛が後家さんをもらったのです。その日はその祝言だったのです。後家さんの名前はお春といいました。三郎は「こんどの人はどんな人だろう。僕をかわいがってくれる人だろうか。」と、心配していました。祝言が終わった翌日、久兵衛はお春に三郎を紹介しました。お春は「こんな犬がいたの、分からなかったわ。あたいも前からかわいがっている犬を連れてきたのよ。」と、言ったのです。これを聞いた三郎はなんとなく嫌な予感がしました。なんとお夏は実家から自分がかわいがっている犬の三太を連れてきたのでした。 
それからというもの、三郎にとっては大変なことになりました。いつもおいしいものを食べていたのですが、おいしいものはすべて三太がいただくようになったのです。三郎はいつも味噌汁にご飯だけ、という粗末な食事になってしまいました。犬の世話はすべてお春がやっていました。散歩にはいつも連れて行ってもらえず、三太だけがすべての面で優遇されていました。三郎の予感は、当たりました。 
そんな生活をつづけていた、ある秋の日に、お春は三郎を連れて少し遠い村に出かけました。三郎は散歩に連れて行ってもらえるとばっかり思って、喜んで付いていきました。ところがお春は、着いた村の神社に三郎を置いて一人で帰っていきました。三郎は捨てられたのでした。もちろんお春は、久兵衛にこっぴどく叱られたことは言うまでもありませんでした。三郎はしばらく何がおきたのか理解できませんでした。しかし、夕方になってお腹がすいてきたとき、初めて自分が捨てられたことに気付きました。三郎は久兵衛の家に帰ることも考えましたが、お春のいる家には帰る気持ちがおきませんでした。三郎はこの神社の床下を住処にすることに決めました。三郎は捨て犬の身分になってしまったのでした。捨てられたその日の夜は神社の床下で一晩中涙を流して泣いていました。そして夜が明けてきました。涙もかれてしまった三郎は、いつまでも泣いていられないことに気付きました。これからは一犬で生きていかなければならないことに気付いたのです。ここで泣き言を言っていては生きていけないことにも気付いたのでした。三郎はこのときから、犬生最大の試練に立たされたのでした。 
三郎は生きていくために、まず食べ物を探さなければならなくなりました。村中の家々の残飯をあさって何とか食いつないでいました。しかし、残飯をあさっている最中に人間に見つかり「この野良犬野郎、あっちへ行け!!」と、石をぶつけられることもありました。食べ物を自分で確保することが、こんなにも大変だと言うことを、三郎は生まれてはじめて分かったのでした。そして三郎は夜になると、毎日神社の床下で寝ていました。三郎は毎日毎日、生きていくことがこんなにも厳しいものだということを、身をもって体験していたのでした。人間に飼われていれば、どんな粗末な食事でも、何の苦労や心配もなく食べられたのです。しかしそれに比べ、今は自分の力で食べなければなりません。三郎はお春を憎みました。そしてお夏のことを思い出していました。お夏の優しさをひしひしと感じていました。 
こんな厳しい生活をしていたある日、捨て犬の先輩が神社にやってきました。そして三郎に「おい、そこの野良犬、名前は分からないが、お前もあと3年間、この生活に耐えていけば、りっぱな犬になれるぞ。生きていくということがどういうことだか骨の髄まで分かるからだ。お前はおそらくりっぱな家に飼われていたのだろう。顔のつやをみればそれが分かるよ。育ちの良さの雰囲気もあるしな。あーあー、そうそう、俺の名前は八郎というんだ。よろしく。」と、言ってきたのです。それには三郎もびっくりしてしまいました。そして三郎は「僕は三郎といいます。八郎さん、よろしくお願いします。僕を飼っていた家は、みんな僕をかわいがっていたのに、ある日そこの奥さんが死んでしまったのです。そしてしばらくすると、その家に、後家様が来て、すっかり雰囲気が変わってしまったのです。なんと、その後家様は、実家から自分の犬を連れてきたのです。そしてこの僕が邪魔になり捨てられてしまいました。前の奥さんのお夏さんは優しいいい人でした。今は僕を捨てた後家のお春を憎んでいます。」と、言いました。それを聞いていた八郎は「そうだったのか。かわいそうになあ。でも三郎君、物事は考えようだぞ。捨てられる前の楽な生活を一生していたら、世の中のことなども含めて、何にも分からず死んでいくはめになっていたぞ。今は大変だが、すべて勉強だと思ってがんばるんだ。人間のこともいろいろと分かってくるぞ。今、憎んでいる後家様のお春さんという人も、後できっと憎しみは消えて、逆に感謝できるようになると思うよ。」と、言いました。三郎はすぐには八郎が言ったことを理解できませんでした。そして八郎は「三郎君、俺は町や村の裕福な家の子供たちを大勢見てきた。みんな小さいときからかわいがられて何の苦労もなく育てられている。親は子供の言うとおりだ。親は子供のことだったら何でも聞いてくれる。親が子供の機嫌を気にして育てているのだよ。だからこんなことで育った子供は大きくなって自分の考えがまったくなく、自立できない人間になっているのが多いんだよ。ちょっとした問題にぶつかって神経症などになったりして自滅していく人間が最近多いよ。そのために、様々な問題が人間界には起こっているよ。とにかく、がまんということができなくなったよ。そんなひ弱に育てたのは親の責任が大きいのではないかと思っているのだ。子供のときから厳しさも教える必要があるのだよ。若いときの苦労は買ってでもしろ、ということだ。親が確固たる信念を持って子供を育てる必要があると思っているよ。子供に自分の頭で考えさせ、行動できる訓練が必要だということだよ。だから三郎君、今、生きるということを自分の頭で真剣に考えて行動して、いろいろなことを分かっていく絶好のチャンスだよ。こんなチャンスはめったにあることではないぞ。今、ふんばってがんばるんだぞ。」と、言いました。それを聞いた三郎は「なるほど。八郎さんご助言ありがとうございます。がんばります。」と、言いました。そして八郎はそんなことを言い残して、三郎のところから去っていきました。そして三郎は30日間八郎の言ったことを考えていました。 
それからの三郎は意識がすっかり変わってしまいました。八郎が去ってから3年間というもの、雨の日も、風の日も、雪の日も、嵐の日にも、八郎が言ったことを忘れずにがんばったのです。三郎が変わったことは、今までがむしゃらに行動していたのが、考えて行動し、物事を客観的に観ることができるようになった、ということでした。そして、自然と神社に集まった野良犬の集団のリーダーとなっていったのです。リーダーとなったとき、三郎は自分を捨てたお春のことを考えていました。今、しっかりとしたリーダーの地位を築けたのはお春が捨ててくれたからだということがはっきりと分かったのです。前に八郎が言っていたことを今、はっきりと分かったのでした。そして、自然とお春に対する憎しみは消えていきました。むしろ三郎は苦しいことや悩みなどがあると、自分に冷たいしうちをした、お春のことを思うようになったのです。お春のことを思うと、自然とどうしたらいいのかという答えが出てきて、自分が抱える問題がどうしたわけか解決したのでした。このことは三郎も思ってもいないことでした。なんと自分を捨てたお春が、三郎の一生の心の支えとなっていったのでした。おしまい                     

※ 愛情には、優しい愛情と、厳しい愛情の両方が必要ではないでしょうか。優しい愛情が基本ですが、ときには厳しい愛情も必要であると考えるのです。ときには厳しい愛情がないと人間の精神の「心棒」が出来上がりません。

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宇宙創造の神々の攻防

神々の精霊党と悪霊党の宇宙創造の物語。精霊党が提出した「ビッグバン・スイッチオン法案」は果たして可決されるのか? 精霊党党首は「ウルトラエンゼル総理神」。悪霊党党首は「デビルサターン神」です。

作者 児玉春信

このお話は、今私たちが見ている宇宙の誕生のビッグバン(今から約137億年前に起きた大爆発)が起きる一ヶ神時(神々の世界では人間界の一ヶ月は一ヶ神時)前の神々の攻防を描いたものです。

新しい価値を創造していくための第一歩は既成概念を打ち破ることです。商品開発、社会や経済等の新改革はいかにして既成概念を打ち破るかにかかっているのではないでしょうか。この物語は宇宙創造の新説として考えた物語です。「常識は常に疑え。」これが新発想を生むヒントを与えてくれます。新発想が新時代を切り拓くのです。

 昔々、そのまた昔のそのまた昔、今からなんと約137億年前、まだ宇宙創造の始まりのビッグバン(大爆発)が起きていない神々の世界に、無数の創造神が存在していました。神々の世界の政冶形態は神主主義をとっていました。そんな中で全神会議員の総選挙が行われたのです。最大の争点は第七宇宙(今のわれわれが見ている宇宙)を創造する(地球から余りにも遠い9000億兆光年かなたに神々は第一宇宙から第六宇宙までをすでに創造していたのです)ビッグバンのスイッチを押すかどうかでありました。総選挙の結果、そのスイッチを押すことに賛成している精霊党(全宇宙の善の心を支配している神々の集団)は定員301神に対して151議席を確保していました。かろうじて与党として過半数を維持することができたのです。党首はウルトラエンゼル神でありました。それに対してスイッチを押すことに反対している野党の悪霊党(全宇宙の悪の心を支配している神々の集団)は残りの150議席を確保して大躍進したのです。党首はデビルサターン神でありました。まさにその差は超僅差の1議席。勢力は超拮抗していたのです。そんな中、第2兆1000億回通常全神会が一ヶ神時の会期で、全神会議事堂で今開かれようとしているのです。まず、総理神に指名された精霊党党首ウルトラエンゼル神の「所信表明演説」から始まったのです。

ウルトラエンゼル神の所信表明演説が始まりました。「このたび総理神に指名されたウルトラエンゼルです。よろしくお願い申し上げます。われわれの世界を取り巻く勢力は益々厳しさを増してきています。過去第一宇宙から第六宇宙までを創造してきましたが、すでに第一から第三宇宙が悪霊党の支配下になりました。このままではわれわれ精霊党は、じり貧に追い込まれることは必至であります。われわれはシェアー拡大のために何としても、今こそ積極的に新しい第七宇宙(今の宇宙)を創造し、シェアーを拡大していかなければなりません。そのために精霊党はこの全神会にビッグバン・スイッチオン法案を提出いたしました。徹底した議論をしていただきたくお願い申し上げます。次に財政問題ですが、この問題は引き続き財政健全化のため、聖域なき構造改革を積極的に推進し、かつ徹底したコスト削減を図ってまいりたい所存であります。各関係神々のいっそうのご協力を引き続き賜りたいと思っています。次に教育問題ですが、この問題は特に力を入れていきたいと思っております。具体的には「神々教育基本法」を3000億神年ぶりに初めて見直したいと思っております。昨今の教育現場によるいじめは目を見張るものがあります。そのために神を廃業するものが後を絶ちません。重要な問題と受け止めています。この問題は特命大臣神のポストを新たに作り、問題解決に向けて積極的に対応していく所存であります。皆様神々のご協力をよろしくお願い申し上げます。簡単ではありますが所信表明演説にかえさせていただきます。ご拝聴ありがとうございました」。と総理神の演説が終わったのです。すかさず、議長神はこの演説に対しての質議を始めることにしました。野党党首デビルサターン神が最初に指名されました。指名されたデビルサターン神は「このたびの総理神ご就任おめでとうございます。さっそくですが、今回のビッグバン・スイッチオン法案に対して質問させていただきます。われわれの悪霊党がようやく第三宇宙までを支配して、われわれがそっちに全力投球しているときに、その隙を見て、すかさず別な宇宙を創造することは少々拙速過ぎないでしょうか。まずこれが第一点です。次に超高性能神界コンピューターで約137億年先までのシュミレーションした結果、ビッグバンが起きてから約17億年後に誕生する天の川銀河の中に、天の川銀河が誕生して約70億年後に誕生する太陽系の中の地球という惑星は、将来人間が支配するようになります。そしてその人間はどんなに悲惨な戦争を何回も経験しても、いっこうに争いをやめようとしないことが分かっています。これはわれわれが勝利することが分かっていることを示すものと考えます。そんなことが分かっているのに新たなる宇宙を創造することは、予算の無駄遣いのなにものでもない、と申し上げたい。この二点の質問について総理神のご見解をお聞きしたいと思います。」と質問したのである。それに対してウルトラエンゼル総理神は「まず、第一の質問のことですが、あなたたち悪霊党の支配が益々拡大している今、手をこまねいていては宇宙全体が大変なことになって手遅れにならないようにしたいのです。そのために急ぐ必要があるのです。悪や罪がはびこってしまってから対応していたのでは遅いのです。悪や罪は恐ろしいほどの魅力を持っており、それに誘惑されてしまうと、なかなか抜け出せない問題を持っています。本来、この宇宙に存在している悪の心は、最初、長期間はびこるのですが、だんだんと様々な痛い思いなどを経験して善の心へと向かうのです。ですから新しい宇宙を創造し、善の心をできるだけ早く広げていかなければなりません。おそらく超高性能神界コンピューターのシュミレーションの結果、その地球には多くの聖者が誕生することを予想しています。そしてその考え方の影響を受けた多くの人間が善の心を持つようになると思うのです。しかし、中には聖者の考え方を悪用して、世の中を自分たちの思い通りにするために人心を惑わす不届き者も現れます。しかし、人間はそれらのものと戦って勝利し、多くの人の努力によってだんだんと地球から争いをなくすことに成功すると考えます。しかし、争いがなくなるまではいろいろなことが起きると考えられます。確かにいろいろなことが起きるリスクはありますが、われわれとしてはそんなことに恐れず、ひるまず、立ち止まらず、確実に法案を通し、確実に法案内容を実行していく所存です。野党の主張する拙速はそのような理由から当たらないと考えます。次に予算のことですが、われわれは有効な問題に対しては積極的に予算を執行していきたいと考えております。良いと思われる政策にはどんどんお金を使っていきます。野党の主張する無駄遣いにはあたりません。」と与党のウルトラエンゼル総理神はきっぱりと答弁したのです。このようないろいろな議論が全神会で一ヶ神時繰り返されました。そして最終の質問が野党から出されたのです。それは「約137億年後の地球に核戦争が起きるかどうかのことを超高性能神界コンピューターでシュミレーションした結果、性能の限界でそこまでたどり着くことができませんでした。われわれ悪霊党はおそらく核戦争が起きて、人間は滅びると考えています。そしてわれわれ悪霊党が支配する惑星となると確信しています。わざわざそんなことになってしまうのが分かっているのにビッグバン・スイッチオン法案を通すことはできません。われわれは廃案に追い込みたいと思っております。ウルトラエンゼル総理神のご見解をお聞きしたい。」というものでした。総理神の答弁は「私は、結論からいって、恐らく核戦争は起きないと考えます。その一歩手前までは行くかもしれません。しかし、人間の英知を結集して戦争にはいたらないと考えています。なぜならば核戦争をしたのでは自分たち全員が滅びることを知っているからです。人間はそんな馬鹿ではないと考えます。そして良い材料としては、人間は学習する知恵を持っているということです。確かに人間の行動をシュミレーションしてみると、戦争による殺し合いの歴史を確認できます。しかし、その戦争の結果、反省を繰り返し、みんなで話し合いをしなければならないことにも気付いて、現実に多くの国際組織も作ったことも確認できます。これは明るい方に行っている証拠です。ですから、これに関しては特に問題ありません。問題があるとすれば、むしろそれ以上に恐ろしいのは二酸化炭素による地球温暖化問題です。」と答弁しました。悪霊党は会期延長を主張しましたが精霊党は受け入れず、結局もめにもめて強行採決となりました。結果、悪霊党から三神造反者が出て、ビッグバン・スイッチオン法案は賛成154票、反対147票で可決し、その直後、ウルトラエンゼル総理神によってビッグバンのスイッチが点火され大爆発が起こり、今の宇宙が創造されました。そんなわけで、今私たちがこの宇宙の中に存在しているのです。そして精霊党と悪霊党の二つの二大勢力がこの地球で毎日毎日激しく戦っているのです。それは毎日のテレビ、ラジオ、インターネット、新聞などのニュースで確認することができるのです。  おしまい

あなたは精霊党を支持しますか。それとも悪霊党を支持しますか。それによってあなたの生き方も大きく違ってくることになるでしょう。

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口がへん曲がった田吾作

ひとの悪口ばっかり言っていた百姓の田吾作の運命はいかに? そして全国を旅している修行僧の「聖心」が田吾作に伝授したこととは?

