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作 児玉春信

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ここは必ず確認

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生きるための参考メッセージNo2

通り魔等になって破滅しないためにとる行動とは?

No1.生きることが苦しい、辛いと感じている人へ  S119〜S121
No2.「こころ」の破壊から「気持ちの豊かさへ」
No3.迷っている人へ No4.お金だけあれば幸福になれるのか?
No5.藁(わら)文化の消滅が示すもの
No6.同じ人間じゃないか!同じ地球人じゃないか!
No7.いじめ No8.ありがたみ 緊急提言 No9. 今、いじめられている人へ
緊急提言 No10. いじめているひとへ No11.「いじめ」の対応についての主張
No12.殺伐とした社会 No13.かわいい子には旅させよ
No14.太陽と月
No15. 心の経験の糸は切るものではなく、編んで行こうではないか(今まで起きた無差別殺傷事件に思うこと)
 

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No1. 生きることが苦しい、辛いと感じている人へ

もし、生きることが何の苦しみもなく、何の辛いこともなかったらば、本当に得るものはあるのでしょうか。苦しいからこそ本当の実りあるものを得ていくのではないでしょうか。最初から何の苦しみもなく、何の辛いこともなく、何でもかんでもうまくいって自分の思い通りになったならば、本当に「生きていること」に感動できますか。苦しいこと、辛いことがあるから、自分の思い通りになったときとか、うまくいったとき「感動」や「感激」「満足感」「達成感」を心から味わうことができるのではないでしょうか。 ストップ・ザ・自殺(タイムトレーンに飛び乗れ)
今、あなたが体験している「苦しいこと」「辛いこと」はあなたを強くもしてくれるし、魅力ある人間にもしてくれるのです。例えば、徹底的にお腹をすかせて、粗末なおかずで食事をしてみてください。きっとおいしくいただけるとおもいます。それだけではありません。本当の満足感、食べ物のありがたみ、すばらしさを心から分かると思うのです。お腹をすかせるという苦しみを与えて得たものは多いのです。私たちの人生もこれと同じなのです。
自然の中も見てください。麦は人間に強く踏みつけられれば踏みつけられるほど、いい麦ができます。漬物は上から石の圧力でいい味の漬物ができます。寒い北国の木は冬の厳しい風雪に耐えて、しっかりと大地に根を張り、材質の強い木になるではありませんか。人間も同じなのです。苦しみ、辛いことがあなたという人間を魅力あるすばらしい人間にしてくれるのです。苦しみや、辛いことは明るく乗り越えようではありませんか、お互いに。


・・・・・ 苦悩
  目を覚ませ!





No2. 「こころ」の破壊から「気持ちの豊かさへ」

今の日本、平和で豊かで、普通に働いていれば食うには困らない。もし働けなくても最低食える制度はある。なんだかんだといっても食えるのである。こんな社会が有史以来あったのだろうか?飢餓もなければ、戦もない。ましてや疫病もない。ないないづくしなのに・・・・。

それではなぜ自殺者が多いのか?
簡単に言うならば、多忙と競争とそれに伴う孤独ではないか。そんなのが見えてくるのです。資源はない、食料自給率約40パーセントで日本人一億数千万人がいい生活をして食っていかなければならないのです。こんな中で現代は物質的豊かさを多忙と競争で維持されているといってもいいのではないでしょうか。そのため一人の人間にかかってくる精神的負担が大きいのです。多忙の忙は心を殺すということです。「こころ」がなくなってきたのです。

生活はもっともっと豊かになりたい。この流れはおそらく半永久的に続くでしょう。日本人はがんばり屋さんですからおそらく国際競争にも勝っていくでしょう。こんな時代の中で自らの「こころ」を守り「気持ちの豊かさ」を創造していくためにはどうしたらいいのでしょうか。一つには弊社が提案している「GFIT法」によるイメージを膨らませていく方法。もう一つは「ボランティア教育」の普及と実践が考えられないでしょうか。子供のときに奉仕の活動を通して得ていく「大切な心」、この心が将来の日本を作っていくようにも思うのです。「お金」や「もの」の対極にある心の価値を知り、その心を「心の豊かさへ醸成していく」ことが、今の日本には必要なのではないでしょうか。皆さんはどのように思いますか。





No3. 迷っている人へ

もしあなたが人生の道を迷っているならば、あなたの内なる魂に聞いてみて下さい。

もしあなたが人生の道を迷っているならば、あなたの「志」が本物かどうか、あなたの内なる魂で点検してみてください。

「志」は損得で決まるものではありません。あなたの「信念」で決まるのです。


・・・・・ 最後にあなたを本当に救うのはあなた自身の考えだ





No4.お金だけあれば幸福になれるのか?

お金はたくさんあることに越したことはありません。いくらあっても腐らないし邪魔にもなりません。お金は経済の血液です。大切なものです。それがゆえにお金があれば幸せになれると思っておられる方は多いと思います。はたして本当にお金だけたくさんあれば幸せになれるのでしょうか。

お金がたくさんあるといろいろな心配事もたくさん出てきます。泥棒に入られるかもしれないとか。そのことによって命まで奪われるのではないかとか。誘拐されて身代金を要求されるのではないかとか。そのことによって命を奪われるのではないかとか・・・・。とにかく心配事が尽きないのです。あまりの心配で夜も眠れなくなるかもしれません。たくさんお金があったばっかりに楽なことしか考えないで人間がだめになるということもあるのです。そしてだんだん「人を見たら泥棒と思え」の考えが強くなっていくかもしれません。「人を見たら泥棒と思え」の考えはきっとお金持ちから生まれたものに違いありません。これらはお金をたくさん持ったばっかりに発生するマイナス要素です。心は残念ながらあんまりよい方向へはいかないような気がするのです。

お金が無い人(僕はこの中に入ります)はお金持ちのような心配事はしなくてすみます。心安らかに生活できるのです。そして「人を見たら神様と思え」という考え方も生まれるのです。今の時代、いろいろな事件が起きているので「人を見たら神様と思え」といってもなかなか難しい世の中ですが、心の基本はこのような気持ちで生きていきたいものです。

「人を見たら泥棒と思え」と「人を見たら神様と思え」とどっちの考え方が人生を豊かにしてくれるでしょうか。もちろん後者のほうではないでしょうか。ここで分かってもらいたいことは「考え方一つで人生はどうにでもなる」ということなのです。お金がないないと嘆いてマイナス面ばかりに目を向けていたのでは決して幸せにはなれません。「お金がないおかげで幸せだ」という考え方も成り立つのです。お金が無いプラス面もたくさんあるのです。お金だけではなく、何事も一見マイナスに見えることも考え方一つでプラスに転換できるのです。ここでは「お金が無いほうがいい」ということを主張しているのではありません。誤解のないようにお願いします。