作者 児玉春信

 昔々、関東のある田舎の村に、人の悪口を言っては喜んでいる田吾作という百姓がいました。朝おきれば、朝ごはんを食べながら自分の女房のおクマに「どこ、どこの親父は、どうのこうの、どこ、どこの、せがれがどうのこうの」と、その人の悪いところばかりを探しては悪口を、つばをはきながらしゃべっていました。村の集まりがあれば、これまた人の悪口ばかりを言っていました。また、親戚の祝言や葬式があったときでも、酒を飲めば、人の悪口を酒の肴にして、いい気持ちになっていました。このように人が集まるところすべて、人の悪口で酒の肴にしているのでした。村の人達は「こういう人だ、こういう性格だ」と思ってあきらめていました。一部には一緒になって、お互いに人の悪口を言い合って、その場を盛り上げ、いい気持ちになっている人もいました。とにかく人の悪口を言わないと酒が進まないのです。田吾作は人と会話する内容はすべて人の悪口でした。

 そんな生活を送っていた田吾作でしたが、田植えも終わり、やれやれと思っていた、ある初夏の夜、自分の家に遊びに来ていた友達と、いつものように人の悪口を酒の肴にして、酒を飲んでいました。そして友達も帰り、田吾作は疲れていたので、すぐに寝間へいって寝ました。そして朝起きて、いつものように田んぼの様子を見に行こうとしたとき、女房のおクマが田吾作の顔を見てびっくりしました。「あ、あんた、くくくく、口が、みみみ、右に、へへへ、へん曲がっているよ!! くくく、唇も腫れ上がって、いい、いるよ!!」と、あまりにも驚いたので、どもって言ってしまいました。そして「いい、急いで鏡でみてごらん!」と言いました。田吾作もびっくりして、すぐに鏡で自分の顔を見ました。そして鏡を見た瞬間、腰を抜かし、一瞬気を失いそうになりました。何ということでしょう。自分の口が右の方へ大きくへん曲がって唇も大きく腫れ上がってしまったのです。まるで化け物でした。田吾作の子供も起きてきて「ちゃんが、お化けになった! ちゃんが、お化けになった!」と叫んでいました。田吾作は「なんと言うことだ!!」と大きく落ち込んでしまいました。今まで、いい男だと思い込んでいたのが、一晩でお化けみたいな醜い男になってしまったのです。

それ以来、田吾作はすっかり元気がなくなり、とうとう寝込んでしまいました。女房のおクマは心配で、心配でなりません。村の人達は「田吾作さんはどうしたの。」と聞いてきます。しかし、あまりにも格好悪いので、おクマは本当のことが言えませんでした。しかし、ある日、たまたま田吾作の家の前を通った、近くに住んでいる百姓の与作が、口が、へん曲がって、唇も大きく腫れ上がっている田吾作を見てしまったのです。与作は「ど、どうしたのだ、そ、その口は!」と驚いて田吾作に聞きました。すると田吾作は「俺にもわからない。寝て起きてみたらこんな口になってしまったのだ。」と言いました。そしてこの話はまたたく間に村中にひろまりました。村の中では「きっとあれは病気だ。」とか、「何か厄病神がついたのだ。」とか、「何か疫病ではないか。」とかの、様々なうわさが広がりました。そして村の人達は、みんな気持ち悪がって、誰も田吾作の家に近づかなくなったのでした。そんなことになってきたことを敏感に感じている田吾作は、どんどん落ち込んでいきました。食欲もなくなり、気力もなくなってきたのです。家族はいろいろなところから医者を呼んできたりして、診てもらいましたが、いっこうによくなりません。医者は「これはわたしの手に負えません。」と言うしまつです。家族は医者がだめなので祈祷師を呼んで祈祷をしてもらいましたが、いっこうによくなりません。そして噂で「あっちにはこういう神様がいる。」と聞いては出かけて、みてもらいましたが何らかわりません。また、近くの稲荷神社に「御百度参り」もしました。しかし、何の効果もありません。挙句の果てに田吾作の子供も村の子供たちに「やーい、やーい、お化けの子。お化けの子。」などといじめられる始末です。こんな状態ですので田吾作とおクマの苦悩は深まるばかりでした。そして何をしてもよくならないので「これは一生治らない」とあきらめてしまいました。

 そんな、何をやってもだめなので、あきらめていた、ある夏の夜「トントン、トントン」と玄関の戸をたたく音がしました。おクマは「どなた様ですか。」と聞きました。すると「日本中を歩いて修行している、修行僧の聖心と申します。実はきょう、宿が取れなかったものですから、一晩泊めていただけないでしょうか。」と言いました。するとおクマは「それは大変ですね。一人病気みたいな人がいますが、それでもよければお泊まりください。」と快諾して玄関を開けてやりました。修行僧の聖心は「それはありがたい。お言葉に甘えて、一晩ご厄介になります。」と言って、家に入ってきました。日本中を歩いて修行しているだけあって顔は黒く焼け、着ているものはボロボロでした。まるで、こじき坊主に見えました。しかし、目は慈悲深い優しい目をしていました。背丈は中くらいで、田吾作とあまり変わりませんでした。おクマは「お疲れでしょう。雑炊でも作りますから、今日はゆっくりとしていってください。」と言いました。すると修行僧の聖心は「ありがとうございます。」と言うと、すぐに「病気みたいな人とはどなた様のことですか。」と聞いてきました。おクマは「奥の寝間に寝ている私の亭主です。」と言いました。聖心は「そうでしたか。で、容態というのはどうなのですか。」と聞いてきました。おクマは「体はなんともないのですが、ただ、顔の口が変になってしまったのです。右にへん曲がり、唇は大きく腫れ上がって、お化けみたいな顔になってしまったのです。」と言いました。聖心は「そうですか。それは大変ですね。後でいいのですが、もしよろしければ一回見せていただけますか。」と聞いてきました。おクマは「はい。ぜひ一回見ていただけますか。」と言いました。そしておクマは雑炊を作り、簡単ではありましたが、修行僧の聖心をもてなしました。

お茶を飲み終わったころ聖心が「おクマさん。旦那様の顔を見せていただけますか。」と言うと、おクマは「亭主にいいか、どうか、と聞いてきますので、少しお待ちください。」と言って、奥の寝間へ行ってしまいました。しばらくして、おクマが戻ってきました。「今、自分から起きてくるそうです。」とおクマが言いました。聖心は「そうですか。」と言いました。おクマは聖心に「聖心さん、びっくりしないでください。」と言いました。聖心は「私は日本中を旅していますから、いろいろな人に会います。たいがいなことには、なれていますので、大丈夫です。」と言いました。そんなことを言っている間に、田吾作が聖心の休んでいる居間にやってきました。聖心は驚いた様子も見せずに「今晩、ご厄介になる修行僧の聖心と申します。お言葉に甘えておじゃましています。」と挨拶しました。すると田吾作は「きょうは、ゆっくりしていってください。たいした、おもてなしはできませんが。」と言いました。そして続けざまに「聖心さん、俺の口を見てびっくりしたでしょう。ある日突然、朝おきたらこんな口になってしまったのです。何で俺はこんな口になってしまったのでしょうか。どんな医者に診てもらっても分かりません。あなた様が修行している仏法で治せないものでしょうか。」と聞いてきたのです。聖心は「うーん。」と考え込んでしまいました。そして「この口は仏法をもってしても治すことはできない。」といきなり、きっぱりと言ったのです。このことに田吾作は驚きました。そしてがっくりきました。そして聖心はすかさず、過去の話しを始めたのです。「実は三年前に私が四国地方のある山里に、修行の途中に寄ったときのことです。やはり、田吾作さんのような口をした人を見ました。その人も大変悩んでいて深刻でした。そしていろいろと、その人と話しをしてみました。そして、その人も医者に診てもらったり、祈祷したり、とありとあらゆることをやっていました。しかし何の効果もなかったのです。そしてとうとう、いろいろと聞いていくうちに、そういう口になってしまった原因が分かったのです。それは人の悪口ばかりを言っていたためだったのです。」と言ったのです。田吾作はびっくりしました。心の中で「俺もそういえば人の悪口ばっかり言っていた。おんなじだ。」と思ったのです。そして聖心は「田吾作さん、今まで人の悪口ばかりを言っていませんでしたか。」と聞いてきたのです。田吾作は「実は俺も人の悪口ばっかり言っていました。」と正直に話したのです。すると聖心は「やはりそうでしたか。最初に見たときにそうではないか、とすぐに思いました。それで驚かなかったのです。」と言ったのです。田吾作は「それで聖心さん、その四国の人は治ったのですか。」と聞きました。聖心は「治りました。私がその方法を伝授しました。そしてその人は一生懸命に努力して治ったのです。それは命がけでした。」と言いました。田吾作は「どんなことをしたのでしょうか。」と真剣に聞いてきました。すると聖心は「自分の性格を変えなければこの口は治らないのです。」ときっぱりと言いました。田吾作は「それで具体的にその人は何をしたのですか。」と聞いてきたので、聖心は「それは人の欠点を見つけて悪口を言わないで、反対にその人のいいところを見つけて、ほめること、なのです。」と言ったのです。つづけて聖心は「その四国の人は、今まで悪口を言っていた人のところへ、一軒一軒謝りに行きました。そして心を入れ替えて、今までのことを反省したのです。それ以来、その人は私の教えたとおり、人の長所を探して、ほめる、ということを実行しました。そうしているうちに、だんだんと口は元に戻っていきました。そしてその人は二度と人の悪口は言わなくなりました。今は前より人の信頼も厚くなり、幸せに暮らしているそうです。」と言ったのです。これを聞いた田吾作は泣いていました。これを見た聖心は「田吾作さん、あなたもこれと同じ方法で自分の性格を変えて、努力すればきっと治りますよ。これも仏のお導きですよ。」とやさしく、田吾作に言いました。田吾作は「聖心さん、ありがとうございます。俺が間違っていました。今まで悪口を言った人に謝ります。そして聖心さんが言ったとおりのことを実行します。」と言ったのです。そしておクマも「聖心さん、ほんとうにありがとうございました。うちの亭主もほんとうに馬鹿だったのです。あなた様がきょう、うちに泊まらなかったら、一生この口で過ごさなければなりませんでした。」と言いました。聖心は「いやいや、おクマさん、あなたの優しさが仏様に通じたのです。私も長く修行していますが、宿がなくて人の家に泊めてもらおうと思って訪問しても、この格好ですから、門前払いされるほうが多いのですよ。中にはこの格好を見て塩をまく人もいるのです。それをあなたは快く泊めてくださった。あなたの力です。」と言ったのです。これを聞いたおクマは「もったいないお言葉です。」と言ってとうとう泣いてしまいました。そんなことをやり取りしているうちに夜もふけていき、みんなは床に就きました。

翌日、田吾作は修行僧の聖心に「わずかではありますが、旅の路銀にしてください。」と、言って、三両の小判をお礼に差し上げました。聖心は「泊めていただいて、こんなお金までもいただいてありがとうございます。」とお礼の言葉を返しました。本当は聖心の懐はさびしいものでした(実は聖心は田吾作のへん曲がった口を見たとき、これはお金になるな、と、助かったと思ったのでした。この口の治し方を教える代わりにいくらくれますか、と言いたかったのですが、おクマさんがあまりにも簡単に、何の条件も出さずに、優しく泊めてくれる、と言ったもので、そのことが言えなかったのでした。聖心は言わなくてよかった、と内心ほっとしていました)。その聖心はこの田吾作の心からのお礼に自然と涙が出てきたのでした。田吾作も「いやいや、あなた様にお会いできなければ俺は一生こんなお化けみたいな口で生きていかなければなりませんでした。ほんとうにありがとうございました。」と聖心の損得抜きの、昨夜の心からの行為を思い出し、田吾作も自然と涙が出てきたのです。そして聖心は、また旅へと出発したのでした。この三両は田吾作の家の蓄えのすべてでした。

そんなやり取りをして聖心を見送った田吾作は、きのうの夜に決意したことを、早速実行したのでした。人の長所を探しては人をほめる田吾作を見て、村の人はびっくりしました。今までの田吾作とは正反対の人間になったからでした。でも村の人はこんな田吾作を見て、心の中で「よかった、よかった」と喜んでいました。田吾作もどんどん明るくなっていきました。そして修行僧の聖心が言ったとおり、田吾作の口は元に戻っていきました。完全に口が戻ってからというもの田吾作は村の人が嫌がる仕事を率先してやるようになりました。また、百姓に嫁がなかなかこないことに、悩んでいる人がいれば、必ずどこかの村から嫁を探し出して、縁付けました。まったくの他人でも「田吾作さんの話しなら間違いはない。」と、言って信用してくれるようになったのです。そして村の青年も田吾作の影響を受けて、何でも積極的になり、米の収穫を増やす研究もするようになりました。村の子供たちも田吾作の子供も含めて、人をいじめるというのがなくなりました。このことがあってからというもの、子供が人の悪口を言っていると、大人が「口がへん曲がるぞ。口がへん曲がるぞ。」と、言っては注意していました。そんなこともあって、この村から人の悪口を言う人は一人もいなくなりました。村の雰囲気が一変したのでした。そしてみんな幸せになったとさ。  おしまい

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のろまの「のろ侍物語」

生まれつき、のろまの「のろ侍」服部源吉の心の支えとなったこととは? 「のろま」というハンディを持って生まれてきた源吉はどんな人生を歩むのでしょうか。

作者 児玉春信

昔々、東京が江戸と呼ばれていた頃、江戸の治安を預かる南町奉行所(今でいう警視庁)に勤める同心の服部半兵衛に、初めての子供が生まれようとしていたのです。半兵衛は一軒家の小さな借家を借りていました。そして、その借家の裏には、大きな銀杏の木がありました。「オギァー、オギァー・・・」とうとう生まれたのです。元気のいい男の子でした。子供の名前は「源吉」と命名されました。半兵衛の女房、おフサは産後の体調もよく、順調に体力を回復していきました。そして源吉も両親の愛情に育まれ、すくすくと大きくなっていきました。

 そんな源吉が3歳になったころ、源吉の動作が他の子供より、のろい、ことにおフサは気がつきました。そして半兵衛に「うちの源吉は他の子供より動作がのろくて、いらいらしてきます。」と言いました。半兵衛は「人はいろいろな性格や能力があるのだから、源吉がのろまでも、さりとて心配することはない。」と言いました。オフサは「そうですね。」と言いながらも、あまりの、のろまに、不安を抱いていました。源吉が大きくなるにつれて、その、のろさ、は目を見張るものがありました。おフサはそんな源吉に、毎日毎日いらいらしていました。自分の思い通りにならないと「お前は何でそんなに、のろまなの、まったく。いったい誰に似たのかね。」などと、源吉にあたる始末です。半兵衛は腕のいい同心で、剣の腕も立つ立派な侍でした。しかし、源吉は何をするにものろまで、周りの人間がいらいらするくらいの、どうしようもない、のろま人間だったのです。父親と比較され、世間は「あんな立派な父親から、何であんな、のろまな人間が、生まれたのだろう。」などと、陰口をたたいていました。人と、かけっこをしても、足は非常に遅く、他の子供たちから「のろまの、のろ。のろまの、のろ」と馬鹿にされていました。字を覚えるにも、普通の子が、20回ぐらい書いて覚えるところを、700回ぐらい書かないと、覚えませんでした。この源吉の「のろま」は益々、周りの人間を、いらいらさせるものでした。おフサはこのいらいらが原因で性格も変わり、毎日怒ってばかりいました。そしてとうとう「何でお前はそんなにのろまなの!! いい加減にしなさい!!」などと怒鳴るようになりました。自分の子供なのに、自分の思い通りにならないことに、我慢ができなくなって行ったのです。そしてそれがもとで、病気になり、あっけなく死んでしまいました。

おフサが死んで2年後に半兵衛は後家をもらいました。その後家の名前は「おマツ」と言いました。おマツは半兵衛の家に「のろまの源吉」がいることは知っていました。「のろまの、のろ」ということで江戸では有名でした。おマツは初めて源吉と話しをしてみました。「源吉さん、こんど私があなたのお母さんよ。よろしくね。」と、優しく挨拶をしたのです。源吉も小さな、小さな声で「よろしく。」と挨拶をしました。源吉は10歳になっていました。源吉は小さいときから「のろま、のろま。のろまの、のろ。のろまの、のろ。」などといわれ続けてきたので、自分はだめ人間だと心の底から思い込んでいました。そのために自信のない小さい、小さい声しか出なかったのです。

 そんな後家のおマツが服部家にきて、数日がたったある日、おマツが「源吉! 源吉! こっちの庭に来てごらん!」と言って源吉を呼びました。源吉は「お母さん、何の用事ですか。」と、言って、おマツのそばに行きました。そして、おマツはいきなり「そこの大きな銀杏の木があるだろう、そこに登ってごらん。」と言ったのです。庭には今でいう約25メートルはある大きな銀杏の木がありました。いきなりそんなことを言われた源吉は「そんな大きな木には登れません。」と言いました。おマツは「なにもしないで、できません、ではだめですよ。」と優しく言って聞かせました。源吉は「そんなことを言われても、僕は、僕は、のろまだから、木に登るなんて到底できません。」と言いました。おマツは「とにかく登る格好でもいいからやってごらん。」と優しく言いました。すると源吉は恐る恐る木のそばに近づいていきました。源吉は今まで木に登ったことがありませんでしたので、銀杏の木のそばに行くと、手で木を触ってみました。そして心の中で「こんなまっすぐな大きな銀杏の木に登れるわけがない。」と思っていました。そんな時、おマツがまた「登る格好してごらん。」と言ったのです。源吉は自然と手を大きな幹に回してみました。心の中で「つかまるところもないのに、登れるわけがない。」と益々絶望的な思いに駆られていきました。そんなことを思っているとき、おマツが「源吉、いっぺんに登ろうと思ってはだめだよ。」と言ったのです。そして続けて「きょうは木にさわるだけ、明日又ここに来てごらん。」と言いました。源吉は、内心ほっとして「はい。」と返事をしました。

 次の日、源吉は又銀杏の木の前にいました。おマツが「源吉、きょうはほんの少しでもいいから登ってごらん。木の上を見てごらん。一番下の枝はそんなに高いところにはないのだよ。一番下の枝までたどり着けば、後は枝と枝をつたって上にいけるのだよ。」と優しく源吉に教えてやりました。源吉は心の中で「そんなこと言ったって、僕にとっては、その一番下の枝までたどり着くことは、不可能だ。」と思っていました。そのとき「源吉! さあー、登ってごらん!」といつもと違う、おまつの強い言葉が、耳に入りました。源吉はびっくりして、思わず木にしがみつきました。おマツは続けて「源吉、お前も男に生まれてきたからには、このまま、ずーと、のろまの、のろ。のろまの、のろ。といわれるのも悔しいだろう。人間、何の努力もしないで、そのままというのはだめだよ。お前はお前でいいんだよ。でもね、自分ができることを努力することは、大切なことだよ。人はお前のことをいろいろというだろう。しかし、そんなことはいくらでも言わせておけばいいんだよ。肝心なことは、自分ができる限りの努力をする、ということなんだよ。自分がやれることをすべてやって、その結果だめだった、ということであれば、これは仕方のないことだよ。そしてね、人間失敗してもいいんだよ。失敗は貴重な経験になるからね。失敗しない人間は成功もしないよ。一番だめなのは、最初から何もしないで、あきらめることなんだよ。」と、言ったのです。それには源吉もびっくりしました。今までそんなことを、言われたことはなかったのです。源吉は得心するものがありました。なんだか少し元気が出てきたのです。そして、大きな銀杏の木にしがみつき、木に足をかけ、力を入れて登ってみました。そしたら少し上に行ったのです。生まれて初めて、源吉が何かに挑戦して結果がでた瞬間でした。おマツはすかさず「やった!! やった!! 源吉、たいしたもんだよ。」と大きな声でほめてやりました。そして「源吉、きょうはここまでにしょう。」と言いました。源吉も「はーい。」と、言って、今までにない大きな声で返事をしました。源吉は生まれて初めて、人にほめられたのです。その晩、源吉はおマツにほめられたことが、うれしくて、うれしくて、なかなか寝付かれませんでした。

 そして又、次の日、木に登る挑戦が始まりました。源吉は「なにくそ! なにくそ!」と何回も言って挑戦しました。登れなければ最初からやり直しです。少しでも上にいけば一日の挑戦は終了です。何も上に行くことができないときも、たびたびありました。こんな調子で、毎日毎日、少しでも上に登ったところに印をつけていきました。やり直すこと何千回だったでしょうか。気が遠くなるほどの数だったのです。普通の子供だったら簡単に登ってしまうところですが、源吉の性格ですから、それは、それは大変でした。

そして挑戦してから約一年目に、一番下の枝に、とうとう、たどり着くことができました。手と足は傷だらけで、血もにじんでいました。たどり着いたとき、おまつは「やった、やった源吉!! とうとうやったね!! お前もやればできる!!」と、大きな声で言いました。源吉は今まで味わったことのない達成感と満足感を味わっていました。そして自然と、目には涙があふれてきました。そしてとうとう大きな声で泣いてしまいました。おマツは「思いっきり大きな声でお泣き。」といいました。そしてその晩、おマツは赤飯を炊いて源吉の努力をたたえてやりました。この、おマツさんは自分の価値観の物差しで人を見るのではなく、相手の価値観の物差しをよく理解して臨機応変に対応することのできる人間だったのです。

 それから数年がたち、すっかり自分に自信をつけた源吉も、いよいよ父と同じ奉行所に働くことを決意しました。奉行所の採用試験が始まりました。いままで源吉を馬鹿にしていた幼馴染の片桐重蔵も、試験を受けることになりました。試験内容は剣道、一般学問、体力というのが奉行所の慣例でした。今回の試験は、たった一人だけ落ちるものでした。源吉は剣も、学問も、体力も、小さいときから重蔵にはかないませんでした。だから落ちるのは自分だと思っていました。しかし、今年から慣例に加えて、じっくりと「過去の事件を調査する」という新しい試験項目が加わったのです。それには理由がありました。江戸は過去に似た事件が頻繁に起きていたのです。そしてこれらの下手人は、まだお縄になっていなかったのです。これに頭を痛めた奉行所は、まず過去の事件を調査してから、探索しなければならなくなったのです。この新項目は根気のいるものでした。すべての試験が終わり、いよいよ発表の日が来ました。そして源吉はその発表を見てびっくりしました。何と、源吉は受かっていました。落ちたのは重蔵でした。重蔵はその結果に納得がいかず、奉行所に「何で俺が落ちて、のろまの源吉が受かるんだ。」と抗議に行ったのです。奉行所の返事は「口を慎みなさい。確かにお前の方が剣道、学問、体力とも優れている。しかし、じっくりと書類を調べる能力は源吉の方がはるかに上回っている。剣道、学問、体力に秀でている人間は大勢いる、しかし、何日も、じっくりと書類を調べることのできる忍耐強い人間はなかなかいないのだ。今、奉行所としては源吉のような人間が必要なのだ。」という返事だったのです。重蔵は初めて自分が小さいときから、のろま人間として馬鹿にしていた源吉に負けたと思いました。今回の奉行所の試験は、何と「のろま」という欠点が源吉を救ったのです。「のろま」ということは、裏を返せば「落ち着いてじっくりと物事に対処することができる」という長所でもあったのです。この採用試験の結果には父の半兵衛と母のおマツも心から喜んでいました。そして源吉はその能力を生かし、奉行所の期待に応えて、大きな成果を上げることに成功しました。そしてその功績が認められ、早くも上様から「日本国重要書類吟味役」という特別職を授かったのです。源吉は幕府で作られる重要書類すべてに目を通し、間違いがないかどうかを吟味する、重要な役についたのでした。そして源吉は生涯忘れることのできない言葉を支えにして一生生きていきました。それは「お前はお前でいいんだよ。でもね、自分ができることを努力することは大切なことだよ。そしてね、人間失敗してもいいんだよ。失敗は貴重な経験になるからね。失敗しない人間は成功もしないよ。一番悪いのは最初から何の努力もしないであきらめることだよ。」というおマツの言葉でした。もちろん、「銀杏の木登り」に挑戦した経験は、源吉に大きな自信を与えたことは言うまでもありませんでした。       おしまい

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鬼の心も「愛」だと分かった大工の宗兵衛

偽装等の不正を防止するためには管理体制やチェック体制等の強化が必要ですが、最も根本的なものとは一体何でしょうか?

作者 児玉春信

 昔々、ある地方に大工になろうと考えていた宗兵衛という若者がおったとさ。宗兵衛はどこの大工の棟梁のところで修行をするか悩んでいたとさ。宗兵衛が住んでいる地方には大工の棟梁は2人おったとさ。一人は「仏の善三」という棟梁、もう一人は「鬼の仙蔵」という棟梁だったとさ。「仏の善三」のところは大工になろうと考えている若者には人気があったとさ。逆に仙蔵のところはまったく人気がなく、みんなに嫌われていたとさ。仙蔵の教え方は「鬼の仙蔵」と言われているくらいなので、それは、それは厳しかったとさ。おっかなくて、おっかなくて、入門した若者たちはほとんど三日も、もたなかったとさ。少しでも間違えば「馬鹿やろう!!お前は大工に向いていない。さっさと辞めろ!!」と言う始末だったとさ。これにはみんな参ってしまって``こんな棟梁のところにはいられない``と考えて、みんなすぐに辞めていったとさ。しかし、仙蔵の大工としての腕はこの地方では、筋金入りのぴか一だったとさ。宗兵衛はどっちにするか悩みに悩んでいたとさ。親は「仏の善三」のところがいいと助言していたとさ。しかし、宗兵衛はへそ曲がりのところがあって、みんながいいというところは好きではなかったとさ。そんな性格の宗兵衛は最終的に「鬼の仙蔵」のところに入門することに決めたとさ。決めたとたん親は「あの棟梁のところには、お前は三日も、もたないよ」と宗兵衛に言ったとさ。

 そんなことまで言われて入門してみた宗兵衛でしたが、噂どおり、それは、それは厳しくおっかなかったとさ。宗兵衛は``親が言うのも無理はない``と思ったとさ。仙蔵は無駄口ひとつたたかず、ほめたり、おだてたりすることもなく、ただただ、もくもくと仕事をする棟梁だったとさ。宗兵衛は教えてもらったとおりに仕事をしているつもりでも新米なのですぐに間違ってしまったとさ。案の定、すぐに雷が飛んできたとさ。宗兵衛は「これではみんなが辞めていくのは当たり前だ!」と心の中で思ったとさ。さすがの宗兵衛も毎日毎日怒られてばっかりいたので、こんな棟梁のところには、いられないと考えるようになっていったとさ。挙句の果てに憎しみの心もおきてきたとさ。しかし「怒られるのは俺が間違っているからだ。俺がまだ、未熟だからだ」と考え直して歯を食いしばってがんばったとさ。がんばっているうちに棟梁に向けられていた憎しみは徐々になくなっていったとさ。