(1) 親が財産を残したばっかりに遺産相続で争いが起こり、最悪、殺人事件が起きるということもあるのです。

  (2) 生活苦、借金苦、育児ノイローゼなどで行き詰まり無理心中事件が絶えません。行き詰ったら「思考の転換」と「方向の転換」でどうにでもなるのです。もし何かの問題で行き詰っても無理心中する必要はありません。「考え方の転換」で難局を乗り越えましょう。

  (3) 老人人口の増加に伴い、在宅介護が増えています。お年寄りの面倒を見ているのがほとんど長男の嫁さんか娘さんです。そしてその介護疲れで無理心中する事件も最近多いのです。僕は提案したい。一人の人間に介護労働を負担させるな、と叫びたい。兄弟姉妹や家族と相談して介護労働をみんなで負担しあう方法を考えてみてはどうでしょうか。一人の人間がすべて負担すると心身ともにまいってしまうのです。

  (4)

「人を見たら神様と思え」とはいっても、今の時代、人をだます「振り込め詐欺」や様々な詐欺事件が絶えません。又、小学生の低学年の子供が犠牲になる悲しい凶悪事件もおきています。単眼的な思考では対応できない世の中になってしまいました。残念ながら一方では「人を見たら泥棒と思え」という警戒感も必要な時代になりました。身を守るための知恵もそれにつれて必要な時代です。現実に地域の人達で小さい子供を守ることが実行されています。「振り込め詐欺」を防ぐ一つの方法として提案したいことがあります。それは家族間で「合言葉」を決めておけば防げるのではないでしょうか。警察と政府で大々的に「みなさん、おれおれ、とか、お金をすぐ振り込め、とか、の電話があったら、事前に合言葉(例えば弥彦山とか角田山とか小泉純一郎とか何でもいいのです)を作っておいて確認しましょう」と周知徹底すれば防げるのではないでしょうか。犯人らが少しでも言い訳や、ちゅうちょした場合はすぐに電話を切ればいいのです。「合言葉」は家族の頭の中にあるので犯人側に漏れることはないのです。本当に大変な世の中になってしまいました。しっかりしていきましょう。


・・・・・ 事業などの失敗で今どん底だと思っている方へ
JISATSU(自殺)のストップメッセージ
最後にあなたを本当に救うのはあなた自身の考えだ





No5. 藁(わら)文化の消滅が示すもの

農業の機械化によって日本の農村から「わら文化」が消滅して随分年月がたちました。天日乾燥させた稲を脱穀した後に残る「わら」は大変貴重なものだったのです。用途は様々で、堆肥、牛の飼料、燃料、縄の材料、かます、俵、わらむしろ、冬囲い、布団のクッション、納豆作り用、畑作の補助用、などなど考えればきりがないくらいに多かったのです。また、「にお」というもので貯蔵もできたのです。

秋になると、稲を天日で乾燥させた「はざぎ」から匂ってくる、なんともいえない「わら」と「稲」が混ざった匂いを思い出すのです。今思うと「わら文化」の中に日本の農村の「温かみ」があったように思うのです。その「わら文化」が消滅してしまってから日本の農村に「人間臭さ」を感じられなくなったのは僕だけだろうか。

今農村に行ってみても子供は遊んでいないし、人影を見ることはあまりありません。なんともさびしい光景です。この光景がしめすものはいったい何だろうか。ふとそんなことを考えてしまうのです。小さい頃「わら」の中で転げまわって遊んだ記憶がよみがえるとき、なんともいえなかった「わら」の中の温かかったことを思い出すのです。機械化、合理化、コンピュータの普及と、社会はどんどん進化していっています。待ったなしです。これらの進化は人間にとって多大な貢献をします。しかし一方で「人間臭さ」というものも進化すればするほどそれに比例して残していかなければならないような気持ちになってしまうのです。それが人間味(人間らしい温かさ)につながっていくのではないでしょうか。そうしないといつか、人間が人間でなくなる時がやってくるのではないかと思うのです。
※「はざぎ」は新潟県の蒲原地方で見られました。

はざかけ風景のイメージ図
(はざかけ)
はざかけ
はざかけ
はざかけ
はざかけ
はざかけ
◎新潟市(旧潟東村)在住大谷権作氏作(クレヨン・画用紙B4判) ©大谷権作(おおたにごんさく)
こんな風景が見られなくなってきた頃から日本人の心に何か変化がおきてきたのでは・・・。

イメージ図にあるように手で刈った稲の一束一束を「はざ」にかけて天日乾燥させていました。大変でしたが子供も含め家族総出で作業していたのです。本格的な機械化になる前には農作業の中にコミュニケーションが存在していたのです。






No6. 同じ人間じゃないか!同じ地球人じゃないか!


今、地球上で争っている人々よ。違うところを非難したり、ののしったり、憎しみあったり恨みあったりして何の罪もない人々を殺すことはもうやめようじゃないか。同じ人間じゃないか!同じ共通したよいところを探そうではないか。きっと見つかるはずだ。

人間共通なものは「泣く」「笑う」「食べる」「人を愛す」「何かに感謝する心」「人を思いやる」「寝る」「義理を感じる」「恩を感じる」などなど探せばいくらでもあるではないか!同じ人間じゃないか!同じ地球人じゃないか!もうそろそろそのことに気付いてもいいじゃないか。

ともに長所を誉めあおうじゃないか。そして杯を交わそうじゃないか。そうすればきっと輝かしい未来が開けるはずだ。違うところを探して何の罪もない人々を殺すのはもうやめよう。もう終わりにしよう。何十万人、何百万人殺しても問題は解決しないのだから。

今、地球上で争っている人々よ。違うところを非難したり、ののしったり、憎しみあったり恨みあったりして何の罪もない人々を殺すことはもうやめようじゃないか。同じ人間じゃないか!おなじ共通したよいところを探そうではないか。きっと見つかるはずだ。

もし憎しみや恨みを消す魔法の薬があったらきっと人類はみんな仲良しになるだろう。どうして製薬会社はそんな薬を開発しないのだろうか。きっと売れるに違いない。ノーベル平和賞をとるに違いない。

ともに短所を探すのはやめよう。そして未来を語ろうじゃないか。そうすれば人類の幸福という光がさしてくるにちがいない、気に食わないところを探して何の罪もない人々を殺すのはもうやめよう。もう終わりにしよう。何十万人、何百万人殺しても問題解決しないのだから。