そんな棟梁のところに修行して、はや10年がたったある日、鬼の仙蔵が宗兵衛に「宗兵衛よ、よくがんばったなぁ。こんな俺のところはみんなすぐに逃げていくよ。俺はなぁ、入門してくる若者の品定めをしていたのよ。ほんとうにやる気があるかどうかためしていたのよ。この商売、なまはんかな根性では一人前にはなれない。家というものは手抜きしようと思えばいくらでもできるものだ。施主の見えないところはいくらでもごまかせる。しかし、こんな根性ではいい大工にはなれない。自分に厳しい人間にならないといい仕事はできないのだ。北国の木は冬の厳しい風雪に耐えてしっかりと根をはり、木の材質もしっかりしている。人間も同じなんだよ。本当にやる気があればどんなことにも耐えられるもんだよ。耐えれば北国の木のように中身もしっかりして、根もしっかり張るもんだ。本当にやる気があるかどうかが問題なんだよ。俺が鬼のように怒っていたのは、その人間の本当の根性を見極めるためだったのさ。この世の中、偽者が多いんだよ。人間というものは、なんでも自分のことは棚にあげて、人のせいにしたがるもんだ。自分の都合のいいような巧妙な言い訳を考えるのさ。あそこの棟梁がこんな人間だから、俺は辞めるとかさ。まあ、こっちのほうが楽だからなぁ。宗兵衛よ、人生は楽な道を選択してはいけないよ。楽な道は何も考えないから最後に得るものはたいしたことはない。苦しい道に耐えてがんばれば何とかしようと思って、普通では考えられない知恵も出てきて、結果的に得るものが多い。とにかく問題にぶつかったら``どうしたら解決できるのか``を考えることが大事なのさ。俺は今までの経験からそう思うんだ」と言ったとさ。10年たって初めて宗兵衛は棟梁からほめてもらったとさ。宗兵衛は、棟梁がまさかこんなことを言うとは思ってもいなかったので、ただただ、びっくりしてしまったとさ。このとき初めて棟梁の``鬼の心も本当の愛だった``と分かったとさ。こんなことを宗兵衛に言った鬼の仙蔵は、翌日に心蔵が止まり急死してしまったとさ。最後に宗兵衛に言った言葉が、宗兵衛に対する遺言になってしまったとさ。

 それからというもの宗兵衛の心に仙蔵の心が乗り移ったかのようになり、宗兵衛は最後に言い残した棟梁の言葉を心に刻み、もくもくと仕事をして大工としての腕を上げていったとさ。そして宗兵衛も後に棟梁になり、仙蔵と同じくおっかない鬼の心を持った棟梁になったとさ。入門してきた若者が少しでも仕事を間違えば「馬鹿やろう!!お前は大工に向いていない。さっさと辞めろ!!」と怒鳴っていたとさ。世間からは宗兵衛も死んだ棟梁と同じく「鬼の宗兵衛」と言われるようになったとさ。宗兵衛もこの地方で、腕はぴか一の棟梁になり、人々から信用され、どんどん仕事が入ってきて繁盛していったとさ。           おしまい 

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心の経験の糸は切るものではなく、編んで行こうではないか(今まで起きた無差別殺傷事件に思うこと)

悩みのご相談はレターハートライン

通り魔等になって破滅しないためにとる行動とは?

 俺(私)がこんな事件を起こしたのは親が悪い、社会が悪い、会社が悪い、などと言って自分以外に責任転嫁する凶悪事件が最近多くなっています。又、トラブルや悩みなどで行き詰まり、その打開策として凶悪事件を起こすのです。親を困らせたかったとか、社長を困らせたかったとか、事件を起こせばマスコミに大々的に取り上げられ、何か一種の英雄的気分になれるようなことの供述を犯人はしています。困らせたかった親や社長を殺さないで、何の関係もない自分より弱い人を殺してしまうのです。そして自分だけ清々するのです。中には、死刑になりたくて事件を起こした犯人もいました。これらの事件の犯人に共通していることは、人生の中でいろいろな困難や逆境に出会い、自分の中で問題処理ができずに、自分の中の何かが、すべてプッツン(切れた)したときに強行に及んだと考えられます。そして自分以外に責任転嫁していることです。人間は責任を他に転嫁することほど楽なことはありません。犯人のほとんどは短絡的な「楽な道」を選択しているのです。本当に親が悪いのでしょうか。親は一生懸命に育ててくれた恩人です。むしろ感謝しなければなりません。本当に社会が悪いのでしょうか。確かに制度的な問題点は存在します。しかし、日本は自由主義国家です。あなたが何を選択しようが自由です。歴史上において、これほど個人の自由が認められた時代はあったのでしょうか。確かに今、格差社会とかなどといわれております。問題は、問題です。しかし、もし派遣労働がいやならば、やめればいいのです。所得が低いなら、どうしたら稼ぐことができるのか考えるのです。アイデアを考えるのです。自ら創造していくこともできるのです。苦労をいとわないなら何でもできます。それが今の世の中です。苦労はしたくない、楽に生きたい、失敗はしたくないでは、道は限定され、人が敷いたレールを走るしかありません。今の時代、苦労を覚悟なら選択肢は無数にあります。人間は「今、自分がこんな状態なのは人のせいだ」と考えたとき、成長できません。あなたが成長したいならば、自分の考えのなさ、反省のなさ、勉強しない、などの自分に問題がある、と考えようではありませんか。
自分がこの事件を起こせばどうなるのか、家族や兄弟、親戚、はたまた、ご先祖様にまで及ぼす影響などはまったく考えてないと思われます。このようなことを考えていないから簡単に犯行を実行できる、ということも逆説的にいえるのです。見えているのは自分だけなのかもしれません。
昔、テレビで「七人の刑事」という番組がありました。小生は小学生でした。この番組をよく見ていた記憶がよみがえってきました。いろいろな殺人事件を「七人の刑事」が解決していく番組でした。確か、歌が独特なハミングだけの番組だったと思います。犯人のほとんどは、どろどろした人間関係の中で事件を起こしていたようなことを思い出しました。そして刑事が人間関係を一つ一つ丹念に調べあげて犯人に迫り、逮捕するというものでした。一つの人間ドラマがあったような気がしています。そして犯人はいかにして証拠を残さないようにし、捕まらないようにするか、ということを考えて、刑事との知恵比べ的なところがあったようにも思います。殺意が芽生えるとは人間の感情の中の「憎しみ」「恨み」などのマイナスの人間臭さの中で起こるものだ、ということを教えてくれた番組でした。簡単に言うならば有機質な事件を採りあげていた、と言ってもいいかもしれません。しかし、現代で起きている「無差別殺傷事件」はどろどろした人間関係の中で起きている殺人事件ではないのです。人間臭さをまったく感じさせない無機質な事件といってもいいかもしれません。ここに昔の事件とは違うものを感じてしまうのです。証拠は数々残し、逃げ切ろうなどとは思っていないのです。そして犯人は殺した人に対して「申し訳なかった」とか「悪いことをしてしまった」とかの謝罪や反省も何もないのです。「七人の刑事」のときの犯人が捕まったときは首をうなだれ、もう逃げ切ることはできないという観念した様子が表現されていました。しかし、「無差別殺傷事件」の犯人はまったくこれとは逆なのです。ここに現代の「病巣」が集約されているような気がするのです。現代における孤独感、焦燥感、虚しさ、不安感、疎外感などです。中にはこれらの「無差別殺傷事件」の犯人に対して「甘ったれるな!!」と一刀両断で片付けてしまう人もいます。まさにそのとおりなのですが、しかし、それだけを叫んでいても何の解決策も見出すことはできないのではないかと、小生は気付いたのです。
それではこんな事件を、将来起こそうとしている潜在的な人に対してどのようなメッセージを少なくとも送ることができるのでしょうか。そんなことを考えてみたいと思います。

メッセージNo1 ・・・孤独感について

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孤独、それは考え方によっては「自分」というものを見つめ直す絶好のチャンスということもできるのです。みんなと仲良く酒を飲んだり、遊んだりすることばかりが人生ではありません。又、異性の友達がいないからといって嘆くことはありません。一人でいられるということは「わずらわしさから開放されて、清々する」ということもいえるのです。孤独は読書をしたり、座禅したり、修行したりして、自分を深めてくれることができる時間を提供してくれます。読書することは思考力も付くはずです。その上、忍耐力も養ってくれます。本当の意味での自分の「個」を確立することのできる絶好のチャンスでもあるのです。今までの人生を振り返ってみてください。自分のことを見つめ直す時間などはありましたか。学校時代は勉強、勉強で追われ、部活で追われ、テスト、テストで精一杯ではなかったですか。大学に入れば入ったで、遊び中心ではなかったですか。孤独感にひたるなどの経験はほとんどなかったと思います。本当の意味での「個」が確立してくると、周りの風景も今までとは違って見えてくると思うのです。社会を見る視点や角度も違ってくると思うのです。人間が成長してくれば異性もほっておかないでしょう。本当の意味での充実した人生が開けてくるのではないでしょうか。孤独のときこそ自分を磨いて、鍛えることができるのです。「孤独」をこのようなプラス思考で捉えてみてはどうでしょうか。

メッセージNo2 ・・・焦燥感、不安感について

人間先のことを考えると、ほぼ100パーセント不安になったり、焦ったりします。よく「将来のことを悲観して自殺した」というニュースなどを聞いたことがあると思います。しかし、考えてみてください。一分先、一時間先のことを分かる人間が果たしているのでしょうか。ましてや自分の一年先、五年先、十年先など分かるはずがありません。どんなに立派な占い師でも人の将来は分かりません。分かったようなことをいっている人もいます。小生は、もし、この占い師が、明日の交通事故で日本のどこ、どこの誰と、誰が死ぬ、ということを当てたら信じます。しかし、絶対に当てることはできません。又、この占い師がどこ、どこの宝くじ売り場で、何日の何時に宝くじを買えば一億円当たります、といったとき、あなたは信じますか。おそらく信じないでしょう。それは不可能だということを知っているからです。先のことは誰も分からないのです。人間にとって真実なのは自分が今まで歩んできた道だけなのです。これからの道(先のこと、将来のこと)はまったくできていないのです。まったく見えないのです。将来、何かの新商品のアイデアが浮かぶかもしれません。浮かばないかもしれません。しかし、浮かぶかもしれない、という方にほんの少し賭けるのです。宝くじで三億円が当たるかもしれません。当たらないかもしれません。しかし、当たる方にほんの少し賭けるのです。どっちに転ぶかは誰も分かりません。誰も分からないことを100パーセント否定的に考えることはもうやめましょう。逆に前向き、肯定的な考えを、否定的な考えより、ほんの少し心の中での占有率を高めましょう。今を基準にした場合、一秒前、一分前はもう過去になるのです。絶対的なものは「今、この瞬間だけです」。もし、どんな最悪の状況でも先のことは考えないことです。大切なことは、この最悪の状況からどうしたら脱出できるのか、正しい脱出方法を考えることです。「先のことなどは誰も分からない。ならば否定的な考えより、前向き、肯定的に考えていく」と、自分に言い聞かせて生きていってみてください。そしてこの「今」を大切にして生きていってみてください。

※ 弊社は占いを否定していません。誤解のないようにお願いします。占いは人間が持っている将来に対する不安に対して一つの答えを出してくれます。人間は何らかの答えを聞くことによって安心するものです。占いや易に関係する方々は宗教学や易学などを勉強してきた方々です。様々な深い人間に関する造詣がなければ答えなどを出せるものではありません。

メッセージNo3

・・・疎外感、虚しさ、について

目標を達成するための魂の一つの創り方

最終的に「新しい人間観」を確立しよう!!

夢(目標)希望へ

人生の目標がないと「疎外感」「虚しさ」に襲われます。自分がしっかりした目標があると、どんなことがあっても大丈夫です。自分の目標というのは生きていくうえで大切です。目標があればどんな困難や逆境でも乗り越えられるのです。目標のない人は目標を考えて、実行してみてください。あなたの人生は間違いなく変わってきます。「疎外感」や「虚しさ」に襲われる時間などなくなります。「疎外感」や「虚しさ」があなたに近づくことができません。目標があれば、仮にリストラされようが首になろうが、へとも思わなくなります。人生を充実させてくれるものは「価値ある人生の目標」です。これを発見して自分のペースでいいですので実行してみてください。
参照・・・・人生の主体性を取り戻せ                 

簡単ではありますが、小生は今現在発信できるメッセージはこんなものです。人間生きていれば、様々なことに遭遇します。いいことはそんなにありません。むしろ「マイナスの出来事」のほうが多いのです。問題はこのマイナスの出来事を「どう捉えるか」にかかっています。小生はこのマイナスの出来事を一つの経験として捉えています。その「マイナスの出来事」を繭(まゆ)から紡ぐ「心の経験の糸」、という考え方もしています。その「心の経験の糸」は一本では弱いのですが、これが何本にもなると、この糸を編んでいくと丈夫な糸になります。この丈夫になった「心の経験の糸」が生きていく上において大きな力になるのです。どんな細い糸(些細なマイナスの出来事)でもむだな糸はないのです。実は「マイナスの出来事」が自分を成長させてくれる源なのです。「マイナスの出来事」があったからといって、その糸をそのたびに切っていたのでは何も成長できません。経験を積み上げて丈夫な糸にすることはできません。そして「マイナスの出来事」は往々にして自分が招いているということが多いのです。こんな考え方をしてください、ということはできませんが何か参考にしていただければ幸いです。


なぜ人生に明確な目標が必要か
(晩年になって「俺(私)の人生は一体何だったんだろう」と思わない為に)

悩みのご相談はレターハートライン

人生好転販売中

あなたへのメッセージ総まとめ

学校や会社へ毎日通っています。これは「明確な目標」がちゃんと頭脳に設定されているから間違わないで、学校や会社にたどりつくことができるのです。
「富士山に登る」という「明確な目標」設定したとします。そうするといろいろ準備を始めます。食料をどれ位もっていったらいいのとか。安全確保のためには、どんな装備が必要なのかとか。富士山を登るコースとか。いろいろ調べたり、緻密な計画を立てて目標を達成しようとします。これは「明確な目標」設定したからこそできるわけです。
仮に目標を設定しなかった場合、学校や会社、富士山には行けません。「明確な目標」がなければ私達はただ立ち止まっているか、迷子になるだけなのです。まずこのことをよく考えてみて下さい。当たり前のことなのですが、この当たり前のことがよくわからないのが私達なのです。それ位、私達は日常生活の中でほとんど「明確な目標」をもつということを意識していないのです。
家を出て、どこにいくか「明確な目標」がなかった場合、どこにもたどりつくことができないことをよくわかったと思います。
私達の人生もまったくこのようなことが多いのです。
ほとんどの人達は「明確な目標」のないまま生活に追われて流されているのが現実です。この状態というのは、無限でない私達の人生にとって「もったいない」ことなのです。年齢時刻のところでもおわかりのように、私達の人生は以外と短いのです。このことをもう一度じっくり考えて下さい。
「明確な目標」は大小ではありません。大事なことは、いかに充実した時間を奇跡的に人間として生まれてきた「命」で燃焼させるかということなのです。ここも参照して下さい
「人」として生まれてきたことを何も感じないで、当たり前だと思う人は、図書館に行って、この地球の「人」以外のすべての(陸上、水中、空中)生物(細菌、ウィルス、微生物等含)、植物(呼吸しているので生命として入れる)の名前をノートに書いてみて下さい。記入しきれなくなって悲鳴をあげることでしょう。「人」以外の生命体がいかに多いかがはっきりわかります。
そのことがわかったとき「人」として生まれてきたことのすごさがわかります。そしてそのことに気付いたらまず両親に感謝しましょう。
次に、こんなことを言う人がいるかもしれません。
「いや、私は食べることが精一杯で、そんな余裕はない。」「仕事が忙しくて、そんな時間はない」。しかし余裕や時間のあるなしの問題ではないのです。あなたの生き方の問題なのです。
ある女性画家が結婚して、絵を描く時間がなくなりました。家事等で独身の時よりもいそがしくなってしまったのです。子供も生まれ、多忙になってしまいました。しかしその女性画家はその多忙の中にあっても、少しの時間を見つけては、絵を少しずつ描いたそうです。その結果、時間がたくさんあった独身時代よりもかえってすばらしい作品をたくさん残されたそうです。
この女性画家は絵を必ず「描く」という「明確な目標」があった
人間は「明確な目標」設定したとき、時間がないほどその目標に対して、時間を大切にし、生活全体の時間をも大切にするようになるのです。(そんな経験は過去にありませんか?)
さあ、あなたも、今、生きているこの瞬間から、どんな小さな目標でもいいですから「考えてみて下さい」。すべては考えることから始まるのです。そしてどうすれば、この考えた目標を達成できるのかを、自分でノートなどに書いて整理してみましょう。そして実行して下さい。
そこから、あなたの新しい人生のはじまりです。私達はいつか天国へいく日が必ずやってきます。すべての人に平等にやってくるのです。その時「あの時こうしておけばよかったとか」「こういう生き方をしておけばよかったとか」と思わないためにも「今」を大切にしてください。そして、しっかりした※B「明確な目標」を考えて実行していきましょう。

※ スーパーやコンビニ店などの白線のラインのある駐車場で、まずはどこのラインの枠内に駐車するかを決めなければ、車を絶対に駐車出来ません。人生の目標も同じなのです。まず、目標を心に決めなければそこへは到達出来ません。駐車出来ないのと同じなのです。

団塊世代のみなさんや、すでに定年退職されたみなさん、今まで家族のため、会社のために働いてこられたと思います。これからはほんとうに自分がやりたいことを目標に生きて下さい。本当の意味での自分のために生きてください。

※・・・・
目標で大切なことは「自分らしさ」です。人のものまねではなく、あくまでも基本は「自分らしさ」なのです。目標が大きいとか小さいとか等ではありません。「自分らしさ」があれば「楽しさ」があります。この「楽しさ」も目標を達成するためには大切なことです。

目標を高く設定すると偶然に発見するモノや価値に出会えるチャンスがでてきます。
※A…
「明確な目標」や「行動」は、あせる必要はありません。じっくり考え、落ち着いて行動することが大切です。考えが間違っていたら考え直せばいいのです。人生は柔軟性といきぬきも大切です。どうか、あせらずに、この機会に「明確な目標」をじっくり考えてみて下さい。「落ち着いた思考」はあなたの人生をより充実した内容のあるものにしてくれます。

「明確な目標」設定したとき、その目標が達成されたときの「イメージ」を頭の中にえがくことも重要です。(イメージトレーニングと呼ばれているものです)

あなたの目標達成方法

精神的向上と人格の陶冶(とうや)

通り魔等になって破滅しないためにとる行動とは?

GFIT法でメルシーちゃんを脳に焼き付けて情熱の火を燃やせ!!

「あなたの心の中心にメルシーちゃんを招くこと」 これが「愛」ある心持ちを生み出し、心が明るくなってきます。 そしてそれが「迷い」を消去し、 明るく前向きな人生を創造していくのです。 (魂の核融合反応が起きる)→人生火の玉となって燃えろ(情熱を注げ!!) 世界を動かすたった一つのもの、それは情熱です。

メルシーちゃんを脳に焼き付けることは、 あなたの心を「快」にすることなのです。 「快」にすることが楽観思考を生み、 夢、希望、目標、目的を達成する原動力となります。

【「燃えるような情熱」こそ、すべてが好転するエネルギー源であり、ことを成し遂げる最大の財産だと考えよう】

あなたは今火の玉となって燃えるような情熱を持っていますか。突然こんな質問をされたらどう答えますか。言葉では簡単に表現できますが、いざ自分のこととなるとなかなか燃えるような情熱は意外とないものです。もし、幕末の坂本竜馬に情熱がなかったら今の日本はどうなっていたでしょうか。もし、エジソンに情熱がなかったら。もし、ジャンヌダルクに情熱がなかったら。もし、ナポレオンに情熱がなかったら。もし、リンカーンに情熱がなかったら等々とこれまでの歴史の中で偉業を成し遂げてきた方々に共通しているもの、それは「情熱」です。情熱こそすべてが好転するエネルギー源なのです。「世界を動かすたった一つのもの、それは情熱です」という言葉があるくらいです。そんな土台があるからこそすべてを乗り越えられるのです。人類の歴史上で「ことを成し遂げてきた」方々の共通の最大の特徴は「燃えるような情熱」の持ち主だったということです。学歴などや、金があるとかないとかなどは関係がないのです。日本の歴史の中で幕末に江戸幕府を打倒し、新政府を樹立した中心人物は下級武士出身者たちです。彼らがなぜこのような偉業を成し遂げることが出来たのか。それは「燃えるような情熱」があったからです。当時のエリートではなかったということです。

ある日ある人が金持ちのある人にこんな質問をしました。「君、こんど市長選挙に立候補したらどうだ。君はいつも市政にいろいろ批判していたじゃないか。いっそのこと、市長になって市政を抜本的に改革したらどうだ」と。すると金持ちのある人は「いやぁ、政治家は収支が合わない。選挙には金がかかる」と言いました。質問をしたある人は「なんだ、君は市政を何とかしなければならないという情熱はなかったのか!?」と言いました。たったこれだけの会話です。この会話の中から読み取れることは、金持ちのある人はまったく市政を自分で何とかしようという情熱はなかったということです。この金持ちのある人は、すべての考え方の中心は「収支が合うか合わないか」が中心だったのです。俗にいう損得勘定です。こんな「いやぁ、合わない」という「損得勘定」の話は日常の中でいつもしていませんか。もし、坂本龍馬が「収支が合うか合わないか」を中心に考えていたら、まず第一歩の脱藩は出来たでしょうか。おそらくそんな行動はとれなかったでしょう。ここで解ることは人間を突き動かす、燃えるような情熱というのは魂の奥底から出てくる沸々として、もういてもたってもいられない魂のことです。これは損得計算の世界ではないのです。お金は問題ではありません。もし、今あなたの考えていることが「収支中心」であるならばその計画は中止したほうがいいかもしれません。「この計画は何が何でもやりとげなければならない」という魂の奥底からの叫びがあれば問題ありません、行動に移すべきです。なぜならば途中で何か目的を阻む障害が出た場合、「収支中心」は挫折します。「合わない」ことを言い訳にしてあきらめるのです。逆に「魂の奥底からの叫び」のほうは壁に当たっても「何とかしなければならない」という魂の燃えるような情熱で、その壁を突破できます。「言い訳」の入る余地がないからです。途中であきらめる人の特徴は「言い訳の名人」になってしまうということです。しかし、「合わない」という確信を得たならば傷口が深くならないうちに早めに撤退する場合も必要です。その場合、その事業等の目的にもよります。合わなくても何としてもやり続けなければならない事業等もこの世の中にはあるからです。

昔、越後国蒲原群金津村(現在の新潟県新潟市秋葉区)出身の日本の石油王である中野貫一氏(1846年~1928年)は最初の試掘から29年後にやっと石油が出たのです。彼は「必ず出る」という信念で掘り続けました。周囲の人々が彼のことをどう言ったかはご想像にお任せします。普通の感覚では29年も継続することは不可能です。しかし、彼はやり遂げたのです。この情熱にはただただ敬服です。彼の信念を支えた情熱こそ彼の最大の財産だったのです。まさに情熱は財産なのです。もし、28年と11か月であきらめていたら成功を見ることは出来ませんでした。もし、あなたが金持ちで中野貫一氏のような事業をしようと考えて、あなたは29年間掘り続けられますか。お金があればあるほどおそらく「もったいない」と思うはずです。雇用している人々に給料も払わなければならない。掘り続ける資材も買わなければならない。その他の経費も必要です。29年間赤字で掘り続けられますか。「いやぁ、彼はお金があったからできたんだ」と言う人がいるかもしれません。確かに彼の家は大地主でした。しかし、繰り返しになりますが、人間はお金があればあるほど「もったいない」と考えるのです。お金があればあるほど本当は出来ないのです。ここで解ることは、「燃えるような情熱」を29年間持ち続けたことこそ、彼の事業を成功させた最大の財産だったのです。

ここで、あなたに質問します。今あなたが会社を定年退職して退職金3,000万円を手にしたとします。あなたはすべて何らかの事業に3,000万円投資できますか? おそらく「そんなことは出来ない」とお考えではありませんか(前々から・・・の事業に情熱をもって緻密に計画していた事業は別です)。人間はお金があると出来ないのです。守りに入るのです(守り、現状維持は衰退のはじまりです)。お金があるから中野貫一氏は出来た、と考えた方はここでお解りになったと思います。人間はお金という財産があれば出来るというものではないということを。人間はお金という財産があっても、「燃えるような情熱」という財産がないと「ことを成し遂げる」ことは出来ません。「投資」という言葉は、聞こえはいいのですが、中身は「お金」を投げる、すなわち捨てるということです。すなわち大きなリスクを負うことです。お金を持っていればいるほど「合わない事業」にはお金を捨てること、すなわち大きなリスクを負うことが人間は出来ないのです。大きなリスクを負うことが出来るには「燃えるような情熱という財産」がないとだめなのです。お金の心配はそれからです。
さぁー、今からでも遅くありません。年齢も関係ありません。どんな問題でもいいからあなたの出来る「世の中を少しでも良くしていこう事業」を見つけて情熱を傾けよう!!
 挑戦する中でしかチャンスは生まれない     まずは0(ゼロ)から1(イチ)へ
※注意 まずは「魂の奥底からの沸々とした情熱」で事業などは始まりますが、当然ですが、それに伴ってお金の管理もしっかりしていなければ「こと」は成し遂げられません。決済のときに預金通帳残高が決済金額より一円少なければそれは当然不渡りになります。経理責任者は通帳残高と毎日「にらめっこ」していなければなりません。お金の管理は当然ですが目標を達成するための源です。ですから。経理責任者はしっかりとした人間を配置しましょう。そしてお金の管理は精神の安定にもつながります。精神の安定は情熱を継続させるためには不可欠です。そのことをよく解っていない方もいるのです。ですからそのことを心に刻んでおきましょう。

達成方法のまとめ

No1. 燃えるような情熱が起きてこない事業等には手を出さない。要するに単なる収支が合う、合わないだけの基準で目標を設定しない。

現代は「燃えるような情熱」だけで猪突猛進は危険です。情熱は一番大切なのですが、安易な起業等はしない。ただし、人間にはタイミングというものがあります。内なる魂からの沸々とした燃え上がるものがあって、いてもたってもいられない場合は、その時が吉日です。「あとで」というのはすでに遅いということもあるのです。起業等で大切なことはここをご覧ください。

No2. 最初に「収支が合う、合わない」基準でスタートした事業等は、その事業等に対する「燃えるような情熱」を日々醸成しながら仕事に携(たずさ)わる。

No3. 途中で挫折しても「何が何でもやりぬく」という信念で壁を突破する。壁が出てくることは当たり前だと考える。一つの壁を突破しても第二、第三の壁が出てくることは当然だと考えておく。撤退する言い訳を考えたらこの勝負は負けだと常に認識しておく。

No4. 「この問題は、解決することが出来ない」ということを自分で勝手に決めない。心の中は常に「必ず解決する。必ず答えがある。必ず出来る」と心に刻む。なぜならば、「出来ない等」と否定的に考えた時点で脳内の「アイデア供給源泉門」を閉じることになるからです。常にこの門は開けておかなければなりません。いつか突然解決等のアイデア等がひらめく可能性が人間にはあるのです。「あー、そうか、そういう方法があったか」となるのです。否定的支配は未来を切り拓くことは出来ません。未来を拓くのは肯定的支配です。

No5. お金の管理は目標達成の土台となる大切なことなので、しっかりして、やりくり上手な方にお任せしましょう。どんぶり勘定は絶対にしない。お金の管理は精神安定につながり、事業の情熱を継続していくことにつながる大切なことだと認識する。

No6. 人間の基本は三度三度のお飯(まんま)を食べることだということを決して忘れない。ともすると情熱家は夢に夢中になり「人間の基本」を忘れてしまう傾向があるので注意する。要するに夢に酔わないようにする。

No7. 人間にとって「疲れ」すなわちストレスは大敵です。上手なストレス解消法を決めておくこと。

No8. 日々、誠意を尽くして生きること。これは自分が完全燃焼するために大切なことです。GFIT法ですべてを良いほう、良いほうに考えて魂は「ダイヤモンド魂」で生きる。

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天国の宴会

お金の使い道のない方へ

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殺し合いの戦争によって先に殺された人間と、殺した方の人間が最後に行き着く共通のところが天国です。そんな天国からの視点で歴史上の人物を登場させて平和等について考えた物語です。今を生きる私たちが未来を選択していく場合、過去の戦争を振り返ってみて何が大切なのかを考えてもらいたいと思って考えた空想物語です。