・・・・・ 世界五大陸代表動物サミット





No7. いじめ

人生の中で一番大切なことは「命をつなぐ」ことです

子供がいじめで自殺する事件が起きています。本当に悲しいことです。このような悲しい事件を起こさないようにするためにはどうしたらいいのでしょうか。

ストップ・ザ・自殺(タイムトレーンに飛び乗れ)

まず、いじめは何でしょうか。いじめは重大な人権侵害であり、場合によっては犯罪です。このことを子供に徹底的に教えなければならないのです。「いじめ?」そんなものは昔からあったよ。という感じで軽く考えないということです。いじめは重大な人権侵害なのです。いじめによって自殺した場合は人権侵害による殺人と同じことです。そのことを肝に銘じなければなりません。場合によっては損害賠償の対象になるということです。学校の中で起きている人権侵害、場合によっては犯罪を「いじめ」としてひとくくりにしているところに問題があるように思うのですがみなさんどう思いますか。

大人がこの意識が薄いと子供に対する姿勢が弱くなります。ここに問題があると思うのです。いじめをなくすためには親や学校の先生が子供と闘わなくてはなりません。この意識が大切だと思うのです。いじめ即人権侵害だ、と大人が大きな声を上げなければなりません。いじめは重大な人権侵害だという空気をつくり大人が真剣に取り組む必要があると思うのですが・・・・。

例えば学校の教室で先生が、「この中にいじめをしているものはいないだろうな。もし、いじめをしていたら俺(または私)が許さないからな。もし、いじめられていたらすぐに教えてくれ。いじめているやつを成敗してやる」というぐらいに強い姿勢を見せておく必要があります。このような闘う姿勢やいじめを許さない空気(雰囲気)が大切だと思うのです。









No8. ありがたみ

きれいな水が簡単に水道の蛇口から出てくることを「あたりまえ」と思うな。
スイッチを入れれば簡単に部屋が明るくなることを「あたりまえ」と思うな。
自動車で簡単にどこにでも行けることを「あたりまえ」と思うな。
新幹線や飛行機で簡単に速く移動できることを「あたりまえ」と思うな。
病気になって薬を服用して簡単に病気が治ることを「あたりまえ」と思うな 。
今の日本の平和を簡単に「あたりまえ」と思うな。
テレビ、ラジオのスイッチを入れて簡単に見たり聞いたりできることを「あたりまえ」と思うな。
その他文明の便利なものを利用するとき簡単に「あたりまえ」と思うな。

普通に「あたりまえ」と思っていることを時には「ここまで来るのには多くの先人、研究者の苦闘があり、時には血を流し、1941年から1945年の太平洋戦争での日本人約300万人の犠牲の上に今の平和がある。そして様々な困難を克服してきた歴史もあった。そのおかげで今がある、そして今その恩恵を受けている。そして今も多くの人が関わっているからこそ様々な恩恵を継続して受けられる」と想像力を働かせて考え、恩恵の「ありがたみ」を噛みしめましょう。
そんな思いを持つとあなたの心の中に何か変化がおきるかもしれません。

※水道のありがたみを本当に分かるには水道の無い時代へいって井戸や川から水を汲む苦労を経験しないと分かりません。
電気のありがたみは、電気の無い時代へいって生活してみないと、電気の無い苦労は本当に分かりません。しかし、昔の人の苦労を、想像力を働かせて考えてみることも時には必要ではないでしょうか。今子供の「虐待」や「いじめ」などは人の痛みを分からないから起きているような気がするのです。現代人の想像力の欠如が招いている悲劇といっても過言ではないとおもうのです。想像力をつける(相手の痛みに思いをはせる)一つの方法が、今恩恵を受けていることの「ありがたみ」をかみ締め、昔の人の苦労に思いをはせることではないでしょうか。


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緊急提言 No9. 今、いじめられている人へ


今、誰かにいじめられている人よ、いじめられたから何の抵抗、反論もできないので、「いじめの苦」のために自分の大切な命を亡くす(自殺する)ことに使ってはならない。あなたの「命」はもっと大切なものに使うためにこの世に生まれてきたのです。

ストップ・ザ・自殺(タイムトレーンに飛び乗れ)

「命」ということを考えたことはありますか?「命」は大切だ。「命」は尊いものだ。とよく世間は言いますが、なぜ「命」は大切なのですか?この答えを明確に教えてもらったことがありますか?おそらくないと思います。参考ではありますがこのホームページの「命」 をクリックしてください。その答えの一つがあります。あなたがこの世に生を受けて誕生するまでにどのくらいの時間が必要であったか分かりますか?おそらくそんなことを考えたことはないでしょう。この広い大宇宙の中で、今いる、お母さん、お父さんの子供として生まれてきたことはものすごく奇跡に近い大幸運なのですよ。まずそんなことを考えてみてください。

この地球で人間に生まれてくることができない生き物がたくさんいることは分かっていると思います。蛇、カエル、ライオン、キリン、象、などなど数え上げればきりがありません。この地球には人間以外の生き物の種類が多いのです。あなたはそんな地球という惑星で幸運にも「人間」として生まれてきたのです。それ自体がまず奇跡と考えてみてください。あなたの人間としての「命」は簡単に粗末に出来ないものだ、ということをここで、まず分かってほしいのです。

次にあなたをいじめている人をどのように考えるか。ということです。いじめている人は、実は何か問題を抱えている人なのです。ですから、いじめている人を「何てかわいそうな人だろう」と考えてみてください。そう考えることによっていじめている人は自分よりもかわいそうだ、と考えることができます。そして時にはこのいじめている人と闘うことも必要です。この世の中を生きていくためには、意に反して闘わなければならない局面もあるのです。きっとあなたは心の優しいおもいやりのある人だと思います。はっきり言って今の世の中はほんとうに生きにくい世の中です。特にほんとうに心の優しい良い人間は生きにくいのです。残念ですが。しかし何とかして生きていかなければなりません。この世の中を生きていくためには優しく思いやりの心だけでは生きていけません。逆に優しくなく思いやりのない人も生きてはいけません。人間が生きていくためには強さと優しさ両方が必要なのです(このホームページの弱虫君と強虫君精神力と免疫力を参照)。あなたはきっと人間としてすばらしいところを持っている人だと思うのです。しかし、時には本音でぶつかり合わなければならない局面も出てくるのです。いじめられている今がその局面です。勇気を持っていじめている人に「何で僕(私)をいじめるのだ」とぶつかっていってみてください。もしそれができなければ親や信頼できる先生(担任でなくてもいいのです。学校のトップの校長先生でもいいのです)に相談しましょう。もし学校の先生が軽く受け止め、なにもしてくれなかったら、親と相談して学校関係者以外のそれなりの人物に相談しましょう。以外といじめている人に対して本音でぶつかっていくと最後に本当の友達になれるかもしれないのです。本当の友情、愛情を求めている人かもしれないのです。私事で恐縮ですが僕の息子(2006年現在25歳)が中学の時に息子の友達がいじめにあっていました。そのために僕の息子はいじめている生徒に対して「何でいじめるのだ」と言って、そのいじめている生徒と取っ組み合いの喧嘩になったそうです。喧嘩した結果、最後には友達になったのです。よく話を聞いてみたら、そのいじめていた生徒は家庭に問題があったのです。満たされない屈折した気持ちを自分より弱い生徒にぶつけて「いじめ」ということで解消していたのです。このいじめの正体は本音でぶつかった結果こんなものだったのです。その後は三人みんな仲良しになり真の友達になりました。いじめていた生徒は自分のことを分かってもらいたかったのです。

あなたの「命」は安いものではありません。本当に高価で尊いものです。その「命」を簡単に自分で死刑にしないでください(このホームページの自分で死刑判決を下すな!を参照)。あなたの「命」の使い道はそんな「いじめ」で使い切るためにあるのではありません。もっともっと自分のため、世の中のため、人のために使うものなのです。そのために今勉強しているのです。使い道を間違わないでください。あなたは将来の「夢」をきっと持っているに違いありません。その目標に向かって今を一生懸命生きてください。そうすれば自分の周りで起きていることは以外と小さく見えることもあるのです。このホームページの「詩やその他のページ」「ストップ・ザ・JISATSU(自殺)」「なぜ人生に明確な目標が必要なのか」を参照してみてください。何か発見できるかもしれません。

「いじめ」なんかに負けるな!そんなエールを贈りたいと思います。

「いじめ」なんかに負けるな!この「いじめ」を逆にバネにして、いじめている人間より一回りも二回りも大きい人間になろう!今、そのチャンスだ。あなたならきっとバネにできるはずだ。この「いじめ」というマイナスをプラス思考で乗り越える経験があなたのこれからの人生で必ず役に立ちます。
そんな言葉を贈りたいと思います。

・・・・・ 目を覚ませ!
<参考>
(クリックする)
「社会生活に関する相談(子供の人権110番あり)
「命に関わる相談」あり

重要
・・・・



これからのあなたの人生の中で何かの問題や悩み(いじめ含む)に
直面した時の考え方のコツ
[問題点を0(ゼロ)の位置とする]

決して一人で問題、悩みを抱え込まない。
信頼できる人に相談する

 
上記の左側のマイナス思考は無視して下さい。問題、悩みが発生したときプラスの方向へ考え方を変える事ができれば解決の方向へ向かいます。このホームページには考え方をプラスの方向に変えるコツの一部を紹介しています。
何回も読んでそのコツを発見して下さい。
問題、悩みが発生したときのキイワード=明るい考え方に方向転換
(苦にしない、気にしない、くよくよしない)

(いろいろマイナスの出来事に遭遇したら”まあ、何とかなるさ”と楽観的に考える習慣をつけよう!)
何事も敏感にならないで図太く、鈍感に生きようではないか!!
どんなことがおきても平気で生きよう!!
参考・・・精神力と免疫力

いじめ(嫌がらせ)にあった時のプラス思考の一例
(こんな考え方をしてみてはどうですか)

@ 今、僕(私)をいじめている人はほんとうはかわいそうな人間かもしれない。何か問題があって「いじめ」でしかその屈折した心を解消することができないに違いない。今度機会があったら「どうして僕(私)をいじめるの?」と話をしてみよう。
A なにくそ!こんないじめに負けてたまるか。僕(私)はこのいじめと闘う決断をした。あらゆる手段を使ってこのいじめをやめさせてやる。学校は勉強が勝負のところだ。今にみていろ。成績で差をつけてやる。その為にも僕(私)は闘うぞ。
B このいじめている人達はいじめが重大な人権侵害であることを知らない人達に違いない。無知は恐ろしいものだ。こんど機会があったら、僕(私)は人権を勉強して逆に教えてやろう。
C どっちみち、いじめている人達とは学校を卒業すれば関係がない。それまでその人達との根くらべだ。負けてたまるか。そんな人達は徹底的に無視するぞ。他にも友達はいる。気を強くもってがんばるぞ。そんなのを相手にしても始まらない。とにかくがんばるぞ。


あくまでもこれらは参考にすぎません。あなたなりにあなたに合ったプラス思考で行こうではないか。





<<いじめによる自殺防止対策の一例>>
基本は親がいじめの兆候をつかんだり、見つけたら本気になって子供を守ることです。

いじめの兆候があっておかしいと思ったら親がすぐに行動を起こす。(学校の担任や校長先生はもちろんのこと学校関係者以外のそれなりの人物にも相談する)
子供が「死にたい」「疲れた」「食欲がない」「涙ぐむ」等のいつもと違う変化があったときは、いじめにあっていると思って、子供に声をかけてとにかく、いろいろと聞いてみる。なかなか話さなかったら、とにかく親はあなたの為に闘い、100%あなたの味方であると宣言してとにかく聞き出す。
もしいじめられていることがわかったら、子供に何年何月何日、どこで、だれに、いじめられたかの記録を手帳にかいておくように指導する。できれば音声録音機(小型のもの)を持たせて相手が何を言ったかを録音させておく。→いじめの証拠
学校を一時休ませる。→命にはかえられない。
思い切って転校をさせる。→命にはかえられない。
無抵抗主義

注意!・・・・文中にでてくる「闘う」というのは暴力や刃物等をもって相手と戦うことではありません。「知恵」という武器で闘うということです。

「いじめ」についてある新聞社が児童、生徒にアンケートをとりました。「いじめ」はいじめている方が悪いのか、いじめられている方が悪いのか、という項目で「いじめられている方が悪い」と考える人も大勢いたのです。中には「人をいじめるのも個性だ」なんて考える人も一人いました。とんでもないことです。いじめはいじめる人間が100%悪いのです。いじめられているあなたは何も悪いことはありません。あなたは正しい人間なのです。正しい人間が悪い人間に負けてはなりません屈してはなりません