作者 児玉春信

西暦2007年、スペースシップ「ギャラクスィトレーン」で運ばれてきた人間の霊は「レイカンリセンター」の「人間課」で管理されていました。ここでは年一回親睦を兼ねて宴会が開かれていました。宴会のテーブルには多くの酒とご馳走が並べられていました。そんなテーブルの一つにリンカーンも座って酒を飲んでいました。そこへトルーマンがやってきました。リンカーンは「トルーマンさん、どうして日本に原爆を2発も落としたのですか?」と、いきなり大変な問題を質問してきました。これにはトルーマンもびっくりしました。トルーマンはすぐに「リンカーンさん、どうしてわたしが原爆投下の命令を下したのを知っているのですか?」と、聞いてきました。するとリンカーンは「この天国は、霊が運ばれてきた時、その霊の生前の生きざまを書いた本が発行されるのです。だからわたしは、それを見て分かったのです。」と、答えました。するとトルーマンは「そうでしたねぇ。忘れていました。わたしは、その決断は今から考えると間違っていたのではないか、と思えるようになりました。戦争という名のもとに何の罪もない多くの広島市民と長崎市民を原子爆弾で一瞬にして殺傷したことを悔いはじめています。たまに天国のデパートに行ったとき、原爆でやられた広島、長崎の方に出会います。そんなときは、あわせる顔がありませんので、つい隠れてしまいます。心の奥底に、本当に悪いことをしてしまった、という気持ちがあるのではないかと思っています。最近、良心が痛むのです。戦争だったんだから、戦争だったんだからと、心の中で必死になって打ち消してもだめです。天国に来てからというもの、何回も、多くの方が苦しんで死んでいった夢を見ました。特に若い母親が赤ちゃんをおんぶして、一瞬にして2人とも原爆の高温の熱線で蒸発して亡くなった夢を見る時は、良心が耐えられなくなります。今から思うと、当時、別な方法があったのではないか、と考えられるようになりました。」と、言いました。するとリンカーンは「天国に来てやっと目が覚めたのでしょうかねぇ。もし、わたしがその当時アメリカ大統領だったならば、日本に密(ひそ)かに特使を天皇のところに送り、原爆を落とす前に脅しをかけて、天皇から密かに全面降伏の密約をもらっていたでしょうね。」と、言いました。するとトルーマンは「リンカーンさん、当時そんなことはできませんでしたよ。そんな甘い状況ではなかったのですよ。何にも知らないくせにそんな簡単に言わないでください。元々この戦争は1941年12月8日未明に日本がハワイの真珠湾を奇襲作戦で攻撃したことが発端です。その連合艦隊司令長官がアメリカのことをよく知っていた山本五十六です。そんな山本率いる日本海軍がアメリカに喧嘩を売ったのです。戦争の仕掛け国は日本です。この世の中は最初に手を出した方が悪いことになっている。売られた喧嘩は買わなければアメリカは全滅です。戦争は殺さなければ殺されるのです。国の存亡を賭けた命がけの戦いです。生きるか死ぬかのどちらかです。中間はありません。」と、言いました。

そんなことを言い合っているうちにナイチンゲールがやってきました。そしてすかさず「トルーマンさん、戦争に原爆を投下したのは残念でした。」と、言いました。そして「何の罪もない多くの市民が一瞬にして何十万人も死んだのですよ。このことはいくら戦争でも、人間として絶対にやってはいけないことだったのです。絶対に使ってはならなかったのです。いくら戦争とはいえ、原爆は人類が絶対に使用してはならないものなのです。確かにアメリカとしてはそれなりの理由があったから使用したのでしょう。しかし、原爆は絶対に使用してはならない兵器です。」と、何回も繰り返しました。そんなことを言っているナイチンゲールにトルーマンは「もし、原爆を使ってなければ戦争による犠牲者はそれ以上になったと考えられる。だって日本の軍部は本土決戦一億総玉砕というスローガンを掲げて、国民をすべて道連れにして無理心中しようと考えていたからねぇ。何と竹やりで敵を殺す訓練を全国でやっていたからねぇ。アメリカ人の発想からしたら信じられないよ。日本の軍部の考え方は原爆の比ではない。世の中は原爆が悪いというが原爆が一発で10万人殺せると考えると一億人殺すのに1,000発必要だ。そんな計算からすると軍部の考え方である一億総玉砕がよっぽど狂気の沙汰だ。我々アメリカは日本の国民を救ったのだ。」と原爆を落とした正当性を主張しました。そしてすかさず「ナイチンゲールさん、あなたは生前自分の家を留守にしたとき、家の鍵をかけずに外出しましたか。又、寝るとき家に鍵をかけないで寝ましたか。きっと鍵をかけていたと思う。」と変なことを言いました。そうするとナイチンゲールは「何でそんな質問をするのですか。」と逆にトルーマンに質問しました。するとトルーマンは「これは家を守ることと国を守ることは同じことだということを分かってもらうためにこんな質問をしたのです。これは人間とは何か? という本質的なことを含んでいるのです。人間は頭の片隅にそう簡単には人を信じることが出来ないという気持ちを持っています。そのために鍵をかけるのです。この地球上の人間をみんな信じて生きていれば鍵をかけないでもいい。みんな信じて生きていれば鍵をかける必要もない。しかし、信じていないから人間は鍵をかけるのだ。賊や、殺人者等の悪意を持った人間が自分の家に侵略してくるかもしれないので鍵をかけて家と家族を防衛するのだ。家と国は同じだ。人間はそんな純粋な生き物ではない。世界中の人々が家に鍵をかけなくても安心して寝られる社会になれば何の問題もない。しかし、それは夢のまた夢だ。現実はそんな甘いものではない。人類の歴史は戦争の連続だ。人間はどんなに仲良くしていても最後には喧嘩をする生き物なのだ。喧嘩の決着をつけてまた新しい時代がつくられていくのだ。だから人間は簡単に割り切れる生き物ではない。そんな中での大統領(国のトップ)はすべての国民の生命と財産を守っていかなければならない重い責任がある。常に最悪の事態を想定して手を打っていかなければならないのだ。可能性がゼロでない限り、無責任なことは言っていられない。そこが政(まつりごと)のつらいところだ。だからいったん戦争になったら徹底的に相手をたたく。そうしないと自分たちがやられるからねぇ。だからアメリカは戦争に勝つために原爆を使用した。何が悪い。アメリカの圧倒的なパワーを日本にみせつけることによって、日本がアメリカに喧嘩を売ったこと自体がそもそも間違っていたんだ、ということを心の底から思い知らせたかったのだ。もし日本も原爆をアメリカより早く開発していたらきっと原爆を使ってアメリカ市民を殺してその威力を試しただろう。だからやられる前にたたく、戦争とはそういうものだ。敵より、より強力な武器を早く開発すること、これが戦争に勝つための鉄則だ。」と言いました。そして最後に「今は死んで天国に来て、結果的に戦争をしたことを悔いているが、当時としては祖国であるアメリカの国民の生命とその財産を守るためにそうするしかなかったのだ。人間は生きているときは競争、競争と言って覇権を争っている。死んで天国に来て初めて、私は何でそんな愚かなことをしていたんだろうかと気付いた。そんな覇権を争うエネルギーがあったならば、もっともっと世界の人々と仲良くなり、すばらしい交流を深めるためにエネルギーを使えばよかったと今思っている。」と言いました。

そこへ酒に酔ったナポレオンがやってきました。ナポレオンは「あれ、何でわたしの名前の酒がテーブルの上にあるのですか。わたしの承諾も得ないで名前を使ってぇ。まぁ、きょうはいいやぁ。宴会だからねぇ。ところでみなさん、何の話をしているのですか。きょうは無礼講です。大いに飲んで騒ぎましょう。まじめな話は後でゆっくりやってください。まぁまぁ、飲みましょう。」と、言いました。ナイチンゲールは「ナポレオンさんはずいぶん酔っ払っていますね。酒もほどほどにしてください。」と、言いました。するとナポレオンは「いやぁ、ナイチンゲールさん、わたしもずいぶんと戦いをしました。そして多くの人々を殺しました。ここに来て目が覚めました。戦争はやってはいけないのです。わたしも殺した人に天国の駅で偶然会うことがあります。そのときはやっぱり良心が痛みます。」と、酔っ払って言いました。

そんなことを言っているときに、ヒットラーとムッソリーニが仲良く手をつないでやってきました。それを見たナポレオンが「あれ仲良しの日本の東条さんがいないねぇ(日独伊三国同盟)。」と言いました。それを聞いたムッソリーニは「東条さんは向こうのテーブルで飲み過ぎて別室で寝ています。」とナポレオンに言いました。するとナポレオンは「そうでしたか。日本人は意外と酒に弱い体質だなぁ。」と言いました。ヒットラーとムッソリーニも、この天国にやってきて、生前のやってきたことを悔い改めていました。ヒットラーはリンカーンに「リンカーンさん、あなたは奴隷解放という立派なことをしましたねぇ。わたしは生前多くのユダヤ人を残虐な方法で殺してしまいました。いくら戦争とはいえ、やっぱり人間として間違っていたことに気付きました。一時、神の子などと、もてはやされ調子に乗っていたのです。いくら第一次世界大戦の賠償金の支払いで国が窮し、不景気でも戦争によって他国を侵略して経済を打開していくやり方は正しいやり方ではなかったのです。今、天国に来て、初めて分かりました。そして多くの人たちを殺したことに対してムッソリーニと一緒に関係者に謝って回っているのです。」と、言いました。それに対してリンカーンは「それはいいことだ。」と、言いました。そしてリンカーンはヒットラーとムッソリーニに酒をついでやりました。

そんなことで楽しく酒を飲んでいるところに織田信長と豊臣秀吉がやってきました。信長が「ナポレオンさん、お初にお目にかかります。わしにも酒をついでいただけないでしょうか。」と、言いました。ナポレオンは「気が利かなくてすいません。さぁさぁ、きょうは無礼講です。大いに飲みましょう。」と、言って、信長と秀吉に酒をついでやりました。そして秀吉が「わしも生前多くの人達を殺してしまいました。身内までも根こそぎ殺してしまいました。時代が時代だっただけに、避けがたいところがありましたが、人の命というものが、いかに大切であるかを天国に来て分かりました。特に朝鮮の方には悪いことをしてしまったと、今は反省しています。」と、言いました。そこへひょっこりと明智光秀がやってきました。そして信長を見るなり「信長殿、本能寺ではすまないことをしました。許してください。」と、いきなり謝ったのです。信長は「よくも主君であるわしを亡き者にしてくれたなぁ。あの熱い本能寺でわしがどんな気持ちで死んでいったか、お前には分からない。しかし、お前も反省しているようだから許してやる。」と、信長らしからぬ許しの言葉を光秀にかけたのでした。光秀は信じられないような顔を一瞬しましたが、すぐに我に返り、「ああ、よかった。いつも気にしていたのです。いくら戦(いくさ)でも主君を殺すことは間違っていました。」と、言いました。信長も「わしもずいぶんと残酷なやり方で多くの人間を殺してしまった。お前に殺されたのは、わしにもどこか非があったのだ。天国へ来てそれが分かった。」と、言いました。信長は「まぁ、光秀、きょうは過去を忘れて一緒に秀吉と酒を飲もうじゃないか。ビールと日本酒、どっちがいいのか。」と、光秀に聞いてきたのです。光秀は「それではお言葉に甘えて日本酒をいただきます。」と、言いました。信長は光秀に日本酒をついでやりました。この天国で信長と光秀は和解したのでした。

そんな話に夢中になっていると、向こうからサダム・フセインがやってくるではありませんか。信長が「フセインさん、一緒に酒でも飲みませんか。」と、言いましたが、サダム・フセインは黙って歩いて、別なテーブルへ行ってしまいました。そしてこんどは徳川家康がやってきました。秀吉が「徳川殿、よくもわしの息子の秀頼を亡き者にして、政権を奪ったなぁ。わしはおぬしを信用していたのに。信用していたわしが馬鹿だった。」と、言いました。すると家康は「わしはちゃんと戦をして当時のルールに従って政権をとっただけだ。関ヶ原でもしかり、大阪夏の陣、冬の陣でもしかりであった。要は秀頼が甘かったのだ。秀吉殿があまりにもかわいがり過ぎて何の苦労もさせないで育てたのではないのか!? それが命取りだ。人間は苦労しないと本当のことは分からん。秀頼がわしのように本心を見せないたぬき人間だったら、わしは負けていたかもしれない。所詮人間は駆け引きだ。天下はお人好しでは取れない。それだけ政(まつりごと)とは難しいものなのだ。人間の心の機微を分かっていないと人間を使うことは出来ない。そして味方に付けることも出来ない。それをわしは多くの書物と苦労から学んだ。秀頼よりわしの方が苦労もしたし、勉強もしていたのだ。しかし、わしもここへ来て、天国のデパートで秀頼や光成に会うと、どうしたことか、すまなかったなぁ、という気持ちになってしまうのじゃよ。やはり人の命を奪うことは悪いことだと気が付いたよ。まぁ、秀吉殿、過去のことは水に流して、きょうは一緒に飲みましょう。」と、言いました。すると秀吉は「何がルールに従ってだ。些細なことに因縁をつけ、それを口実に攻めおって。まぁ、今になってそんなことを言っても始まらない。わしも人を責めることはなかなかできん。政権をとるために多くの人達の命を奪ってしまった。その点では家康殿と同じじぁ。」と、言いました。

するとこんどは各国で自爆テロを実行した若者の集団が、浮かない顔をしてやってきました。家康が「そこの若者よ、そんな浮かない顔をしてないで、きょうは一緒に飲まないか。」と、言いました。すると、その中の一人が「家康さま、酒を飲む気分になれません。天国に来て、わたしたちがテロで殺した人達とデパートや駅で会うのです。なんともいえない気持ちになってしまいます。わたしたちはテロを実行すれば天国に行けると教えられました。しかし、ここへ来てみたら、わたしたちが殺した人達もいるではありませんか。本当に正しいことをしたのだろうか、実は自分のことしか考えていなかったのではないのか、などと毎日葛藤の日々です。心が晴れる日はありません。酒を飲んでいる余裕はありません。」と、言いました。すると家康は「そうか、それはかわいそうだ。よく考えて、あなた達なりの結論をだしてください。わしは、自分たちの目的のために手段を選ばないテロは、人間として間違っていると思うなぁ。テロは単なる無差別殺人でしかないんだよ。確かに今の地球には理不尽な問題がたくさんあることは分かっている。しかし、何の罪もない人間をテロによって殺すことが問題解決につながるとは到底思えない。あなたたちは変な理屈を教えられているのではないかと思うのじぁ。問題解決には別な方法がたくさんあるはずだ。そのことに気付いてほしいよ。この機会に頭を冷やしてじっくり考えてみなぁ。」と、言いました。すると若者は「この機会に冷静に考えて見ます。」と、言って去っていきました。