今後の「いじめ」をなくすための具体的提言の一例を下記のことを主張していってみてはどうでしょうか。
  学校の中での人権侵害や犯罪を「いじめ」という言葉でひとくくりにしているところに問題がある。「いじめ」という言葉を使うと大人が子供たちに「いじめ」を容認しているかのような誤ったメッセージを伝えることになりかねない。今後「いじめ」という言葉を使わないで「嫌がらせ」という言葉を使う。そして子供達に人権教育の徹底と、場合によっては金銭的要求の犯罪性の強い行為等は補導という措置をとる必要がある。場合によっては警察にも入ってもらう(悪いことは悪いことだとはっきり教える必要があるということです)。
※学校の外では補導するのに、学校の中で何もしないのはおかしい。
いじめている人間に対してなぜか甘いのです。そんなことでは「いじめ」はなくなりません。・・・と僕は思うのですが・・・。みなさんはどう思いますか?あるテレビを観ていたら有名な校長先生が「学校は人間の集団である以上、いじめはなくならない」と言っていました。とんでもないことを言う先生だと思ったのです。現に全国では先生と生徒の努力により「いじめ」を校内から追放した学校はたくさんあります。校長先生が何の努力もしないで「いじめはなくならない」などと、はなから言っていたのでは話になりません。学校は限定された集団です。やる気になればできるのです。「いじめはなくらない」と考えたその瞬間から前向きな「いじめ防止策」を考えることはできません。「いじめはやり方によっては必ずなくなる」と考えれば様々な知恵もでてくるのではないのでしょうか。
   

 



緊急提言 No10. いじめている人へ

ばかもん!! 自分より弱い人間をいじめる人間は最低の人間だ。自分より弱い人間をいじめて、いい気になっているんじゃない。じぶんを強い人間と思っていたら大間違いだ。本当に強い人間は弱い人間に対して思いやりを持った人間のことを言うのだ。あなたはただの弱いものいじめをしているだけの人間だ。このいじめが最悪、相手を殺してしまうこともある、ということを考えたことがあるのか。今の日本で、いじめを苦に自殺している現実を知っているだろう。人の弱みに付け込んでどんどん窮地に陥れていく、これってヤクザと同じやり方じゃないか?早く目を覚まして同じ学友をいたわる本当の思いやりの心をもて。

この機会にこのホームページのここを見てください。この機会に自分の心の中を客観的にみつめてください。見えなかったら明かりをつけて心の中をよーく見て下さい。きっと心の中は汚れてます。自分がどんな人間か分かったら反省して、二度と人をいじめないと自分に言い聞かせ、「これからは人の痛みの分かる人間に生まれ変わります。決していじめはしません」と天に向かって叫べ。

※「いじめ」は人権侵害だということを知っていますか。もしあなたが僕をいじめて僕が大きな精神的苦痛をうけたとします。僕はあなたの親に対して裁判所に慰謝料2000万円の精神的苦痛を受けた損害賠償請求の裁判を起こすかもしれません。そうなればあなたは被告人にならなければなりません。そんな問題に発展するかもしれないのです。いじめは重大な人権侵害なのです。このことを心に刻んでください。


言葉による暴力や人の嫌がることを強要したり、脅したりすることは人権侵害であり犯罪です。あなたがたいしたことはないと感じていることでも、それらを受ける人間の性格により心が大きく傷つくこともあるのです。そのことを知っておかなければなりません。

・・・・・
道のひとりごと
 


※いじめている生徒の親へ・・・いじめは人権侵害であることを教えてください。そして子供を甘やかさないで叱ってください。親がいじめを軽く考えるといっこうにいじめはなくなりません。いじめをなくすためには、びしっとした大人側の考え方、対応、いじめと闘う姿勢やいじめを許さない空気(雰囲気)が大切なのです。

今、だれかに「嫌がらせ」をしている人へ!!
あなたがしてもらいたくないことを人にするな!!






No11. 「いじめ」の対応についての主張


今、いじめについての議論がテレビや新聞等で盛んにおこなわれている。そして様々な考えが主張されている。いろいろとそういう主張を聞いていると「いじめ」という問題を難しく捉えていないだろうかという疑問が湧いてきた。確かにいろいろな専門家の主張していることはもっともであり、間違いはないと思う。いじめている子供の家庭環境や様々なその他の背景等や性格がいじめという現象として表れていることは分かります。しかし、いじめという問題に直面したとき、一番大切なことは「いじめということは悪いことだ」ということをしっかりと子供に教えることと「しっかりと叱る」ことではないでしょうか。又、子供たちも悪いことは悪いことと大人にしっかりと叱ってほしいのではないでしょうか。いろいろと大人が深く難しく考えてしまうと子供に対する態度があいまいになるような気がするのです。

子供が抱えている様々な家庭環境の問題やその他の背景、子供の性格等は別問題ではないでしょうか。いじめはいじめとして「びしっ」とした毅然とした態度で「いじめは悪いことだ」と教えることが子供のためになるのではないでしょうか。又、犯罪性の強いものについては警察に入ってもらい矯正プログラム的なものを作ってもらい、いじめた子供たちに「自分がしたことがどんなに悪いことであり、大人であればちゃんと犯罪が成立し、結果逮捕され、起訴され、裁判にかけられ法律に基づいて罰せられる」ということを教えることが重要ではないかと思うのです。このことが犯罪の芽を摘むことにもなると思うのです。いじめられる側が反対にいじめる側に廻る場合もあるのです。それはそれでそれらのことをしっかりと教えればいいのです。そして、いじめられている側、いじめている側の心のケア、フォローは次の段階でしっかりとやっていけばいいと思うのです。いじめ問題の対処方法のキイワードは「対応のメリハリ」ではないでしょうか。

とにかく子供たちは成長過程であるため、何が正しくて何が悪いのかということがはっきりと分からないと思うのです。大人はそれをしっかりと教えることが大切ではないでしょうか。「いじめという問題」は逆説的にとらえると、善悪や人権を教えられる絶好のチャンスでもあるのです。いじめの問題を複雑に捉えてしまうと逆に本質的なものが見えないということもあると思うのです。
2006年現在78歳の男性のお年寄りの方に昔はどうでしたか。と聞いてみました。そしたら「昔もいじめはあったよ。わたしは小学校のころ、いじめられた方だった。そして、いじめられたら父親にいじめられたことを言って、父親はすかさず、いじめた家にいって、うちの子供をいじめないでくれと抗議にいった。抗議に来られた家ではその親がいじめた自分の子供をしっかりと叱った。その結果いじめは、ぴたっと止まった」と言っていました。

教育再生会議では「出席停止」が報告書の中に盛り込まれることになりました。賛否様々な意見が主張された問題ではありますが、一応決着したことになります。ただ現場でこの宝刀を簡単に抜かないことを望みます。いじめの問題で一番大切なことは、「善悪、人権をしっかり教える教育指導ではないでしょうか。そのことが心から子供たちが「いじめの問題」を理解できる一つの方法ではないでしょうか。

※確か以前にいじめによる自殺が相ついだ時期があったと思うのです。その時はいじめについてはしっかりと教育指導していこうということになっていたような気がするのです。今までほんとうに真剣に教育指導してきたのでしょうか?ほんとうに子供たちに善悪を教えてきたのでしょうか?悪いことをしたとき、本当に子供たちを叱ってきたのでしょうか?叱り方が分からないということはなかったのでしょうか?教育指導なんてめんどうくさいという考えはなかったのでしょうか?子供達の立場に立ってほんとうに子供達のことを分かろうとしてきたのでしょうか?いままでの大人側の怠慢が今の状態を招いているということになってはいないのだろうか?中には教育指導は失敗だったという人もいます。失敗ということはやるだけのことをやってきた結果と普通は考えます。ほんとうにやるだけのことはやってきたのでしょうか。こんにちの教育問題は以外と大人側につきつけられている問題のような気がしてなりません。







No12. 殺伐とした社会

みなさん、今の日本は殺伐とした社会になってしまったと思いませんか。いじめによる子供の自殺や大人の自殺が絶えません。報道などでご存知と思いますが、簡単に親を殺したり、逆に親が子供を殺したり、兄が妹をバラバラにして殺したり、妻が夫をバラバラにして殺したりと、尋常ではない事件が立て続けに起きています。今はいとも簡単に人を殺したりするのです。その他虐待や様々な凶悪事件が絶えません。このような世の中は何かが間違っていると思うのです。そして私たちは「何か大切なもの」を忘れてしまったのではないか、とさえ思えてなりません。みなさんはどのようにお考えでしょうか。
弊社では人間のこのような行動はすべて「こころ」から生まれると考えています。この人間の行動の源である「こころ」を少しでも、優しく明るい方、明るい方へと変えていくことができれば、少しは良い社会になるのではないか、と思うのです。弊社はこのような発想から「グッドフィーリングイメージトレーニング®法(略してGFIT法)」という一種の脳トレを考案しました。社会は一人一人の人間によって作られています。この人間の「こころ」を問題解決の一つのキイワードとして捉えました。そして弊社のメルシーちゃんが一つの「心のクッション」(※B)としての役割をはたし、この世の中のギスギス感を少しでも解消してくれたらいいなあ、と思っております。



(※B) 人間の心は繊細であり緻密であり、傷つきやすい超精密にできています。このようにできている人間の心には乗り物にはなくてはならない衝撃を吸収する「ショックオブアブソーバー」みたいなものが必要です。そうでないと人生という道を走行中に、人間の心はガタガタになってしまいます。例えば、ほんのちょっとした一言が凶悪殺人事件になってしまうこともあるのです。人間の心の「ショックオブアブソーバー」の一つは「愛」であり「笑顔」であり「感謝の心」の三点と思っております。この三点の総合力を弊社では人間力(ヒューマンパワー)としました。そしてそれを具現化したのがメルシーちゃんです。このメルシーちゃんが発信している三点の中に人生を生きぬくパワーがあり、クッションの役割の一つとしての存在意義があると思うのです。さあ、あなたも今日からこんなメルシーちゃんを心のパートナーにしてみませんか?きっと豊かな人生に生まれ変わるかもしれません。なぜならばメルシーちゃんから心の利益をもらうことができるからです。現代の多忙な日本人は大切なものを忘れがちになります。そんな忘れがちになるものをメルシーちゃんはいつもあなたのそばで発信し続けます。





No13. かわいい子には旅させよ

芸術家は有り余るお金があるとすばらしい作品を創作できないのが一般的な考え方です。お金があると、ついつい 怠け心が生まれ、すばらしい「美」を苦労して追及しなくなるからです。簡単に言うと「楽な道」を選択してしまう のです。有り余るお金があるとお金の力で頭を使わないで何とか問題解決しようと私たちは考えてしまうのと似て います。そうなるのは当然といえば当然なのですが・・・・。しかし、それは「楽な道」を選択してしまう結果に つながります。そうは言っても人間誰でも苦労はしたくないと考えています。しかし、みなさん、芸術家が人を 感動させる作品を創造する時というのは苦労している時が多いのではないでしょうか。人を感動させる作品は貧乏 の時に意外と生まれているのです。こんなところに以外とこれからの日本人が進むべきヒントが隠されているような気が しています。
豊かになるとどうしても「楽な道」を選択してしまうため、その結果人間が駄目になってしまうということもあります。日本が戦後すばらしい経済復興を遂げた一因は徹底的に破壊され、 何もなくなってしまったため(貧のどん底に落ちた)、その中から這い上がろうと必死になってきたから ではないでしょうか。そして諸先輩方がすばらしい製品を考え、一生懸命研究し、研鑽してきた結果、 今の豊かさが実現できたのではないでしょうか。要するに苦労したのです。し かし、今の日本では、この豊かさが原因で様々な問題が噴出しています。本当に人間というものは不思議な もので、貧しい時は貧しい時の問題があり、豊かになれば、なったで、問題が出てきます。まったくどうしようも ない生き物かもしれません。
しかし、今後も日本は何としても、一億数千万人が食べていかなければなりません。食べていかなければならない ということは、「売れる製品」を作っていかなければならないことを意味しています。すべての経済活動のこの 「売れる」ということにかかっています。ですから冒頭の芸術家の、人に感動させる作品のように、世界に「売れる ようなもの」を作っていかなければなりません。そのキイワードは「豊か」ではなく「苦労」ではないかと思う のです。「苦労」を辞書で引いてみると「苦しんで、ほね、をおる」となっていました。最近「ほね、をおること」 ってほとんどないと思うのです。何でもかんでも便利だからです。その結果「何も分からない」ということになります。 何も分からないのではすばらしいものも生まれません。今後日本人は昔のことわざにあるような「かわいい子には 旅させよ」という発想で「かわいい子には少し苦しめて、ほね、をおらせよ」ということを意識して実行していく ところに日本の活路が開けてくるような気がしています。みなさんはどんな考えをお持ちですか。





No14. 太陽と月

よく平気で生きろ、平然と生きろ、と聞くと思います。しかし、簡単に使っているこれらの言葉はいったいどういうことなのでしょうか。一番わかりやすく説明するためには「太陽と月」を例にすればいいのではないかと思います。