そんなことを言い合っているうちに、この「レイカンリセンター」を管理しているレイカンリ神がやってきました。そしてみんなの前で「みなさん、生前、多くの人々を殺した人も、良いことを行った人もここでは永遠の命を授かります。多くの人々を殺した人はいろいろ反省しているようです。本当は死んでからそう思うのではなく、生きているときにもっと人間の命というものを大切にしてほしかったのですが、ここへきて分かるように、人類の歴史は戦争の歴史と言っても過言ではありません。人を殺し合う歴史だったのです。人を殺しても、天国ではみんな一緒になるのですから、顔を合わせられないようなことは、地球に生きている間はやらないほうがいいと思います。そうしないと、天国に来ても苦しむはめになりますからねぇ。みなさんの反省も踏まえ、これからの人類に、皆さんの経験から、何か共同メッセージを送ってほしいのです。」と、言いました。それを聞いていたリンカーンは「それはいいことだ。早速まとめましょう。」と、言いました。そして一時間後に共同メッセージが発表されました。

天国から人類への共同メッセージ

人類の問題解決のために、人間を一瞬にして殺してしまう核爆弾は、絶対に使ってはならない。そして諸問題解決のために何の罪のない一般市民を巻き込む戦争をしてはならない。もし、どうしても戦争をしたい国があるならば、関係者だけで、大きな砂漠で戦って決着をつけてください。そうすれば一般市民とその財産である建物等は守れます。天国に来て分かったことは人々を殺すテロや戦争は憎しみの感情だけが生まれ、決して問題解決の手段でないことも分かりました。別な方法がいくらでもあります。このことを人類へのメッセージとしたい。

※ この機会に本当の平和とは何か、本当の意味での国民の生命と財産を守るということはどういうことなのか、人間とは何だ、等々のことを考えてみませんか。日本は未来永劫アメリカの核の傘の中でいいのでしょうか。それとも基本抑止にもっと力をいれなければならないのでしょうか。それとも核に頼らない平和を模索していった方がいいのでしょうか。そんなことを考えるきっかけになればと思って考えた物語です。国の方向は最後には国民の選択によって決定していくのです。一人一人が考え方を自分なりにまとめておかないと、いざというときに間に合わないのです。「戦争をすれば誰が犠牲になるのか? 」これが考え方のポイントではないかと思います。

もし、日本を取り巻く現在のパワーバランスが何らかの理由によって崩れた場合、日本は脅威にさらされる可能性が出てきます。 そうなった場合、「ボーゥ」としてはおられなくなります。人間は急に自分の考えをまとめることはなかなか出来ません。平和なときに安全保障の問題を政治家より先に国民一人一人が自分なりに考えておくことは大切だと思うのです。なぜならば自分の国だからです。他人事ではないのです。あなたはどう思いますか? 「考えること」は財産があろうとなかろうと関係なく誰でも今すぐ出来ます。政治は金持ちだけのものと思っていませんか? そうではありません。国民一人一人が国の問題を真剣に考えることによって政治は動くのです。政治はあなたのものなのです。主権者はあなたですよ。このところを再認識しましょう。

 

※ 日米開戦と原爆投下の真実は現在次々とアメリカ合衆国の秘密文書が公開されて新事実が少しずつ出てきています。
※ 第二次世界大戦で日本の都市のほとんどがアメリカ軍の空襲でやられました。その死者数は広島市と長崎市の二つの都市で、1945年12月末で約21万人、その他の都市の合計は約20万3000人です(この中には1945年3月10日の東京大空襲の犠牲者の約10万人も入っています)。原爆は「絶対悪」と主張されている方々がおられます。しかし、広島、長崎以外の都市で空襲によって亡くなられた合計の死者数は、ほぼ原爆で亡くなられた方々と同じくらいです。その方々は焼夷弾等の爆弾でやられました。焼夷弾等の通常兵器と呼ばれている爆弾は「絶対悪」ではないのでしょうか。そんな疑問を持ってしまいます。 また、人類が有史以来、地球上で通常兵器によって殺した人間の累積死者数は天文学的数字になります。通常兵器での累積死者数を原爆と比較した場合、現時点では逆に原爆よりはるかに多くの人間を通常兵器は殺しているのです。沖縄戦一つとっても日米両軍と民間人を合わせた地上戦の戦没者は約20万人とされています。行方不明者を含めるともっと多くなります。当時としては死者数から見た場合、原爆の2発分に当たります。世界平和を考えるとき、通常兵器のこともこのような視点で考えてみませんか。

※ ICAN(アイキャン)の団体が2017年度の「ノーベル平和賞」を受賞しました。理想を掲げるICANが受賞したことはすばらしいことです。祝意を申し上げます。一つだけICANの方々に質問したいことがあります。それは「夜寝るとき家に鍵をかけて寝ますか?」「外出するとき家に鍵をかけて外出しますか?」の2点です。この質問は「人間とは何か?」につながる根本的な問題です。この問題が明確にならない限り、核兵器の問題は非常に難しく、単純に割り切ることが出来ない問題ではないでしょうか。そのために世界は考え方が割れているのではないでしょうか。みなさんはどうお考えですか。それともう一つ、核兵器以外の大量破壊兵器の生物兵器、化学兵器、放射能兵器はどうするのですか? いっそのこと「全兵器禁止条約」にしてはどうでしょうか。

人類の理想を実現するには世界中の人々が鍵をかけないでぐっすり寝られる世の中を創らなければなりません。弊社はその為には人間の一人一人の「魂のイノベーション」が必要と主張しています。これを人類のロマンすなわち「人類の夢」としてこのホームページで主張しています。しかし、はっきりいってそれは夢のまた夢です。しかし、人類はそんな努力をしていかなければならないと考えています。なぜならば、人間は神様ではなく、筆者も含めて欲望に満ちて、欠点だらけの生き物(日本的に表現すると煩悩具足の凡夫、西洋的に表現すると迷える子羊)だからです。善と悪のシェアー争いの生き物なのです。人間が完璧であればそんな努力は必要ないわけです。今、こんな文章を書いている途中で一句浮かびました。「欲の垢洗い落とせぬ我が身なり」。これは「どんなに世の中道場で修行していても「欲」という垢(あか)は、毎日毎日洗い落としても次々と出てくる。そんな情けない自分がほとほと嫌になってしまった」という意味です。これこそ煩悩具足の凡夫の証拠です。筆者はこんな人間ですから人の2倍も3倍も努力しなければなりません。

ここに一つの俳句を紹介します。それは「盗人に取り残されし窓の月」。これは良寛が詠んだ句です。越後の田舎に住んでいた良寛の家の国上山の五合庵に夜中、泥棒が入りました。盗む物は何もなく途方に暮れている泥棒に気付いた良寛は、心を痛め、寝ているふりをして寝がえりを打ち、せんべい布団を盗むようにわざと仕掛けました。その仕掛けにのった泥棒はその布団を持ち去って逃げていきました。そして起きてきた良寛は、何にもないその部屋を見回しました。そしてふと気づいたら、その部屋に残っているのは窓から差し込んでいる美しい秋の満月の光だけだった、という情景を詠んだ句です。世界中の人々がこのような良寛のような境地に到達すれば寝るときに鍵をかける必要はなくなります。泥棒に入られてもこのような俳句をつくる良寛の心の余裕の中に、すべてを包み込む宇宙を感じてしまいます。皆さんはどのように感じますか。
◎良寛・・・1758年生まれで1831年に没。江戸時代後期の曹洞宗の僧侶。歌人、漢詩人、書家。号は大愚。越後国出雲崎(現在の新潟県三島郡出雲崎町)出身。清貧の思想を貫く。物質的には豊かでなかった良寛の宇宙のような広く深い愛の精神的な豊かさの中に、現代人が失ったものを発見できるかもしれません。

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スペースシップ「ギャラクスィトレーン」

作者 児玉春信

昔々、そのまた昔、人間が欲望の心が芽生え始めた頃、地球より9000億兆光年離れている神界では、第7宇宙(われわれが住んでいる宇宙)のすべての銀河を、各駅停車するスペースシップ「ギャラクスィトレーン」建設が急ピッチで進められていました。これは精霊党が中心となって進められている事業でありました。神界では宇宙空間を移動する手段としてはSSUIM(神界瞬間宇宙移動マシーン)しかなかったのです。これは定員が一神でしかありませんでした。これでは大量に神々を宇宙に運ぶことはできませんでした。そこで精霊党は大量に運べるスペースシップ「ギャラクスィトレーン」の建設に着手したのです。この「ギャラクスィトレーン」に精霊党の「善の心」を広める党員の伝道師を乗せて第7宇宙全体に「善の心」を広めたいというためでありました。そしてもう一つの重要な仕事は第7宇宙で死んだすべての生き物の霊を神界の天国の「レイカンリセンター」へ運んでくることでした。

こんな目的をもって建設されているスペースシップ「ギャラクスィトレーン」の最大の問題点はスピードをどれくらいにするかということでした。SSUIMは瞬間に移動できますが、瞬間にした場合、銀河と銀河の間を旅行している気分は味わえません。そこでスピードが問題となったのです。光の速さは秒速30万キロメートルです。9000億兆光年だと光の速さでいったとしても9000億兆年かかります。これではとんでもないことになります。そこで考えられたのは神界と第7宇宙とを片道49日で行く速さでした。この速さだと旅の気分が味わえるのです。もう一つの問題点は運賃をいくらにするかということでした。いろいろな意見が出ましたが結局六文(日本の江戸時代の通貨の単位)に決まりました。ここに「六文船」が誕生したのでした。天の川銀河の中の地球の人間界では様々な国があったので、それぞれの国のお金を六文に換算して支払うことも決まりました。神界では日本の六文というのが宇宙通貨の基本だったのです。

スピードと運賃が決まってからはスペースシップの建造も一段と早まりました。そしてとうとう建設から一年ですべて完成しました。そして神界では盛大に完成式典が行われていました。その席上、精霊党の党首であるウルトラエンゼル総理神は多くの神々の前で演説しました。「皆様のおかげで、やっと第7宇宙にわれわれの党員の伝道師を送り込めるスペースシップであるギャラクスィトレーンが完成しました。われわれ精霊党のシェアーを宇宙全体に拡大していく絶好のチャンスがやってきたのです。宇宙大航海時代の幕開けです。われわれ党員の伝道師が善の心を広めないと宇宙全体は暗黒の世界になってしまいます。悪霊党のデビルサターン神がシェアーを拡大しないうちに先手を打って宇宙に進出していきましょう。そうしないと最後には核戦争ですべてなくなってしまうでしょう。こんなことにならないためにも何としてもギャラクスィトレーンを正しく運行していかなければなりません。そのためには皆さんのご協力がぜひとも必要です。おそらくデビルサターン神はあらゆる手段を使って悪霊党の党員をギャラクスィトレーンに乗船させるはずです。われわれは何としてもこの乗船だけは水際で阻止しなければなりません。そのためにはどんな小さなことでも情報を精霊党にお寄せください。そのことが宇宙全体の平和を保つ最善の策です。皆様のご協力を再度お願い申し上げます。」と演説を締めくくりました。この演説を聞いていたデビルサターン神は「ウルトラエンゼル総理神はあんなことを言っているが、われわれはあらゆる手段を講じてギャラクスィトレーンに乗り込んで第7宇宙に進出してやる。今に見ていろ!」と捨てぜりふを残して去っていきました。神界も善と悪の壮絶な闘いが始まろうとしていました。

完成式典もようやく終わり、記念すべきスペースシップ「ギャラクスィトレーン」の第1号が多くの精霊党の党員を乗せて第7宇宙へと出発しようとしていました。天の川銀河の太陽系の地球にも多くの党員が送り込まれることになっています。そして早くも悪霊党のデビルサターン神の息のかかった党員が精霊党の党員に化けてスペースシップ「ギャラクスィトレーン」に乗り込みました。精霊党はこれにはまったく気付かず、分からなかったのです。そしてそんな状態でギャラクスィトレーンは出発していきました。帰りの荷物は第7宇宙のすべての生き物の霊でした。もちろん地球の人間の霊も運んで帰る予定です。この人間の霊はレイカンリセンターの「人間課」に管理される予定になっています。ここでは永遠の命を得た霊が最終的に行く安住の所でもありました。

みなさん実は、この神界のスペースシップ「ギャラクスィトレーン」が地球で話題になっているUFO、すなわち、未確認飛行物体の正体だったのです。あなたはこれを信じますか。それとも信じませんか。それはあなたの自由です。 

※UFO=Unidentified Flying Object

おしまい

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1回失敗して死んだ男と、100回失敗して101回目に成功した男

作者 児玉春信  

 昔々、ヨーロッパのある国の町に、ヨワキとツヨキという二人の青年が住んでいました。二人は幼馴染で小さいときから仲良くしていました。二人の違いと言えば、ヨワキの家庭は神様を信じない無信仰の家でした。しかし、ヨワキの家は大金持ちでした。ツヨキの家庭は神様を信じている信心深い家庭でした。しかし、ツヨキの家はヨワキの家とは違い、町でも評判の貧乏でした。二人はだいたい能力は同じくらいでした。