月はあるときは満月、あるときは三日月などに変化します。これらの現象は私たちの生活の中で起こる様々な現象とそっくりです。お金が財布の中に満たされていると思ったらだんだん減少して小銭ばかりになっていきます(満月から三日月へ)。事業をしている人はたくさんの財産(満月)があったのに景気の変動により財産は減少していく(三日月)ということもあります。挙句の果てはなにもかもなくなり倒産ということもあります。又、人間関係が今まで良好(満月)だったのが何かの原因でだめになる(三日月)ということもあります。今まで学校の成績が良かった(満月)のが悪くなる(三日月)ということもあります。今まで何ともなかった(満月)のに急にいじめられる(三日月)ということもあります。女性とうまく付き合っていた(満月)のにふられる(三日月)ということもあります。夫婦もうまくいっていた(満月)と思っていたのに突然離婚を突きつけられる(三日月)こともあります。まだまだ数え上げればきりがありません。私たちの身の回りはまさに月のように満ちたり欠けたり、欠けたり満ちたりを繰り返しています。良いとき(満月)もあれば、悪いとき(三日月)もあるのです。たいがい私たちはこれらの変化によって心が動揺したり失望したり、失意のどん底へ突き落とされたり、様々な事件を起こしたり、最悪自殺したりと身の回りに起きる現象によって「心」も変化しているのです。

しかし、太陽(お天道様)を見てください。太陽は毎日毎日同じ姿で私たちに光を提供してくれています。月がどんなに変化しようとも太陽は何も変わりません。よく「心に太陽を」と聞くと思います。平気で生きる、平然と生きるとは、まさに「心は太陽のごとく」いうことだと思うのです。私たちの身の回りに起きてくるマイナス現象にいちいち振り回されることなく心に変化を起こさず、常に太陽のように変わらない心を持ち続けることを、平気で生きる、平然と生きるということと思うのです。

インド独立の父「ガンジー」はイギリスから「無抵抗主義」で独立を勝ち取りました。相手から何をされても抵抗しない(心に変化を起こさない)という戦術で勝利したのです。何をされても何もしない。目には目を、ではないのです。相手が脅したり、喧嘩を仕掛けたりしても何も抵抗しない。何もしない。こんなことをされれば仕掛けるほうは最後に戦意喪失、やる気を失ってしまいます。ガンジーは周りでどんな変化(月)が起きても心に変化を起こさなかった(太陽)のです。平気、平然としていたのです。

この「無抵抗主義」で今問題になっている「いじめ」をなくすことはできないものでしょうか。いじめも相手が心に変化を起こすから益々面白がってエスカレートしていくのではないでしょうか。いじめられても何も変化を起こさず、「ただ笑う」という方法はどうでしょうか。いじめられたらとにかく「ただ笑う」。相手はきっと逆に怖がって逃げていくかもしれません。戦意喪失、やる気を失うかもしれません。いじめ対策として「無抵抗主義」を取り入れたらどうでしょうか。効果があるかもしれません。

平気で生きる、平然と生きる、とは「太陽と月」なのです。月の変化によって太陽である心を極力変化させない。そんな生き方で困難を乗り切っていきましょう。

※心に太陽を獲得する一つの方法がグッドフィーリングイメージトレーニング®法(略してGFIT法)です。




No15. 心の経験の糸は切るものではなく、編んで行こうではないか(今まで起きた無差別殺傷事件に思うこと)

 俺(私)がこんな事件を起こしたのは親が悪い、社会が悪い、会社が悪い、などと言って自分以外に責任転嫁する凶悪事件が最近多くなっています。又、トラブルや悩みなどで行き詰まり、その打開策として凶悪事件を起こすのです。親を困らせたかったとか、社長を困らせたかったとか、事件を起こせばマスコミに大々的に取り上げられ、何か一種の英雄的気分になれるようなことの供述を犯人はしています。困らせたかった親や社長を殺さないで、何の関係もない自分より弱い人を殺してしまうのです。そして自分だけ清々するのです。中には、死刑になりたくて事件を起こした犯人もいました。これらの事件の犯人に共通していることは、人生の中でいろいろな困難や逆境に出会い、自分の中で問題処理ができずに、自分の中の何かが、すべてプッツン(切れた)したときに強行に及んだと考えられます。そして自分以外に責任転嫁していることです。人間は責任を他に転嫁することほど楽なことはありません。犯人のほとんどは短絡的な「楽な道」を選択しているのです。本当に親が悪いのでしょうか。親は一生懸命に育ててくれた恩人です。むしろ感謝しなければなりません。本当に社会が悪いのでしょうか。確かに制度的な問題点は存在します。しかし、日本は自由主義国家です。あなたが何を選択しようが自由です。歴史上において、これほど個人の自由が認められた時代はあったのでしょうか。確かに今、格差社会とかなどといわれております。問題は、問題です。しかし、もし派遣労働がいやならば、やめればいいのです。所得が低いなら、どうしたら稼ぐことができるのか考えるのです。アイデアを考えるのです。自ら創造していくこともできるのです。苦労をいとわないなら何でもできます。それが今の世の中です。苦労はしたくない、楽に生きたい、失敗はしたくないでは、道は限定され、人が敷いたレールを走るしかありません。今の時代、苦労を覚悟なら選択肢は無数にあります。人間は「今、自分がこんな状態なのは人のせいだ」と考えたとき、成長できません。あなたが成長したいならば、自分の考えのなさ、反省のなさ、勉強しない、などの自分に問題がある、と考えようではありませんか。
自分がこの事件を起こせばどうなるのか、家族や兄弟、親戚、はたまた、ご先祖様にまで及ぼす影響などはまったく考えてないと思われます。このようなことを考えていないから簡単に犯行を実行できる、ということも逆説的にいえるのです。見えているのは自分だけなのかもしれません。
昔、テレビで「七人の刑事」という番組がありました。小生は小学生でした。この番組をよく見ていた記憶がよみがえってきました。いろいろな殺人事件を「七人の刑事」が解決していく番組でした。確か、歌が独特なハミングだけの番組だったと思います。犯人のほとんどは、どろどろした人間関係の中で事件を起こしていたようなことを思い出しました。そして刑事が人間関係を一つ一つ丹念に調べあげて犯人に迫り、逮捕するというものでした。一つの人間ドラマがあったような気がしています。そして犯人はいかにして証拠を残さないようにし、捕まらないようにするか、ということを考えて、刑事との知恵比べ的なところがあったようにも思います。殺意が芽生えるとは人間の感情の中の「憎しみ」「恨み」などのマイナスの人間臭さの中で起こるものだ、ということを教えてくれた番組でした。簡単に言うならば有機質な事件を採りあげていた、と言ってもいいかもしれません。しかし、現代で起きている「無差別殺傷事件」はどろどろした人間関係の中で起きている殺人事件ではないのです。人間臭さをまったく感じさせない無機質な事件といってもいいかもしれません。ここに昔の事件とは違うものを感じてしまうのです。証拠は数々残し、逃げ切ろうなどとは思っていないのです。そして犯人は殺した人に対して「申し訳なかった」とか「悪いことをしてしまった」とかの謝罪や反省も何もないのです。「七人の刑事」のときの犯人が捕まったときは首をうなだれ、もう逃げ切ることはできないという観念した様子が表現されていました。しかし、「無差別殺傷事件」の犯人はまったくこれとは逆なのです。ここに現代の「病巣」が集約されているような気がするのです。現代における孤独感、焦燥感、虚しさ、不安感、疎外感などです。中にはこれらの「無差別殺傷事件」の犯人に対して「甘ったれるな!!」と一刀両断で片付けてしまう人もいます。まさにそのとおりなのですが、しかし、それだけを叫んでいても何の解決策も見出すことはできないのではないかと、小生は気付いたのです。
それではこんな事件を、将来起こそうとしている潜在的な人に対してどのようなメッセージを少なくとも送ることができるのでしょうか。そんなことを考えてみたいと思います。

メッセージNo1 ・・・孤独感について


孤独、それは考え方によっては「自分」というものを見つめ直す絶好のチャンスということもできるのです。みんなと仲良く酒を飲んだり、遊んだりすることばかりが人生ではありません。又、異性の友達がいないからといって嘆くことはありません。一人でいられるということは「わずらわしさから開放されて、清々する」ということもいえるのです。孤独は読書をしたり、座禅したり、修行したりして、自分を深めてくれることができる時間を提供してくれます。読書することは思考力も付くはずです。その上、忍耐力も養ってくれます。本当の意味での自分の「個」を確立することのできる絶好のチャンスでもあるのです。今までの人生を振り返ってみてください。自分のことを見つめ直す時間などはありましたか。学校時代は勉強、勉強で追われ、部活で追われ、テスト、テストで精一杯ではなかったですか。大学に入れば入ったで、遊び中心ではなかったですか。孤独感にひたるなどの経験はほとんどなかったと思います。本当の意味での「個」が確立してくると、周りの風景も今までとは違って見えてくると思うのです。社会を見る視点や角度も違ってくると思うのです。人間が成長してくれば異性もほっておかないでしょう。本当の意味での充実した人生が開けてくるのではないでしょうか。孤独のときこそ自分を磨いて、鍛えることができるのです。「孤独」をこのようなプラス思考で捉えてみてはどうでしょうか。

メッセージNo2 ・・・焦燥感、不安感について


人間先のことを考えると、ほぼ100パーセント不安になったり、焦ったりします。よく「将来のことを悲観して自殺した」というニュースなどを聞いたことがあると思います。しかし、考えてみてください。一分先、一時間先のことを分かる人間が果たしているのでしょうか。ましてや自分の一年先、五年先、十年先など分かるはずがありません。どんなに立派な占い師でも人の将来は分かりません。分かったようなことをいっている人もいます。小生は、もし、この占い師が、明日の交通事故で日本のどこ、どこの誰と、誰が死ぬ、ということを当てたら信じます。しかし、絶対に当てることはできません。又、この占い師がどこ、どこの宝くじ売り場で、何日の何時に宝くじを買えば一億円当たります、といったとき、あなたは信じますか。おそらく信じないでしょう。それは不可能だということを知っているからです。先のことは誰も分からないのです。人間にとって真実なのは自分が今まで歩んできた道だけなのです。これからの道(先のこと、将来のこと)はまったくできていないのです。まったく見えないのです。将来、何かの新商品のアイデアが浮かぶかもしれません。浮かばないかもしれません。しかし、浮かぶかもしれない、という方にほんの少し賭けるのです。宝くじで三億円が当たるかもしれません。当たらないかもしれません。しかし、当たる方にほんの少し賭けるのです。どっちに転ぶかは誰も分かりません。誰も分からないことを100パーセント否定的に考えることはもうやめましょう。逆に前向き、肯定的な考えを、否定的な考えより、ほんの少し心の中での占有率を高めましょう。今を基準にした場合、一秒前、一分前はもう過去になるのです。絶対的なものは「今、この瞬間だけです」。もし、どんな最悪の状況でも先のことは考えないことです。大切なことは、この最悪の状況からどうしたら脱出できるのかの、正しい脱出方法を考えることです。「先のことなどは誰も分からない。ならば否定的な考えより、前向き、肯定的に考えていく」と、自分に言い聞かせて生きていってみてください。そしてこの「今」を大切にして生きていってみてください。

メッセージNo3 ・・・疎外感、虚しさ、について


人生の目標がないと「疎外感」「虚しさ」に襲われます。自分がしっかりした目標があると、どんなことがあっても大丈夫です。自分の目標というのは生きていくうえで大切です。目標があればどんな困難や逆境でも乗り越えられるのです。目標のない人は目標を考えて、実行してみてください。あなたの人生は間違いなく変わってきます。「疎外感」や「虚しさ」に襲われる時間などなくなります。「疎外感」や「虚しさ」があなたに近づくことができません。目標があれば、仮にリストラされようが首になろうが、へとも思わなくなります。人生を充実させてくれるものは「価値ある人生の目標」です。これを発見して自分のペースでいいですので実行してみてください。
参照・・・・なぜ人生に明確な目標が必要なのか

簡単ではありますが、小生は今現在発信できるメッセージはこんなものです。人間生きていれば、様々なことに遭遇します。いいことはそんなにありません。むしろ「マイナスの出来事」のほうが多いのです。問題はこのマイナスの出来事を「どう捉えるか」にかかっています。小生はこのマイナスの出来事を一つの経験として捉えています。その「マイナスの出来事」を繭(まゆ)から紡ぐ「心の経験の糸」、という考え方もしています。その「心の経験の糸」は一本では弱いのですが、これが何本にもなると、この糸を編んでいくと丈夫な糸になります。この丈夫になった「心の経験の糸」が生きていく上において大きな力になるのです。どんな細い糸(些細なマイナスの出来事)でもむだな糸はないのです。実は「マイナスの出来事」が自分を成長させてくれる源なのです。「マイナスの出来事」があったからといって、その糸をそのたびに切っていたのでは何も成長できません。経験を積み上げて丈夫な糸にすることはできません。そして「マイナスの出来事」は往々にして自分が招いているということが多いのです。こんな考え方をしてください、ということはできませんが何か参考にしていただければ幸いです。



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