そんな二人がある日、居酒屋へいきました。二人とも程よく酔いがまわってきたころ、ヨワキが「ツヨキちゃん、俺たちもいい歳になった。そろそろ将来のことも考えないとならないなぁ。何か商売でもはじめないかぁ?」と、言ったのです。するとツヨキが「そうだなぁ、何かやらないとならないなぁ。しかし、僕には金もないし、いまのところ商売のアイデアもない。考えてみたら何にも無いよ。僕の家は貧乏だし、だれもお金を貸してくれる人もいないし。こんな、ないないづくしでは何もできない。」と、言いました。するとヨワキが「お前は、名前はツヨキだが、こころは弱気だなぁ。少しがっかりしたよ。」と、言いました。するとすかさずツヨキが「そんなこといったって、お前は僕と違って何でもあるじゃぁないか。その気になれば親がお金もだしてくれる。僕の家はそうはいかない。僕の家は家族みんなで神様を信仰しているので、一週間に一回、日曜日に教会へ行って、お祈りを捧げるだけが唯一の楽しみになっているだけだ。あとは何の楽しみもないよ。そんな家なのに何ができるというんだ。何にもできないよ。」と、言いました。するとヨワキが「俺の親父なんか、``神様を信じているやつは貧乏人が多いのだ。この世は金がすべてだ。よくもまぁ、目に見えない神様を本気で信じられるものだ。少し頭が、おかしいのではないか?`` などと、言っていたよ。俺も小さいときから、そんなことばかり言い聞かせられてきたので、お金がすべてだ、と思っている。はっきりいってツヨキちゃんが毎週教会に行って献金しているお金を貯めれば、年間かなりの金額になると思うよ。」と、言ったのです。ツヨキはこのことを聞いて「ヨワキちゃんは、そんなことを考えていたのか。がっかりしたよ。うちの親父は``人間の幸せは、心の持ち方で決まるものだ。お金や財産ではないぞ。確かにお金は大切なもので、生活していくためにはなくてはならないものだ。しかし、あまりにもお金に執着すると、とんでもないことに遭遇する場合もあるのだ。そしてすべての財産を失うということもあるよ。人間、自分の食い扶ちを稼げば十分だ。それ以上はいらないぞ。お金や財産がすべてだ、という人は、お金や財産がなくなったとき、死ぬしかないんだよ。それ以外の生きていく術をしらないからねぇ。神様というのは、人間が行き詰ったとき、生きる道を自然と教えてくれるありがたいものだよ`` と、いつも言い聞かせられていたよ。だから僕はそのことを信じているよ。」と、言いました。するとヨワキは「ツヨキは馬鹿じゃないか。やっぱり金だよ。金がすべてさぁ。」と、言って、ツヨキを馬鹿にしました。ツヨキとヨワキは幼馴染ではありましたが家庭環境はまったく違ったものでした。そのため二人の考えはまったく違っていました。

そんなことをやり取りしているうちにすっかり酔いもまわり、二人とも帰ろうとしたときヨワキが「ツヨキちゃん、どうだろう、この世はお金か、神様か、どっちを信じれば商売が成功するか、二人で競争してみないか。」と、言ったのです。それにはツヨキもびっくりして「ヨワキちゃん、そんな馬鹿なことはしないほうがいいよ。ろくなことにならないよ。この世の中は両方大切だと思うよ。両方のバランス感覚が大事じゃぁないのかなぁ。どっちが大切だとは一概に言えないと思うのだが?・・・。」と、少し自信なさそうに言いました。するとヨワキは「そんな自信のないことではだめだなぁ。絶対お金がすべてだと思うよ。なんだか、面白くなってきたなぁ。どうだろう、うちの親父が言っていることが本当か、それともお前の親父が言っていることが本当か、試してみようじゃないか。」と、言ったのです。ツヨキはこのことを聞いて、心の中で「僕は小さいときから親父に、さんざん神様のことを言い聞かされてきた。ヨワキちゃんの親父さんの言っていることも、なんとなく分かるような気もする。この辺でうちの親父が言ってきたことが正しいかどうか、試すチャンスかもしれない。」と、思ったのです。そして「よっし。やってみよう。」と、思わず口にしてしまったのです。ヨワキはこれを聞いて「面白くなりそうだ。じゃあ、早速明日から準備にかかろう!」と、言ったのです。ヨワキは心の中で「俺が勝つに決まっている。あんな貧乏人のツヨキに何ができる。ツヨキも意外と馬鹿だなぁ。」と、思ったのです。そんなことを約束した二人は居酒屋を出て、お互いの家に帰っていきました。

そんなことで競争する羽目になったツヨキは、家に帰ってから、家族には、そんなことは口が裂けても言えませんでした。しかし、ヨワキは家に帰ってからすぐに親父に「この世はお金がすべてか、神様がすべてなのか、今まで親父が言っていることが本当か、それともツヨキの親父さんが言っていることが本当か、商売で競争をして試すことになった。」と、報告しました。それを聞いたヨワキの親父は「勝負は決まったと同じだ。お前が勝つに決まっている。お金ならいくらでも俺が出してやる。神様だけで何ができる。そんなことを信じているやつは甘い人間だ。成功するはずがない。」と、言ったのです。それを聞いたヨワキは「親父も力になってくれる。この勝負は俺の勝ちだなぁ。」と、まだ、何も始まっていないのに決め付けてしまったのです。そして金の力で、いい店を作り、早速商売をはじめました。

それとは反対にツヨキは、毎日毎日何をはじめたらいいか分からず、ただただ神様に祈るだけでした。時々、ツヨキの親父が「毎日毎日祈っているようだが、何を祈っているのだ。」と、聞いてきましたが、ツヨキは「親父が長生きできるように神様に祈っているだけだよ。」と、言って、親父の質問をかわしていました。そんなことをしている間に、ヨワキの店はどんどん繁盛してきました。そんなヨワキの店の評判を聞くたびに、ツヨキはあせってきました。しかし、どんなにあせっても、いい考えは浮かんできませんでした。ヨワキの方は、金の力で事業を拡大していきました。隣町にも店を作ることになりました。順調に伸びていっていました。

そんなことがつづいていたある日、ツヨキは、このままでは敗北は間違いないと感じたので、思い切って親父に相談したのです。これを聞いたツヨキの親父は「そうだったのか。そんなことを競争していたのか。うちはお金がないから、派手に商売することはできない。しかし、資本をかけずに人様のためになることはできないわけではない。」と、言ってくれたのです。ツヨキは「親父、いったい何ができるのですか?」と、聞いてきました。するとツヨキの親父は「毎週、日曜日にパン屋からパンを仕入れて、町の教会に来ている人に売ってはどうだ。」と、言ったのです。ツヨキは「それならば、そんなにお金はかからないから、できるかもしれない。早速、パン屋に行って、パンを卸してくれるか聞いてくるよ。もし卸してくれる、ということであれば、教会にも行って、牧師さんからも許可をもらってくるよ。」と、言って出かけて行きました。

しばらくすると、ツヨキが家に戻ってきました。そして親父に「パン屋さんが卸してくれるそうです。牧師さんもいいといってくれました。早速こんどの日曜日から教会に行って売ることにします。」と、元気よく言いました。親父は「それはよかった。お前の蓄えだけでやれる商売だ。やってみなさい。」と、言ってくれたのです。そんなには儲からない商売でしたが、しばらく続きました。しかし、パンもみんなは飽きてきて、だんだんと売れなくなってきたのです。ツヨキは「これではこの商売も先細りだなぁ。また、神様に祈って何をはじめたらいいのか聞いてみよう。」と、言ってパン売りの商売をやめてしまいました。また、前の祈りの生活に戻ったのです。パン売りの商売は自分の蓄えでやった商売でしたので、損失はほとんどありませんでした。一方、ヨワキの方は、親父の金でどんどん商売を拡大していき、その国の主要な町々にお店を作るまでになっていました。ヨワキとヨワキの親父は「ざまぁみろ。神様で成功するはずがない。金の力にはかなわないのだ。あのツヨキはやっぱり馬鹿な男だよ。」と、幼馴染にもかかわらず、とうとうツヨキを鼻で笑って、馬鹿にするようになりました。ツヨキの方は、そんなふうに、馬鹿にされているのは分かっていたのですが、気にもせず、ただ、神様にお祈りを捧げていました。世間も、だんだんとこの二人が「金の力か、神様の力か、」を試して競争していることに気付いてきました。世間もヨワキと同じく、ほとんどツヨキに勝ち目はないと思っていました。世間もやっぱり、この世は金だ、という人がほとんどでした。しかし、わずかながら、最後は金の力ではない、と考える人もいました。しかし、大勢はやっぱり金の力を支持していました。

そうこうしているうちに3年がたってしまいました。ツヨキは「神様は、きっと僕に何かをさせるために、今、苦しみを与えているのだ。これも神様のご慈悲に違いない。ここは踏ん張りどころだ。」と、プラス思考で生活していました。ヨワキの方は益々繁盛して、隣の国の町にも店を出すことに成功していました。

そんなある日に、ツヨキの耳に神様の声が聞こえました。「ツヨキよ、あせってはならない。お前には私が付いている。心配することは何もない。今のままで、ただ私に祈りを捧げてくれていればいい。」と、言う内容でした。ツヨキはびっくりしたのですが、この声を信じることにしました。そしてそのことをヨワキに話しました。そうするとヨワキは「まだ、そんなことを言っているのか。お前はよほどのお人よしだなぁ。神様なんかいるはずがない。どこにいるのだ。いたら、いるところを教えてくれ。」と、言いました。ツヨキはすぐに「神様は僕の心の中に住んでいるのだ。だからお前には見えないのさぁ。」と、言いました。するとヨワキは「ワッハァハァ・・・・心の中に住んでいる? そんな馬鹿なことがあるか!! 心のどのあたりに住んでいるんだい、ツヨキちゃん。この勝負は俺の勝ちだなぁ。俺の親父が言っていたことが正しいと証明されたと同じだよ。」と、声高らかに笑って、さも自分が勝ったようなことを言って、益々、ツヨキを馬鹿にしました。そんな笑いを聞きながらツヨキは「まだ、勝負はついたわけではないし、きっと今に分かるときが来るに違いない。お前も、お前の親父も、神様を鼻で笑っていると、今にとんでもないことがおきるような気がしてならないよ。ましてや、今の世の中、何が起きるかわからない時代だよ、気をつけたほうがいいぞ。」と、言いました。するとヨワキは「とんでもないことがおきる? 何がおきるか分からない? こんなに店の数も多くなって、儲かっているのに、そんなことがおきるわけがないだろう。本当にお前は馬鹿だなぁ。ワッハァハァ・・・。」と、また笑って馬鹿にしました。ツヨキは、金だけを信じている人間に、何を言っても分からないと思って、さっさと家へ帰りました。

家に帰ったツヨキは心の中で「あんなことを言ってみたが、さりとて、何のアイデアも浮かばない。この勝負は僕の負けかもしれない。」と、少し弱気な考えになりました。そしてまた、神様に祈りました。そうするとまた、神様の声が聞こえてきました。「ツヨキよ。弱気になる必要はない。このまま、私に祈りを捧げてくれればそれでいい。」という声でした。前と内容はまったく同じことでした。ツヨキは内心「本当にそうなのかなぁ? このまま、祈りだけ捧げても何のアイデアも浮かびそうもないし、何の変化もおきない気がする。」と、一瞬神様を疑いました。しかし、すぐに気を取り戻し「いやいや、神様がそう言っているのだから、間違いないはずだ。前と同じく信じていくしかない。」と、心に誓ったのでした。

それから数ヶ月がたったある日、ふと町を歩いていると、ヨワキの本店の前に人垣ができていました。ツヨキが人に尋ねてみると「何でもこの店の息子の親父が、隣の国のある金持ち風の、立派らしき男に、ものすごい豪邸に案内されて、すっかり信用し、大きな儲け話に乗ってしまったそうだ。しかし、それが詐欺だったそうだ。そして挙句の果てに、全財産を失って、息子とどこかへ逃げてしまったみたいだ。要するに立派らしき財産があるような男にだまされたのよ。人の外見だけ見て、話しに乗ってしまったというわけさ。」と、ある人が教えてくれました。ツヨキは腰を抜かすほどびっくりしてしまいました。ヨワキの本店の前の人垣は、借金とりやら、商品を卸した商人やら、多数の債権者の人達だったのです。本店の前は、てんやわんやの大騒ぎになっていました。当のヨワキや親父の姿はありませんでした。そしてその後、二人は山の中で首をつって死んでいるのが発見されました。

発見されて数日後、二人の葬儀が教会で執り行われました。特別に信仰していなかった二人でしたが、ツヨキの配慮によって、特別に葬儀ができることになったのでした。ツヨキは、棺桶の中の二人に「あなたがたの心の中に神様がいれば、そんな儲け話にはきっと乗らなかったのに違いありません。そして、いくら全財産を失っても、命さえつながればやり直しができることに気付いたろうに。もし、やり直すことができたならば、財産があるときよりも、ないほうが、逆に幸せになったかもしれないのに。」と、語り掛けました。ツヨキはそれらのことを語り終えて「どうか主よ、この二人を天国へと召してください。そして二人に永遠の命を与えてください。アーメン。」と、お祈りしました。

そして、その葬儀も終わり、徐々にツヨキのショックも落ち着いてきました。二人が死んでからというもの、ツヨキはいろいろな商売を始めたのですが、何もかもうまくいきませんでした。しかし、ツヨキは何回失敗しても「この商売は神様の御心ではない。」と、言って、くよくよせず、落ち込むこともなく、すべてプラスプラスに考えるプラス思考で乗り切っていきました。なんと、ツヨキは、最初の教会へのパン売りから数えて100回失敗しました。しかし、すべて失敗しても「この商売は神様が望んではいない。失敗は成功の基だ。」と、言っては、けろりとしていました。金がなくなれば「金は天下の回りものだ。」と公言していました。そして、金がなくなればどういうわけか、九死に一生を得るような大きな事故等に遭い、賠償金等が入ってきました。その事故等はツヨキが悪くて起こったものではなく、すべて相手が悪くて起こったものばかりでした。まさに、ツヨキの公言していた「金は天下の回りもの」が現実となっていました。世間の人は「最後にはツヨキがヨワキを破って競争に勝ったのだから、いつかはうまくいく商売が見つかるに違いない。」と、思うようになりました。結果的にツヨキの親父の言ったとおりになったのです。そしてとうとうツヨキは101回目に始めた「便利屋」で成功しました。この商売は人が困っていることを何でも替わってしてやる商売でした。サービス精神旺盛なツヨキにはぴったりの商売だったのです。ツヨキの人柄が受けて、益々繁盛していきました。

そしてツヨキはある日、ヨワキの墓前で「俺はやっと成功したよ。お前はたった1回の失敗で命まで落としてしまった。本当の馬鹿はお前のような人間をいうのだろうなぁ。失敗は人生につきものだよ。でもその失敗に負けて死んでしまうことは人間にとって本当にもったいないことだ。失敗して初めて、いままで分からなかったことが分かるんだから。失敗は学校みたいなものだよ。いろいろ教えてくれるからなぁ。先生と言ってもいい。失敗大学とでも命名しようかなぁ。今度また人間に生まれてきたら、目には見えない神様を信じて生きていってくれ。」と、優しく語りかけたのでした。   おしまい

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